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窓際の風見鶏と本の妖精  作者: 遥か
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1章

世の中、平和が一番。

平和の中で生活すればするほど、その真意を忘れてしまう。まさに今の自分がそうなのだなと痛感しながらも、態度を改めるつもりはない。

つまり平和の先にあるのは堕落した生活なのだなと、日光を大量に浴びた机に顔を埋め春の陽気を肌で感じながら、自らを参考に新しい定義を生み出す高校一年生。

彼の名前は小宮涼平。というか僕だ。

入学式からひと月たったので、今は五月で間違いないはず。そしてクラスでただ一人、机で誰とも話さずに過ごしている自分は間違いなくクラスで浮いている存在。

もしかしたら周りに同じようなやつがいるかも知れないが、残念なことにクラス全体を見回すような小さな勇気さえ僕には備わっていない。いわゆる小心者というやつである。出来ることと言えば、自ら望んで一人でいるように見せかけるだけ。

入学当初は努力しようと前の席の人に話しかけようとした。けれどたくさんの人がその生徒に寄ってきてタイミングを見失って、しかもその人達はみんな中学校から上がってきたみたいだったから余計に話しにくくて、高校受験で入った身としては非常に話しかけづらい感じに仕上がっていたわけなのだ。

今思うと、その時勇気を出してちゃんと輪の中に入っていれば、机と一緒に日向ぼっこをするのは授業中だけになっていただろう。もっと言えば、中学受験の時にこの学校に落ちていなければ、自分もあちら側にいられたと思うと、悔しい限りだ。

現在は授業の合間の休み時間。十分しか無いので遠出をすることは出来ない。

友達どころか、話す相手すらいない者にとっては一番苦痛な時間だ。このままうつ伏せを続けて次の授業を待つしかこの苦行を乗り越える方法はないと思ったけれど、さすがに時間がもったいないと最近感じる様になったので、なにかよい案を次の昼休みで考えようと決意してみることにした。

退屈な午前の授業が終わったので、早々に昼食を済ませ教室を抜け出す。廊下には食堂へ向かう者や、円になり昼ごはんを食べる陣形をとっているグループがいたので早足で通り過ぎる。行儀の悪い奴らだと思ったけれどやっぱり、羨ましい。

そんな友達集団を振り切ると、前方に図書室が見える。中を覗くとほとんど人がいなかった。さすがに図書室にくるような人がこんなに早く食事を済ませるわけがないな、と冷静になって分析する。

せっかくなので中に入ってみると、廊下とは全く違う世界が広がっていた。壁に背を向けた本棚が一面に敷き詰められていて、そこから人が通れるようなスペースを空けて、本棚がドミノ倒しのように配置されている。中央には六人がけのテーブルが幾つかあり、そこに座って本を読んだり勉強することができる。

こんなに静かで、心落ち着く空間があったのかというのが第一印象だった。それに友達と話していなくても、一人でいても、周りを気にしなくても良い。

素直に良い場所を見つけたと、ここへの移住を決定。

とは言ってもあまり本は読まないので、何を選べば良いのか分からない。

とりあえず中を散策していると、壁に「お薦めの本の紹介」という大きなポスターが貼ってあるのを見つけた。図書委員の子がまとめたものらしい。よく見ると同じクラスの女の子が一人でまとめたことが分かった。名前は斎条栞里と書いてある。顔は思い出せない。いや、顔と名前が一致していないといった方がしっくりくるだろうか。

特にコレと言った本があるわけでもないので、この中から選ぶことにする。親切なことに、一冊ごとに感想とその本が置かれている場所が綺麗にまとめられている。読む本に目星をつけてその場所に移動したが、目的の本が見つからない。本が抜けている棚があったので恐らくそこにあったのだろう。貸出中のようだ。もしかしたらすでに返却されているかもしれないと思ったので、図書室のカウンターに向かう。今日の自分は積極的だなと感心する。新しい居場所を見つけて気分が高揚しているのかもしれない。

