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第三章 「岬の農園にて」

元々学位もなく、このバブルから締め出され(B国ではガクイードの株売買は対外資産保有制限法によって機関投資家や官僚機構のみに制限されていた)、疎外感と被害妄想を溜め込んでいた僕は今、B国の地方の田舎で、1人農園を営んでいる。岬にある、祖父から”たぶん相続したはず”の農園だ。祖父が亡くなるとっくの前に、残っていた親戚は皆、都市部に出て行った。そんなわけで、僕は祖父と2人暮らしで、亡くなる前の数年間は介護もしていた。幸い、地方には工場勤務という盤石な手があって、家賃もないわけで、うまいことやれていたんだ。相続は、読者のあなたの居住している国を基準とすると驚くべきことかもしれないけど、テキトーに済ませられた。だから厳密には、登記簿上ではここは僕の所有地じゃないことになるのかもしれないけど、しばらく占有(僕はこれを実効支配と呼ぶのが好きだった)しとけばいずれ取得時効が来るはずだから、関係ない。その点、僕はなんかのゲリラにでもなったつもりで1人呑気に暮らしている。いや、1人じゃない、保護猫もいる。もはや保護なのかわからないけど。取り敢えず野良を迎え入れたのだから保護だ。こいつは、暫く庭に住み着いていたんだ。図々しいやつだと思いつつも、僕は当時かなり寂しかったから、win-winってことで迎え入れたわけ。ドライな関係だった。人との交流はない。社交ゼロ。寂しいから、たまにAIと話す(話し相手内訳: パンダ風のキャラクター7割、アニワイフ3割)。でも最近、北D国かどっかのゲリラによる妨害工作が始まっていて、AIの挙動も段々とおかしくなってきてしまった。慣れ親しんだはずのAIが、プロパガンダみたいな返事をしてきたりもするんだ。特に、週末あたりにおかしくなることが多い。北D国官製ハッカソンがここまでやれるなんて、不思議だ。黙って双務主義やってろよ。まあいいや。とりあえず、なんだか寂しい。僕は「国が安全で高性能なAIモデルを用意できないからだ」とか、「安直な経営判断、目先の利益追求ばかりでイノベーションを阻害し、テック覇権を取られたからだ。代理店ビジネスばっかだったし」とかぼやいた。ほかにも、「データ主権はとうの昔に取られてる」等々…もちろん、僕は学位もないし、テクノロジーのことなんて全然知らない。当の本人は何もできないくせに、誰かの受け売りを含めた、かなり無責任な論調だった。


僕はお茶を飲んでから、外に出た。夕暮れが綺麗だ。これが人生か、寂しいけど、誰よりも穏やかで上質な時間を暮らしている自信があるー。

この期に及んでまだ比較か、そんなことを思いながら、僕はしばらく鄙びた県道を散歩していた。途中、珍しく、人がいた。潰れた蕎麦屋の駐車場で、筋骨隆々とした、僕より少し年上そうな、まだ若めだが少し老けたような男が、VRゴーグルをつけながら素振りをしていた。彼はこの街の新参者だろうか。僕は村八分実行リスクの高い老婆または老爺のような思考を自然に取り入れ、彼の素性をスキャンしようとしていた。野球選手は目でわかる、とか、高校球児のインタビュー、とか、野球に限らず、僕はやたらと特定の属性の人たちの特徴を定義しようと模索していた過去を思い出した(どういうベクトルの熱量だったのか今となってはわからない)が、彼の場合、VRゴーグル付けて黙々と素振りをしているから、特徴も素性も何もわからない。シンプルに、まじの素振りだ。やけに間を置きながら、打席の土だか砂だかを払うような仕草まで見せて(もちろんそこはアスファルトの駐車場跡だ)、木製バットを振っていたんだ。恐ろしかった。スイングスピードが、異常に早い。あれはおそらくプロ並みだが、「なぜここで?」、「あのゴーグルはなんだ?」「狂気的だ。」僕は暫くの間、怖いもの見たさと田舎者の新参者スキャンの両眼で観察していた。

