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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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魔法少女存在悪

掲載日:2026/10/05


 ——悪、というものを定義するのなら、いまの僕はそれに該当しているのだろう。


「どうして? あなたはこんな人じゃなかったはず。それなのに——」

 叫ぶように訴える、かつての仲間。まるで、いや本当になにもわかっていないかのように。

 ——「マゼンタ」と呼ぶ少女の衣装はボロボロになって、それでもなお汚れて壊れかけのステッキを僕に向ける。

 攻撃しようとしている。僕に。ガタガタに震えた手で。

 彼女をここまでいたぶったのは、僕だ。殺そうとしたのは、僕だ。

 けど。

「——そうするしか、なかったんだッ!」

 僕は叫んだ。


 魔法少女を、殺すしかない。

 ——それしか、世界を救う道は、ないんだ。


    *


 赤いものが舞った。

 ——その力が「悪」であることを知ったのは、早い段階だった。

「はぁ……はぁ……ッ」

「初仕事おめでとっ、ブラック」

 青い衣装をまとった少女——シアンが、無邪気に僕の肩を叩く。

「はぁ……ひっ……は、ぁ……」

 僕は過呼吸になる。「それ」を目の前にして。

 眼前に広がる怪物だったもの。否、怪物に見えていたもの。

「考えてても仕方ないよ。——こいつは罪もない一般市民に襲いかかってきた、敵なんだから」

 イエローの黄色い手袋が僕の頭を撫でる。

 ——本当に、そうなのか?

