2
「よかったら、これ渡しておくよ」
ポケットから、何かを取り出した浩は手にしていた紙を彩七へと手渡す。
「それとオレ、渡部浩っていうだ」
彩七は彼に微笑んでから、知らない住所が書かれていた紙をまじまじと不思議そうに見つめた。その様子に彼は彼女に説明する。
「オレらさ、写真家のたまごで、専門学校に通ってるんだよ。で、今度そこに書いてある住所で展覧会があるんだ」
「この住所なら家の近所かもしれない。行ってもいいんですか?」
「もちらんさ。明後日から無料で展覧会はあるから、よかったら来てよ……えっと何ちゃんだっけ?」
「彩七――――――本木彩七」
「そっか、彩七ちゃんだね」
彩七に浩がそう言って微笑んだ。
「はい。展覧会必ず行きます」
「ああ。んじゃ、オレらも明日の朝には帰るけど、颯太に伝えとこうか?」
彩七は軽く左右に首をふる。
「それじゃ、彩七ちゃんが来た事だけは伝えておくよ」
「はい。色々ありがとうございます」
彩七はそう言ってウルウルとした瞳で微笑み、コテージの外へと出るのだった。また、大きな瞳に涙が滲んで来た。
ここにくれば必ず――――――颯太さんに会えると、そう思っていたのに……だけど、彼はもうここにはいない。どんなに会いたくても――――会いたくても。心細さだけが心を支配する。どうする事もできない寂しさが心に募る。
彩七には、ただ……それを受け入れるしかできなかった。
落胆した状態で帰ろうとしたが、重い足取りはついに停止。その場に颯太の事を想いながら立ち止まって動かけなくなるのだった。
不意に颯太の言葉が、何も考えられなくなっていた彩七の頭に浮かんだ。必ず明日返すと言った言葉が何度も頭の中でリプレイされる。はやる気持ちを抑えられなくなってしまうと、両親がいるコテージに意識も身体もいく。
コテージは彩七のいる場所から目と鼻の先程の距離。それなのにそれが長いと感じてしまう程、その距離さえも、彼女にはもどかしかった。
朝となんら変わり映えしないコテージへ戻ってくると、両親に颯太が来てないかを訊ねるのに、目の前にあるドアに腕を伸ばす。
開いた扉の隙間から何かがヒラヒラと宙を舞いながら、彩七の火照る顔の前をゆっくりと落ちていく。
舞い落ちた白い物体が足元に落ちるのを何もしないで、ただ見つめる彩七。足元からその白い物体をそっと拾い上げるのだった。
それが紙である事に気づいた彩七が、ふたつに折り曲げられている白い紙を開ける。そこには力強い文字が並んでいた。
ドアから少し離れた場所で、声に出して読み始める彩七。
「昨日はハンカチありがとう。ハンカチはコテージのポストに入れておくよ。大野颯太」
たったそれだけの事をこの紙に不器用な字で精一杯書かれていた。
彩七は書かれている通りに、木で出来たポストの裏の扉を開けて覗き込んだ。
そこにはハンカチが―――――――そして、ハンカチの間には鮮やかな緑色をした四葉のクローバーが、ひとつだけはさまれていた。
ハンカチを取り出してから、胸の前でそれを大事に抱え込む。颯太の優しくて暖かい気持ちが、心へ凪がれてくるのを感じるのだった。




