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Children of Sanuma 〜いつか白雪姫に〜

作者: momo
掲載日:2026/09/19

 朱里はまいにち絵本を読むのが日課である。絵本は徹頭徹尾、プリンセスものと決まっている。

 シンデレラ、美女と野獣、眠れる森の美女、リトル・マーメイド、ラプンツェル……。揃えた絵本をずらりと並べ、今日はどれを読もうかと考える。

 しかし昨今は、悩むまでもなく白雪姫一択であった。

 当然どのお姫様も大好きだけれど、特に7人のこびとたちと仲良く森の中で暮らす白雪姫は想像するだけで心躍った。

 朱里の家も祖父母に両親に、兄四人、お手伝いさんもいる大所帯なので、賑やかな生活には親近感もあった。

 朱里は白雪姫になりきって、まずは七人のこびとたちを探した。


 まず、おじいちゃんがドイツの視察に行った時に、お土産で買ってきてくれたシュタイフのクマのぬいぐるみ。これがこびと1号。続いてパパとママがお誕生日に買ってくれたドレス姿のリカちゃん人形。これはこびと2号。そして、おばあちゃんがお出かけした時に買ってくれた、シルバニアファミリーのウサギの女の子と男の子。これはこびと3号と4号。……しかし7人には足りない。

 困ってこびとたちを探しに、隣の海里の部屋に入る。

 ギターだの、マンガだのが乱雑に投げ出してある中に、ふと、タンスの上に置いてあるの怪獣のフィギュアが目に入った。びくり、と肩を震わせる。こんな怖いものはこびとにはなれない。その隣には、銃を持った金属製のロボット。これも怖い。こびと失格だ。

 朱里は肩を落とす。そして、部屋に戻りノートに文字を書いた。

 ーーしちにんのこびと たりない

 びり、とページを千切って早速リビングで何やら書き物をしているママに見せる。

 「七人のこびと? 白雪姫の?」

 うん、と頷く。

 「今あるおもちゃで我慢なさい」

 そうすげなく言われては立ち去るしかない。しかしまだ希望は、ある。今度はメモを持っておじいちゃんのいる離れへと向かった。おじいちゃんは何やら電話で話をしている。

 朱里はメモを見せる。

 電話を続けながら、おじいちゃんはメモを受け取った。首をかしげる。

 朱里は、さらにメモに書き加えた。

 ーーしらゆきひめ

 おじいちゃんはうんうん、と大きく頷きメモを受け取った。

 電話は続く。朱里は本当にわかってくれたのかな? と訝りつつも、おじいちゃんの電話での話しぶりが熱を帯びてきたので、仕方なしに部屋を出た。


 とりあえずこびとはOK。あとは自分が白雪姫になるだけだ。

 どうしたらなれるかな?

 美人になるには、どうしたらいいかな?

 白雪姫は頭に赤いリボンを付けている。それから黄色いスカート。

 買ってもらった子供用ドレッサーの引き出しには、いろいろなリボンが収められている。ピンク色のも、レースのも、当然赤いのもある。赤いリボンを朱里は頭に付けて、クローゼットを開けた。

 リボンの付いたワンピースに、赤いチェックのシャツ。フリルのついた水色のスカート。これではない、あれでもないと探してひまわり柄のスカートをつかんだ。これは黄色い。早速穿き替える。

 これで白雪姫完成。

 朱里は4人きりのこびとを並べて、白雪姫の絵本を読んでやった。言葉は出ないが、1ページ1ページ丁寧に捲って見せてやる。

 もう何度も読んでいるので、次にどんなページが来るかはわかりきっている。得意である。

 白雪姫は毒りんごを食べて倒れてしまうのだ。りんごは危険。朱里はだから最近はりんごは食べないようにしている。代わりに梨を剝いてもらう。大地の家からもらった梨は甘くて美味しいし、毒の心配もない。

