自殺村
生き返った者は、本当に生きているのか。
死を決意した青年は、夜の富士の樹海に足を踏み入れた。
息を潜め、木々の間を縫うように進む。世間への別れはすでに済ませていた。
生と死の境界線を、残された最後の気力で越えた瞬間から――彼の人生は終わっていたはずだった。
ここからはただ、惰性で前に進むだけ。後戻りなど、許されない。しかし不思議なことに、決断を下した途端、青年の胸に奇妙な安堵が広がった。
選択も、思考も、すべてから解放された。まるで、消えゆく炎が最後に激しく燃え上がるように、彼は不自然なほど軽やかな足取りで奥へ奥へと進んだ。
彼は人に見つかりたくなかった――馬鹿にされる人生だった。死後も、遺体をネタに嘲笑われるのは耐え難い。
最近は「自殺ツアー」と呼ばれる不埒な連中が、首を吊った死体を笑いながら撮影し、SNSに上げていると聞く。
だからこそ、彼は人目につかぬ深部を目指した。二日目、異臭が漂ってきた。腐敗臭かと思ったが、違う。甘く、どこか懐かしい、煮炊きの匂いだった。
闇が濃くなる頃、樹海の奥にぼんやりと灯りが見えた。古びた木造の民家。囲炉裏の火が揺れ、鍋から湯気が立ち上っている。
中を覗くと、昔話に出てくるような優しげな老夫婦が、静かに話をしていた――心細さに負けた。青年は戸を叩いた。
老夫婦は、何事もなかったかのように彼を迎え入れた。言葉は少なく、詮索もしなかった。鍋には野菜と根菜の煮物。
温かく、滋養深い味が、枯れ果てた体に染み渡った。その夜、彼は与えられた布団で、泥のように眠った。
目覚め、食事を与えられ、再び眠る。そんな日々が続いた。五日目、体がこわばるのを感じ、青年は外に出た。
そこで息を呑んだ。樹海のはずの場所に、広々とした畑が広がっていた。暗闇の中で歩いていた道は、実は耕作された畝だったのか。
汗を流し、畑仕事を手伝い、飯を食う。時間という概念は消え、腹が減れば食べ、暗くなれば眠る。それだけの日々。
不思議なことに、その単純な生活は青年の乱れた心身を整えていった。自律神経が回復し、眠りは深く、目覚めは清々しい。
一ヶ月が過ぎた頃、彼はようやく己の身の上を話した。樹海に来た理由も、自殺の意志も。老夫婦は、穏やかに微笑んだ。
「もう大丈夫だよ。笑えるようになったんだから」
餞別にと、栽培した高麗人参を手渡された。樹海の入り口近くにある小さな販売所で換金するよう言われ、老夫婦は彼を「出口」まで送り届けた。
別れ際、老夫婦は一枚の書類を差し出した。過疎地域移住支援申請書。山梨県のものだった。
「都会に戻る気がないなら、ここで暮らしてもいいんだよ」
青年は言われた通りに人参を換金した。三十万円になった。彼の人生は、再び動き始めた。
――表向きは、そうだった。
後に彼が知った真実。この場所は「自殺村」と呼ばれ、公式には「自殺防止村」と称されていた。
山梨県が極秘に運営する小規模な実験的集落。樹海に迷い込む自殺志願者を、意図的に誘導・保護するための村だ。
老夫婦は元自殺未遂者であり、同時に「村人」でもある。囲炉裏の火は決して消えず、鍋の煮物は常に新しい者を待っている。
畑の作物は、特殊な土と水で育てられ、摂取者に穏やかな諦念と依存を生むという噂もある。青年が換金した高麗人参は、確かに三十万円になった。
しかし、その金には条件が付いていた。
一年以内に「村」に戻ることを推奨する、微妙な文言が契約書に記されていたことを、彼は後になって気づいた。
今も樹海の奥では、灯りが揺れている。優しい老夫婦が、今日も新たに迷い込んだ者を待っている。
温かい食事と、柔らかな寝床と、決して問いかけない微笑みを携えて。死にに来た者が、生き返って村を出る。
だが本当に「生き返った」者は、果たしてどれだけいるのだろう。自殺村は、死を防ぐために作られた。
しかし同時に、死にきれなかった者を、静かに飲み込む村でもある。青年は今、三十万円を握りしめ、都会の片隅で暮らしている。
夜になると、時折、囲炉裏の匂いが鼻を過る。そのたびに、彼は小さく笑う。もう、死ぬ気はなくなった。
そして、それとは別の、異質の笑いがこみ上げてくることがある。
なぜだか、あの囲炉裏から出ていた煙が無性に恋しくなる。あの煙は何だったのか――
村を出て、半年。日に日に狂おしいほどに村が恋しくなるのは、どうしてなのだろうか。
気がつけば、青年の足は、静かに村へと向かっていたのだった。
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