③ みるみるミーミル!
【前回のオレオー】
北欧神話業界のスーパーアイドル「ノルン三姉妹」に会ったもののまるでそこはキャバクラだった⁈ 未来を知るにはミーミルに会えと言うが――――
ノルンの泉から逃げるように去った(つまり逃げた)オレはミーミルの泉を目指す。お隣りって言われたからすぐそこだと思ってたら…この世界の「すぐそこ」は果てしなく遠い。公共交通機関なんかあるわけないんでタクシーでちょいと、とはいかない。歩きだよ歩き。でっかい木の幹に沿ってーーーーこれ、世界樹、だよな?ーーーー歩くこと1日半。何も持たずに手ぶらで来ちゃったもんだから食べ物はない。それで森の動物たちに分けてもらおうと…なんだかみんな酒ばっか持ってくる。はじめは「さすが最高神オーディン、歓待を受けるもんだ」と感心したもんだが、こうも酒ばかりでは。で、何か食べ物を、と所望したところ
「オーディン様は食事はなさらないはずですが?」
「え⁈ オレ、食べるよ⁈ ってか腹減って死ぬって⁈」
「オーディン様はお酒しか飲まれません」
…ウソだろ…胃袋の設定まで神話準拠かよ…
…オレ、そんなに酒強くないんだけど。キャバクラは振る舞ってこそと思って行ってたんだが…水割り一杯でデキ上がるし。どうやらこの世界のオーディンは、酒しか飲まないアル中神らしい。
二日酔いのガンガンする頭でフラフラ歩きつつ、水が湧き出し池になっている場所へ到着。木々で日影になった、鳥のさえずりなんかも聞こえる静かなところ。ここなんじゃないかな、と見回しているところへ…
「やぁオーディン」
ギクゥゥゥゥゥッ⁉︎⁉︎⁉︎
ビィッッッッックリしたァーッ⁉︎ いや、だってさ、誰もいねぇなぁと見回してるところへ足元から声がしたんだぜ? しかもひと抱えほどの、ちょっと大きな岩くらいに思ってたモノが実は人の頭でソイツが喋ったんだ。まるで口を利く晒し首が地面に置かれてるようなもんだ。そりゃあ驚くさ。
で、この晒し首がミーミルか。
「よぉ、ミーミル」
「今日は何の用だい?」
合ってた。これはグッドコミュニケーションだろ。
「うむ、ちょっと未来のことでな、聞きたいことがあってだな」
「…またその話かい? 僕はもう飽きちゃったよ。ふわぁぁあ」
何だコイツもか? この世界のヤツらはどうにもこうにも世界の終焉に関心が無さ過ぎじゃない? いいのかこんなことで?
「そんなことより頼んでいたヘーニルの件はどうなったんだい? まだ見つからないのかい?」
ギクゥゥゥゥゥッ⁉︎⁉︎⁉︎(2度目)
…何それ。ヘーニルって何? 人? それとも逃げちゃったネコとか鳥? ってか旧オーディン、その辺の記憶くらい残しておけよ。報告連絡相談は社会人の世界じゃ常識だぞ?
「まぁ、その何だ、それは追々ってことで」
どうにかこの場を切り抜けて…目は泳ぎ、顔からはあぶら汗が滝のように流れてくる。
「…君は誰だい?」
ギクゥゥゥゥゥッ⁉︎⁉︎⁉︎(3度目)
晒し首の眼光が鋭い。カミソリクラスの鋭利なジト目でオレを見上げる。
何だ…オレが「ちょっとオーディン」だってことがバレた…?
