③ ラグナロク中止のお知らせ。
【前回のオレオー】
ヴァナヘイムからの人質ニョルズ。彼は何かを知っていた。尋問の最中に響き渡る音。それは終末の笛ギャラルホルン――――
ニョルズには自宅待機を命じた。一緒に行くと言って聞かなかったが、口止めされてるラグナログに関わることになるんだ、戦闘中に頭がパァーンっ!って破裂でもしたら戦闘どころじゃないだろて。周りも何か新兵器が?と驚くのは目に見えている。ワケをいちいち説明なんかしてられねぇだろ。それがリアルってもんだ。アニメじゃない!
「あなた、これを」
着の身着のまま出ようとしたらフリッグが甲冑を持ってやってきた。うむ…少し考えたが
「要らん」
「ええっ⁈ そんな、あなた、危険ですわよ⁉」
そうかもしれねぇけどな。
「大丈夫だ。オレは戦争する気はないからな」
「…あなた…」
心配そうなフリッグを横目に、オレはドアを開け、真っ暗な外へ飛び出した。
◆
とはいえヴィーグリーズなんて目の前だ。ヴィーグリーズの端っこの、小高い丘の上がオーディン様のお屋敷、ってとこだ。逆に言えばオーディンはラグナログを見越してここに家を構えた、ともいえる。丘からはヴィーグリーズが一望でき、すでにいくつもの部隊に分かれて展開しているのがよく見えた。ヴィーグリーズのあちこちにかがり火を上げ、その様子がよく窺える。
さて、一番ケツにいても話が始まらねぇ、一等先端の最前線へ行かなきゃな。丘から平原へ降り立つと「オーディン様!」「オーディン様!」と声を掛けられる。なんだか軍の慰問にやってきた大統領みたいな気分だぜ。だがそんな柄じゃないし。
「なぁ、トールはどこにいる?」
「トール様ならあちらに」
近くにいた兵に声を掛ければトールの居場所を指さしてくれた。オレが立つべきは先頭だ。きっと戦争好きのトールのことだ、最前線に陣取ってることだろう、トールのところへ行けば自動的に最前線、ってこった。
野を真っ直ぐ進めばざわめきが起こる。中には「甲冑を身に付けておられないだと? 死ぬ気なのか?」という声も聞かれるが、そういうつもりは毛頭ねぇよ。で、白い甲冑の一団に出くわす。よく見りゃみんな女だ。これがヴァルキュリア? そしてその中に見覚えのある顔がひとつ。
「うわっ。ざこオーディンだし。あイタっ⁈」
「何呼び捨てにしてんの⁈ オーディン様でしょ⁈」
声の主はスクルドだった。ホントにヴァルキュリアだったんだな。そして先輩ヴァルキュリアに叱られてやんの。いい気味だ…もとい。
「スクルド。無茶はするなよ。命は大事にな」
「なぁーにカッコつけちゃってんの? ざこオーディンのクセに」
「こらっ! 悪いのはこの口か!」
「うにゅぅぅぅ 痛い痛い」
今度はほっぺたをつねられた。うんうん、社会の序列の厳しさをしっかり叩き込んでやってくれ。
◆
やっと最前線のトールのとこへ到着。 …なんかもう疲れちゃった…見ると歩くとじゃ大違い、ヴィーグリーズって広いのな。スレイプニルで来りゃよかったと今更ながらに後悔する。
「オーディン様! なぜ甲冑を身に着けておられぬかっ⁈」
まるで散歩に出も出掛けたようなオレの姿にトールが目ん玉ひん剥いて驚いてる。まぁ無理もねぇけど。
「負け戦覚悟であらせらるか⁈」
「そういうつもりはねぇよ」
「ではなぜ」
「いいから黙っとけ。オレにはオレのやり方ってのがある」
「はぁ…」
少々厳しく言いつけるとトールは大人しく引き下がった。まぁオレの身を案じてくれてるってのは分かるけどな。
「来たぞーっ!」
誰かの声…あ、ヘイムダルか。この真っ暗な中、よく見えるもんだ。だがよく目を凝らせば虹の橋を団体さんの黒い影が渡ってくるのが辛うじて見える…けど、あれ? なんか思ってたより数が少ないような…ってか、虹の橋が壊れてない。するとスルトがいない、ってことか? お、オレ上手いことをって言ってる場合じゃない、団体さんが近づくにつれ、かがり火がその姿を露わにする。なんだか顔色の悪そうな連中がいっぱいいるのは分かるけど…巨人が、いない…? 相手は全員が渡り切ったところでその進みを止め、オレたちと対峙した。
その群れから大きな黒い影がこちらへ向かって速足でやってくる。どう見ても人じゃない、ってか四つ足の、限りなく犬に近い動物。ついにヤツが来た。コイツに食われるかどうか。その運命が、今決まる!