 いつかそれを母が大地に伝えたことがある。

 「うぢの梨はうまいべ!」大地は自分の家の農作物のこととなると自慢げであった。「じいちゃんが作って、父ちゃんが作ってっから、世界一美味い梨だべ!」

 朱里は頷く。その通りだ。

 「ほんでな、おれが大きくなったらな、こーっだにえがい梨さ作んだ!」そう言って大地は両手を精一杯広げるのである。「一個食べ切るのも容易でねえんだ!」

 そんなに大きかったら、たしかに。朱里は頷く。

 毒りんごなんかではなく、大地が作ってくれる梨を白雪姫も食べればよかったのに。毒はないし世界一美味しい。ああ、残念だ。


 そうして夜ベッドに入る時には、必ず白雪姫の絵本を母に読んでもらうのだった。

 ある日、朱里の母は「むかしむかし、あるところに……」と読み始め、そしてくすっと笑いながら「しゅり雪姫というお姫様がいました」と言った。

 朱里は目を見張った。

 「しゅり雪姫は、たいそうかわいらしいお姫様でした」

 震撼しつつ、ママの顔を凝視する。

 「今日は、しゅり雪姫、ね」

 鼓動が高鳴る。

 なんてすばらしい名前だろう。しゅり雪姫。そうだ、私はしゅり雪姫。

 熟知し切った絵本の内容が、今日はとても輝かしいものに思える。

 女王の、「国一番の美人は誰か」という問いかけに、鏡が「しゅり雪姫」と答える。

 ーー下妻国の一番の美人、しゅり雪姫。

 ーー七人のこびとたちに慕われる、しゅり雪姫。

 ーーそして王子様に愛される、しゅり雪姫。

 朱里はすっかり頬を紅潮させて絵本に没頭した。もう寝るどころではない。体中がかっかと熱くなり、そして嬉しかった。幸せだった。

 それからというものの、朱里はすっかりしゅり雪姫になり切った。

 早速お絵描き帳に、「しゅりゆきひめ」と文字を書いた。素晴らしい名前だ。

 お絵描き帳には白雪姫の絵を描いた。否、これはしゅり雪姫。黒い髪には赤いリボン。青くふくらんだ袖。黄色いスカート。我ながら素晴らしい出来だった。

 一枚では飽き足らず何枚も、何枚も、描いた。お絵描き帳はすぐにしゅり雪姫でいっぱいになった。


 ある日のこと。

 「おーい、朱里」

 東京の議員宿舎から帰って来たおじいちゃんが数日ぶりに帰宅するなり、大きな箱を朱里に差し出した。それはきれいな包装紙に包まれて、ピンクのリボンが掛けてあった。

 「東京でおめの欲しがってたもん買って来たど。ほれ、開けてみろ」

 何だろう、この大きなものは。朱里は驚きのあまり身をすくめた。

 そっと、そっと、震える指でリボンを解く。包み紙を開くと、嗚呼、そこには七人のこびとたちのぬいぐるみが入っていた。

 朱里は信じられないとばかりに目を見開き、そしてすぐにおじいちゃんを見上げた。

 「おめの欲しがってたの、これだっぺ?」

 朱里は頷く間もなくおじいちゃんに抱き着く。

 そこに母がやってきて、「またおじいちゃんは、朱里にばかりお土産ですか」と苦笑を漏らしながら言った。

 「お土産でねえど。こら、必要経費。朱里にとって必要なもんだかんな。なあ?」

 「まあ……」

 おじいちゃんは朱里の頭を撫でて、そのまま帽子を取り、母に手渡すとすたすたと中へと入っていく。

 朱里はこびとのぬいぐるみを箱から取り出して、一体一体力いっぱい抱きしめていく。

 私はしゅり雪姫。よろしくね。そんな思いを込めた。

 しかしそれからが大変だった。朱里は家中どこへ行くにも7人のこびとたちを携えなければ気が済まなかった。

 その夜から早速それは始まった。ベッドの脇ににこびとたちを並べる。一人一人におやすみなさいをしてから絵本を読んでもらって、そして眠る。

 朝起きる。着替えを済ませたらリビングに降りていくが、こびとたちも連れていかなくてはならない。しかし、小さな朱里は7人のこびとたちを一気に連れていくことはできない。せいぜい二人、途中落っことしてしまうことを前提にしても三人。計、三往復は必須である。でも朱里はその労苦を厭わない。それよりも7人のこびとと一緒に暮らすことの方が余程大切である。

 第一陣、先生、てれすけ。第二陣、ごきげん、ねぼすけ、頑張ってくしゃみ。第三陣、おこりんぼ、おとぼけ。リビングのソファに7人が、これで初めて揃うのである。

 日本間で祖母に日舞を習う時にも同じだった。

 今度はリビングから日本間へと連れ出す。また第一陣、先生、てれすけ、ごきげん。第二陣、ねぼすけ、くしゃみ。第三陣、おこりんぼ、おとぼけ。ときっちり三往復してからの練習開始。

 朱里の「藤娘」を、7人のこびとたちが部屋の隅で見守る。朱里はしゅり雪姫としての矜持から、いよいよ練習に気合が入る。祖母もその変化には目を見張らざるを得ない。いつも指摘することになる肩の落とし方、胸の張り方、表情に、朱里が精一杯挑んでいるのがわかる。それで思わずため息を漏らした程だ。