カウンターには男子生徒と女子生徒がひとりずつ座っていた。男子生徒はこちらに眼を向けるどころか視線を完全に下にむけて、黙々と読書に集中している。カウンターで仕事をする気が全く感じられない。となりの女の子の手際が良くて、仕事をしなくても問題なく回っているから許されているのだろうか。

彼女は黒い艶のある髪をしていて、腰辺りまで伸びている。前髪は直線に整っていて、いかにもおとなしそうな雰囲気の子だった。身長は座っているので分からないが、華奢な体型なのが制服の上からでも分かった。彼女も本を読んでいたが、隣の男子とは違い姿勢が良い。

男子生徒には話を聞いて貰えそうに無いが、女の子に話しかける勇気がないのでカウンターの前でまごついていたら、カウンターの女の子がこちらに気づいた。

「どうしました?」突然目があったので慌てて視線をそらす。

「すいません、あの紙に書いてあった本なんですけど、本棚のところに行ったら無かったんで、もう返却されていますか?」話しかけられたので慌てて返答する。声が浮ついていたかも知れない。こういう時に自然と話ができる人が羨ましい限りである。

「えっと、もしかしてこの本ですか?」と女の子は自分が読んでいた本を顔の前に出し、鼻と口を本で隠して背表紙をこちらに見せてくる。

「あ、それだ。じゃなくって……はい、その本です。」

「すいませんでした。貸し出しは出来ますのでどうぞ」読んでいた本を閉じてこちらに渡してくる。

「あの、まだ読んでいたんじゃ、なんか申し訳ないです」

「大丈夫ですよ、もうこの本は何回も読みましたから。面白いですよ、ぜひ読んでください」

「そういう事なら読まないわけにはいかないですね。じゃあ、借ります」何故か敬語になっているのが気になりながら、生徒証を差し出す。彼女がそれを受け取ると、少し驚いたあと、申し訳なさそうな表情を見せた。

「あ、同じクラスなんですね、ごめんなさい。周りの人全然覚えられなくて。本の内容なら簡単に覚えられるんですけどね」何気なく微笑んだ顔が可愛らしい。少し緊張が解けた。

「僕も周りのことを覚えてないから人のこと言えないです」クラスで影が薄いから覚えられていない訳ではなさそうなので内心ほっとする。

「そうなんですか、じゃあ一緒ですね」

「ですね。あ、あの紙をまとめた斎条さんってもしかして」語尾を濁して相手の返答を待ってみる。この技法には名前がないが、全国で使われている有効な話法の手段の一つであることは間違いない。

「はい。私ですよ。あまり読んでくれる人がいないから、今日小宮君が本を借りに来てくれて嬉しかった、ありがとう」溢れんばかりの笑顔を直視出来ずに思わずまた目を逸らしてしまった。正直、可愛すぎるのも問題だろう。思わず、顔が熱くなる。

「えっと、どういたしまして」なんとなく恥ずかしくなってきたので、急いでその場を去ろうとする。

「あ、小宮くん待って」本を受け取って背を向けた直後だったので、肩がびくついてしまったかもしれない。ああ、恥ずかしい。

「はい、生徒証」笑顔が絶やすことなく、斎条さんが生徒証を返してくれた。

「ありがとう」

「読み終わったら感想聞かせてね」

「え? ああ、うん」気の抜けた返事をしたあと、笑顔でカウンターに戻っていく斎条さんを僕は呆けた顔でずっと目で追っていた。

席に座った斎条さんがこちらを一度見て微笑む。その後手元にあった違う本を読み始めた。

このまま立っていても仕方がないので、近くの席に座り、自分も借りた本を読み始める。周りにはあまり多くはないが生徒の数がここに来た時より増えていた。端の方に小声で話をしている生徒たちもいたが、廊下に比べれば聞こえないのと同じくらいだった。

