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① フェンリルなんて怖くない!

【前回のオレオー】

知の生首ミーミルが言うにはラグナロクはやってくる。そして巨大オオカミ・フェンリルに食われると。それなら行くべき所は――――

 いったん家に戻ってみた。だってほら、オレって割と影薄いというか、存在感薄いというか。中高大と教室じゃ影薄かったからなぁ。家に帰らなかったら忘れられちゃうかもだろ? まぁそんなオレでもいまじゃ最高神(オーディン)よ。出世したもんだ…

 家に帰れば…女がいる!? 

「あなた、お帰りなさい」

 …嫁か。嫁いたんだな、オレ。名をフリッグという。ミーミルに聞いたから間違いない。 …それにしても結婚した覚えのない女から「あなた」呼ばわりされるオレってどういう立場なん? これがNTR(寝取り)というヤツかっ⁈ 多分違う。オーディン(じじぃ)からオーディン(オレ)が寝取ったって、見た目同じだし。っていうかまだ寝てねぇよ。触ってもねぇよ…そもそも相手おばあちゃんだよ。オレがじぃさんだから当然か…

 さて、帰って早々また出かけると言えば

「それならあなた、スレイプニルで出掛けてはいかがでしょう?」

 と。スレイプニル…聞いたことある…案内されたのは馬舎。繋がれていたのはでっけー馬、だが…脚8本? タコじゃあるまいし…1、2、3…やっぱり8本。神話世界、デタラメだな。

「スレイプニル。オーディン様をよろしくお願いしますよ」

「おまかせください、奥方」

 うわ、しゃべった⁈

 …いや、もうそういうの驚くまい。よく考えりゃ森の動物たちもしゃべってたんだから、飼い馬だってしゃべるくらいするだろう。

「それでは、(あるじ)

 そう言ってスレイプニルは脚を折り、オレが乗りやすい姿勢を取る。馬なんか乗ったことねぇ…と思ったが簡単に乗ることができた。こういうとこはオーディン(じじぃ)の記憶が残ってんの? 肝心なところは抜けてるクセに…



 フェンリルは湖に浮かぶ島に拘束されたとミーミルから聞いた。

「主。今日はいずこへ出向かれるのですか?」

「アームスヴァルトニル湖ってとこ。そこに浮かぶリュングヴィって島にフェンリルが拘束されてるそうだから、ちと会いに行こうと思ってな」

「フェンリル…! フェンリル兄さん…」

「え? フェンリルってお前と兄弟なの?」

「血筋的にそういうことになります。フェンリル兄さんのお母さんはアングルボザさん。私はロキお父さんから生まれましたから」

「へぇ、そうなんだ。いろいろ複雑だねぇ…」

 …ん?

「スレイプニル。お前、今なんて言った? 誰から生まれたって?」

「私はロキお父さんから生まれた、と申しました」

「ちょいまて。なんで男から生まれるんだ?」

「さぁ? 詳しい経緯は分かりませんが、私は雌馬に変化(へんげ)したお父さんから生まれた、と聞いております」

 …意味が分からん…

「どうしてそんなことに…」

「さぁ…私も生まれてすぐの記憶はないですからね。あとからそう聞いたというだけで」

 まぁ生まれてすぐに上と下を指さして、でもなければそうそう記憶なんてあるもんじゃないけどよぉ…

 それにしてもロキの野郎、オーディン(じじぃ)の女装癖をイジった割には自分はTS(トランスセクシャル)枠じゃねぇか。しかも馬を産むとか、大概だな。

「大変だなぁ、お前も…」

「いえ。今はこうしてオーディン様の乗騎としてお仕えできて幸せでございますから」

「そうか。なんか済まねぇな」

「何も謝られることなど」

「まぁな。それにしてもお前、ずいぶん乗り心地がいいな。めちゃめちゃ快適だぞ」

「ありがたきお言葉」

「やっぱ脚8本ってのがいいのかな?」

 自動車ってタイヤが4つじゃない? その倍だぞ? そうすると着地点が多くなるわけだから…昔、音楽の先生が8分の9拍子を「究極の拍子」って言ったな。4分の3拍子を1拍ごとに三連符で割ったものが8分の9拍子、ワルツの中にワルツがあるようなもん。そりゃ滑らかになるわ。

「さて? 私は生まれつきですからわかりませんが、四足(しそく)のものに比べれば上下の揺れは少ないかと。それに俊足でもあるのですよ。ちょっと走ってみましょうか?」

「おう。それじゃご自慢の俊足ってヤツを見せてもらおうか」

「御意。行きますよ!」

「分か うわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁあぁぁ…」

 んなんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ! めっちゃ速ッ! めっちゃ速ッ!! めっちゃ速ッ!!!

 すげー! 景色がみんな後ろへブッ飛んでくぞっ⁉ しかし荒々しい縦揺れがない。なんだよコイツ⁈ 高性能高級スポーツカー枠かよ!? マ〇ラーレンもブ〇ッティもビックリだ! レ〇サスだってこうは穏やかじゃねぇぞ⁈ ドイツもコイツも8輪にしてから出直してこい!