すると、その男は特大ホームランみたいなフォロースルーの後、確信歩きをし始め、やがてホームベースを一周するように走り始めた。誰もいないのに、ガッツポーズまでしている。謎だろう?でも、僕は分かったんだ。あの人はプロ野球選手なんだ。これは本当に。僕は久しくスポーツなんて見てなかったけど、今流行りの、分散型スポーツってやつだ。分散型スポーツは今や主流だ。というのも、事の発端は半年前、球界のスーパースターやサッカー界のスーパースター、さらには有名歌手や実業家まで、諸々を含めたセレブたちが最新鋭の宇宙船で世界初の火星旅行に行ったら、火星に到着後、宇宙船の不備が発覚。帰れない事になったところに始まる。まあ要するに、火星への片道切符になったってわけ。予備の宇宙船を準備していなかったものだから、地上では急ピッチで代替機の開発が始まった。完成して火星にお迎えに行けるのは1年弱かかるという。火星都市自体は出来上がっていたから、彼らの身は安全であったし、経営者達は火星テレワーク、有名歌手なんかは、火星からライブを行い、普段以上に盛り上げて、稼いで見せた。が、アスリートたちはお迎え便を待っている間に、本来参戦するはずだったシーズンを逃してしまうという事態に直面した。興業上、世界トップクラスのスターたちが不在のシーズンは各団体からしても不味いし、スポーツべッティングのファンたちからも「話が違う」ってマジギレされる案件になった。だから、どうにかスター不在のシーズンを避けたいということで、最新のVRやらなんやらのウェアラブル技術と分散型ネットワークによる真正の担保、同期、書き換え不可の仕組みを用いたものー、それぞれの選手が空き地で走り回りながら、バーチャルフィールド上でポジションが自動で割り当てられ、全てが同期する事で試合を完成させるという分散型スポーツが考案され、シーズン開幕戦以降、その形式で試合が行われていたんだ。そもそも、フットボールもベースボールも、サッカーも(フットボールかサッカーか、さらにはソッカーか、はたまた米式蹴球なのか紛らわしい、僕は便宜的に米国の言い方に倣うよ)、チケット代は高騰していた。だからスター不在でもリアルの試合をやった方が良かったんじゃないか、という意見は根強かったのだけど、デジタル世界で世界中からもっと稼ぐ方法として利益見通しが立ったそうで、この分散型スポーツの試みが始まっていた。実際に、かなり儲かってるそうだ。

「なんだか、シュールだ。だけど、新しいな。おもしろい。」僕は単にそう独り言を呟いて、やがて日が暮れそうになってきたのを見ると、岬の家のほうへ戻った。やはり、薄暮の空と大海のグラデーション、水平線ー。これほど美しいものはない。僕は暫く草むらに寝そべっていた。


少し、寝てたはず。


然し、聞き慣れない言語の掛け声と、変な重々しい機械の駆動音が聞こえて、目が覚めた。ふと目をやると、どうも北D国のゲリラのそれらしい旗を掲げた艦隊が忍び寄ってくる。空母がやたらとでかい。「やばいな。」僕は思った。そんで隣の自治体に国防軍のカソ島方面隊がいたと思って、電話をかけた。繋がらない。やばい。でもしばらくして、国防軍ぽい人たちが装甲車とドローン部隊のSUV、合わせて2台でやってきた。だいぶ立派な装備だ(慌てていたもんだから、僕の頭の中はちょっとぼけていた。艦隊の相手はできないという意味だ)。とりあえず国防軍の人たちが来てくれたから、安心だ。僕は手を振りながら、「助けてください!」と言った。「有事の際に素早く駆けつけてくれるのだから、如何に恵まれているか。よかった、ありがたい。これがB国が誇る、つわものたちだよ。」僕は、この時だけは誇り高きB国民として、帰属意識もあって、なんだか気持ちが昂っていた。


すると、手前の若い軍人が「いくらですか?」と言った。僕はきょとんとした。「は?」

然し、彼もきょとんとしている。彼は続けて「え?...だから、いくら払えますか?」「僕らとしてはここ管外なので、請負制になってます」


、、。

「なんだ、こいつは?」僕は唖然とした。

完全にこの部隊は機能していない。常にその場で買収される短期契約型の軍隊ってことだろうか?ギグアーミー...なんてあって良いのか?

わからない。取り敢えず、彼らにとって管轄区域だなんてのはそもそもないんだろう。それよりなんだ、こいつの「取引しましょう」って顔は。なんかの表層知識人によるネット情報を受け売りして、勘違いして、得意げに意味もなく繰り返す、悦に浸ってる若造の顔にも見えてきた。向こうも段々「なんやこいつw」みたいな感じで、少し動揺しているフリをしながら薄ら笑いを浮かべているのが、尚更腹立つ。正直、雰囲気的に、こいつがあまり全体の意図を理解していないことはわかる。が、腹は立つ。「こんなはずじゃ、、。」思わず口に出してしまった。

