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① シギュンの窓①「あの方」

【前回のオレオー】

なんてこった…「主役」のロキが拘束されてしまったとは。ならば行かねば。会わねばならない――――

 緑の山々が連なるその内の一つ、周囲より標高の高い山、その山腹。足元はシダの深緑に覆われ、その中に白樺の白い樹木肌が真っすぐ上に伸び、ぞろぞろと並ぶ。その白樺林に踏み入ると、山腹にはぽっかりと口を開けた洞穴があった。今その入り口に、小柄な女性が一人、洗面器のような桶から中に溜まった液体を流し捨てていた。


ズズゥゥゥン…


 足元に揺れ。地震である。揺れに気付いた女性は、桶の中身を捨て切ると急ぎ洞穴内へ駆け戻っていった。

 洞穴内は、奥へと続く壁面は限りなく黒に近い灰色。入り口から僅かに入り込んだ太陽の明かりが細く中へ突き刺さる。その明かりを受けた壁面の表面は、天井からの湧水に反射し刃物のようにギラつく。苔と鉄の臭いが混じった空気はジメっと冷たく重く、天井から垂れた水滴が地面へ落ち、ピチッ、ピチピチッ、と硬質な音が不規則に響き渡っていた。その奥からは男の低い呻き声が聞こえてくる。

「申し訳ありません! 遅くなりました!」

 行き止まりとなった最奥部へ慌てて駆け戻った女性は、両腕を精一杯に伸ばし横たえられた男性の顔の上へ桶を翳して、滴り落ちる水滴を再び受け止め始めた。

「シギュン…もういい…お前はここを立ち去れ…これは俺の問題だ…」

 男性の言葉は苦しみから途切れ途切れ。

 横たえられている男性はロキ。彼はアース神族の追っ手から逃れ、この山の頂まで逃げてきた。四方に扉がある家をこさえ、いつでも逃げられるようにしていたが、想像を超える数の追っ手に囲まれ獲保、この洞穴まで連行された。散々の暴行の末ぐったりしたところを、肩・腰・膝の3か所、それぞれ3つの大きな石に縛り付けられた。頭上には毒ヘビがしつらえられ、牙からは毒の水滴が滴り、それがロキの顔に落ちれば激痛からロキは身悶える。それは山を震えさせんばかりに。

 ロキの傍らで桶を翳しているのは妻のシギュン。ロキがこの洞穴に連行され、アースの神々が引き上げた後洞穴に侵入し、夫の苦しみを少しでも和らげようと、ヘビからの毒滴を桶で受け止め続けているのだ。

「いいえ、ロキ様。私はロキ様に(つい)(とき)まで添い遂げると心に誓った身ですから。この身果てるときまで、ご一緒させてください」

 毒滴はしばしばシギュンにも跳ね飛ぶので彼女もまた苦しいのだが、それをおくびにも出さず精一杯の笑顔で応えてみせた。

「…バカだな、お前は…」

「はい。バカです」

 ロキはラグナロクへ繋がる危険人物として、この洞穴内で拘束されていた。彼を苦しみから救おうと健気に振る舞うシギュン。彼女にも、かつては穏やかな日々があった――――



 おはようございます。

 ここは巨人の国(ヨトゥンヘイム)の、小さな森の中の小さな村。そこに住む私はシギュン、っていいます。あ、申します。巨人(ヨトゥン)のお父さんと巨人(ヨトゥン)のお母さんから生まれた私は…とても背がちっさいのです。大人はともかく、同世代の子と比べてもそう。みんなと話す時はいつも見上げてばかり。おかげで肩が凝っちゃうのが目下の悩み。はぁぁぁ…もっと大きくなりたい…

 私は今、日課である朝の水汲みに来ています。村で共同で使う井戸があって、そこで汲み上げたお水をお家まで運ぶのがお仕事。大変なんだけど、これをやらないと今日一日のお水が無くなっちゃうから、とっても大事なお仕事なのです。井戸から汲み上げたお水は夏でも冷んやり。手に掛かったりするととても冷たいのですが、汲み上げた桶から持ってきた桶へ移す時、透明なお水がキラキラ輝きながら流れていく様子を見ていると、心も洗われたみたいに透き通っていくのです。