 「いやあ、今日は随分上出来だっだど? あのおじいさんたちのぬいぐるみ並べとくと、すっかりお姫様になんだっぺ」練習後、祖母は母にこっそり告げる。

 「そらいがったですけど……あっぢこっぢよく飽きもせず運んで。もう、根っからお姫様のつもりんなっで……」

 「朱里は女の子。もうそれ以外あんめな」祖母はため息交じりに笑った。「でもな、きっとあの子らが大きくなる頃には、どんな生き方だって受け入れてもらえるようになるべ。じいちゃんもそのづもりで色々頑張ってる。心根さえしみじみしてらあ、そっちの方が遥かにだいじだべ」

 母はそうであってほしいと願いつつも、力なく頷く。その肩を祖母がそっと摩った。


 二十年後ーー。

 今月は偶然ハロウィンの日にライブが控えていた。さて、どんなライブにしようか、特別なものにしようと、練習後いつもの如く朱里の家で夕飯がてら雑談に花を咲かせていると、ルアンから「アンコールでみんな仮装したら面白がっぺよ!」というアイディアが出、それぞれ仮装をすることになった。

 朱里はそういうことは不得手な性質である。ライブだからこそ、しかもそれらが全て自分で作った曲だからこそ、どうにかこうにか人前に立っているものの、できることならばあまり目立つようなことはしたくない。だのに仮装だなんて。

 げんなりした表情にいち早く気づいた大地が、

 「おめは、あれ、白雪姫だっぺ!」と、おもむろに叫んだ。

 朱里は首をひねる。

 「だってよお、ほれ、覚えてねえが? ガキん頃白雪姫大好きだったっぺよ。こびとのぬいぐるみさあっぢこっぢ連れ回してよお。それからほれ、おめ、自分のこと『しゅり雪姫』だっつって威張ってたっぺな!」

 朱里の頬がみるみる赤くなった。

 「ほだほだ」大河まで参戦してくる。「大きくなったら『しゅり雪姫』になるっつって、頭さ赤いリボン付けてたっぺよ」

 朱里は思わず顔を覆った。

 「ほんじゃ、おめは白雪姫な。いや、違う『しゅり雪姫』」そう、ルアンに肩を叩かれても顔は覆ったまま。

 「朱里が『しゅり雪姫』だっつうなら、おめは……」大地はルアンの顔をまじまじと凝視する。

 「ルアンケンシュタインで行ぐべ!」大地が言った。

 「は? 何? ……フランケンでねえの?」

 「ルアンケンシュタインだ」

 ルアンはしばし考えてからにやり、と笑い、「ゆらゆら、ふらふら出ていってドラムぼかすか叩いたらなかなかかっけえどな!」と拳を叩いた。「いいべいいべ」

 「しゅり雪姫にルアンケンシュタイン……。おめは」大地はしばらく何やら考え込みつつ、今度は大河の顔を凝視する。大河は思わず顔をそむけた。

 「タイガーマスクだべ!」

 「……安直……小学生のあだ名と同じレベルでねえが」

 「安直だっていいべ! おめはタイガーマスクな!」

 「統一感がねえべよ」

 「いいんだよ。下妻のお姫様と下妻の化け物と、下妻のヒーローだべ。……さて、おれはどうすっかな」大地はおもむろに近くにあった朱里の手鏡を手に取り、自分の顔をまじまじ見つめながら伸びた髪の毛を弄っていたが、ふと思い立ち、

 「ほだ! おれは狼男にすべ! 下妻の害獣だ! 髪の毛切らねえでいだらいまちっと伸びてちょうどいいべ!」と叫ぶ。

 あっという間に決まった。

 しかし朱里はどうしよう、どうしよう、と内心気が気ではない。焦燥、恥かしさ、それから一抹のうれしさもあるのは確かだ。

 そうして思い返す。白雪姫、たしかに子供の頃大好きだった。絵本を毎晩ママに読んでもらっていたっけ。そればかりではない。おじいちゃんに買ってもらったこびとたち、たしかに家中どこにでも連れ回していた。赤いリボン、それから黄色いスカート、とにかくあの時から仮装に準じた格好をして悦に入っていたのも事実だ。ああ、それから、たくさん白雪姫の絵を描いた。ううん、あの時しゅり雪姫、とおそらくはふざけ半分にママに言われて、そうだ、その通りだと思い込み、私も大きくなったら下妻国のお姫様になって、そして7人のこびとたちと、それから王子様と幸せに暮らして……、そんなことを想像しては毎日楽しかった。そうして今度はその白雪姫の恰好をしてギターを弾くのか。ハロウィンライブで……。