 いま思うと、イエローは既にわかっていたのだと思う。……わかっていて、それでも見ないようにしていたのかもしれない。

 その「真相」について、「仕事」について、「魔法少女」の存在意義について。

 疑うようになったのは、まだその時目覚めていた力が少なかったからに過ぎないのだろう。


 実際、二回目の戦いでは、こんなふうには見えなかった。

 ——自分が殺した化物の死骸が、どう見ても人間のそれだったなんて。


「まあ、町の人の笑顔を守れたんだからこれで良しとしましょうっ! ね、ブラック!」

 マゼンタはピンク色の衣装を翻して笑う。僕は落ち着こうとして息を深く吸って——死臭が漂うことに、気づいて。

「きょ、今日は……帰る」

 光が僕の身体を包んだ。——一瞬目がくらんで、次の瞬間には既に男の体へと戻っていた。

「あっ、ちょっと? ブラック?」

「そっとしてやんなよ、シアン。初仕事で疲れてんでしょ」

「そんなー。みんなでスイーツでもって思ったのにー」

 背中に寒気がした。——慣れというのは、こんなにも「殺人」をカジュアルにしてしまうのか。

 それ以上に——なんだったんだ、あの死骸は。


 考えれば考えるほど、恐ろしく、おぞましくなって。

 まずは、疑った。自分を疑った。自分の力を、疑った。

 ——何故、僕は「魔法少女」になったのだろう。この力の正体はなんなんだ。

 バクバクと脈打つ心臓。息苦しさは幾度も、幾度も。

「死にたくな」

「敵」を潰すたび「やめッ」幾度も「人殺し……っ」幾度も。

 幾度も「たすけて」幾度も「ごめ」考えて「殺せ!」悩んで「ころして」思い悩んで「死ねッ」苦しんで「——やめて——」苦しんで「ころしたく、な」


「ああ、わかった」

 ようやく見つけた結論は。

「彼らは、操られてる」

 僕らが殺していたものは、本当はただの人間で。

「魔法少女は、存在悪なんだ」

 僕らを殺すために操られた人間で。

「……なら、僕が為すべきことは」

 僕は、躊躇わなかった。


 慣れというのは、殺人ですらカジュアルなものにしていく。

「なんで……ブラッ」

 シアンはなにもわからないまま、怯えた顔で死んでいった。

「…………お前はそういう結論だったんだな」

 イエローは悟ったような顔をして、抵抗することなく殺された。

 仲間を二人殺した。——最初の一人を殺した時点で、僕は既に「悪」だったのだろう。

 残るは、一人だ。いま相対する彼女、ただ一人だ。


    *


「まだわからないんだ。——魔法少女は、世界の癌だってこと!」

 叫ぶ僕に、眼前の少女は「わからない」と返す。

「どうして? わたしたちは……世界を救うために、世界の敵を倒して」

「それは幻想だった! ……僕達が倒して——殺してきたのは、人間だった」

「……嘘を言うのは止めてよ」

「嘘じゃない。彼らは魔法少女を倒すために、世界に操られてた罪なき人々……それを、僕達は」

「うそ……でしょ。——なら、わたしたちの、やってきたことは?」

「悪。純然たる、無駄だったんだ」

「そんなことはない、はず。……悪い化け物……あいつらが、みんなを襲ってきてたから……笑顔を、奪ったから」

 茫然自失とする彼女に、僕は武器の細剣(レイピア)を向けた。


「そもそも、魔法少女(ぼくたち)がいなければ、誰も襲われなかった……っ」


「そっか。……そう、なんだ」

 マゼンタの声。瞬間、視界が眩む。——歪む。少女の周辺が。

「歪め。潰れろ」

 ——圧殺(クラッシュ)。

 剣は、能力に指向性を持たせるための照準器。空間ごと相手を圧縮して、殺す。

 一撃必殺。普段なら、簡単に潰せる。——相手がただの「一般人(ばけもの)」ならば。

「でも、とても苦しそうだよ?」

 声が聞こえた。——背後。

 息を呑んだ。瞬間、熱——頭の横をかすめる、熱光線。熱を操る、マゼンタの能力。

 目の当たりにしたそれは、しかし。

「手加減、すんなよ!」

「聞きたかったんだもん。……きみの話」

 息が上がっている。声が震えている。——互いに。

「どうせッ! 嘲笑ってんだろ!? なあ——なあッ!」

「なんで、泣いて」

「黙れッ!」

 どうせ、自分が殺されたくないだけのくせに。

 頬を涙が伝うのは、ただの生理現象だ。息苦しいのは熱のせい。

 悪いのは僕達だ。なにもかも、僕達が悪い。——そのはず、なんだ。

 ——強がりなのは、自分でもわかっていた。

「シアンも、イエローも死んだ。殺したッ! ……あとは、お前だけなんだ」

「わたしを倒して……どうするの」

「僕も死ぬ。……そうすることで、罪の精算はなされる」

「そっか。……あなたが死ぬのは、嫌だよ?」

「そうするしか、世界を救う方法はない……ない、から……ッ」

 迷ってなんかいない。

 ——それが自分に言い聞かせているだけの言葉だということは、誰よりも僕が一番わかっていた。

「……お願い。死んでッ」


 この世には、正義なんてありはしない。そのくせ悪とされるものはたくさんいて、悪と悪がぶつかりあって勝ったほうが正義と呼ばれる。

 ただ、彼女の善性が本物だったのだとするならば、それに対峙する僕は「悪」以外の何物でもないのだろう。

 故か。故にだ。

 ——悪、というものを定義するのなら、いまの僕はそれに該当しているのだろう。


「わかった」


 構えたレイピア。能力の発動。——狙うのは彼女ではない。

 自己防衛のためにステッキを構えた彼女。一秒の静寂。——刹那。

 僕の背後の空間が、破裂した。

 圧縮した空間を一気に解放することで、爆発的な風が生まれる。

「——ッ」

 僕は、飛ばされた。剣を構えたまま。

 質量を持った刺突。それを、彼女は——。


「なんで、受け止めた……っ」

 マゼンタは吐血して、微笑んでいた。

 胸の下に刺さった剣。——彼女はもう、永くない。

「ほんとは、ね。ビームを撃とうとしたんだ。いれちがいで」

「……なんで」

「あはっ。……できなかった。できなかった、よ。……あなたを、殺すなんて」

 避けなかった。——僕の話を信じてくれた、のか。

 あんな話を信じて、相打ちになるようにして——できなくて。

 僕が、残ったのか。僕、だけが。


 筋書き通りのはずだった。

 なのに、なんで。


「……泣いてるんだ。夢、叶ったのにね」

 指摘されて、地面に大粒の雫が落ちていることに気づいた。


「……んで」

 ぼやけた視界。冷たくなる手が、僕の上に置かれた。


「よかった。……これで、もう、悪い化け物は、襲ってこない。…………みんな、えがおだ」


「なんで……なんで、僕を裁いてくれなかったの……」


 もう、彼女の声は帰ってこなかった。

 ぼやけて見える彼女の顔はどこか安らかで。——僕を憎んでいるようにはとても見えなくて。

「せめて、憎んでよ……」

 ただ一言、泣きじゃくりながらこぼした。


 ——じゃなきゃ、僕が善人みたいじゃないか。


    *


 ——悪、というものを定義するのなら、いまの僕はそれに該当しているのだろう。

「死にたく——」

 ぐしゃっと潰れる、敵に見えていたもの。理性を失ったそれを、今日も圧縮する。

「……人殺し」

 見ていた子どもに石を投げつけられた。

 わかっている。僕がただの殺人者であることなど。

 それでも最後に残った悪を消せずにいる僕は、少なくとも善でも正義でもありはしない。


 今日も僕は殺している。自分や周りの人間を襲った「敵」を殺している。

 立派な殺人者。マッチポンプの殺戮者。

 誰かが僕を裁くまで、この日々は続いていってしまうのだろう。

 それが、魔法少女の宿命なのだ。


Fin.


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