適当に読んで斎条さんにでたらめな感想を言うわけにもいかないので、高校に入ってから一番であるとも言っても良い集中力で本に対面する。

本を読んでいたらすぐに時間が過ぎていき、昼休みが終わってしまった。

休み時間が終わってしまって残念などと考える様になったのがなんだか新鮮だなと思う。

これからの最高の暇つぶしを見つけたことも嬉しかったが、なによりも同じクラスの斎条さんと会話が出来たのが嬉しくて、次の日の昼休みが楽しみになっていた。

               *

本を借りた後の休み時間はすべて読書に費やした。昼寝の真似をしていた午前中とは比べものにならないほど充実していると思う。

斎条さんとは図書室で話してからは一言も話していない。そもそも人に話しかけるスキルが欠如しているのだから当たり前ではあるのだが。

彼女は教室では誰とも話さないで本を読んでいた。僕とは違い、図書室で見た時と同じく、背筋の整った姿勢で静かに本に視線を下ろしているのがとても印象的な感じだ。

こんなに可愛らしい斎条さんを今日まで認識していなかったのには訳がある。そう、斎条さんは僕より後ろの席なのだ。これはつまり、クラスの半分の顔を未だに直視していない事にも繋がる。

それはさておき、斎条さんが薦めてくれた本は読めば読むほど先が気になる本だったので、授業が終わって家に帰る道中も僕は本を読んでいた。おかげで何回も車や自転車にぶつかりそうになって周りに迷惑をかけてしまった。

家に帰っても、いつもならゲームやバラエティ番組を見て過ごしているのだけれど、今日は夕飯やお風呂に入っている時以外はずっと本を読んで過ごした。あまりにも熱心に本を読んでいる姿が珍しいと思ったのか、両親は神妙な顔つきで僕を遠目で見守っていた。

次の日、学校についても、僕はまだ読み終わっていない本の続きを読んでいた。もしかしたら、読む速度が遅いかもしれない。沢山読んだら、早くなるのだろうか。内容が面白いだけに早く読めない自分が少し残念に思えた。

尚も本にかじりついていると、ちょうど、探偵が犯人とそのトリックを解明している一番盛り上がるところで、思わぬ中断が入った。

「何読んでるの? 小宮くん」小宮という苗字はこのクラスには一人しかいないので、僕に話しかけていることがわかる。顔を上げると綺麗に整った顔つきの三上さんが主のいない椅子を逆向きに座ってこちらを見ている。毛先がふわりとしている茶色い髪が肩下まで伸びている。

正直言ってかなり可愛い部類に入る女の子だろう。クラスメイトと話したことはないから、推測でしかないのだけれど、クラスの男子のかなりの人数が彼女を狙っている筈だ。そう思うと急に回りの視線が気になり始める。というか、すでにたくさんの視線が集まっている事に気づいた。

ぼくの席は窓側の中央の席なので後ろからの視線も窓の反射で確認できた。ちなみに斎条さんはドア側の一番後ろの席なので、振り向かなければ反射を利用しても、見ることは残念ながらできない。

「なんでお前なんだよ」と、聞こえてきそうなくらいの熱い視線が体に突き刺さる。

それはこっちが聞きたいくらいである。もし神様がいるなら、こんなイベントでは無く、気軽に話せる友達が作れる方に変えて欲しい。神様なんて信じてないけれど。

「えっと、これ」とりあえず言葉が思いつかなかったので、斎条さんの真似をして本の背表紙を相手に見せる。これは便利。会話が苦手でも相手に伝えることができる。

「へえ、小宮くんこういう本が好きなんだ」と、三上さんは椅子の背を持ちながら首を大げさに上下に振って頷いている。

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」頭で考えていることが上手く説明できない。斎条さんが進めてくれた本だから読んでいるなんて言ったらなんて思われるのだろう、とか考えていたら中途半端な返事になってしまった。

「それ、面白いの?」三上さんの顔が椅子から乗り出してどんどん近づいてくるのでそれを避けようと体が後ろにのけぞる。それにあわせて、周りの視線もますます鋭くなっていく。こちらを見ているならこういう時の対処法、誰か教えてくれても良いのにと思う。しかし、このクラスに僕の味方はいないようだ。

