静寂を破る愚者
早くもブックマーク8…。下手なもの書かないように頑張ります!
あれから陽が沈み、また浮かびを繰り返して、それが七回も経ったかという頃だった。
食料は元々ストックが無かったため、あれから二度ほど、マンション近くのコンビニに食料を失敬しに行ったのだが(勿論、店員もいなかったため、代金などは払っていない)、何度か感染者たちと遭遇しても、彼らは俺に気づいた様子もなく、獲物を探すかのようにふらふらと歩き続けていた。
その中で、俺は一つの仮説を抱いていた。
「もしかして……、俺はゾンビ共からは見えていないんじゃないか……?」
疑問形で声に発してみたが、正直、この仮説に俺は確信に近い自信を持っていた。
コンビニに行くまでに、道端で死体はいくつも見かけた。そのどれもがひどく損傷しており、ゾンビとなって歩くことも出来ないような、ほぼ原形も保っていない死体だった。彼らも、おそらくは俺と同じように食料を求めてコンビニを目指し、途中でゾンビに見つかって餌食になったのだろう。
彼らと俺の違う点は、俺はゾンビと対面しても、彼らは俺を無視するという事だった。だが、たまたまそのゾンビが特殊だったり、本当に偶然、俺が見えていなかっただけなのかもしれない。
そこで俺は今日、部屋から歩いて二十分くらいの所にある電化製品店へ向かい、そこに行きがてら、俺の身体について、少し実験を行うことにした。
実験とは言うが中身は簡単だ。ただゾンビが複数体いるところまで行き、ゾンビのリアクションを調べるだけだ。正直、自分を囮にしたかなり危険な実験だったが、不思議と恐怖やためらいは無かった。
そう、そしてもう一つ。俺の身体だけでなく、心も、以前と少し違った感覚を持つようになっていた。 俺は、リュックサックに最低限の荷物を詰めると、自分の部屋を後にする。
部屋から出れば、すぐに腐臭とガソリンのにおいが辺りに発ちこめる、新世界が俺を出迎える。
新世界を支配しているのは静寂だ。圧倒的な騒音をまき散らしていた人間の大部分が死ぬかゾンビとなってしまったため、街は昼間だというのに不気味なくらいに静かだ。カラスさえ鳴かない静寂だが、俺は気にすることなく陽気に「さんぽ」を鼻歌で口ずさみながら目的の電気屋まで歩いていく。
俺の精神は、紺野さんの一件から、以前とは違ったものになってしまっていた。いや、正確に言えば、以前までの人格と言った部分はきちんとそのまま残っている。ただ、その奥底の根っこの部分に、それまで無かった新しい感性ともいうべきものが、新たに住み着いていた。
それはいってしまえば“狂気”だ。これまでの俺、いや、まともな人間なら決して感じることはないような感覚を、俺は有すようになってしまった。最低限の危機管理能力以外は、妙に警戒心が低いのもそのせいだ。そういうところは、元の人格の上で自覚しているのに、具体的にどうするという気にもならない。 それは、明らかに俺の中の、“狂気”の部分がそうさせているに違いなかった。
「――んあ?」
そんなことを考えながら十分くらい歩いたころだったろうか。
後ろから、急にドタドタと足音がしたので振り返ると、見るからに不良といった金髪の若者が、金属バットを俺に向けて振りかぶり、まさに振り下ろさんとする所だった。
目に隈をはっきりと浮かべた男は、鋭く目を細める。「死ねっ!」
「――テメエがな」
「ふぐううっっ!?」
しかし、情けない声を上げたのは、男の方だった。俺は振り下ろされようとしていたバットのグリップを難なく掴んで止めると、逆にバットを男の額の方に振り下ろした。
男はいきなりの事に何が起こったのか分からないという表情で失神する。それを確認するや否や、次の家の角の方で待ち伏せていたらしい二人の男が、一斉に襲い掛かってくる。かなり着崩してはいるが、二人は学ランを着ているところをみると、大方近くの不良高校生と言ったところか。
「てめえ! 浅川をよくもぉ!」
「死んで詫びろやぁ!」
二人はそれぞれ果物ナイフと鉄パイプを持っていたが、素人相手にその程度で遅れは取らない。俺は、瞬く間に二人を返り討ちにした。あっという間に二人は地面に転がる。
「て、めえ……、なんなんだ?」
「むしろ俺が訊きてえよ」
仰向けになってそう問う鉄パイプを持っていた男を鼻で笑うと、俺はそこで妙案を思いついた。
それは以前の俺ならば考えつきもしなかった、狂気の発想。
俺は寝転ぶ男達に屈んで、ニヤリと残忍に嗤った。
「よお、まあ袖振り合うのもなんとやらって奴だ。これからお前らに、俺の最高にイカスな実験を見せてやるよ」
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