 そしていつもの朝が始まる…のですが、今日はちょっと違いました。

「コォラァァァァ! 待たんかぁぁぁぁい!」

 お隣のグリムルさんの声⁉ 驚いて振り返ると


ズドドドドドドドド ザサッ


 すごい速さで何かが駆け抜けました。人…? 手にはおっきな鱒の燻製をぶら下げて。でもその人はとってもおっきな体だったので、なんだか鱒の燻製が小さく見えました。その人は村の路地を駆け抜けると草むらの中へ飛び込んで行きました。蹴散らされたシダの葉からパァッと朝露が飛び散り、小さな虹を作ります。

「待てぇ! 燻製ドロボウっ! あぁっ⁈」


ずるっ ドタッ


 グリムルさんはコケに足を取られてコケてしまいました。あ、私今上手いこと言っちゃった! あ、そんなこと言ってる場合じゃない!

「グリムルさん! 大丈夫ですか⁈」

 私は駆け寄りグリムルさんを抱き起こ…すことはできませんでした。だってグリムルさんの方が体がおっきいから。

「アイタタタ…おう、シギュンちゃんかい。ちくしょうめ、またロキのボウズにしてやられたわい。ちょっと目を離した隙にササッと持っていきよった」

 ロキ、というのはここらではとても有名なイタズラ小僧の名前。イタズラが過ぎてよく大人からゲンコツをもらってるところを見かけます。でも、どれほど叱られてもめげることを知らないのか、相変わらずイタズラは続くのです。私だったらゲンコツもらったりなんかしたら、しばらくは何にもできないくらいしょげちゃうのに。タフだなぁ…そんなことを思いながら、まだふんわりと燻製の香りが漂うあの方が逃げ込んだ草むらの方をいつまでも見つめていました。



 ロキさんは神出鬼没です。いろいろなところで見かけます。山へ木の実を取りに行くと森の中を駆け抜けていったり、川へ魚を獲りに行くと目の前を渡って行ったり。イタズラで逃げ切れなかったのか、大人に捕まっているところもよく見ます…が、いつも仲間を引き連れ、その先頭を走っています。先頭、ということはリーダーです。実際、同世代の子たちからは、ロキさんは面倒見のいい、頼れる人、という評判です。ただ村の大人たちからは、やっぱりイタズラが過ぎるから評判は悪いです。中にはロキさんの家庭のことを悪く言う人もいます。お父さんは飲んだくれの暴力オヤジ、だとか、お母さんはどこのとも知れぬ神の一族だ、とか。そんなことを私の両親に話してみると、親はどうであっても本人の良し悪しは別だから、私がどう思うかは自分で決めなさい、ですって。私の両親はいつもこんな感じで、言葉遣いやあいさつなどの礼儀作法は口うるさいのですが、それ以外は私が自分で考えて自分で判断しなさい、と言います。だから私は、ロキさんがどんな人なのか、ちゃんと会ってから決めたいと思っています。見かけることは多いわりに、話す機会はなかなかないけど。

 ロキさんの仲間たちは男女混合。その中で、いつもロキさんの隣には女の子がいることに気が付きました。名前はアングルボザさん。ロキさんと幼馴染みだとか。スラっと背が高くて素敵な人。二人がどんなことを話しているのかは遠くからだと聞き取れないけど、アングルボザさんはロキさんの隣でいつも笑顔。楽しそうです。いいなぁ、憧れるなぁ。私もロキさんの隣であんな風に笑えるんだろうか? でも私はちっさいから、ずっと上を見上げたままで首が痛くなりそうです。やっぱりもっと背が欲しいなぁ…


あとがきはこちらにまとめました。

→「なぜ?なに?オレオー!」(N7423LN)

各エピソードで使用したネタとその解釈なんかを書いています。

本編と併せて読むとより面白く!

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