 「なーんで、おめ、にやにやして。やっぱ楽しみなんだっぺ」

 大地に言われてますます朱里は顔を覆い、さらにうずくまった。


 そしてハロウィンライブ当日ーー。

 待ちくたびれたとでもいうように、客席からは手拍子とアンコールのほとんど怒声ともいえる声が轟いている。

 ライブの本編が終了すると、楽屋ではすぐにスタッフ総出で四人の仮装が開始された。

 ルアンは元々白人の血が色濃いので白塗りはほぼ不要、目の周りをぐりぐりと黒く塗り、額に疵のメイクを施しただけで、一気にそれらしい面立ちになった。後は髪をぐしゃぐしゃに乱し、フランケンシュタインのボロボロの衣装に着替えれば終了である。

 大地も伸ばしっ放しにした茶髪をワックスで逆立て、毛むくじゃらの狼の着ぐるみを着たらもうそれだけですっかり完成である。尻尾が気に入ったのかやたらぶんぶん振り回している。

 大河もタイガーマスクを被って、マントを羽織れば基本的には終了。顔を出さなくていいのでいつもより落ち着いているぐらいである。

 一方、別室で白雪姫衣装に着換えてリボンを付けてもらった朱里は、緊張した面立ちで鏡を覗いた。スタッフからレプリカのりんごを手渡され、ためらいがちに頷いて受け取る。

 ーーどうしよう。変に思われないかな。元男のくせにお姫様気取り、と嗤われるかもしれない。ああ、やっぱり断れば良かった。何が白雪姫だ、うぬぼれている。不似合いだ。

 そう思うとライブ本編よりも緊張してくる。俯きながら楽屋に入った。

 大地が無言で朱里をぐい、と一瞬抱きしめ、そのまま真っ先にステージに飛び出していく。

 「うおおおおおお!」凄まじいグロウルが客のアンコールを断ち切った。「happy Halloween!!!! 下妻の害獣、狼男だべー!」

 アンコールの声が一気に歓声へと変わる。

 「梨もスイカも、全部食い尽くすどー! ハクビシンには負げねー! アライグマもあっぢ行げー! ぐおおおおおお!」

 歓声は哄笑へと変わる。

 「おめら、メンバーを紹介するど! 下妻のでっけー怪物、ルアンケンシュタイーーーン!」

 驚きの声の中、ルアンが両手を挙げて左右に揺らめきながら登場する。「うおおおおおお!」ステージ中央で怒声を挙げながら客を呷った。

 「下妻の正義の味方、タイガーマスク!」

 大河がマントを翻しながら、片手を上げ、すたすたと登場する。マスクをしているからか、恥じらいは少ない。

 「そして下妻国のお姫様、しゅり雪姫ー!」

 スタッフに促された朱里がおどおどとりんごを手に登場すると、甲高い歓声が上がった。

 顔が熱くなる。歓声はなかなか止まない。客席を正視できない。

 しかし、ルアンのハイハットの刻みと同時に朱里ははっとなってりんごを客席に放った。上手前に集ったファンたちが一斉にそれに手を伸ばす。

 ギター、ベースのリフが同時に始まる。もうそこには恥じらいも迷いもなかった。アンコールが始まったのである。

 眩いライトに照らされたギタリスト朱里、の姿は、幼き頃お絵描き帳に幾枚も書き連ねた白雪姫の姿そのものであった。目の前には7人のこびと、ならぬ700人のファンの姿があった。


 その晩SNSではファンたちが賑わいを見せることになる。

 ーーアンコールで仮装してくるとは思わなかった

 ーー参戦した人写真もっと!ブレブレでもいい!全部くれ!

 ーーメタルバンドがハロウィン?

 ーー大地かわいい朱里かわいいみんなかわいい

 ーーアンコ撮影OKだったからみんな写真撮りまくってたな

 ーー前の人朱里のりんご取ってたから写真撮らせてもらったー!

 ーー一応言っておくとりんごはレプリカです

 ーールアンフランケンになってもイケメンなのどうして

 ーールアンノリノリだったな!

 ーー朱里はビビりながら登場してたな

 ーー大地とルアンにやらされてる感

 ーー一方りんご投げてからのバリバリギタリスト感

 ーーこの子はそのギャップがいいんです!!!

 ーー大河はふつうだった

 ーーマスクしてたからな

 ーー大地害獣って(笑)

 ーー害獣の解析度の高さよ

 ーー農家本業だからな

 ーーとりあえず運営しゅり雪姫グッズ化よろ

 ーールアンケンシュタイン大河ーマスク&害獣も

 ーー害獣ゆうな狼男な!

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