広くんと京子ちゃん。
「ごめんな、呼び出して」
神崎広は、クラスメートの清水杏子を学校裏に呼び出した。時間帯は放課後がいいだろうと思い、直接彼女に申し出た。
クラス内でも同姓にも異性にも人気があり、教師陣にも気に入られている。頭がいいわけではないが、明るい性格でクラスの中心となり、文化祭などの行事に積極的に参加。休み時間も京子の周りには生徒が絶えない。
部活動は、都内でも数少ない乗馬部に所属していて、そこでも部長という中心軸となっている。広が聞いた噂によると、親戚が畜産を経営しており、馬を所有しているから乗馬部に入部したらしい。
乗っているところは見たことはあるが、他の生徒とは違った、経験者のオーラを出していた。馬の足を痛めないように乗馬専用のグラウンド、砂の地面の数箇所に設置してあるポールをすいすいと飛ぶ様は、実に圧巻だった。もしも、自分がやってしまったら馬に殺されるのではなかろうか?と思ってしまう。
テレビなどで間接的に見るのと、実物大を直接的に見るのでは全く違う。
うわぁおっきいねぇー………としゅごく大きいぃいぃいいいっ!!ほどの違いだ。
「ううん大丈夫、今日は部活で練習ないし」
「そっか、良かった」
なんだか妙な空気が流れている。
広は、とあることをお願いしたくここに呼び出したが、なんだろう一種の甘酸っぱい青春の香りがした。
京子もなんだか落ち着かないようで、風になびく黒髪を抑えていた。
「えっとさ、そのーなんだ?そこまで緊張しなくていいんだぞ?」
何を言っているんだこいつは。緊張して見えるだけであって、本人が緊張しているといく確証はどこにもない。この時、広が、どれだけ焦っているのかが京子に伝わってしまった。
「ごめんね、私も結構してるんだ」
なんたることだ、女子に気を使わせるなんて。日本男児の恥である。
このままでは、当初の計画に支障をきたしかねない。広は口を開いた。
が、それは意識しないと出来ない代物となっていた。
いつもは無意識に動く口が震えている。
口内も軽くだが、かちかちと鳴っている。
春先なのに汗ばんできた。
呼吸も少しばかし荒い。
これが緊張というものなのか?己の心から想う言葉を紡ぎだす、ただそれだけの行為だけで、ここまで口から放つことが出来ないのか?
今までだってずっと想っていた。が、それを公の場で言ってしまえば、非難の目がこちらに向く。仮にも相手はクラスのアイドルなのだ。彼女のファンクラブは存在したりするのだろう。
そんな人物に、今、自分は。告白しようとしている。世間の目を度外視し、己の欲求だけを満たすだけに行動する。そうしなければ、この問題をこの想いを、相手に伝えることはできない。
広は震えてしまった声で、京子に言った。
「馬刺ってうまいんかな?」
「は?」
「いやぁ、ほら?お前が乗馬してるときにふと思ったんだよ!?なんとなくな!本当に!俺、鯨とかは食ったことはあるけど、馬は食ったことはないからさ!!で、旨いのか?」
「た、食べたことはないけど、草食動物だし美味しいんじゃないかなぁー?なんて」
「親戚が畜産を経営してるんだって?食えるのか!?」
「ごめん、趣味で飼ってるみたいだから………」
「そっかぁ、そりゃ残念だ。わりぃなこんなところ呼び出して!じゃあ!」
「え、あ、うん」
にこやかに広は去っていく背中を呆然と見ながら、京子はその場に立ち尽くした。