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その人の名は狂気――influence panic――  作者: 無道
第2章 One rainy day
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問答と奇襲

今回少し長めになってしまいました……


 相変わらず雨は降り続けている。別段大雨というわけでもなく、しとしとと静かに降る雨は嫌いではない。だが、そのせいで感染者に追われるリスクが高くなるなら是非とも止んでほしいというのが正直な所だった。


「……まあ、俺が追われるわけじゃないんだけどな」

「……何か言った?」

「いんや、別に」


 俺がぼそっと呟くと耳聡く灯がこちらに射るような視線を送る。それに対して俺が肩をすくめてジェスチャーしたところで、灯の膝元にいた少年からうめき声が漏れた。


「――和彦?」

「……うう」


 和彦と呼ばれた少年は瞼をゆっくり上げると、途端にがばっと体を起こした。


「あの後一体どうなった! 感染者は、あの智也って野郎は!?」

「落ち着いて。感染者からは和彦のお陰でとりあえず逃げ切れたわ。まだ見つかる可能性はあるけど今の所は大丈夫ね」


 灯が宥めると、和彦はほっと安堵したようだ。


「良かった……。それで、あいつの方は?」

「そりゃ俺の事か?」

「――ッ!?」


 そこで和彦は初めてこちらを見る。壁に背を預ける俺を見て、和彦は慌ててバットを得物を構え――ようとして、自分の武器がどこにもないことに気づく。


「……俺が気を失ってる間に奪ったのか!」

「なんで速攻で俺のせいにするんだよ。お前、灯を担いで逃げる時に自分でバット放り投げてたろ」


 俺は嘆息すると壁から離れる。


「ほら、そいつも目を覚ましたことだし、いい加減行くぞ。二人とも武器持ってねえんだから俺から離れるんじゃねえぞ」

「ふざけるな! 行くってそもそもどこに、そもそもなんでアンタについてかなきゃいけないんだ!」


 なおも噛みついてくる和彦に俺は辟易する。先ほど事情を灯に説明したばかりなので、二回もさっきと同じ説明をするのは正直面倒だ。しかし、だからといって理由を説明しないと、この男は梃子でも動かないというのは火を見るより明らかだ。


「……移動しながら話すぞ。ついてこい」

「だから――」

「和彦。言いたいことは分かる。けど、お願いだから今だけは抑えて。黙っててもこの男から説明するはずよ」

「……ッ、灯は平気なのか。あいつは茜さんを殺した張本人だぞ! しかも、俺たちが何もしてないのにも関わらず、一方的にだ! あのデパートなら食料も沢山あった。ロクな物を持ってなかった俺たちを襲う必要なんて何もなかったはずだろ!?」

「……それは」


 言い返せず唇を噛んだ灯を見て、和彦は言いすぎたことに気づく。

 気まずい雰囲気になる前で、俺は口を開いた。


「おいおい、俺の前でそんなめんどくさいことは勘弁してくれ。とりあえず灯の言った通り歩きながら話すから黙ってついて来い。少しは仲間(あかり)を信用してやれよ」


「ッ……少しでも怪しい素振りを見せた時点でアンタを即敵とみなすからな」


 最後に灯を引き合いに出したのが効いたようだ。和彦はようやく渋々だが二人が俺についてくるようになった。俺は今いる裏通りから華和小学校までの最適ルートを頭に浮かべる。


「……で、どこに向かうんだよ俺たちは」

「華和小学校だ。そこでお前の仲間と俺の連れそれぞれ合流する」

「集合場所を決めてたのか……!」


 和彦が驚きに目を見開く。


「ああ。別れる前に俺の連れに伝えておいた。今頃は向こうも華和小に向かってるだろ。……見当違いなこと抜かす前に言っておくが、別に罠とかじゃねえぞ。こっちの連れだってお前らのお仲間と一緒なんだ。ここで無暗にお前を殺しても、報復に俺の連れを殺されるだけだからな」

「……」


 和彦は黙って何も言わない。だが、一応は納得したようだ。曲がり角の先を警戒しながら右折したところで和彦は閉じていた口を開いた。


「けど、なんでかは知らないけど今屋内には感染者が沢山入ってきてるだろ。その状況で学校を選んだのは悪手じゃないのか?」

「正論だ。それに関してはぐうの音も出ないな。予想外の事態に俺も焦っていたらしい。だが、屋内が危険だということは向こうも流石に分かってるはずだ。だから、校舎からは見えない校門付近に行けば自ずと合流できると踏んでいる。流石にそれくらいの頭が回る奴が向こうにもいるだろ?」

