魔法少女存在悪
——悪、というものを定義するのなら、いまの僕はそれに該当しているのだろう。
「どうして? あなたはこんな人じゃなかったはず。それなのに——」
叫ぶように訴える、かつての仲間。まるで、いや本当になにもわかっていないかのように。
——「マゼンタ」と呼ぶ少女の衣装はボロボロになって、それでもなお汚れて壊れかけのステッキを僕に向ける。
攻撃しようとしている。僕に。ガタガタに震えた手で。
彼女をここまでいたぶったのは、僕だ。殺そうとしたのは、僕だ。
けど。
「——そうするしか、なかったんだッ!」
僕は叫んだ。
魔法少女を、殺すしかない。
——それしか、世界を救う道は、ないんだ。
*
赤いものが舞った。
——その力が「悪」であることを知ったのは、早い段階だった。
「はぁ……はぁ……ッ」
「初仕事おめでとっ、ブラック」
青い衣装をまとった少女——シアンが、無邪気に僕の肩を叩く。
「はぁ……ひっ……は、ぁ……」
僕は過呼吸になる。「それ」を目の前にして。
眼前に広がる怪物だったもの。否、怪物に見えていたもの。
「考えてても仕方ないよ。——こいつは罪もない一般市民に襲いかかってきた、敵なんだから」
イエローの黄色い手袋が僕の頭を撫でる。
——本当に、そうなのか?
いま思うと、イエローは既にわかっていたのだと思う。……わかっていて、それでも見ないようにしていたのかもしれない。
その「真相」について、「仕事」について、「魔法少女」の存在意義について。
疑うようになったのは、まだその時目覚めていた力が少なかったからに過ぎないのだろう。
実際、二回目の戦いでは、こんなふうには見えなかった。
——自分が殺した化物の死骸が、どう見ても人間のそれだったなんて。
「まあ、町の人の笑顔を守れたんだからこれで良しとしましょうっ! ね、ブラック!」
マゼンタはピンク色の衣装を翻して笑う。僕は落ち着こうとして息を深く吸って——死臭が漂うことに、気づいて。
「きょ、今日は……帰る」
光が僕の身体を包んだ。——一瞬目がくらんで、次の瞬間には既に男の体へと戻っていた。
「あっ、ちょっと? ブラック?」
「そっとしてやんなよ、シアン。初仕事で疲れてんでしょ」
「そんなー。みんなでスイーツでもって思ったのにー」
背中に寒気がした。——慣れというのは、こんなにも「殺人」をカジュアルにしてしまうのか。
それ以上に——なんだったんだ、あの死骸は。
考えれば考えるほど、恐ろしく、おぞましくなって。
まずは、疑った。自分を疑った。自分の力を、疑った。
——何故、僕は「魔法少女」になったのだろう。この力の正体はなんなんだ。
バクバクと脈打つ心臓。息苦しさは幾度も、幾度も。
「死にたくな」
「敵」を潰すたび「やめッ」幾度も「人殺し……っ」幾度も。
幾度も「たすけて」幾度も「ごめ」考えて「殺せ!」悩んで「ころして」思い悩んで「死ねッ」苦しんで「——やめて——」苦しんで「ころしたく、な」
「ああ、わかった」
ようやく見つけた結論は。
「彼らは、操られてる」
僕らが殺していたものは、本当はただの人間で。
「魔法少女は、存在悪なんだ」
僕らを殺すために操られた人間で。
「……なら、僕が為すべきことは」
僕は、躊躇わなかった。
慣れというのは、殺人ですらカジュアルなものにしていく。
「なんで……ブラッ」
シアンはなにもわからないまま、怯えた顔で死んでいった。
「…………お前はそういう結論だったんだな」
イエローは悟ったような顔をして、抵抗することなく殺された。
仲間を二人殺した。——最初の一人を殺した時点で、僕は既に「悪」だったのだろう。
残るは、一人だ。いま相対する彼女、ただ一人だ。
*
「まだわからないんだ。——魔法少女は、世界の癌だってこと!」
叫ぶ僕に、眼前の少女は「わからない」と返す。
「どうして? わたしたちは……世界を救うために、世界の敵を倒して」
「それは幻想だった! ……僕達が倒して——殺してきたのは、人間だった」
「……嘘を言うのは止めてよ」
「嘘じゃない。彼らは魔法少女を倒すために、世界に操られてた罪なき人々……それを、僕達は」
「うそ……でしょ。——なら、わたしたちの、やってきたことは?」
「悪。純然たる、無駄だったんだ」
「そんなことはない、はず。……悪い化け物……あいつらが、みんなを襲ってきてたから……笑顔を、奪ったから」