「オーディンはいつもここへ来るとそこの切り株へ腰を下ろして僕に話しかけるんだ。君はずっと僕を見下ろしたままだよね。しかも受け応えがなんかおかしいし。で? 君は誰なの?」
まいった。投了だ。オレは普段のオーディンのことなんか知らない。だからそんなに一挙動ごと観察されてちゃバレるのは時間の問題だ。ところでこの晒し首、なかなか観察眼が鋭いな。だったらいっそ、洗いざらい吐いちまった方が何か新しい展開があるんじゃ? と、編集者のカンが告げている。
「…実はな…」
オレはオーディンが座っていたという切り株に腰を下ろすと、思わせぶりな切り出しで、トラックに轢かれて死んでからいま現在までの経緯をミーミルに語った。もちろんオーディンのことも話した。 …ところが…
「それでそれで⁈」
めっちゃ食い付いた。初めはただ神妙に聞いてただけだったんだが、やれ未来の世界じゃ女装男子は珍しくないだの魔法魔術の使用は男女平等だのと、ロキと揉めた時にオレが言ったことを話した辺りから目の色が変わった。むしろここまでの経緯よりもミーミルにとって未来に当たる話ばっかしてるぞ? とんでもねぇ知識欲。いろんなことを根掘り葉掘り聞いてくる。そりゃ未来の話は興味あるだろうが、「女装の時には下着はどうするの? やっぱり女性ものなのかな?」とか鼻息フガフガ聞いてくる…そこまではオレ知らんよ。
「ストーップ! ミーミル、ストーップ! そりゃお前は未来の話を知りたいだろうが、ちょい待て、まずはオレの質問に、この世界の未来、ラグナロクについて答えてくれ。世界が滅びるんだろ? 一体何が起こるってんだよ?」
「いやー、ゴメンゴメン。君の話がとても興味深くて興奮しちゃったよ」
確かに興奮してるんだろうな。何しろ地面の上の生首が今にも転がりそうな勢いでユラユラしてんだから。ってか手足無しでどうやって動いてんだ?
「僕は物知りだけど、全部ユグドラシルから得た知識だけだからね。そんな未来のことなんかユグドラシルには無いから新鮮だったよ。いいよ、教えてあげるよ、ラグナロクのこと」
とてもゴキゲンになったミーミルはラグナロクについてゴキゲンに語ってくれた…
…が、長いのでオレが要約しとこう。
まず…めっちゃ寒くなる。「大いなる冬」、と言う。これが3年続き、その間に人々は荒み、暴力と裏切りが支配する世の中になる。そしてスコルとハティってオオカミが太陽と月を食っちまって世界中が真っ暗に。昼も夜もわかんねぇ暗黒世界になり、遂には星が天から落っこちる。だがここまではまだプロローグだ。映画でいえばカメラ頭おじさんのヘンな踊りを見ている状態。で、その頃、繋がれていたフェンリルってオオカミと海に捨てられていたヨルムンガンドってヘビが活動開始。娘のヘルも冥界からやってくる。そしてロキは死者の軍勢を率いて、死者の爪でできたナグルファルって船に乗って戦いを挑みに来ることに。死者の爪ってどういうこっちゃ? なんかこう、爪をいっぱい張り付けるかまとめて固めるとか? 浮くのか、それ。ともかくそれを察知したヘイムダルって門番がギャラルホルンって笛を吹き、その音が世界中に響き渡ると本編の始まりだ。神々は戦いの支度を始め、ヴィーグリーズって野っ原で敵を待ち受ける。そしてロキ率いる巨人たちがビフレストって虹の橋を渡って壊して、さあヴィーグリーズで決戦だ。先鋒はオレことオーディン。自慢の槍を投げて…フェンリルにぱっくりいただかれる… …だと?
「なぁ、オレ真っ先に死んじゃうの?」
「そういうことになってるから」
「え、オレ嫌なんだけど」
「でも運命だからねぇ。運命には抗えないからねぇ」
マジか、ウソだろ。オレってば、死んで間もなくまた死ぬんかい。ってか丸のみだと⁈ いや、オレ、神だぞ⁈ もうちょい噛みごたえあるだろ⁈ ってかよく噛めよ!
いや、そもそもさ! オーディンって最高神だよな? 一等エライ神様だよな? それがなに? 一番最初に死ぬの? 出オチ? え、何それ? そんなんラノベ業界じゃ通じねぇぞ⁈ 妙瑛文庫の新人作家大賞にそんな原稿送ってきたら、寸評に「クライマックスはもっとよく考えましょう」って書かなきゃなんねぇぞ⁈ 花塩だってそこまでヒドイ原稿書かねぇよ???