クラスメイトにとってはどうしたらこんな状況になれるのかを僕に聞きたいだろうけど。うん。なんでだろうね。

「うん。面白いよ」完全に受身の態勢になっている。男のクラスメイトにも話しかけられないのだから、女の子、しかもクラスの美少女と気のきいた話なんて到底無理な話だ。

「そうなんだ、じゃあ読み終わったらその本貸してね!」

「あ、いやこれ学校の本だから貸すのは無理……か、な……」自分が悪いわけではないのに、相手の機嫌を伺うように語尾がどんどん小さくなってしまう。

「そっか、残念。今度お薦めの本があったら教えてね」機嫌を損ねることもなく、眩しいくらいの満面の笑みで返事が返ってくる。

「分かった。また今度ね」一応返事をしたけれど、まだこの本すら読み終わっていないのでそれは一体いつになるのだろう。そんな事を考えていたら始業のチャイムが鳴って、三上さんが「じゃあ、またね」と言いながら本来の椅子の座る方向に体を向けたのを確認すると、クラスの男子の視線もやっと自分から外れたのが分かった。助かった……

ふと、後ろが気になったので勇気を出して教室の後ろを振り返ると斎条さんと目があった。が、すぐに目線が読んでいるハードカバーの本に戻されてしまう。というか目を逸らされた。

もしかしてずっと見られていたのかと、一人で勝手に気まずくなっていると先生が入ってきたので仕方なく前を向くことにした。教室の後ろを振り向いた最長記録を更新したことは言うまでもない。

そのままホームルームになったので、探偵の見せ場は犯人の名前をいう直前で止まったままだった。きっと犯人は自分の名前が呼ばれるのを待たされるという、まさに生きている心地がしない状況に置かれていると考えたら、まだ自分の境遇はさほど緊迫した立場ではなかったなと思う。日常のトラブルなんて小説に比べれば平和そのものだ。

その平和も先生が中間テストの日程を発表したことで少し乱れた。どうやら試験まで二週間しか無いらしい。僕は周りには頼れる人がいない身だったので、入学から欠かさずノートは取っていたし授業も寝ないで聴いていたから、特に問題はないだろう。

本当はみんなと一緒に問題を出し合ったり、わからない問題を協力して解いたりして勉強するのが青春ってモノだろうけど、それを実行するにはまず友達が必要で、しかもそれは自分にとってテストで満点を取ることよりも難しいので、早々に諦めることにした。

休み時間だけでは読み終わりそうになかったので国語の授業中に集中して本を読んでいたら、先生の接近に気づかず、「小宮、それは先生の授業よりも楽しいのかな?」とクラス全員の前で説教をされるという赤面ものの出来事があったが、次の休み時間になんとか本を読み終え、昼休みに新しい本を借りに教室を出た。もちろんお昼は昨日と同じように素早く平らげた。お弁当早食い選手権があったらクラス代表になれるかも知れない。代表を決めるときに手を挙げる勇気があれば、の話だけれど。

廊下の端にある図書室に着く。司書の先生以外まだ誰も姿も見えなかった。

読み終わった本を返却コーナーに戻して、新しい本を探すためにまた斎条さんの「お薦めの本の紹介」が貼ってある所に足を運ぶ。

ポスターのある所に行くと、誰かが本を整理しながら近くに立っていた。

そこにいた人がこちらに気づいて目が合う。

「あ、小宮くん。こんにちは」相変わらず笑顔が可愛いなと思う。スカートもブレザーも校則通り着ているのに可愛いと思えるのは本当に素材がいいのだろう。何食べたらこうなるんだろう。というかお弁当を食べるの早くないだろうか。もしかして昼食は取っていないのかもしれない。