茫然自失とする彼女に、僕は武器の細剣を向けた。
「そもそも、魔法少女がいなければ、誰も襲われなかった……っ」
「そっか。……そう、なんだ」
マゼンタの声。瞬間、視界が眩む。——歪む。少女の周辺が。
「歪め。潰れろ」
——圧殺。
剣は、能力に指向性を持たせるための照準器。空間ごと相手を圧縮して、殺す。
一撃必殺。普段なら、簡単に潰せる。——相手がただの「一般人」ならば。
「でも、とても苦しそうだよ?」
声が聞こえた。——背後。
息を呑んだ。瞬間、熱——頭の横をかすめる、熱光線。熱を操る、マゼンタの能力。
目の当たりにしたそれは、しかし。
「手加減、すんなよ!」
「聞きたかったんだもん。……きみの話」
息が上がっている。声が震えている。——互いに。
「どうせッ! 嘲笑ってんだろ!? なあ——なあッ!」
「なんで、泣いて」
「黙れッ!」
どうせ、自分が殺されたくないだけのくせに。
頬を涙が伝うのは、ただの生理現象だ。息苦しいのは熱のせい。
悪いのは僕達だ。なにもかも、僕達が悪い。——そのはず、なんだ。
——強がりなのは、自分でもわかっていた。
「シアンも、イエローも死んだ。殺したッ! ……あとは、お前だけなんだ」
「わたしを倒して……どうするの」
「僕も死ぬ。……そうすることで、罪の精算はなされる」
「そっか。……あなたが死ぬのは、嫌だよ?」
「そうするしか、世界を救う方法はない……ない、から……ッ」
迷ってなんかいない。
——それが自分に言い聞かせているだけの言葉だということは、誰よりも僕が一番わかっていた。
「……お願い。死んでッ」
この世には、正義なんてありはしない。そのくせ悪とされるものはたくさんいて、悪と悪がぶつかりあって勝ったほうが正義と呼ばれる。
ただ、彼女の善性が本物だったのだとするならば、それに対峙する僕は「悪」以外の何物でもないのだろう。
故か。故にだ。
——悪、というものを定義するのなら、いまの僕はそれに該当しているのだろう。
「わかった」
構えたレイピア。能力の発動。——狙うのは彼女ではない。
自己防衛のためにステッキを構えた彼女。一秒の静寂。——刹那。
僕の背後の空間が、破裂した。
圧縮した空間を一気に解放することで、爆発的な風が生まれる。
「——ッ」
僕は、飛ばされた。剣を構えたまま。
質量を持った刺突。それを、彼女は——。
「なんで、受け止めた……っ」
マゼンタは吐血して、微笑んでいた。
胸の下に刺さった剣。——彼女はもう、永くない。
「ほんとは、ね。ビームを撃とうとしたんだ。いれちがいで」
「……なんで」
「あはっ。……できなかった。できなかった、よ。……あなたを、殺すなんて」
避けなかった。——僕の話を信じてくれた、のか。
あんな話を信じて、相打ちになるようにして——できなくて。
僕が、残ったのか。僕、だけが。
筋書き通りのはずだった。
なのに、なんで。
「……泣いてるんだ。夢、叶ったのにね」
指摘されて、地面に大粒の雫が落ちていることに気づいた。
「……んで」
ぼやけた視界。冷たくなる手が、僕の上に置かれた。
「よかった。……これで、もう、悪い化け物は、襲ってこない。…………みんな、えがおだ」
「なんで……なんで、僕を裁いてくれなかったの……」
もう、彼女の声は帰ってこなかった。
ぼやけて見える彼女の顔はどこか安らかで。——僕を憎んでいるようにはとても見えなくて。
「せめて、憎んでよ……」
ただ一言、泣きじゃくりながらこぼした。
——じゃなきゃ、僕が善人みたいじゃないか。
*
——悪、というものを定義するのなら、いまの僕はそれに該当しているのだろう。
「死にたく——」
ぐしゃっと潰れる、敵に見えていたもの。理性を失ったそれを、今日も圧縮する。
「……人殺し」
見ていた子どもに石を投げつけられた。
わかっている。僕がただの殺人者であることなど。
それでも最後に残った悪を消せずにいる僕は、少なくとも善でも正義でもありはしない。
今日も僕は殺している。自分や周りの人間を襲った「敵」を殺している。
立派な殺人者。マッチポンプの殺戮者。
誰かが僕を裁くまで、この日々は続いていってしまうのだろう。
それが、魔法少女の宿命なのだ。
Fin.
面白かったら、ぜひ下の星マークやハートマークをクリックしてくださると作者が喜びます。ブックマークや感想もお待ちしております。




