第二章 「マムテック」
ガクイードが市場で順調な滑り出しを見せたその頃、過去に先進国だったが数年前に謎の内戦が勃発、公的機関は封鎖され、完全開国とも鎖国とも取れる両極併存の体制に入ってから数年していたC国、その中で自由主義ゲリラ暫定政府が支配する「セパ地域」では、急進的な「デジタルベイビー」なる技術が発展していた。「デジタルベイビー」は謎の企業「マムテック」が開発した模擬母胎技術。B国のケイトウ大学(こちらはB国の国立大の中でもトップクラスの名門、まだ学位売買には参画していない)の再生細胞研究所から何者かによって技術が盗まれ、歪んだ?方に発展。いつのまにかこんなことになってしまった。然しこのマムテック、本当はC国というよりも、南D国の企業である。
こちらも「内戦」とまで呼ばれた苛烈な資本競争(AIの発展により、資本で労務能力をスケーラブルにするための苛烈な資本投下競争と、それに伴う経済弱者排斥が行われた)の末に首脳AI(国会もAIによって運営された。首脳AIの所有者は国内最大の資本所有者だった)によって社会インフラ自動化と労務廃止及びAI資本主義宣言(ちなみに、迫害された経済弱者層が集まった北D国は”双務主義”を掲げ、リーダーが国民に伝統回帰農業を訴え、小作農を強いた)が行われ、経済発展が一巡した南D国では、男女不平等や格差是正の議論も落ち着き(格差是正の声については事実上”消された”ともいえよう)、公共システムは省エネルギーで自動化され、税負担も限りなくゼロに近い値まで減少していた。南D国民はAI投資アプリの板に張り付いてトレードを続ける「デジタル資本投下競争」や、完璧なAIによる「バーチャル社会運営」がなされた末に気力を失い、疲弊。皆が相互の関係を絶ち、全自動システムマンションにおいて、相互負担なく暮らしていた。様々な労務負担から解放され、文字通り事実上の生活負担、社会構造的障害もなく、すべてが自動化されたおかげで治安も安定していたことはよかったものの、若年世代は特に他者と交流しないものだから、少子化だけがこの国の「社会問題」だった。そして少子化対策として出産育児費用が無償化される法案が可決したのだが、この時「女性は精子提供を受けて事実上の単性生殖ができるが、男性は単性生殖できない」という事実が注目された。これに不満を抱いた男性たちが、まあ「生命創造という根源的な可能性を奪われた」とか、「女性の協力なしに子を持つ自由」だとか、若干論調が飛躍?しつつ、「自らも単性生殖できないとおかしい」という考えに染まる中で、最終的には見事出産育児における男女間の負担やらなんやらの不均衡または交渉またはなんやかんやをゼロにしてしまう夢技術の開発を志向、巨額の出資を集めて、個人法人問わず海外所得非課税のC国セパ地域に便宜置籍して作り上げた法人が、マムテックなのだ。そもそも、一切社交機会のない南D国の若者たちが子供を作るにはこれしかなかったのだから、当然の帰結と言えようが、それはともかく、夢の母胎技術は設立後すぐに確立、実装された。
急進的すぎてあまり理解の追いついていない読者もいるかもしれないが、要は一部現代人読者諸君も思ったことがあるかもしれない「旦那要らないけど子供欲しい」「嫁要らないけど子供欲しい」みたいな意見、また、その意見の齟齬によって生まれた、一見、倫理崩壊(詳細は後述)めいたサービスを提供する企業だ。本来のコンセプトとしては、母胎を模した機械に体外受精させた受精卵を入れるわけだが、精子及び卵子の提供はリアルじゃなくて良い。手順はこうだ。専用キットに唾液を採取して、専用アプリで読み込む。すると、その体細胞データから、通常のスパコンでは数年かかるゲノム配列の最適化と生殖細胞への分化ルートのシミュレーションを数秒で行えるという、圧倒的処理速度の量子コンピュータによる遺伝子解析技術によって生成されたデータが出来上がる。