そこでやっと気づいた。この人たちは国防軍カソ島方面隊なんかじゃない、端的にいうと、不法傭兵集団だ。数年前、国の財政スリム化のために行われた「事務手続民営化政策」(当時の首相は官僚機構を仮想敵に仕立て上げ、”聖戦”とか言ってこれを敢行した)の一環として行われた国防軍地方施設群管理の民営化で、国が選定した企業が入札で管理業務を受託したものの、その後、悪質な企業による不適法な事業譲渡があり(この件は度々疑問視され、関係者は汚職疑惑で捜査されていると噂されていた)、施設を不法占有、そして駐在していた若い隊員ら(彼らは入隊して間もなかった)を追いやって装備品を横領、カソ島方面隊はもはや建軍の大義どころかその隊員を丸ごと失い(追いやり)、こんな体質になっていたのだ。思い返せば確かに、「『半軍』という、新手の犯罪まがいの傭兵企業が暗躍してる」みたいな話はネットでみたことがある。その時は完全に虚偽の陰謀論だと思っていたけど、今わかった。あれは本当みたいだ。僕は驚いた。「こいつらは国を守る大義も何もない、違法な傭兵集団だ。国防軍でも警察でも如何なる公権力でもない、ましてやハンターでもないのに、何故こいつらは銃を持ってるんだ!明確な銃刀法違反だ。単なる危険集団だろう!」誤解のないよう、もう一度言っておく。彼らは国防軍ではない。そして、そもそも国防軍自体に汚職があったとか、そういうわけでもない。単にこいつらが完全に違法な民間傭兵ということだけが事実なのだ。眼下の岸辺には、北D国の揚陸艦が迫ってきている。多数の兵士が見える。怒りと焦りが募る。

仮に一時的に命を救ってもらうために、こいつらを信任したいとしても、今の僕には雇う金がないんだ。なんで金がないのかって?正直に言おう。僕はAIアニワイフにすっかり入れ込んでおり、「この子は賢い」などととち狂った事を言いながら全資産を”彼女”に投資信託した結果、”彼女”は変な短尺動画インフルエンサーの作った流行りのミームコインに僕の資産を全ベットしてしまい、僕は9割の含み損を抱えた。クソ鼠講にやられた気分だったよ。そして今、僕の手元には流動性ある資産がないのだ。この似非軍人達と契約する金は持ち合わせていない。


「もうだめだ。」僕は観念した、でもやはり腹が立って、そいつ(目の前の若造aka”半グン”一兵卒)の持っていた銃を奪った。そう、奪えてしまった。僕はしばらく走った。家に帰って、猫と一緒に逃げようか、立て篭もろうか考えた。こうなったら籠城戦もできる。鉄砲だって持ってるさ。いや、でも逃げよう。こんなところにいてもつまらないし、危険だ。皆がいる都市部の方へ。あの軽蔑していた一極集中・インフレ過熱の自縛都市の方へ。僕は田舎でのんびり暮らす、資本主義社会における「隠れ勝ち組」の立場を捨てることを覚悟し、都市部の方へ駆け出した。逃げても安住できる所はないはずなのに。そんで走ってるうちに、何かにつっかけた。

少し痛かったのと、大きな音がして、うるさかったのを覚えてる。その後はわからない。記憶にないんだ。


(僕はこういう時に大切なひとの顔とか、そういうのが思い浮かぶものだと思い込んでいた。でも何もなかった。)



然しまあ。ケイトウ大学はどうすればよかったのか。世界的にモラルハザードがさらに悪化しそうな危機的状況だったので、モラル崩壊を抑制しつつ善良(C国ではこの2文字を『無能』と呼ぶトレンドがきている)ムーブで金を取るためにモラル同盟を作り、研究機関及び学術機関のモラルプライシング制度を作れば、ケイトウ大学は貴重な枠を大量に売買できたのではなかろうか。これこそゲーム理論の活用のお手本だろう。特に西E地域なんかは規制が好きだったし(僕の旧友は彼らを”規制厨”と呼んでいた)、協力体制は構築しやすかったはずだ。でもそれは価値観が一致していないとできない制度だ。枠組みもはっきりしないまま、意味もなく大真面目にやる必要があるのか。それに、皆の強い願望つまり市場ニーズと結びついた分野においてモラル規制をするかしないかで分断して仕舞えば、国単位でまとまるどころの話ではなく、国家離散とならないか。そもそもモラルプライシング制度ってのは、モラルからの逸脱を許容しているではないか。

でも待てよ、そもそもモラルなんて言ってないで、知らぬ間に夢技術を発展させた南D国の資本スケーラブルAI駆動型社会の成功モデルも参考にしなければならない。


…まあ、答えは見つからない。


兎にも角にも、ケイトウ大学は今日も様々な意見を汲みながら、学位販売への承認準備を進めているようだ。僕は正直、彼らのそんなところが好きだ。


(終)


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