 とんでもねぇ速さのおかげで予定よりもずっとずっと早く着いた。が、問題はこの後。確かに湖の真ん中に島がある。でもどうやって行くんだよ? まぁ閉じ込めるって意味じゃぁ最適なんだがな。

「さぁて、どうやってあそこまで渡るか。渡しの船があるようなところじゃねぇしなぁ…」

「あの、主。私、走って渡りましょうか?」

「え? そんなんできるの?」

「たぶん」

「たぶんて…」

「要は足が水に沈む前に足を出せばいいんですよね?」

「そう、かな。そうかも」

「それじゃやってみましょう。しっかり掴まっててください!」

「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ⁈」

 うわー…水の上走ってるよ…江戸時代、馬入川ってとこの渡しが人を背負って川を渡るのに右足が沈む前に左足出して、左足が沈む前に右足出して、それで川を渡ったって都市伝説(?)があるが、まさにそれ。しかも8本脚だし。まぁこっちは都市伝説どころじゃねぇ、神話なんだけどな。



「よっと!」

 島へ渡り切ったオレは颯爽とスレイプニルから降りた…ちょっと足がビリビリした。

「スレイプニル。お前、ここで待っとけ」

「主ひとりで行かれるのですかっ?」

「まぁな」

 人ひとりくらいペロンと召し上がるオオカミだぜ? 馬肉の方が美味(うま)かろうよ。馬だけに。

「一緒に行きゃ、オレより先にお前が食われちまうかもしれんだろ」

「そうではございますが…いえ、私も参ります。いざというときは私がお連れしますので。何より私も兄フェンリルにはお目にかかりたいと思いますので」

「食われてもしらんぞ? オレは助けてやれんかもしれん」

「元よりその覚悟。オーディン様にお仕えしてこの身が果てるであれば僥倖かと」

「そういうこと言うなよ。お互い生きて帰ろうぜ。そんじゃ行くか」

「しからば」

 ということでスレイプニルも一緒にフェンリルとご対面だ。



 リュングヴィ島の中央にはちょっとした丘、というか山というか。ざっと見まわしてそれっぽいのが見当たらなかったからまずは登ってみることに。ゴツゴツとした岩場…これは溶岩の固まったモンか? 表面にボツボツと穴が開き、長年の風雨で風化してるんだろう、穴の縁が鋭利に研ぎ澄まされている。これでコケたら大けがだ。転げ落ちたら血塗れ必至。で…なんか聞こえてきた――――

 ――――山の斜面が突如切り開き、谷になっている。その谷間に…

「これが…フェンリル…」

 でっけぇオオカミがいた。 でっけぇけど…頸椎(けいつい)砕けるほど見上げるかと思ってたんだがそこまでじゃねぇ。せいぜい2階建ての一軒家の屋根くらい、ってとこか。いや、オオカミにしちゃデカいけどさ。


ガァオォォォォォ…


 そしてでっけぇ声。さらにウワサ通り、拘束されて地面へ「伏せ」の姿のまま身動きが取れないでいる。まぁ安全、なのかな。

「よっと!」

 またもや颯爽と岩場からひらりと飛び降り、巨大オオカミの前へ歩み出る


ゴォガァァァァァ!(オーディンだ!)


 ん? …これ、フェンリルの声? デカい図体の割に声が高いというかかわいいというか…錬金術師の弟の方みたいな声。

「よぉ、フェンリル」


ガァオォォォォ(何しに来たのさ!)ガォォォォ…(これ取ってよ!)グルルルルルル…(ぼく動けないよ!)


「ああ、済まない。取ってやりたいが、ちっとおっちゃんと約束しようや。 お前を解放する代わりにおっちゃんと話をしてくれるか?」


グルルルルルル…(またそうやって!)ゴガァォォォ(あの時もぼくに)ガオォォォォォッ(そう言ってだまして)ゴガァァァ(こんなこと)ガァオォォォォォ!(したんじゃないか!)ガォガォォォォォ!(もうだまされないよ!)


「だました…?」

「あの、主。言葉が分かるのですか?」

「え? わかんないの?」

「恐ろしい咆哮だけしか…」

 そうなのか、動物同士で分からんのか。オレはといえばルビでも振ってあるかようにわかるんだけどなぁ。

「あ、それはさておき、騙すって、誰に騙されたんだ⁈」


《なんだよ! おぼえてないのかよ!》


「ああ、済まない。見ての通り老いぼれのじじぃだからな。昔のことはかなりヤバいんだ。で? 誰にだ?」


《きみだよオーディン! きみだけじゃない! アースの神が寄ってたかってぼくをだましたんじゃないか! 力比べするっていうから遊んであげたのに!》


 うわぁ、マジか。オーディン(じじぃ)ってば、騙してフェンリル拘束したんか。

「そっか…そいつは済まなかった」


《え? きみが謝るって、どういう風の吹き回しなんだい?》


 えー…オーディン(じじぃ)って謝らないキャラだったんかよ⁈ そりゃオーディン(じじぃ)、食われちまうってもんだぜ。悪いことしたらごめんなさいするってママに教わってねぇのかよ。