そして、このデータが送信されると、マムテック側の再生細胞技術で精子と卵子を再現し、それらを体外受精させ、マムテックの母胎機械に入れる。そして数週間(ここは慎重な経過観察を要する。個体差があるのだ)すると見事ベイビーが生まれてくるのだ。唯一の救いが、遺伝子組み換えはNGになっていて、親の遺伝子を一度データに読み込んだら書き換え不可能になっているため、遺伝子組み換えされたデザイナーベイビーは産まれ得ないということ、即ち遺伝子的な観点においては倫理的問題が起こらないという点である。両親は何もしていないようだが、ちゃんと自分の子(?)で、愛を持って育てることができる。大半の人が孤立生活型、人間関係含めた諸々の生活環境をミニマリスト型に振り切り、リアルノージック体験マシン的な生活を送っていた(親世代の資本投下リバタリアニズムの皮肉な帰結になってしまった)、極端なゼロ負担志向で体力のない(スマホで資本投下競争を繰り広げていた親世代からの影響で、ずっと室内でゴロゴロする生活モデルを引き継いでいた。子作りの仕方を知らない若年層も多かった)倫理崩壊型?な南D国民には、この技術は自然と受け入れられたし、この技術で生まれた子たちも親の愛を受けて育っているのが現状であった。無責任な親は少なかった。不思議なことに、元来、怠け者を地でいくような南D国民だったが、他の労務負担が一切ない分、子育てという労務には何故か躍起になった。これが生きがいといおうか。結局愛は愛で命は命、人は人なのである。誰も否定しようがない。
話が長くなったが、まあそんな感じで、C国セパ地域のほうは、単にマムテックのような企業にとって都合の良い環境を提供する、自由市場のインフラとして機能しているに過ぎないのだ。となるとやはり問題は、C国セパ地域に”もはや無性生殖も可能?”なラディカル過ぎる母胎機械サービスを運営する法人を便宜置籍している、南D国民のモラルだ。人智を超えるような技術…と言えば歴史上、人類は何度も生み出してきたわけだが、生命に関わる技術をどう捉えるかは本当に難しいところだ。まあ話を戻すと、実際、C国セパ地域民のほとんどは倫理崩壊めいたこの法人のことを知らない。マムテックは秘密裏に活動しているため、表向きは投資ファンド扱いになっているのだ。C国の内戦終了後、過度なインフレでC国セパ地域財政が悪化、A国通貨建債務が償還できないデフォルト危機に陥った際、財源確保のために仕方なくこの便宜置籍目的のマムテック法人設立の裏取引要請を受け入れた、時のC国セパ地域暫定政権幹部しか、この法人の実態を知らないのである。
ともかく、南D国ではこのデジタルベイビー技術の発展と、ミニマリズムな関係のためのバーチャルマッチングの普及で、フェイクプロファイル需要も増えているわけだ。若年世代において顕著な「ミニマリズムな関係」志向というのは、実のところ、好きな人にすら会う気力/体力がなかった、または過度なルッキズム/体臭/体毛等々、諸々の清潔感/美容プレッシャーの蔓延によって、完璧を期す事に疲れ、リアルで会うのが怖かったからだとも言われている。説明しそびれていたが、バーチャルマッチングってのは単にオンラインデート、またはパートナー及び子供の親を選ぶためにある。流石に実の親(2つの遺伝情報…)がいて子が生まれるという現象主義は守っていた南D国民たち。一応、パートナーは選ぶわけだ。お互いがマッチしないと、子作りは許されない。だから、あなたが今これを読んでいて「割と越倫性/不倫性(端的な言い方だ)が低い、夢の技術だ」と思ったなら、それはそうなんだ。
まあそれだから、マッチングの登録者は実在する。でもゼロ負担志向の南D国民にとって、一緒に共同生活は無理だから、パートナーは実質、自分の子の親としてしか”機能”しない(リアルで触れる範囲では)、、。だから、大半がその観点でしか選ばないわけ。子供は毎回指定して複数人作れるから、男女双方に子供が分配(筆者自身もこんな言い方したくない)される。
