⑤ ヴァナヘイム平定
【前回のオレオー】
やはりニョルズは知っていた。あの戦争の裏側を。ヴァン神族とラグナロクの関わりを。戦うべき相手は決まった――――
「それじゃスレイプニル、頼んだぞ」
「お任せください、我が主」
ヴァナヘイムへの出立は翌日となった…翌日、だと思う。なにしろ太陽が昇らんからな、どっからどこまでが1日なのかが分からん。昨日はラグナロク無血大勝利!ということで無礼講の大騒ぎ。オレもそのつもりで好きにやってくれてって言っちまったからな。ニョルズとの話が終わって宴会場行ってみれば…今から出るぞとはとてもじゃないが言えない状態だったので、アルコールが抜けるのを待っての準備、そして出発となった。
エインヘリャルたちは連れていかなくてもいいかとまぁいいかと思ったんだが
「タダ酒では申し訳なく!」
「タダメシでは申し訳なく!」
「我々もお供させてください!」
と懇願するもんだから、連れていくことにした。なかなか義理堅いヤツらだ…はともかく、結局対ラグナロク陣営をそのまま連れてきてるわけだからとんでもねぇ大所帯。逆にこの数で行けば相当な圧が掛けられる、とも。戦いは数、なんだよな、やっぱ。
さて、アースガルズの城壁を超え、いよいよヴァナヘイムへ侵入。一般の皆さんのご迷惑にならないよう蛇行しながら進むのでわりと時間がかかる。
「父上! 民など気にせず進みましょうぞ!」
と相変わらずの脳筋トールを
「バカ言ってんじゃねぇ。目標はヴァナヘイム中央。オレたちは略奪に来たんじゃねぇ。絶対に一般の人たちに手を出すんじゃねえぞ。そこんとこは肝に銘じておけ」
少々強い調子で窘める。ロキ拘束の件があるからビシッと言っとかないとアカンと思う。
「お、おうよ…」
上下の力関係には従順なヤツだから、このくらい言っときゃ大丈夫だろう。多分。
◆
ニョルズの案内で現族長が住んでいるという屋敷の前まで来た。進軍ともいう。すでにヴァナヘイムじゃ騒ぎになってるようで武器を持った連中がぞろぞろお出ましだ。オレは右手を上げ進軍を止める。スレイプニルを下りて隊の先頭へ。
「アースガルズの代表、オーディンだ! この顔をよもや覚えていないとはあるまいな! ヴァン神族族長に話がある! こちらは穏便に済ませたい! まずは出てきて話を聞いてもらおう!」
「おやおや。大軍を率いて穏便にとは何の冗談かな? クキキキキキキ」
屋敷から一人の男。ニョルズたちとは正反対の、やせぎすの男が…妙な笑い声を上げながら現れた。
「私の名はスクッギ。夜の神だ。現在のヴァン神族の族長は私だよ。それでオーディン、何の用かな? クキキキキキキ」
腰にはその体格からは不釣り合いな長い剣をぶら下げている。
「スクッギ。ヴァン神族によるアース神族への干渉は止めてもらおう。余計な手出しをして世界の終焉を起こそうものならお前たちヴァン神族だってただでは済まないはずだ」
「さて、干渉とは何のことやら。何を証拠にそのようなことを? クキキキキキキ」
ったく、何だか悪役らしい悪態をつくもんだ。口角を吊り上げいかにもって感じの引き攣った笑いを見せる。
「すべてはニョルズが話した。これまでのアース神族への干渉、すべてをな」
「スクッギ。久しぶりだな」
「ニョ、ニョルズ? なぜだ、なぜ生きている?」
「オーディンのおかげでラグナログは回避された。これを以って我は発言の自由を得た。戦定派の悪行についてはすべてオーディンに筒抜けだ」
「クキキキ、なるほど、そういうことか。だがニョルズ。お前の妹ニョルンのことはいいのか? もっとも今ではお前の妹と言うより私の子の母、と言った方がヴァナヘイムでは通りがいいがな。クキキキキキキ」
「貴様…ニョルンを力尽くで!」
「さぁて力尽くだったかはどうだろうなぁ? 喜んで私を受け入れたようにも見えたがなぁ。クキキキキキキ」
あー…なんだこれ、ダメだこれ、NTRな流れになっちまってる…そこ突っついたらウチのレーベルじゃ出せねぇなぁ。感情的になる前にさっさと話を決めちまわねぇとマズい流れだコレ。
「それでスクッギ。オレとの話はどうなんだ? アース神族に手を出すのを止めるのか否か。今ここで返事をもらおう」
「否、であったら?」
「見ての通り、兵を率いてきたんだ。言うまでもないだろう」
「なるほどなるほど。さすが秩序に囚われそれを力で押し付けるアース神族らしいやり方だ。だが我々は君たちアース神族には消えてもらいたい立場なのでね。滅びてもらわねばならぬのだよ。クキキキキキキ」
「ラグナログで自分たちも巻き添えを食うとしてもか?」
「何を勘違いしているのかな? 我々ヴァン神族は、ラグナログが来ようがなんだろうが、滅びたりはしないのだよ。クキキキキキ」
このスクッギってヤロウ、さっきからやけに余裕がありやがる。だが彼我の兵力差、アース軍側が圧倒的なんだが、それを知った上でスクッギはニヤけたこの表情。ラノベだったらザコのくせして分不相応の能力なんか持ってやがってやらたと強気な態度に出るってパターンなんだが…その強気には理由があるってことか。何かあるのか、裏が。
「自分たち『だけ』は大丈夫、と」
「そういうことだ。そういうことになっている」
ん?
