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大野颯太が取り出したアルバムをしばらく見ていたら、ある事に気がついた。
「どの写真もとってもすばらしいです。太陽の光を一身に浴びて懸命に生き抜いている花や木。それに昆虫たちの姿が、バッチリと収められていて。……でも、自然と一緒に写った人とかの写真は一枚もないですね?」
少しの沈黙を置いてから、颯太は寂しそうな瞳をして、話す。
「――――――今回はこの自然を中心に撮ろうと思っていたしね」
「こんなに命の息吹を写真から感じるから……人を撮ったら、きっともっと素敵な写真になるんじゃ」
「いやっ……人物を撮るのはあまり得意じゃないんだ。これからも撮る事はないと思う」
その颯太の言葉からは強い意思が感じられる。
彩七は硬い彼の表情から、それ以上その話に触れるのをやめて、また、写真を見始める。沢山の写真をみていると、時間があっという間に過ぎていった。
颯太は彩七をそっとしておこうと黙っていたが、あんまり熱心に見る彼女の姿に、声を掛けずにはいられなくなるのだった。
「そんな写真を気にってみてくれるなんて、珍しいよ」
「こんなに綺麗で素敵な写真、他の人は興味ないのかな?」
「そう言うの大概の人間は興味を持たないかな。ホントに興味ある人だけがみるって感じだな」
颯太が悔しそうに言うと表情は悲しみがにじんだ。
「でも、それはもしかしたら、当たり前にある風景だって決めつけて、みんながちゃんと風景をみようとしてないからかもしれない――――――でも、彩七にはどの写真もすごく惹きつけられるものばかりで……」
「かもしれないね。君にはものの本質をみる才能があるかもしれない――――――」
「そんなに褒められると――――――でも、たぶん、みんなよりみれる風景や場数が少なかったから」
「そっか。なら、これからはきっとたくさん見れるさ、みんなよりもね」
「そうだといいな」
颯太の前向きな言葉が、また彩七を笑顔にした。
「それに実は言うと、俺も写真を撮る前はみんなとかわらなかったんだ。こんなに真剣に自然と向き合う事なんてなかったよ。撮れば撮る程、どんどん楽しくなってさ、全然飽きないんだ。いつも自然は撮る度に新しい顔や景色を俺に魅せつけるし、どれひとつ同じものはなくてって」
彩七が少し可笑しそうに笑うのに気が付いた颯太。すると、恥ずかしそうに笑う。
「ごめん、俺ひとりで話に夢中になって」
「ううん、最初話が得意じゃないって言ってたし、ちょっと意外。そしたら、すんごく可笑しくて」
「なんか、写真の話はすごく話せるんだけど、他は全然で友達にもよく笑われるよ」
「写真の事話す颯太さんはとっても生き生きしていて、写真にも負けてないくらいだよ」
「そう言われると余計恥ずかしいな」
彩七の言葉に照れた様子の颯太をみて、またクスクスと軽く笑うのだった。フッと笑った顔から彩七は訴える様な表情と口調になる。
「でも、ホントにそう感じたから」
「一応、ありがとうと言っておくよ」
「うんっ。あの颯太さんって、もしかしてプロの写真家さん?」
「まだ今は違うかな。今はなれる様に努力の最中だよ」
「目指すものがあるなんて、すごく素敵っだなって――――――まだ、彩七にはそういったのが無くて」
尊敬の眼差しを颯太へ向けた彩七は羨ましそうに呟いた。
ポリポリと人差し指で顔をかく颯太。
「そうかな……きっと君ならみつけれるさ」
「そうだといいな」
「ああ、そうなったら、君が言う俺と一緒の“すごく素敵”なことになるね」
そう颯太は言ってから、彩七に優しい視線を向けた。そんな緩やかなときがながれるなか、互いの顔をみては微笑みあうふたり。
*****
「さぁ、雨足も今、ゆるくなって来た様だから帰ろう」
ひと息ついた颯太がそう言って先に立ち上がる。
彩七は差し伸べられた彼の手を掴んで立ち上がった。
「まだ、歩けそうにないのなら、俺がおぶるよ」
颯太が彩七の目の前でしゃがんで見せるのだった。
小屋を出たふたりはまた元来たぬかるんだ道を進んでいた。
雨はほとんど降ってないと言ってもよいぐらい、すっかり弱くなっている。そのおかげでか、来る時よりも颯太の足の歩みが早い。背中にはもちろん彩七を背負ってはいたが、それでもやはり今の方が早かった。
彩七は颯太の背中でキョロキョロと林道を探っていた。自分独りで駆け込んだ林道はすっかりと変わっているのだった。
それは薄暗く不気味でなにかが出そうな雰囲気だったのに、今も暗いのにさっきとは何かが違うように感じる。あんなに不気味で怖かった林が、今はすっかり怖くない。きっと、今は彼がいるから怖くないんだと背中のぬくもりを感じながら思った。