子育てだけが、彼らが負担する労務だというのは世界中で注目された。それは理想化、もはや神話化され、海外メディアはまるで未開の地の人類を取材するかのように、南D国の若者がゴロゴロ生活している部屋を取材した。そして不思議なことに、未だ模擬母胎技術については、南D国とC国セパ地域の完全な自動システム支配と言論統制により、外部に漏れていなかった。
...てわけで、バーチャルマッチングで’見せかけ’というか、まあエアーのパートナーを選んで、それが子どもの親となる。エアプからのエアパ(黙)。そしてC国に置かれた秘密法人で子どもが作られて送られてくるわけだ。取り敢えず、見せかけのパートナーだろうが、子供を一緒に作って2人で両親になるための大切な彼/彼女だ。できるだけ(自分なりに!)条件の良い人をパートナーに選びたい。南D国では子作りパートナーは1度につき1人しか選べず、1度決めたら5年縛りとなっている(婚姻という法制度はない)。そうこうしているうちに、周りの競合他者の評価ポイントも目に入ってくる。当初chillな自然体を装っていた人たちも、いろいろな条件を比較し始める。だから、お互いに盛る。まあ欲が出てプロファイルも嘘だらけになる。本当にその相手の人となりを見ているのだろうか?疑問は募るが、元々バーチャルなのだから、それを言っても仕方がないのである。実際、顔も何もよくわからないのだ。まあよろしい。ここで学位の出番だ。世界的に名の知れた名門大学の学位は見栄えが良いし、マッチする(つりあう!)相手のプロファイルも自然とよくなる。だからオンラインプロファイル上に埋め込むための、大学認定の暗号資産化された学位は高値で取引される。果たしてプロファイルにあるその大学を本人が卒業したかどうかという判別の難しさについては、もう皆割り切ってる。学位が転売で獲得されたものだとしても、「金がある=才能があるという証明」になると思っているんだ。そもそも完全自動化社会で相互負担ゼロ、労務機会すらゼロという南D国では、新規資産保有チャンスがない(出資機会はあるが、雇用機会はない。厳密に言うと資産家でなければ新規資産獲得機会がないこととなる)。労働機会がなければ、勿論その対価も得られない。この国では、平和が来る前の内戦時までに競争に晒されていた親世代がどれだけ資産家だったかで、保有資産が分かれていたのだ。それはゼロから億まで極端だった。生活は不便がない。皆働く気もない。とはいえ、少しばかり勉強させられたおかげか、国内では相対的に頭が冴えていた資産家の子息たちには、何か新しい価値を生み出したい気持ちになる時があった。これは彼らにとって都合が良い事実だった。やはり南D国内で「出資」できるのは、海外資産や株式を保有している資産家の子息だけだったのだから。実際、マムテックに出資したのも皆、資産家のボンボンだった。とはいえ、資産家たちもマムテックの初期出資メンバー以外、そのサービスを利用するには金がかかった。費用は高額だから、高学歴学位のリース取引とか、マッチング後に学位をすぐ売ることを前提にした担保取引なんかも増え始めた。そんな感じでガクイードの上場後も取引所では日に日に取引量が増え、デリバティブも増え、学位の流動性と価値は日に日に増し、売買高はお隣B国のGDPをゆうに超えた。学位相場は高騰を続けた。D国外の、世界中の優れた学位を持つ大人たちも皆、それを如何なる”~活”のため、プロファイルのために持っておくよりも、もはや学位を売ったほうが儲かるようになった。特に、既に結婚して安定的な仕事に就いているような人たちは、第一章にて先述したように、学位を売って得たお金を住宅購入資金として、一括払いでローン・利息の心配なくマイホームを建てることができた。実際にそんな人たちが、世界的に増え始めていたのだ。