「……ああ、それなら確かに大丈夫だ。向こうには俊介がいる」


 俊介とは、あのリーダー格と思しき男か。和彦が自信を持って頷く。

 その顔は、一目見れば分かるほどに堂々としており、仲間への強い信頼を感じられた。


(なんでそんなに信頼してるのかねえ)


 それから少しの間、お互い無言になる。するとしばらくしたところで、それまで黙っていた灯が口を開いた。


「そういえば、さっきの撤退戦の時、変態は結局どうなったの?」

「変態?」

「上半身裸でモヒカンだった男よ」

「ああ」


 あいつか。最初はだれかと思ったが、確かに考えてみればあいつしかいない。


「――死んだよ。あいつが感染者に噛まれた所を見た。生きていても、今はもうゾンビの仲間入りしてるだろうな」

「……そう」


 俺の言葉を聞いても灯の表情からは真意を読み取ることが出来なかった。共に行動して分かるが、灯はまるで氷のように感情が動かない女だ。周りに環境で多少その形は変化するが、その奥底の本心までは絶対に面に出さない。

 この女は極限の恐怖や苦痛を味わった時、どんな顔をするのだろうか。

 一瞬、興味に駆られるが今は千尋達を助けるのが優先だ。灯を弄ぶのはその後で良い。

 思わず出そうになった笑みを顔に出さないよう努める。


「……アンタ、何で茜さんを殺したんだ?」

「……ん?」


 突然、和彦からそんな事を聞かれた。


「……俺はお前らの仲間になったわけじゃねえんだから、そんな事話す義理は無いと思うけど」

「当たり前だ。お前が仲間なんて冗談じゃない。けど、これだけは聞いておきたいんだ。……アンタはただ殺人が好きなのか?」

「……ふむ」


 俺は顎をさする。何故自分は人を殺すのか。その理由を今一度改めて考えてみる。


「……別に殺すのが好きなわけじゃない。殺さなきゃいけないときは勿論躊躇なく殺すが、決して殺しが好きなわけじゃない」

「けど、あの時、俺たちはアンタにとって殺す必要はなかったはずだ。それに、アンタ……茜さんを殺した時、あんなに笑ってたじゃないか……」

「……まあ確かにな。そうだな、確かにお前の言う通りかもな。うん、それじゃあ俺は人殺しが好きなんだろうな」

「なっ……開き直るのか!?」


 路地裏を出てどこかの空き地へと抜けたところで和彦は立ち止まった。本当に面倒くさいガキだ。

 空き地は、正面に見える通りへと繋がる入り口と、今俺たちが来た裏道への二ヶ所以外は、周りを塀に囲まれている。

 感染者が周りにいないことを確認し、俺も仕方なく足を止めて振り返る。

 和彦は顔を歪めてこちらを睨んでいる。瞳からは、膨れ上がるような憎悪が込められている。


「……アンタは、それについて何も思わないのか? 人殺しだぞ? いくらこんな世界だからって、そんなことが許されると思ってるのか?」

「許すも許さないも、こんな世界で一体誰が俺を裁くって言うんだよ? あのな、いくら崇高な道徳心を持ってても腹も心も満たされねえ。こんな希望も無い世界で道徳を説いてる時点で的外れなんだよ」

「違う! 確かに、インフルエンス・パニックで世界はより残酷になった。けど、それでも悲嘆せず、死んでいった人の分まで前を向いて生きていくのが今まで生き残った俺たちの義務だ!」


 その言葉に俺は雷に打たれたような衝撃を受ける。和彦の顔をまじまじと見るが、別段ふざけて言っているわけではないらしい。最早開いた口が塞がらない。


「……おいおい、そんな臭い台詞を本気で言うやつ初めて見たぞ。やめてくれよマジで。――今すぐ殺したくなっちまうじゃねえか」


『――ッ!!』


 一瞬だけ本気の殺意を放つと、二人の顔が強張り身構える。だが、流石に今そんなことをすれば確実に千尋と功が無事では済まなくなることは目に見えている。俺が自分の枷となる存在を作っていることに少し苛立ちを覚えたが、それもどうにか呑み込む。


「……いいか、これだけは言っておくぞ。この世は生き残った奴が全てだ。更に言うなら、その中でも人生を楽しんだ奴こそが勝者だ。和彦って言ったな。お前さっき、死んだ人の分まで生きるとか言ったよな。断言する。そんなのはただの自己満足、自分で自分に酔ってるだけだ。死んだ奴が、お前が生きることを望んでいるって言うのか? 馬鹿馬鹿しい。どれだけ自分を過大評価すれば、そんなに自分が慕われてるって思えるんだよ」

