〈2026年 3月30日〉
*改行など自由形
*『なんでも来いよ』、『寛容だよ』という方にしか
向かない作品になっているかもしれません
*無理そうだなと思った方(←閲覧中を含む)は
即刻ページから離れて健やかにお過ごしください
実写から触れたからなのか、アニメ化したその作品を観て気落ちしたくなくて未だに観てない
あろうことか原作も
このてのジャンル、作品って順当に考えればアニメって媒体の方が原作によっているような、そっているようなイメージがある
それでもなぜか観る気が起きない
初めて触れた、その実写が
私に大きな衝撃を与えたからというのが大きいのだと思う
だからこそ原作やアニメに触れたとき「何かが違う」という違和感のようなものや、その媒体から受ける衝撃に「がっかり」したくないと思ってしまっている
大筋が同じ物語を「また」観るから、異なる媒体で触れることで「あのとき」受けた衝撃を薄めたくないから、というのもあるかもしれない
実写という形だからこそ、
演技とはいえ生身の人間同士がやりとりし合うことで進む様が、
私という人間の生きる「現実」に『フィクション』を魅せてくれたから
その感覚を大切にしたくて
だから別に嫌々とか無理をしてまで触れる必要はないはずだ
どこにも
義務養育でもなければ仕事でもないのだから当然だと思う
誰も私にそのことを強要などしていないのだから
する権利があったとしても、それを持つのは作者だろうと思うし
何も言わなければ、他者とその作品に対する私の「この気持ち」を共有しようとさえしなければ、このことは今まで通りでいる方が今の私には健全なんじゃないかと思う
違う形として楽しめそうな気が起きたら、そのとき触れればいいとしておきたい
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この人生の起きている時間大半を良くない姿勢で過ごしてきているからだろうか、2Lの水をリュックに入れて歩いているだけで
内蔵が正しくない位置にいる感覚になる
それどころかどこかの骨に刺ささるような感覚になるときがある
もう戻れないところまで来てしまった
そういう生きる癖
治すには気力が必要で
私はそのことに無気力で
不安になることもやめたいから
突然全てが終わらないかなって
ずっと思ってる
人生大半を
触れる順序に思うこと
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治せない不安のこと
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閲覧ありがとうございます
楽しんでいただけたなら幸いです




