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その人の名は狂気――influence panic――  作者: 無道
第1章 生まれ出づる狂気
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異変

 次の日から俺は、デパート付近の散策を始めた。だがそれは別に、食料を探してとか、生存者を捜してというわけではない。むしろ探しているのは、感染者の方だ。


「んー、なんかゾンビ共の数が初めてここに来た時よりすくねーなぁ。灯たちのグループがうち来るまででほとんど殺っちまったのかぁ?」


 感染者というのは、実はそんなに強くはない。運動能力は生前の頃の能力によって左右され、脳のリミッターが外れていてとんでもない力を発揮する、ということも無い。ドアを開けるなどの知性もないし、噛まれれば一発で感染する、というのは危険だが、一体や二体くらいならばさほど脅威とも言えない。音に反応するわりに感染者自身はうめき声くらいしか上げないため、仲間を呼ぶことなどもない。


「俺は奴らに見えてないっていう強味があっても、ゾンビがこれだけ弱いんじゃあなあ」


 このときの俺はそんな認識だったので、自分の体質がいかに優れているかをよく理解できていなかった。

 それでも、俺なりに体質を利用して、自衛能力を高めようとしていた。


「お、やっと見つけた」


 角を曲がったところで、道を歩く感染者を見つける。太った主婦で、腹からは腸が飛び出しているが、戦力にならんこともない。


「ついでだ。ここら辺に他にもいるなら、まとめて出てきてもらうか」

 

 俺はポケットから以前も使った防犯ブザーを取り出すと、取っ手のところを引っ張る。

ピピピピッという甲高い音が鳴り、通りに反響する。しばらくすると、この音に反応した数体の感染者が、通りの家から姿を現し、こちらにやってきた。


「んー、大体こんなもんか。よし、そしたら皆さん、こっちへ来て下さーい」


 俺はブザーを止めると、肉声でデパートへと誘導する。感染者は俺の声に反応するが、視覚的には何も捉えられず、結果、声の方向だけについてくる形となる。

 自衛能力の強化として真っ先に考えたのが、デパート内に一定数の感染者を配置させることだった。灯たちがやってきたときも、感染者はいくらかはいたが、最初に俺がやってきた日に気分が良くて思わずほとんどを壊してしまったため、まともに使える奴が少なかったのだ。そのせいで今、俺は左手を怪我してるわけで、流石に昨日は地に戻り、俺の馬鹿さ加減に少し反省した。

 デパートには千尋達に見つからないよう、二人の部屋の窓からは見えない裏口から、感染者を中へ入れる。


「よし、今日はこんなところでいいか。千尋達に顔を出したら帰るかー」


 町中で感染者を見つけては誘導し、デパート内に収納し終えると、千尋たちに会いに行く。そんな生活をそれからは続けていた。






 それから数日経ったある日のことだった。俺は、感染者への不可視能力以外に、自分の身体に異変が起きていることに気づいた。

 ここ最近、感染者をハーメルンの笛吹きの如く毎日誘導しているため、なかなか戦力になりそうな感染者をその日は見つけられずにいた。

 インフルエンス・パニックから早一ヶ月程度が経過し、この街も立派に荒廃が進んでいた。俺の足音がやけに大きく家屋に反響する。どんよりとした曇天の中、カラスが一羽、電柱柱に止まった。


「――」


 そこで、俺の耳が、僅かだが人の足音を拾う。かなり遠い。俺は多少警戒しながら、そちらへと歩を進めた。

 やがて予想通り、感染者が道を闊歩しているのを見つける。だが、この光景に、俺は少なくないショックを覚えていた。


「おい……ここ、さっきのとこからどれだけ離れてると思ってるんだよ……」


 俺が音を拾ってから歩いた時間は約十分程度。距離にすれば、約一キロくらいだ。そんな離れたところから、俺はこんな些細な足音を耳で拾ったというのか。普通の人ならばあり得ないことだ。

 そこで、耳に神経を集中させて音を拾ってみる。すると、それまでは聞こえてこなかった音――鳥の羽の音、感染者の足音、何かを食べる咀嚼音などが、一気に情報として入って来た。


「耳良すぎだろ……。これも、噛まれた影響なのか――ッ!」


 そこまで言ったところで、俺の耳がまた足音を拾う、それは、重く、しっかりとした足取りで明らかに感染者の鳴らす足音では無い。そしてその音の震源は、俺のちょうど少し後ろの方だ――。


「ひゃはっ」


 振り返った先には、正に“イカレテそうな”男が立っていた。眩しいくらいの明るいモヒカンに、口には輪のピアス。全体的に肥満体型なうえに上半身は裸で、ズボンのベルトに肉が乗っている。

 その男と俺は目が合った。ニヤリと嗤ったその男の笑みに、俺は見覚えがあった。

 

 ――こいつは、俺と『同種』の人種だ。


 瞬間、男はこちらへと走りだしていた。


読んでいただきありがとうございます。

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