「あ、うん。こんにちは」あ、と言わずに、最初からこんにちはと言えるようになるまで後何年かかることやらと自分を卑下する。

「あの本どうだった?」斎条さんが、聞いてくる。

「うん。面白かったよ。読むのが遅いからかなり時間かかっちゃったけど」

「そっか、なら、お薦めして良かった」斎条さんが顔の前で両手を合わせて嬉しそうに微笑んだ。

「そんなに喜んでくれるなら僕も読んでよかったよ」自然と自分の顔もほころんでいるのが分かった。

「いえいえ、こちらこそ読んでくれてありがとう。でも、授業中に読むのはあまりお薦めしないよ?」斎条さんが少し呆れたように言った。

「えっと、ごめんなさい」頭を掻きながら謝る「あ、そうだ。他にオススメの本ないかな?」

「そうね……小宮くんはどういうジャンルが好きなの?」彼女が斜めに首をかしげた。その仕草さえ絵になるなと思う。

「うーん。あまり本を読んだことがないからいろんな本が読んでみたいかな」

 視線を上に向けて少し考える仕草をした後「それなら……ちょっと付いて来てくれる?」と、こちらに視線を戻して斎条さんが言った。

この子に付いて来て、と言われて断るやつがこの世に存在するのかと思ったけれど、すぐにいないなと結論付けして斎条さんの後に付いていく。

斎条さんは、迷うこと無く本棚の間を通り抜けては止まり、本を何冊か抜いてまた歩き始める。早足で歩いているわけではないのだが、あまりに動きがスムーズなので付いていくのが遅れてしまいそうになる。

本が多くなってきたので、代わりに本を持とうかと提案すると「ありがとう。優しいね、小宮くん」と、斎条さんはいつもの笑顔で答えた。

その後は本を見つけると僕の持っている本の上に重ねていくので、どんどん前が見えなくなっていき、斎条さんを見失ってしまう。

僕が後ろから付いて来ていないのに気づくとまた本を何冊か抱えた斎条さんが戻ってきた。

「ごめんなさい、ちょっと多かったかな?」と言って、謝られてしまった。

「あ、いや、大丈夫だよ」本当は両手に乳酸がたまってきてそろそろ限界だったけれど、こんなやつでも一応日本男児なので精一杯の見栄を張った。

「でも、手が震えてるよ、ちょっと持とうか?」小さな見栄は、すぐに見破られ、崩れ去ってしまった。しかも女の子に心配されるなんて……

結局斎条さんに何冊か持ってもらい、長テーブルの上に並べる。三十冊くらいあった。

「このグループは恋愛小説で、こっちにまとめたのは歴史の小説。そっちにあるのは推理小説だよ」他にも色々と紹介されたが、数が多すぎて頭に入ってこない。このままでは決まりそうにないので、奥の手に出る。

「斎条さんは、この中だったら何が一番オススメなの?」奥義、他力本願。少し意味は違うかも知れないけど、大体ニュアンスは伝わるだろう。誰に伝わるというのだろうか。

「そうだね、どれもお薦めだけど、やっぱりこれかな?」そう言って斎条さんは、ひとつの本を手にとってこちらに渡してきた。

「どういう本なの?」

「一言で表すと、恋愛推理小説かな?」なんとなく切ない内容を想像した。恋人もしくは想い人が犯人とかそういう内容なのだろうと山を張ってみる。

「分かった、ありがとう。早速借りてみるよ」そう言って斎条さんをその場に残し、カウンターで不愛想な男子に貸し出しの手続きを済ませてもらい本を並べていたところに戻ると、斎条さんが本と共にいなくなっていた。

「あれ?」思わず声が出てしまう。

しばらく考えて、斎条さんは消えたのではなく取り出した本を一人で戻しに行ったのだと気づいたので、慌てて彼女を探す。

本棚の間を探していたら山積みになった本を抱えながら歩いている斎条さんを発見。あまり重そうには見えなかった。何も持っていないときと左程変わらない速度で本を運び、手際よく本を片付けている。

「ごめん斎条さん。大丈夫?」急いで斎条さんに駆け寄る。

「どうしたの小宮くん、そんなに慌てて?」何事かと、斎条さんが目を丸くしてこちらに振り返る。

「いや、僕のために本を選んでくれたのに片付け一人でさせちゃって」

「そんな気にしなくても良いのに、いつもやっていることだから大丈夫よ」笑顔で言われると少し心が痛む。

「それに小宮くん、本が置いてあった場所覚えてないでしょ?」急所を付かれた気がする。

「あ、そうだね…」いや、しかしこのまま引き下がるわけにもいかないだろう。

そう思ったので、「それなら、本だけでも僕が持つよ」と、提案した。我ながら名案である。いや男子なら普通のことか。

「うーん。じゃあお願いするね」少し何かを考えた後、斎条さんが大量の本をぼくの両手に乗せてきた。

「うぐ…」正直言って重い。なんで華奢な斎条さんがこの量の本を軽々と持てるのかが不思議で仕方がなかったけど、乳酸が腕に溜まりきる前にこの手伝いを終わらせなければならなかったので、それを考えることは諦めた。