「『なっている』とはどういうことだ?」
「なっているものはなっているのだ、分かりやすく言えば『運命』というヤツだよ、オーディン。クキキキキキキ」
「なるほど、『運命』ね。それならその『運命』とやらをひん曲げてやる」
「ご勝手に。やれるものならね。さて、兵を引かぬとあらばこちらも黙っているわけにはいくまい。では交渉決裂ということで」
す…とスクッギは右手を上げ、前に振り倒す。同時にウオォォォォォと怒声を上げヴァンの兵が殺到した。
「父上っ‼」
…しかたあるまい…
「トール。指揮を頼む」
それを聞いたトールの顔の嬉しそうなこと嬉しそうなこと。
「全軍突撃ーッ!」
トールの雄叫びとともにアースの兵も武器を構え敵兵へと突進した。戦争の始まりだ。
「さてオーディン。兵にばかり戦わせてないで我らも戦おうではないか。クキキキキキキ」
そういってスクッギは腰の剣を引き抜いた。刃渡り150cmはありそうな大剣だ。剣技の心得があるとでもいうのか。ならばオレは…
…しまった。話し合いで解決するつもりでいたからなんも武器持ってないよっ⁈ あれ? これオレ、ヤバい状況じゃね?
「どうしたオーディン! ご自慢の槍はどうした? 丸腰だろうが私は構わず斬るぞ! 我が闇の剣『ミスティルティン』の餌食となれ! クキキキキキキ!」
剣を大上段に構え突進してくるスクッギ。どうする? どうするっ?
「クキィッ!」
ガッ
振り下ろされた剣は地面を叩く。まずは身を引いて避けてはみたが
「どうしたぁ? ヤル気できたんじゃないのかァァッ! クキィィィ!」
妙な笑い声だか掛け声だか分からん奇声を上げてスクッギは剣を振り回す。 …正直あんま上手くなさそう。だって避けれるもん。ナニコレ、剣の重さに筋力がついていかない系? とはいえいつまでも避け続けるってわけにもなぁ…
…ふと思い出した。オーディンってば魔術使いって設定だったよな? なんかセイズやらルーンやら使えるってことになってたよな? そういう設定なら使えるはず…使い方分からん。でも呪文でも唱えればなんかが出るんじゃね? で、思いつくのが、北欧神話ベースの話なら花塩のヤロウがそういう設定の作品を書いてたな。担当ゆえプロットから付き合ったから創作段階のメモから何から見せてもらっている。その中にウォーデンって魔女が使うセイズの呪文があった。それでなんとかならんか? というかなんとかしよう。なんとかなるだろう。
目の前をさほど速くもなく過ぎ去った剣先を見送ると、フラフラと剣を振り回すスクッギに右手を向ける。そして。
「影よ縛れ。必要の苦を刻め。呻きとなりて、逃げ道を奪え。影縛の呻!」
「何をほざ 何ィィィィィィッ⁈」
へぇぇぇぇ…そうなるんだ…使った本人が感心しとるが、スクッギの足元の影…といっても真っ暗だからよくは見えないが、かがり火でできた微かな影がヤツの脚に沿って上へ上へと延びて、腰下を丸ごと掴んだかのように動きを止めちまった。この呪文、花塩の作中じゃ描写がちょびっとだけで一体どういうことになるのかよく分からなかったんだが、そうなるのね。へぇ。
「オーディンッ! これはどういうことだ!」
「さぁ?」
「さぁ、って…放せ! これを放せ! 卑怯だぞ! アース神族のクセに!」
「お前、丸腰の相手に剣で斬り付けておいてよく言うなぁ。逆に感心するぜ」
「クソォ!」
脚を固定されちゃ上半身だけで剣を振るうしかない。けどそれ、力が込められないから全然怖くないよね。ゆるゆるとやってきた刃を左手で掴んで止めて
「あ⁈」
「舌を噛まないように歯ぁ食いしばっとけよ。オラァッ!」
バキィ
「ガアッ」
顔面に一発。夜の酔っ払いに絡まれながら磨いた右ストレートがきれいに決まってスクッギは後ろへエビぞり。同時に魔術が切れたかそのまま背中から地に落ちた。
「コイツはもらっとくぞ」
左で受け止めた剣を握り直し、ヤツの顔に突きつける。
「ど、どういうことだ…加護が…光の加護がないなんて…」
「カゴだかツジだから知らねぇが、さてスクッギ。自分が置かれた状況は分かっているな? 勝敗は決した。速やかに負けを認め、兵の戦闘を止めろ。そしてこちらの要求を飲んでもらう。返事はッ!」
「クキィィィ…ヴァンの兵へ告ぐ! 我々の敗北が決した! 今すぐ戦闘停止だ!」
切っ先の下、たっぷりと脂汗をかいたスクッギが大声で命じる。ならばオレも。