「フェンリルっ!」
《やぁオーディン》
「やぁじゃねぇっ! どういうことだっ⁈ ラグナログしないって、おっちゃんと約束しただろっ?」
《うーん、ぼくはどうでもいいんだけど、パパが食べてこいって言うからー。オーディン、あんまり美味しそうじゃないけど、パパの言い付けだもん、守らなきゃね。それが秩序ってことなんだもんね! それじゃ食べるよ! いっただっきまーす! あんがぁ》
目の前ででっけー口がガバァっと開く。もうさ、フェンリル目の前よ? その口がガバァ、よ? 開いた先を見上げれば、そりゃぁ口先が天まで届くって風に見えるわな。いや、そんなこと考えてる場合じゃねぇ!
「ちょ、待てーっ! オレを喰っても美味くねぇ! ってのは知ってんのか、そうじゃねぇ、ちとロキと、パパとお話しさせてくれ! パパとお話しして、それで納得いけば食うなり焼くなりしていいから!」
《うん。分かった!》
…物分かりがいいな…
「んじゃ、ちとここで待ってろ。お座り!」
《はい》
…躾が…できている…?
オレの目の前にはフェンリルの大きい鼻。寒いもんだから息を吐くたびブウォォォっと湯気が立ち込める。
「よし。いい子だ」
その鼻を撫でてやり、オレはロキの元へゆっくりと歩み進んだ。
◆
フェンリルがいれば当然ヨルムンガンドもいるわけで。
《やぁオーディン》
「よぉ、ヨルムンガンド。海から出てきたのか」
《まぁね。パパに呼ばれたら当然だよ》
「そっか」
そのヨルムンガンドの長あああああああああああああああああああい横を通り過ぎるとヘルお嬢ちゃんも当然来ている。
「オーディン様。ご機嫌麗しゅう存じます」
と、ちょいっとゴシックな黒のミニスカートと摘まみ礼をする。
「ご機嫌…まぁまぁ、だな。どうだ、上の世界は」
「太陽が出ていなくて快適ですわ」
「…そっか」
ヘルの横を過ぎると、そこには槍を傍らに立て腕組をした、甲冑姿の大男が立っていた。むろんロキ。先日の拘束されていた時の裸同然な姿に比べりゃ身にまとうものが違う分、さらに大きく見える。指示待ちなのか、周りにいる連中、みんなオレには手を出してこない。そしてオレは大男の前5mほどで立ち止まる。
「ロキっ! これはどういうことだ! オレはお前と約束したはずだ! ラグナロクは起こさないと! しかしこれは何だ! どういう風の吹き回しでこういうことになる! オレは納得いかないぞ! 説明しろ、ロキ!」
「こちらにはこちらの事情がある! そこをどけ、オーディン! そしてフェンリルに素直に食われろ!」
「バカ言ってんじゃねぇ! 言われてのこのこ食われてたまるか! それに何よりあんな素直ないい子に人食いの記憶なんか残したくねぇ! オレはまずお前の話を聞きたい! これはヴァン族に言われてしていることか!」
「違う!」
「それではお前の意思なのか!」
「違う! いや、そうかもしれないが、俺の意思ではない!」
ん? 何言ってんだ? ヴァンじゃない? かといってロキの意思でもない? んんー?
