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最終章 ベアトリーチェの庭

             


 僕達は人形。本当の僕は母様のお腹にいる。ほらほら、ひ、ひ、ふ、ひ、ひ、ふって聞こえるよ。母様の寝息だね。僕は人形。ベアちゃん人形。幼子があの日残した庭の登場人物。僕は僕には逢えないけれども、もし逢えたらありがとうと伝えたい。僕を産んでくれてありがとう、僕も無事に産まれて下さい。

「ベアトリーチェ、何してるんだ?」

 雪が了と一緒に鉄板を運んでいた。この鉄板の上に肉を置いてバーベキューをするらしい。四歳の僕には少し想像が付かない。けれど、それはきっと美味しくて楽しいはずだ。だから、今は元気に愛想を雪に振りまくの。

「ううん、何でもないよ、父様」

 僕はそう言いながら、僕の方向に放たれるバレーボールをすんなり避けた。身体を団子虫のように丸まらせて、砂浜を転がる。大きく開けていた口から砂が入って、歯と歯の間で音楽を奏でている。面白くなって立ち上がってお気に入りの黒い上衣に付着した砂を払いながら、口の中をもぐもぐさせた。まるで自分が高台に乗っかって棒を振っている人になったみたい。身体がうずうずした。

 飛び跳ねながら永遠母様の元へと急ぐ。砂に埋まったバレーボールはそのままにしておく。飽きた、飽きた。

「喉、乾いたでしょう。そんなにはしゃぎ回って」

 永遠母様はビーチパラソルの下に置かれた椅子に腰掛けていたけど、僕が来たら急に立ち上がって僕を持ち上げた。僕の目をじっと見て笑った。母様の笑顔は好きだ。母様にそう言うといつも、ヒロインの微笑みは無敵なのよと言い返してくれた。ヒロインって何だろう、美味しいのかな? と思ったけどいつも、教えてくれないから僕は違うお話を母様にする。

「だって、李緒おばちゃんが本気になるんだもの。大人げないよ」

 李緒おばちゃんは心臓が弱かったそうだけど、悪いとこを直して今はみんなと同じになるのに頑張っているって父様が前に言っていた。僕が今、着ているようなスクール水着を着て高い波の方へと走ってゆく姿を見るととても、そう思えない。

まだ、僕の解らないことばかりだ。

父様は大学教授なので後でなんで? って聞いてみよう。

 そう考えながらぼっーと母様から貰ったアイスクリームを舐めていたら、突然身体が宙に持ち上がって、何回転も回った。頭がフラフラして、目がぐるぐると回った。高くなった風景からは遠くの方に小島がうっすらと見えた。僕は最初のうち、口を開けたまま、動かなかったがいつものようにどくん、どくん、どくんと刻む空からの母様の音を聴いて勇気が湧いてきた。僕は茶色い髪を一房、掴んで言う。

「深希、動け! ベアちゃんを色んなとこに案内しろ」

「よし、私のお気に入りのベアちゃんの頼みを来てあげよう」と猫なで声で深希おばちゃんが言った。父様は深希おばちゃんとよく、僕をあげる、あげないという喧嘩をする。けども、笑いながらするんだ、可笑しいよね。

 深希おばちゃんは李緒おばちゃんの方を向いて両手をメガホンみたいにして叫ぶ。「あんたね、私が甘えんぼベアちゃんと組まなかったらベアちゃん泣いているところよ」

「そうだよ」

 と言いながら僕は調子づいて深希おばちゃんの形の悪い頭を叩いた。よく、了おじちゃんが形の悪い頭って言っているんだ。理由は解らないけど……深希おばちゃんは女の子用の学校の先生なんだから頭の形が良いに決まっている。

「ビーチバレーの基本は取って取りまくることですよ、わーちゃん」

 そう奇声のような声で叫ぶ李緒おばちゃんの顔は海の中に入ったり、入らなかったりを繰り返している。僕は海水に顔をつけるだけで嫌々だから李緒おばちゃんは凄い。

「大人気ねぇなぁ、お嬢様。街を支配しているとまで言われている那世家の名が泣くぜ」

 了おじちゃんが僕の額をデコピンした。僕はむっとして、了おじちゃんの広い額にデコピンし返した。だけども、了おじちゃんみたいに指が上手く曲がらなくて、額に触れるだけになってしまった。それを遠くから眺めていた父様は僕の代わりに了おじちゃんの額にデコピンすると、急に二人して腹を抱えて笑い出した。

「お前、昔と変わらないな。冷静な顔で妹とできたりとかっていう破天荒振りが嘘のようだぜ」

「お前は変われよ。もう、いい年なんだから路上でアクセサリーを売るのはよせ。公務員なんかどうだ? 堅実な仕事だぞ」

「俺が受かるかよ」

「それも、そうだな」

 僕には父様の言っている意味が解らなかった。了おじちゃんから貰った熊の形のペンダントは僕のお気に入りで、僕の首に今も掛かっている。こんなアクセサリーを売っている了おじちゃんは凄いのに。

 何か冷たいものが指先についた。視線をそこに移してみるとアイスが水みたいになって、コーンを下って僕の手の甲に落ちた。何滴も落ちてくる。

 それが面白く僕は大笑いした。楽しい。僕の好きな人がみんな、ここにいる。楽しい。

 どくん、どくん、どくん、母様以外の心臓の音が激しく鼓動を打っていた。僕達は一斉に心配そうに空を仰ぎ見た。空は灰色の雲に覆われていた。

「不安なんだね」

 と僕は空に向かって、僕に向かって叫んだ。

「僕はきっと、また悲しい想いをするだけだよ。産まれる意味があるの?」

 弱々しい涙声が、僕達がいる嘘の大地へと降ってきた。僕は僕の質問に答える自信がなかった。すぐに何でも知っている僕の父様に言う。

「僕がもうすぐで産まれるけど、産まれる意味ってあるの?」

 一瞬、父様は顔を顰めて悲しそうに唇を震わせたけど、

「ベア、あるよ。それはね。ベアの中に既にあるよ」

 と僕の胸に触れた。触れた先から不思議な暖かみが伝わって、僕の心臓を動かす力になっているようだった。それでも僕には父様の言葉は解らない。助けを求めるためにみんなの顔を見回したけど、みんなにこにこしているだけだ。僕は深希に降ろして、と言って降ろしてもらうと父様のところへ走っていった。

「父様の意地悪、解らないよ」

 父様の足をパンチしながらも、空から聞こえてくる心地の良い音に耳をすます。それは波の穏やかな音とは反対に何処か、熱狂に包まれている。

 ひ、ひ、ふ、ひ、ふ。

「産まれるとどんな事ができる? 僕の賢いベア?」

 あっ、そうか、産まれなくちゃ、僕は父様、母様、李緒おばさん、了おじさん、深希おばさんに良い子、良い子して貰えなかったんだ。僕も良い子、良い子して貰いたいよね?

「教えてあげるよ、僕。それはね、」

 ほら、僕の母様のお腹を蹴る音が聞こえるよ。産まれたい、産まれたいって。





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