ちなみにオーディンがぱっくりいただけれてからはこんな筋書きだ。
オーディンが食われた仇は息子のヴィーが討つ。口を裂いたり結構派手にやってくれるそうだ。さすがオーディンの息子だな。脳筋トールはヨルムンガンドとやりあって相打ち。9歩下がって倒れて死ぬ。この「9歩」が大事らしい。そしてラスボスたるロキとの決戦。相手はヘイムダル。両者相打ちで決着。 …ヘイムダルって誰かって? …門番だって。さっきギャラルホルン吹いたヤツ。 …あのさぁ…北欧神話、そもそもプロットから狂ってねぇか? ラスボス倒すのが警備の笛吹きおじさんでしたって、そんなん読者が納得するかっ⁈ ってか、ラスボス倒すのが警備のおじさんだったら、出オチぱっくりのオーディンよか警備のおじさん強ぇえ!って読者は思うだろが! …こんなプロットでよく編集が通したな。担当誰だよ。なんか、ノリで主要キャラ使い切っちゃったから、余ってたヘイムダルでも充てとくか、くらい適当だろ。まるで脚本が間に合ってない特撮の現場だぜ。恐ろしいことにラスボス倒して終わりじゃねぇんだ、これが。続きがある。最後はフレイvsスルト。フレイってのはヴァン神族からこっちへトレードでやってきたヤツ。こっちからトレードで出したのはミーミルで、斬首されて頭だけ返されたんだけどな… で、このフレイってヤツがスルトって炎の巨人と戦う。問題は…フレイが武器を持ってなかった、ってことだ。いや、正確には持っていた。鹿の角、だって。 …おい…どうなってんだ。こんなん「ちくわしかもってねぇ!」状態だろ! なんでも女に告るのに使いを遣って、その使いに大事な剣をプレゼント・フォー・ユーしちまったんだと。あーあーあー、恋は盲目だねぇ…で、最後はキレイごとで済まない事態になったわけだ。まぁあれだ、キャバ嬢に貢いでも見返りなんかなんもねぇよ、ってのと同じだ。 …たぶん。
「はぁぁぁぁぁ…」
溜息しか出ない。
「で? その先は? それからどうなるんだ?」
「僕は知らないよ」
「…は?」
「僕が知ってる未来はここまで。その先どうなるかは僕も知らないんだ」
「マジか…そのラグナロクで世界は滅びるんだろ?」
「そうだね」
「でもオレがいた世界ってのは未来に存在する。どういうことだ?」
「それは僕には分からないなぁ。僕が知ってるのは世界が滅びるまでだから」
「マジかよ…ノルン三姉妹は何も教えてくれねぇし。まいったな…」
「彼女たちはその先まで知ってるっぽいんだよね」
「な…あいつら! たぶらかしやがった!」
「ちなみにスクルドはああ見えてヴァルキュリアなんだよね」
え? メスガキがヴァルキュリア?
「メスガキがヴァルキュリアなんかやっていいのか?」
「何だい、メスガキって。そもそもヴァルキュリアは君が選んだんだろ?」
「選んだ記憶ないんだけど⁈」
うっそぉん…オーディンってキャバ嬢のスカウトとかオーディションとかできるの? 名前似てるし…ちくしょう、オレやりたかったな、それ…オーディンめ、美味しいとこだけ持っていきやがって…じゃなくて!
「ヴァルキュリアって戦乙女だろ? スクルドって戦えんの?」
「なにそれ。ヴァルキュリアは戦わないよ。彼女たちは戦場で戦士を選り分けてヴァルハラへ連れて行くのが仕事なんだ。選ばれた戦士の霊はラグナロクへ向けて準備するんだよ」
そうだったのか! てっきりヴァルキュリアって、ビキニアーマーで剣持って戦うガチ強者の戦士だと思ってた! ってか妙瑛文庫にもそういう作品いっぱいあったし!
そんなわけで、ミーミルにはいずれ未来の話をしてやると約束してオレはミーミルの泉を発った。まぁこりゃあれだ、現状ラグナロク不可避。とはいえオレは生き延びたい。そう簡単にくたばってたまるか! だったら…まずはアイツに会うしかない、な。
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あとがきはこちらにまとめました。
→「なぜ?なに?オレオー!」(N7423LN)
各エピソードで使用したネタとその解釈なんかを書いています。
本編と併せて読むとより面白く!




