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その人の名は狂気――influence panic――  作者: 無道
第2章 One rainy day
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雨降って

今回から第二章One rainy day 始まります。

☆が和彦視点、★を智也視点として展開していきます。


「――雨だ」


 ふと漏れた呟きが、むき出しのコンクリートの部屋に響いた。

 俺の言葉に反応した皆が、それぞれ外を見やる。


「……本当だ。雨なんてパニックの初日以来だな。……二週間くらい前の事なのに、今はすごく遠くに感じられるよ……」

「そうだな……」


 俊介の言葉に相槌を打つ。確かに、二週間前まではこんな世界になるなんて誰も予想していなかった。 俊介や明雄と高校に通い、退屈な授業を受けて、休み時間には馬鹿な話で盛り上がって、放課後は部活に行く。楽しいことばかりでは無かったが、それは確かに平和な日常だった。

 しかしそんな日々は遠く過去に過ぎ去った。今は感染者に怯え、夜も安心して眠れず、つい先日には、遂に俺たちの中からも死傷者が――。


「なーに辛気臭え顔してんだよ和彦。お前はどうでもいいことでいつもくよくよ悩むからなあ。見てるこっちも辛気臭くなるかもやめろっつーの」


 その時向かいの壁にもたれかかって座っていた明雄がそんな言葉を掛けてくる。明雄はこうやっていつも俺に暇があったら突っかかってくる奴だったので、これもいつも通り受け流せばよかったのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。


「……どうでもいいことだと?」


 俺は自分でも顔が険しくなるのを感じながら、正面の明雄を見据える。その眼光の鋭さに驚いた明雄の顔が一瞬引きつるが、後には退けなくなったのか言葉を続ける。


「お、おう! お前は学校にいた時からそうやっていっつもジメジメジメジメ悩んでたじゃねえか。この際だからはっきり言うけどよ、そんなこと考えても現実は変わらねえんだよ。過去の事より今の事を考えろよ」

「お前、それ本気で言ってるのか? 今まで犠牲になった人、俺たちを助けて代わりに死んだ人、その人たちの事を考えるな忘れろって、そう言うのか!?」

「二人とも止めて! ……円が怖がってる」


 ヒートアップしかけた俺と明雄を灯が止める。見れば円は不安そうにこちらを見ていた。俺は一気に頭が冷えて、申し訳ない気分になる。


「……わりぃ。ちょっと苛々してた」

「……いや、俺も今のは悪かったわ。こんな時くらい自重すべきだった……」


 お互いバツの悪そうに顔を背ける。明雄も言葉を濁したが、それが茜さんの事を言っているのは皆が分かっていた。

 茜さんが死んでからというもの、なんとなくチームの空気が重い。いつもならこんな事があった時、茜さんが率先して空気を良くしてきたからだと、今更になって気づいた。

 再び沈黙が訪れた部屋で、やがて俊介が口を開いた。俊介は全員の方に顔を向け、真剣な面持ちで面々を見る。


「……皆、聞いてくれ。掘り返したくないっていうのも分かるけど、やっぱりどこかで区切りを付けなきゃいけないと思うんだ。そうじゃないと、このどこか歯車が狂ったような状態が続けば、また……同じように仲間を喪うことになるかもしれない」