「――ッ!」

「和彦!」


 こちらに詰め寄ろうとした和彦を途中で灯が止める。ちっ、正当防衛で多少いたぶれると思っていた俺は、期待外れの展開に内心舌打ちする。


「……あなたに和彦を非難する権利は無いわ」

「……ほう」


 すると和彦に代わり、今度は灯が俺に対し、そう口火を切った。冷静な彼女がこの話題に参加してきたことに興味を惹かれる。


「それはまたどうして?」

「簡単なことよ。和彦には人望があるけどあなたにはない。――他人から好かれたこともないあなたが、どうして和彦を嘲ることが出来るの?」

「……! はっ、流石に言うじゃねえか……」


 本当に飽きさせない女だ。気づけば口元は獰猛に歪んでいた。

 血が滾る。胸が熱くなる。

 徐々に俺の身体を焦がすように登って来た興奮は、次の瞬間微かに耳に届いた音により霧散した。


「――こんな時に誰だよ!!」

「――なっ、避けた!?」


 俺が真横に跳んだ瞬間、先ほどまで俺の太ももがあった所を高速で矢が通過する。俺がそれを避けた時、女の驚くような声が聞こえた。声の先を追えば、この空き地がちょうど見下ろせるような家の二階の窓に弓を構えた少女が一人。


(足を狙ったってことは殺す気はなしか……)


「弓!?」

「灯、隠れ――ッ!」


 和彦がいち早く物陰に隠れようと、来た裏道に戻ろうとして身体を硬直させる。見れば、そちらにも武器を持った女が三人。行く手を阻むように長物を構えている。


「集団……しかも囲まれ――ッ!」


 俺の聴覚が以前のように常人のそれだったなら、その一撃は躱せなかったであろう。

 僅かな弓を引き絞る音を捉えた俺は、また即座に横へ跳ぶ。その瞬間矢が着弾。射た者の息を呑む音までもが聞こえる。

 灯たちは一旦見捨て、一度自分だけでも脱出しようと考え、行動に移そうとした瞬間、残る最後の脱出経路――正面の通りから複数の足音が聞こえる。

 そして次々と現れた者たちは、皆一様に弓か長物を携え、こちらに向けて一斉につがえた。

 驚いたのは、そこにいるのが全員高校生くらいの少女だったことだ。和彦と同じくらいの歳に見える少女達だが、動けば即座に射抜く、という明らかな意思を向けている。

 それに加えて最前列にいるウルフヘアの少女。勝ち気そうなヘアスタイルとは反対に、どこか眠たげな表情でこちらに得物を向ける。彼女だけ携えているのは弓ではなく、警察などが使っていそうな自動小銃を構えていた。

 素人が銃など使えば返って自分が怪我をするとか聞いたことはあるが、銃を向ける少女の身体は無駄な力みが無く、扱い慣れているような雰囲気さえ感じられた、流石にこれは身動きが取れない。


 ――やられた。


 相手の作戦にまんまと嵌ったことを実感し、俺は歯噛みする。

 すると俺たちの動きが止まったところで正面の集団の中央が開き、奥から二人の少女が出てきた。

 まず先頭を歩いてきたのが髪を後ろに括った少女。灯を先ほど氷と例えたが、彼女は、刀のような鋭さと美しさを内包する少女だった。

 そしてその後ろから堂々とした態度で現れた少女を見て、俺だけでなく灯たちも息を呑んだ。

 俗に言うツインテールという髪型に結った少女の髪は、燃えるような紅色だった。


「――ふん、罠にかかった獲物は“二人”か」


 俺と、おそらく和彦を見て赤髪の少女は言う。現実では見たことのなかった赤い髪だが、染めたときのような独特の艶はなく、不思議なほど彼女の容姿とマッチしていて、どこか陽炎のような、現実味のない美しさを醸し出していた。


「神奈、ここもいつ“ケガレ”共が来るかも知れません。長居は無用かと」

「それもそうだね――ケガレの尖兵共よ、よく聞け!」


 外にいるにも関わらず、赤髪の少女が大声を張り上げる。灯たちが怪訝な表情をしているのが見なくても分かる。


「貴様らは不届きにも我らが神聖なる領域に足を踏み入れた。おおよそケガレを領内へ誘導したかったのだろうがそれを見逃がす私では無い!!」

「……何言ってんだこいッ!?」

「誰が発言を許した。次は貴様の頭に射るぞ」


 髪を結った女がそう言ったので振り向けば、和彦の足元に一本の矢が刺さっていた。そこでまた弦を引き絞る音が聞こえたので大人しく前に向き直る。


「貴様らの処分は戻ってから下す。大人しくついてこい」


 少女の言葉の後、縄を持った少女が二人やってくる。

 俺はまた面倒な事に巻き込まれたことを確信し、心の中で今日何度目か分からない舌打ちをした。


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