「意味が分からないぞ! では問う! ハッキリ答えろ! お前は一体誰の意思でラグナログを起こす!」
オレとロキの間をフィンブルヴェトルの冷たい風が吹き抜けた。誰もがオレとロキのやり取りを注目しているのだろう。物音ひとつせず、オレの声だけがヴィーグリーズに響き渡る。そしてロキは…目を閉じ深く息をして、それから顔を上げキッと目を開きオレを見据え、オレの要望通り、大きな声でハッキリ言った。
「シギュンだ!」
…なに…?
「シギュン、だと?」
「そうだ。シギュンがそう望んだ。だから俺はここへやってきた。俺と一緒にアースガルズへ来たシギュンは、ずっとこんな俺を支え続けてきてくれた。文句の一つも言わずにな。俺はそんなシギュンのことなら、何かアイツが望むなら、望むことがあるのなら、それを叶えてやりたい、ずっとそう思ってきた。でもあいつは何も望まない。ただ俺の傍にいられればそれでいいって、いつも…だがそんなシギュンが俺に言ったんだ。俺に望んだんだ。アース神族を滅ぼしてくれと。愛するナリを、たった一人の我が子を奪った、憎いアース神族を皆殺しにしてくれと! ナリがいないこんな世界、ブッ壊してくれと! …それが…たった一つ、今まで何も望むことがなかったシギュンの、たった一つだけの願い。だから俺は…それを叶える。アース神族をブッ潰して、この世界をブッ壊す! だからどけッ! そこをどけッ、オーディン! どかないなら…どかないっていうなら…俺は手始めにオマエからブッ殺す!」
…ったく。どいつもこいつも女が絡むとありゃ目の色変えやがって!
「そう、か。で、ロキ。シギュンは今、どこにいる?」
「戦場に連れてくるわけにはいかないから、ヨトゥンヘイムの実家にいる。俺の帰りを待ってな」
「なぁ…この間、洞穴でお前とシギュンに会って、シギュンってそういうこと言う女には見えなかったぞ?」
「そんな女が望んだんだ! だから俺は」
「落ち着いて聞け、ロキッ! オレは…何かがおかしいと思うんだ。どこかが変なんだよ。ラグナロクがお前の意思、シギュンの意思だというなら受け止めもできる。だが、何かが違う。ニョルズ、お前、スカジ、そしてシギュン。まるで誰かに何かに操られているかのように、物が言えなかったり態度が豹変したり。 …オレは自分の意思で生きていたい。死ぬ時だって同じだ。だが誰かに仕組まれた運命だってなら、オレはそれに断固として立ち向かう! 運命なんかに殺されてたまるか! オレはオレの意思は貫き通す! ラグナロクが他の誰でもない、お前の意思だと、シギュンの本当の気持ちだというなら! オレはオレの意思で、それを受け止める! だから殺れ! お前のその槍で! オレを貫いて見せろッ! お前の意思でオレの意思を貫いて見せろッ!」
オレは両手を広げ、ロキへ向け体のすべてを晒しだした。
「俺は! 俺は…!」
ロキはやにわに傍らの槍を取るとその刃先をオレへ向けた。周りはざわめく。武器を構える音が硬く響き渡る。しかし…ロキは構えていた槍を落とすと、大地に膝から崩れて
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ…」
天を見上げひとしきり叫ぶとがっくりと肩を落とした。そして…今しがたの叫び声とは真逆の、小さな声で言った。
「…なぁ、オーディン。シギュンは悪くない。俺がすべてやったことだ。だからシギュンのことは」
「分かってる。そしてお前のせいでもない。だから…軍を退け。ここを立ち去れ。オレたちはお前を追いかけたりしない。約束する」
「…わかった…」
ふぅ。まずは一件落着、かな。だが気になることもある。
「なあロキ。お前、洞穴を出てからどうしてたんだ?」