「ッ……」


 重みのある言葉に息を詰まらせる。またこの中から仲間を喪う? そんなの冗談じゃない。俺は仲間だけでも、手に届く範囲の大事な人達だけは、もう喪いたくない。


「もう二度とこんなことを起こさないためにも、これからは皆でもっと一致団結していかなきゃならないと思うんだ。……僕はもう、あんな悲劇は起こしたくない」

「……俺もそうだ、俊介。こんなとこで仲間割れしてるようじゃ茜さんもオチオチ天国に行けないよな」

「おま、和彦、なに自分だけ理解がある人間みたいな雰囲気出してんだよ! わーってるよ、俺もこれからは必要以上に和彦には突っかからねえ。これでいいだろ?」


 俺が俊介に同調すると、それまでバツの悪そうにしていた明雄も慌てたように入ってきた。すると部屋の隅で円と一緒にいた灯が明雄に冷ややかな言葉を浴びせる。


「今までのトラブル全般、全てあなたが原因みたいなものじゃない」

「なにさらっとひでえ事言ってんだよ!? 流石に毎回じゃねえよ! せいぜい五回に四回くれえだよ!」

「ほとんど全部じゃないのかそれ……」


 俺が呆れて突っ込むと、クスクス笑う声が聞こえる。見れば茜さんが死んでから一言も喋らなかった円が、微笑んでいた。

 それを見た俺たちは、どことなく嬉しい気持ちになる。


「――しばらくして落ち着いたら、茜さんのお墓を作ろう。茜さんのものは何もないけど、その方が良いと思うんだ」

「……ああ、そうしよう」


 ふと湧いた意見をそのまま口にすると、全員が頷きを返してくれた。皆の瞳には、生きていくことへの希望の光が戻っている気がした。


 ――茜さん、俺たち、生きるよ。優しかった茜さんの分まで。


 心中でそう呟き、俺は一度記憶の蓋を閉じる。茜さんとの思い出を忘れるわけではない。ただ、今は振り返らないのだ。明日を生き抜くために。


 ――パリン。


『――ッ!』


 そのとき、マンションの玄関口で、ガラスを踏み砕く音が聞こえた。これはマンションにばら撒いておいていたやつだ。

 俊介が慌てて窓からそっと外を伺う。この部屋の間取りは、ちょうどこのマンションの入り口を見下ろせるようになっている。

 窓から振り返った俊介の顔は、切迫したものになっていた。


「感染者がマンションに入ってくる! それも一体や二体じゃない、次々と外にいた奴らがなだれ込んできてる!」

「なっ!?」


 その言葉に俺たち全員が窓に走り寄っていき眼下を見下ろすと、俊介の言った通り、外にいた感染者たちが次々とこのマンションに入ってくるところだった。


「な、何でデカい音も立ててねーのに感染者がこの中入ってくんだよ!? しかもあんな数……、ここらへんにいた奴ほぼ全部じゃねえのか!?」

「しかも全員、いつもより全体的に速い……? 脚力が上昇しているの?」

「ど、どんどん入ってきます……!」


 突然の危機に俺たちはパニックになる。このマンションの近くは空き地は多く、見晴らしも良い。それを見込んでここを新たな拠点としたのだが、今はそのせいでこちらへと向かってくる感染者の数が絶望的であることがはっきりと分かってしまうため、俺たちの動揺は更に大きくなる。


(冷静に……! 今、どう動くべきが一番最善なんだ……!)


 さっき仲間をもう喪いたくないと誓ったばかりなのに、パニック寸前の頭は空回りするばかりで良案は思いつかない。


「……ここは三階だ。入って来た感染者がもしこっちの居場所を知っていたとしても、ここに来るまで少しだけ時間がある。そのうちに非常口からこのマンションを脱出する。皆、急いで!」

 

 突然の俊介の提案に明雄が食って掛かる。


「外の方が危険じゃねえのか!? それに、非常口から上がって来た感染者はどうするんだよ?」

「非常階段なら道幅が狭いから一人ずつしか襲ってこれない。リスクマネージメントの問題さ。今はここで籠城するより、外に出た方が良いと思うんだ。皆、それでいいかな?」

「私と円はそれで良いと思うわ」

「和彦は?」


 俊介がこちらを向いたとき、正直な所、俺は俊介に嫉妬してしまった。

 そんな場合ではない事も分かっていたけど、どんな状況でも俊介なら冷静に打開策を思いつくし、周りも彼の指示には従う。あの明雄だって、最後は俊介の決定には異論をはさまない。

 誰もが尊敬するリーダー。俺もそうなりたいと願うが故に、今の俺と俊介との距離の遠さを、はっきりと感じてしまう。


「……ああ、それが俊介の提案なら、それが最善だと思う」

「和彦……?」


 俺の返事にひっかかりを覚えたのか、俊介が俺に何か言おうとした時、明雄が部屋の玄関へと走り出した。


「時間がねえ! 結局俊介の案で行くんだろ? それじゃさっさと行くぞ!」

「あ、ああ!」


 俊介は俺をちらりと一瞥すると、当たり前のように先頭を走り出す。俺はそのすぐ後ろを走る。殿は円が務め、追って来た感染者がいたら、弓でけん制する。

 非常階段で何体か感染者に遭遇するが、一体ずつ現れたために、高さと数の利を活かして瞬殺して進んでいく。

 そうして三階までを一気に駆け下り、俺たちは感染者が見る間に集まってくるマンションをどうにか抜け出したのだった。


 ――しかし、絶体絶命の危機はまだ去ったわけでは無かった。


「ひゃはっ」

「――え?」


 一難去ってまた一難。マンションを脱出した俺たちの前に立ちふさがったのは上半身裸にモヒカンの、世紀末を彷彿とさせるようなもう一つの“狂気”だった――


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