一章 ベアトリーチェの庭
その庭は荒れ果てていた。中心部には明らかに人為的に作られた落とし穴が掘られていた。それを作った主はせっかく作ったのだから、何か生き物を住まわせようと思った。だから、強力な毒を持つ赤い色の蛇を住まわせた。
待て待て、当然、蛇には餌が必要だ。
蛇は何を食べて生きるのだろう。主は頭を傾げた。
主が手に持っているのは縫いぐるみと大好きなお姉さんから貰ったアイスクリームだけでした。それを交互に眺めてどちらも蛇に与えるわけにはいきませんでした。
そうだ、自分の首を捧げれば良いんだ。
明瞭な回答を捻り出す事のできたご褒美とばかりに主は胴体から頭を切り離した。
「さぁ、僕の頭を食べて。お腹を壊す事なんてないよ、僕は美味しいお魚さんだから。僕の愛しい雪はマグロが美味しいなんて言っていた。そうそう、僕はそのマグロなんだ」
そう主は口をカタカタと動かしながら、蛇の巣穴へと墜ちてゆく。白い髪の朱い眼をした幼い主の表情は、これから食べられるという者の表情とは異なっていた。悠久の星々を眺めるセンチメンタリズムの固まりとも表するような恍惚感を微笑みという表情で外面へと覗かせている。美味しそうなお魚さんが向こうから、やってきたのだから蛇としてはこれを喰らわずにはいられませんでした。蛇は醜い顔をさらに醜く縦長に伸ばした。そして毒歯を滴らせて、幼子の頭を喰らった。蛇はとてつもなく、ハッピーになっちゃいました。
ハッピーになって、調子に乗った蛇は巣穴から這いずり上がろうとしましたが、砂は砂漠の砂のようにざらざらしている為か、上手く登れなかった。仕方なく、蛇は幼子の頭をしゃぶるように味わうのに専念した。
胴体だけになった主は手で反動を生み出し、立ち上がる。スペアに取って置いた猿の着ぐるみの頭部を首筋に填め込みました。これで視野が広まります。
保存食として四カ所に置かれた林檎は朱く熟しているという時期を遙かに越えて、悪臭を放っていたがなんとなく、放っておく。ただ、端に気怠い身体に鞭打ってまでも庭の最果てに行く要素が何処にもない。
「僕はアメリカ大陸の方からやってきた姫様なんだ。自分で歩くなんてしない」
今は自分の国はこの庭だけが領地になってしまったが、とは口が裂けても言いたくはなかった。尤も、口は常に波線を描いている状態だが。
木々が何本も倒れた中で暮らす主はその木々を見回して立ち尽くした。
何にもかも、全てが無駄だと知っていても人はまた、走り出せるのか? ともう、九十九回ほどの人生の中で反芻してきた自分への問いかけをいつものようにした。
そして、もう一つの問いかけはたった一つの答えで回答が成される事こそが主の希望だ。主の頬が林檎色に染まった。恥ずかしい……。
さぁ、会いに行こうか、と主は自分に問いかけて、ゆっくりと夢から醒めた。
ばいばい、僕の心達よ。