「…俺たちはあれから…ヨトゥンヘイムへ帰った。俺にはもう帰る家なんかなかったから、シギュンの実家で世話になることになって。こんな俺なのに、あっちの両親はとても俺を歓迎してくれてな…それでシギュンも、久しぶりの実家だからって張り切ってて、美味しいものを作るからって出掛けて…今思えばそれからか…帰って来たシギュンの様子がおかしかったのは。その夜、久しぶりに夫婦で愛し合おうって…いつもは受け身のシギュンが激しくて…俺は…久しぶりだからそんなもんかな、って思ってて…そのときか、俺の腕の中でアイツ、アース神族を皆殺しにしてって、泣きながら…」
「それ、変だと思わなかったのか?」
「なぜだろう…逆らえなかった。シギュンの言う事が正しいってそんな風に思って…今思えば変だったなと言えるけど…」
「そっか、分かった。ロキ。戻ったらシギュンを抱きしめてやれ。そして二度と放すなよ。お前のシギュンへの愛は、本物だからな」
「済まない、オーディン…」
「いいさ、人は誰だって間違いくらいある。間違いだって気付ければ、正して前へ進めるさ。まぁオレたち神だけどな」
「ふふ…つまんねぇこといってんじゃねぇよ…それじゃ、さよなら、だ」
「ああ。達者でな」
ロキはオレに背を向けると
「みんな。引き上げるぞ」
と軽く右手を上げた。
「それではオーディン様。お達者で」
「ああ。落ち着いたらまた話を聞きに行ってもいいか?」
「お待ちしておりますわ」
《それじゃね、オーディン》
「ああ。やっぱり海の中のが楽だろ?」
《まったくだよ。腰痛たまらんて。ああ、トールが僕の口に掛かってた釣り針外してくれたよ。案外いいヤツだな、アイツ》
「だろ? 人ってのは話してみないと相手がどんなんか分からんもんさ。フェンリルもな。元気で暮らせよ」
《ねーねー、オーディーン。ぼくたちここに来る前ママに会ってきたんだよー》
「そっか。シギュンは元気にしてるか?」
《やだなーオーディン、何言ってんのさー。シギュンさんはぼくたちの新しいお母さん。ぼくたちを産んでくれたのはアングルボザママだよー》
…え? そうだったの?
「そ、そう、そうだったな。いいやー、歳を取ると物忘れが激しくてのう。それでどうだった? アングルボザママと会って」
《ママねー、ぼくたちを見ていっぱい泣いてたよー。ぼくもね、ママに会えていっぱい泣いちゃったー。えへへー、はずかしー》
「ふふ、そっか。いいんだぞ。久しぶりにママに会えたんだ、そういうときはいっぱい泣いても恥ずかしくなんかないんだぞ」
《そうなのかー。ママね、いっぱいぼくたちをなでなでしてくれたのー。さっきオーディンがぼくの鼻なでなでしてくれて思い出しちゃった。ねぇオーディン、もう一回鼻なでなでしてー?》
「ん? こうか?」
《ひゃはは、くすぐったーい! なでなでしてもらうとなんだかうれしーねー。食べなくてよかったよー》
「そうか。生きてりゃ楽しいことがあるもんさ。お互いな」
《そうなのー? なんだかむずかしいねー。そんじゃねー。ばいばーい!》
「ああ、ママによろしくな」
《うん! あー、みんなまってー! おいてかないでよー!》
ドスンドスンと…どデカい足音を立てて尻尾を振りながらロキ達の後を追いかけていった。まぁあの巨体だ、そうもなるが中身は子供だ。子供はお母さんの元にいて甘えられるのが一番幸せなんだよ。うん。
さてと。オレは振り返り、周りを見回した。しっかし今更ながらなんだが、ずいぶんと兵隊集めたもんだ。
「みんなよく聞け! 諸君らが見守っていてくれたおかげでロキとの講和が成った! これにより世界の終焉は回避され、世界は救われた! 皆の者、大儀である! 全軍撤収!」
一瞬の静けさの後、怒涛のごとき歓声が上がる。そりゃそうだ、命知らずの奴らだって、誰も死にたかないさ。話し合いで解決できるならそれが一番。生きてる方がいいもんな!
◆
あとがきはこちらにまとめました。
→「なぜ?なに?オレオー!」(N7423LN)
各エピソードで使用したネタとその解釈なんかを書いています。
本編と併せて読むとより面白く!