すべての本を棚に戻した時、やっぱりぼくの腕は上がらなくなっていた。斎条さんに笑われたのが少し痛かったけど、その笑顔はお釣りが来るくらいだったので、結果オーライにしておこうと思う。

                *

「そういえば、今日は図書委員の当番の日じゃないのになんで本の整理していたの?」なんとなく気になったので、昼休みが終わって教室に一緒に戻る途中、斎条さんに聞いてみた。自分から話しかけるなんてすごい進歩だ。

「私、教室ちょっと苦手で。図書室のほうが静かだし落ち着くからいつも昼休みはあそこに行って図書委員のお手伝いをしているの。あのお薦めの本の紹介のポスターも私が個人的に作ってみたんだよ」斎条さんは少し照れくさそうに答えた。

「そうだったんだ、でもすごい出来だったよ? 丁寧で分かりやすいし、字も綺麗だったし」思ったことをそのまま口にする。あれ、どうした自分。なんか普通に話せてるぞ?

「ふふ、お世辞でも嬉しい」斎条さんの照れた顔が少し赤くなって、ますます可愛く見える。

「そうだ!」何か思いついたようにパンと乾いた音を立てて両手を合わせると、斎条さんがこちらに振り向く。

「ど、どうしたの? 斎条さん」突然の事だったので少し驚いてしまった。まだちょっとした会話の変化にはまだついて行けないようだ。何事かと不審に思いながらも斎条さんの方を向いた。

「小宮くん。もし良かったらなんだけど、私と一緒に中間試験の勉強しない?」午前中、自分には叶うことのない出来事だと思っていたものが、よりによって女の子の斎条さんの口から語られた。

「えっ、ぼ、僕と?」自分の置かれている状況が全く飲み込め無かったので聞き返してしまう。

「ええ、そうよ。……もしかして嫌だったかな?」斎条さんは残念そうにこちらを見る。

「あ、そういうわけじゃなくて、僕なんかでいいの?」いや、本当にそう思う。

「本当? 良かった。断られたらどうしようかと思っちゃった」パァっと、斎条さんの顔が急に明るくなって嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、今日の放課後、図書室で待ってるね」と斎条さんが笑顔で、「じゃあ先に教室に戻ってるから」と言って、長い髪をなびかせて早足で教室に入っていった。

少し遅れて教室に戻るといくつかにまとまったグループが色々なところで話し込んでいた。斎条さんは既に席について、先程笑顔で会話していたとは思えないほど無表情で一人静かに本を読んでいる。

自分も席に座ろうかと思って席に近づくと、教卓の前で話をしていた三上さんがなぜか会話の途中でいきなり僕の席に近づいてくる。朝の出来事が思い出されて急に席に戻りたくなくなったけれど、僕には他に教室に居場所が無いので仕方なく席に着いた。

「ねえ、小宮くん」案の定、三上さんが僕の席の前に座り、体ごとこちらに向けて話しかけてくる。一体この人は何がしたいんだろう。

「な、なに? 三上さん」話しかけられるのが分かっていても全然返答が進歩していない。相性の問題だろうか? いや、それもあるが、大部分は周りの視線のせいだ。このままだとクラスの男子から迫害されてしまうかもしれない。あ、元々仲間に入れてもらってなかったっけ。……涙出てきたかも。

そんな僕の気持ちも知らずに、「昼休みどこに行ってたの?」と無邪気な顔をまた近づけてくる。本当にやめてほしい。

「いや、特には、校内をぶらぶらしてただけだよ」体を最大限に後ろに逸らしながら(後ろの人、いたらごめんなさい)せっかく見つけた心の安らぐ場所に危険が迫っていると思い、咄嗟に嘘をついた。

「ふーん。図書室とか?」見てたんですか、とツッコミを入れたくなるような的確なことを言う三上さん。思わず天を仰いで場をつなぐ。しかし良い返答は降ってきそうになかった。