兎角に学位販売は儲かるようになった。学費以上に学位取得労務分や学費ブランド分を上乗せして販売し、利益を得るわけだから、学費の少ない国立大学なら利益率が高く、より有利な形で販売することができる。てことで、そのうち、「ケイトウ大学も学位販売に乗り出してくれないか?」と言う卒業生の声が出てきた。要はケイトウ大学に「学位の暗号資産化及びガクイード(厳密に言うと、取引所の名称は「ガクイ・エクスチェンジ」だ)上での学位取引を承認しろ」ということだ。でもその頃、学位取引所の売買は過熱感が懸念されるようになっていた。いつバブル崩壊するかわからない。と。そのため、ケイトウ大学は学位取引承認を先延ばしにした。卒業生や在学生は皆、「タイミングが悪かった、判断が遅い」と批判した。然し、実際にバブル懸念は強かったので、その判断を渋々受け入れた。「今じゃないな、」と。在学生というと読者諸君は第一章のように「これはいけない!」と思ったかもしれないが、この頃には学位先物取引も公的に認められていたから、在学生も潜在価値取引機会を待ち望んでいたのだ。然しそんな時、さらに不運に見舞われた。国が支援し、ケイトウ大学が事業化しようと治験を進めていた再生医療技術(模擬母胎技術とは違う)を、これまで非公開だったはずの秘密法人マムテックがいち早く実装し、公開。事業化してしまったのだ。この技術が既に南D国に盗まれ、マムテックが研究対象としていたことは先に述べた。そしてマムテックの便宜置籍国であるC国セパ地域は、このマムテックによる再生医療技術の公開事業化により、マムテックがC国当該地域内での事業も始めたため、公的に法人税等を徴収できるようになり、潤った。依然、双務主義とやらを貫徹する北D国(ここは単純労務の機会に溢れていた)は蚊帳の外だったが、そこから離れ自活主義を掲げていた北D国の辺境地域の住民や南D国の資産家ボンボン&ご令嬢たちも、マムテックの株主だらけなので儲かった。A国はそもそも学位取引所参画者だらけなので、既に儲かっていた。そしてB国も、ご存知の通り国民全体が学位取引に参画するなど、うまく資産運用をしていたので、儲かっていた。然し、そのB国内にあって、一番プレミアが付くはずの、世に資するために活動してきた最高学府ケイトウ大学の叡智達は、いまいち儲からなかった。単に技術を奪われたから?いや、それだけじゃない。学位バブル懸念にビビって、最高プレミア学位を売らなかったのがデカかった(依然、学位市場は高騰し続けていた)。
この叡智達にとって”せめても”の救いが、西E地域にあるF国の国営放送局から取材班がケイトウ大学にやってきて、ケイトウ大学研究所を取材、世界に向けて報道し、再生医療におけるその功績を顕彰したことだった。でも、各国から上辺だけの謝辞が送られてくるだけで、お金はいくらも入ってこなかった。ケイトウ大学は「実学」を意識したものの、潜在的収益を全て、虚飾の経済に奪われたってわけだ。
*ケイトウ大学の漢字表記は鶏頭大学。元々、養鶏業の資産家が寄付して設立された国立の農林大学であったため、この名前になった。カタカナ表記が常なのは、学長が国際化を標榜して血迷った(国内での正式名称までカタカナにした)からである。
ケイトウ大学のアメフト部はチキンズという。A国とB国の代表チームが争うハヤブサボウル(A国での開催時にはイーグル・ボウル、B国での開催時にはハヤブサ・ボウルとなる、ややこしい大会)に10期連続出場中、B国の絶対的強豪。毎回、A国代表チームの学生たちから、その及び腰なチーム名を嘲笑されるが、その反動からか、戦績は9勝1敗。唯一の負け試合は8年前まで遡る。ゴールライン間際で残り時間が30秒もない中、FGで逆転できるところ、執拗にTDを狙い、結果4連続ランでの強引TDを試みて失敗、敗戦したあの有名な「ラン・フォーエバーの悲劇」である。大学自体の知的なイメージや、そのチーム名称とは似ても似つかない「強靭さ」で知られる。
→第二章はここまで。第三章(終章)に続く予定です。
今回も読んでくださり、ありがとうございました。