「アースの兵へ告ぐ! オレはヴァンの将を討ち取った! これ以上の戦闘は必要ない! 今すぐ戦闘を止め、武器を収めろ!」
先ほどまで刃同士の軋む音と雄叫びで満ちていたオレの周りは一斉に静まり返った。
◆
「父上、本当によろしいのですか?」
トールはスクッギの処刑を進言するが
「地下牢にでも閉じ込めとけ。殺す必要はねぇよ、オレたちは人殺しに来たんじゃねぇんだから」
「お、おう…」
ちょっと不満げ。まぁ戦い慣れてるとそんなもんなんだろうが、オレは平和主義者だからな。
それにしても、魔術効いたなぁ。まさかあんなに鮮やかに決まるとは。こればかりは花塩に感謝だな。そして、ロキに見せてやりたかったよ。女のすなるセイズとやらを男のオーディンもしようと思ってすなり、ってな。今ここだけ21世紀の世界だぜ。
「なぁトール。殺し合いだけが戦争じゃねぇよ。上手いことやりゃケガ人も死人も出さずに勝つことだってできる。こんな風にな」
「それなんだが父上。ヴァン神族はこんなに弱かったであろうか?」
「ん?」
「前の戦争の時には激しい戦いが続き、アースガルズの防壁まで攻められることもあった。だが今回はこんなにもあっさり…ヤツらが手を抜いたんであろうか?」
「戦争で命が掛かってて手を抜く奴はいないんじゃないか? むしろお前たちが日々の鍛錬をおろそかにしなかったことが戦力差になったんだろう」
「そう、そうか、そうであるか。うむ、そうであろう」
トールはなんだかまだ腑に落ちないようだった。
「オーディン様。ミーミル様をお連れしました」
「やぁオーディン。派手にやったねぇ」
「よぉミーミル。久しぶりだな」
戦闘終結と同時に、フレイに頼んでミーミルを迎えに行ってもらった。大地を離れフレイに抱えられながらしゃべる生首。フレイとセットでデュラハンみたいだ。フレイには頭ついてるけどな。
「久しぶりに見る景色だよ」
そういや人質としてヴァナヘイムへ来てたことがあったんだな。
「見ろよミーミル。これがラグナロクが起こらなかった世界だぞ」
「そうなんだ。真っ暗でよく見えないけどね」
「あ? そりゃそうだ。ワハハハハハハ」
「アハハハハハ」
あー…北欧神話に来てから初めて心から笑った気がするな。ヴァナヘイムを平定し、ヴァン神族はオレの制御下に入った。『運命』とやらを裏で操ってたヤツらはもういない。これでもう世界の終焉が起こる心配は皆無になった、ってこった。うーん、心が軽い。
◆
その後、オレたちはヴァナヘイムで過ごした。ここがオレたちの制圧下に入ったことを誇示する必要があることと、念のためまだアース神族を陥れようと企んでいる連中がいないか調査する必要があったからな。
ニョルズの妹は無事保護され…とはいえスクッギとの間に子供が3人できてはいたのだが、ニョルズもまたスカジ相手に一度は結婚してるからな、その辺はお互い様とでもいうべきか。お互いの無事が確認できて、まずはめでたし、というか。
オレはと言えばヴァナヘイムで適当に部屋を取ってもらってそこで寝泊まり。周りからはもっと立派な部屋でもと言われたが、いやいや、オレ的にはどこに行ってもよそ様の家みたいなもんだ、どこでも同じさ。
「オーディン様。取り調べの報告に参りました」
「うむ。入れ」
スクッギを中心にいわゆる戦定派に対する取り調べが続いている。だが。
「スクッギは変わりませんね。相変わらず『光の加護が得られなかった。消えてしまった』と言うだけで」
「で、光の加護とやらの正体は?」
「それも相変わらずです。『姿は見えない』と」
「ふーむ…そうか。ご苦労だった」
この調子が何日も続いている。あ、拷問とかしてないよ? ちゃんと人道には配慮してるって。だが特に甘やかしてるとかじゃなく、『光の加護』云々しか成果は得られない。それ以上はスクッギ本人もよく分かってないのだろう。ミーミルに聞いても「僕は知らないな」としか。
…ワケわからんな。とりあえず、オレはハーブティーって呼んでる『草を煮た汁』を飲みに行くことにし、部屋を出た。
――――制圧から9日目。まるで山の天気か女心の如く、平和になったヴァナヘイムに風雲急を告げる事態がやってきた。
「オーディン様ァッ! ヨトゥンの軍勢がこちらへ向かってきていますッ! 大軍ですッ!」
…なん だと…?
◆
あとがきはこちらにまとめました。
→「なぜ?なに?オレオー!」(N7423LN)
各エピソードで使用したネタとその解釈なんかを書いています。
本編と併せて読むとより面白く!