「まぁどうもこうもねぇが…わかった。ちと待ってろ」

 …これ、どうやって拘束解いてやったらいいんだ? うーん…そういや花塩のヤロウ、「構文魔法」とか妙なネタやるとか言ってやがったな。「とりあえず」結果を言葉にすればその結果の通りになるって。アイツの作品も北欧神話ベースでやってたから…いっちょやってみっか。

「とりあえず拘束解除!」


バスッ…


 なんかが弾け飛ぶ音。


《え? ホントに解放してくれたの…?》


 さっきまで「伏せ」だったフェンリルがちゃんと四つ足で立ってる。こんなんで魔法って通るもんなのかよ。魔法ちょろいな。

「約束ってぇのは守らねぇとダメなヤツだからな」

 締め切りとか特に!


《わ…あ…ぼく、きみのこと誤解してたよ。ぼくをだます悪いヤツ!って》


「まぁ実際騙してたんだ。そこんとこマジ悪かったと思う」


《うん。それじゃぼくも約束守るよ。お話ししよ! それで、なんのお話?》


 なんだコイツ、すっげーフレンドリーじゃねぇか。んでもって解放されて立ち上がってたのにまた伏せのポーズ。こりゃちゃんと話を聞くつもりがあるってこったな。

 で、オレはラグナロクについてフェンリルに教えてやった。もちろん、父親(ロキ)が首謀者で、ってことで。


《へぇ。パパがそんなことしちゃうんだー。ぼくたちのこと、そんなに気にかけてくれてたなんて、うれしいね!》


「まぁお前はそう思うかもしれねぇけどな。でも食われる予定のオレの身にもなってくれよ。それでどうなんだ? お前はオレを食うつもりはあるのか?」


《うーん、オーディン、あんまりおいしそうじゃないからなぁ。どうせ食べるならそっちの馬の方がいい。美味(うま)そうだし。あ、ぼく、上手いこと言っちゃったな!》


 …オレと同じレベルのダジャレを使いこなすとは…コイツ、できるっ!

「スレイプニル。フェンリルがお前を食いたいってよ」

「ご、ご冗談を…あ、あの、フェンリル兄さん。私、スレイプニルと申しまして、お父さんから生まれた、あなたの弟にあたります。以後お見知りおきを」


《パパが馬を産んだの? へんなのー》


 やっぱそう思うよな。それが普通だよな。

「あ、あの主。フェンリル兄さんは何と…」

「ん? ああ、こちらこそよろしく、だとさ」

「ほっ…よかった…食われるかと…」

 まぁホントのこと、言うわけにはいかんだろて。

「それじゃフェンリルはオレを食わない。それでいいか?」


《いいよ。あ、でもパパが食べろって言ったら食べちゃうかも。パパの言う事は聞かなくちゃね!》


 えー…

「そこんとこ、何とかなんねぇかなぁ? それじゃパパにお願いしとけばいいってことか?」


《うん! パパが食べちゃダメ、っていうなら食べないよ!》


「そっか、分かった。それじゃオレからパパにお願いしとくから。間違ってペロリってのもナシだぞ?」


《うん! ママに、変なもの拾って食べちゃいけません!って言われてるからね!》


「あはは、そっか。ママの言いつけも守らなきゃな!」


《とうぜんだよ! それで? もうお話ない?》


「そうだな。オレは言いたいことを言って、お前は聞いてくれた。お前は優しいいい子だ。だからもう、自由にしていいぞ」


《うわぁい、ほめられちゃったよー。オーディン、締め付けるやつ取ってくれてありがとうねー。それじゃ!》


 フェンリルはすっくと立ち上がり、ダッとこの場を掛け去った。 …まぁあの大きさだ、この辺一帯が近くで水道管工事でもやってんのか、ってくらい揺れたけどな。

「さて、スレイプニル。オレたちも行こう」

 そうしてまた小高い山を登る。山の頂まで登ったところで見下ろすと、湖を泳ぐフェンリルの姿が見えた。オオカミだが犬掻き。遠くから見るからそう思うかもしれんのだが、一生懸命えっほ、えっほと掻く姿がなんかかわいい。


 再びスレイプニルの俊足で元の岸に戻った。が…沿岸が高潮にでも遭ったかのような大惨事に。あー、そっか、フェンリルの犬掻きのせいか。あの巨体が犬掻きでだっぱんだっぱんやったらこういうことになるんだな…


あとがきはこちらにまとめました。

→「なぜ?なに?オレオー!」(N7423LN)

各エピソードで使用したネタとその解釈なんかを書いています。

本編と併せて読むとより面白く!

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