「まあ、その辺かな?」顔を引きつらせながら曖昧な返事をする。

「じゃあ、朝読んでた本読み終わった?」なにが「じゃあ」なのか分からない。

「え、うん。読み終わったよ」

「どうだった? どうだった?」特に大事なことでも無さそうだが、同じことを二回言ってくる三上さん。だから顔を近づけるのはやめて下さい。

「まあ、それなりに面白かったよ」話を広げたくなかったので感想は一言だけにした。

「そっかー、今度私も借りてみようかな?」人差し指を口に当てながらわざとらしく三上さんが言った。

「良いんじゃないかな?」面白いことは事実なので、特に否定することもなく三上さんに本を薦める。

「じゃあ今日の放課後にでも借りに行こうかなー」下から見上げるようにこちらを見てくる。

「え?」一瞬心臓が止まるかと思った。さっきの会話もしかして全部聞かれていたのだろうかと思っていたら「冗談だよ、今日は予定があるからまた今度にするね」笑ってはいるが、なにを考えているか全く分からない。

「あ、そうだ。小宮くん。一緒に中間試験の勉強しない?」

「げっ」あ、しまった。

「え、嫌なの?」三上さんの表情が曇る。

「あ、いや、その…」心なしか教室全体の声が小さくなった気がした。もう勘弁して下さい。

「ねえ、小宮くん。私と一緒に―――」

「ごめん、ちょっと無理かな」三上さんの言葉を遮るように言葉を重ねる。さすがに無理は酷いと後悔したがもう遅い。後悔先に立たず。

「そ、そっか、じゃあ仕方ないね」三上さんは残念そうにうつむいた後、「大丈夫になったら一緒に勉強しようね?」と言って前を向いて席を立った。今どんな顔してるんだろう。少しだけ気になった。

周りの監視が解除され、完全に嵐が過ぎ去ってホッとしていたら首すじに痛みが走った。

「痛った!」慌てて振り向くと目を半開きにしたボブカットの女の子が座っていた。後ろの席の野中さんだ。彼女のことはプリントを後ろに渡すという重要な任務のため、彼女のことは知っていた。

 野中さんの手には先の尖った鉛筆が握られている。これで刺されたので間違いなさそうだ。何故か機嫌が悪そうな顔をしている

無言で手招きをする野中さん。顔を寄せろということらしい。耳を貸せかも。

首をさすりながら耳を近づけると、周りに聞こえないような小さな声で、

「あまり、佑香(ゆか)に冷たくしないであげてね」佑香と言うのは三上さんの名前だ。

「えっと、どういう事?」

「それは秘密」それだけを言いたかったら首を刺さないで肩を叩いてくれれば良いのにと思っていたら、

「あ、後さ」

「何?」

「あんまり後ろに寄り掛からないでくれないかな?」

「……ごめんなさい」刺されたのにはちゃんと理由があったのかと、妙に納得した僕がいた。

その後、向かい合ったまま無言の状態がしばらく続き、非常に気まずくなったところで野中さんが指を黒板の方に向けたので振り向くと、ちょうど次の授業の先生が教卓に着いたところだった。教室で立ち話をしていた生徒たちも自分の席に戻り始めている。

「……先生、来たけど?」視線を戻すと、野中さんが頬杖をつきながら気怠そうに言った。相変わらず目は半分しか開いていない。ちゃんと目を開けたらもっと可愛いのにと思う。

「あ、そうだね。教えてくれてありがとう」社交辞令というわけではないが、一応感謝の意を伝える。

野中さんは一瞬目を大きく開けた後、「良いよ、別に……」と言って、窓の外に目を向けてしまった。もしかしたら僕ほどでは無いにしても、人と接するのははあまり得意ではないのかも知れない。

それにしても、やっぱり目をちゃんと開いた野中さんは可愛いらしかった。

授業が始まるらしいので前を向こうと体の向きを前に戻そうとしたとき、視線の端で捉えた斎条さんがこちらを睨みつけていたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

そして、誰も気づくことなく、僕の教室の後ろを振り向いた時間はまたも更新されたのだった。


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