スフェンの物語
なぜ?ちょっと不器用な笑顔も、僕を呼ぶ明るい声も、優しく包んでくれる温もりも……なにもかも消え去った。
帰ってきた愛しい人は__
ただ冷たい石だった。
「いっ……たい、これは……?」
僕は石となった恋しい人を前に、声を絞り出した。
「彼女の居た部隊は全滅です……。どうにか彼女だけは、壊れずにダンジョンに残っていたので運び出して来ました、が……どうしますか?」
どうしますか……?だって?
僕は石像から視線を外せないまま、膝から崩れ落ちた。
そのまま、呆然と変わり果てた愛しい人を見つめていた……。
しかし……目を逸らせば、本当に彼女が死んでしまう気がした。
「なら、こちらで——」
「ダメだっ!!」
思わず怒鳴った。
処分なんてさせない。
この石像は彼女だ。彼女なのだ。
愛しくて、愛しくてたまらない、僕のアリアなのだ。
「僕が……僕が、彼女を生かします。彼女は、アリアはまだ生きています!!!」
そうだ、アリアは生きている。
ただ石の衣を纏わされただけなのだ。
あの笑顔も、温もりも、必ず帰ってくる。
だって、アリアの体は完璧に残っているのだから——
それから僕の毎日は変わった。
睡眠時間は減った。
食事の味も、よく分からない。
でも、アリアがいつ目覚めてもいいように、診察室の隣を彼女の場所にした。
患者が落ち着くと、すぐに彼女の元へ行き、優しく触れて、身体を丁寧に拭きあげる。
「今日はお天気がいいよ。君とお散歩でもしたいな」
「この前きた患者さん、薬が効かないって怒ってたんだ。だけど、お酒を禁止にしてたのに毎日飲んでたみたいだよ……困ったもんだね」
「君の好きなミートローフを作ったんだ。喜んでくれるといいな」
君はまだ生きている。
早く起きて、僕の愛しいアリア……。
でも君は意地悪だ。
なかなか僕に笑いかけてくれない。
睡眠時間はますます減った。
食事の意味も分からなくなった。
その時間の全てを、君のために——
たくさんの薬を作った。
作っては君に飲ませ、作っては君に……。
しかし、それは毎回冷たい身体を伝い、床へ落ちていくだけだった。
何かが足りない。
足りないのだ。
アリア。
僕のアリア——
「先生、大丈夫かね?」
「何がですか? 僕はいつも通りですよ?」
「そ、そうか……気を確かにな。」
最近は、妙なことを言う患者が増えた。
全く困ったものだ。
ふと、処置後のガーゼが目に入った。
赤々と、血が輝いて見えた。
そうだ。
血だ。
暖かな温もりも、心臓の鼓動も。
全てこの血が生み出すのだ。
僕は夢中でそのガーゼをアリアの口へと持っていった。
ほんの少し。
彼女の唇が色付いた気がした。
見つけた——
幸い、血には困らない。
毎日のように僕の元を訪れる患者たちから少しづつ分けてもらえばいい。
僕は嬉しかった。
もうすぐ、もうすぐアリアが、僕を見てくれるのだから。
──ダンッ
「なぜッ上手くいかない…!!」
血を使って新しい薬を試すが、あの温もりは一向に戻らない。
「アリア…アリアッ」
冷たいままの足に縋り付き、僕は1人叫び続ける。
足りない。
もっと血が必要だ──
大丈夫、血なら確保すればいい。
僕を頼る患者の中には、僕以外気にもとめない人間もたくさんいる。
彼らは口癖のように僕に言うのだ。
「いつもありがとう、先生…。先生の為ならなんでもするから、困ったら言ってくれ」と─
彼らも、僕の助けになるなら喜んでくれるだろう。
血を、全て、僕のアリアの為に……!
近くで影が揺れた気がした。
でも僕は気にしない。
僕の目に映るのは、アリア…君だけでいいのだ。
………
……
「これは、なんだ?」
僕の日常が戻った──




