② ニョルズ尋問
【前回のオレオー】
フィンブルヴェトがやってきて太陽と月も消失。ミーミルは言った、ラグナロクは今なお進行中、と――――
オーディン宅の、とある部屋。真っ暗な中に薄暗く灯る魚油ランプが1つ――――
…っていうか、スコルが太陽食っちゃったおかげで真っ暗な上、この魚油ランプってのがちっとも明るくねぇんだわ。それだけじゃないぞ。すんごい臭い。マジ臭い。魚から絞った油を燃料として燃やしてるんだが、あれよ、焼き魚の匂いとかじゃないぞ。これ…そう、魚市場のニオイ。しかも魚市場の裏の、魚を処理した内臓なんかを捨ててある場所とか、そんなニオイよ。それが部屋に充満してんの。しかも煙も凄くてこれまた部屋に充満。寒すぎて換気も早々できないおかげでなんだか体に良くなさそうなもんが部屋の中にいっぱいになってんの。
「オーディン、何用かな?」
ニオイと煙が充満したこの部屋に入ってきたのはニョルズ。こいつは慣れてるのか何ともなさげ…巨人と言う割には少々小柄なこの男、まじめそうで口数が少ない、というのがオレの印象なんだが、ニョルズを呼び出したのは他でもない、ニョルズは元々ヴァン神族で、戦争の結果人質としてアースガルズへやってきたという経歴がある。それにあっちでの地位も高かったらしいので、ヴァン神族のことならこいつに聞くのが手っ取り早い、そう思ったのだよ。
「まぁそこへ座ってくれ」
小さなテーブルを挟んで1対1。テーブルには魚油ランプの明かりだけ。なんだかまるで昔の刑事ものドラマの取調室のようだ。まぁ実際、これからニョルズを質問攻めにすることになるんだから、そう違いはないかもしれない。
「アースガルズはどう? 快適?」
とはいえまずは世間話から。いきなり核心から行っても警戒されるだけだからな。
「ああ。自由にさせてもらっておる。快適であるぞ」
ほのかな明かりの中にニョルズの笑顔が浮かぶ。うむ、好感触か。
「フレイとフレイヤは?」
「二人は出掛けておる」
「その、あの二人ってかなり仲良いの?」
「我もそうであるが、二人とも結婚が上手くいかなくての。フレイヤは夫のオーズがずいぶんと戻ってこず、寂しい思いをしておる。だから二人で慰めあうこともあろう」
…やっぱそういう関係なんだ…そこをサラッと言うあたり、文化の違いってヤツ?
さて、場は温まったかな? 本題行ってみるか。
「それでニョルズ。お前、ラグナロクのこと、どんくらい知ってんの?」
ピクッとしたきりニョルズが固まる。表情も硬く、今までまっすぐこっちを見ていた眼差しは横に逸れた。
「なんかオレさ、前にヴォルヴァから聞いた予言っての、みんなに話したらしいじゃん? オレ全然覚えてなくてさ。どんなこと話したか教えて欲しいんだけど」
ニョルズの口は真一文字に閉ざされ、俯いてしまった。なんだろな、この反応…
「まぁ、その、なんだ、どんな話が共有されてるのかな?って。ああ、トールとは仲良くやってる?」
「トール殿は豪傑だが、気は優しい。話しやすい相手であるぞ」
俯いた顔が上がり、再び笑顔で答える。こういうのは行けるんだ。
「そのトールとかさ、なんだか戦争やりたがってるように見えちゃうんだけど、どうなのかね? ラグナロク、やっぱ来ちゃうのかね?」
「……」
黙っちゃった。また俯いて口を閉ざす。だけじゃない、なんだか苦悩に顔を歪めているような…
どういうことだ? ラグナロクの話になるとこのありさまだ。何か話せない事情があるのか? 元はヴァン神族のお偉いさんだ、あるいは重要な機密があったりするのかもしれんけど、でも今はアース神族の一員だしな、それにラグナロク自体は他のアース神族も知ってるわけだし…語るのを言葉で拒むのではなく、沈黙で返す、となると話せない事情、しかも割と物理的な仕掛けがあったりとか? …これはあれだ、対話型AIで「倫理規定により」とかいって返事が返ってこない奴と同じだ。ラグナロク絡みがそういうキーワードになってるのかもしれん。さて、どうする…
「ニョルズ。今からオレの質問に、ハイなら首を縦に、イイエなら横に触れ。 …あれ? これでいいんだっけ? ギリシャだったかは逆だった気が…なぁ、ニョルズ。ハイなら首を縦、で合ってる?」
コクリ
セーフ。
「それでニョルズ。もしかしてお前、ラグナロクなんかに関して言及してはいけない、答えてはいけない、って言われてない?」
コクリ
「ふむ。それは例えば、答えたら頭が吹っ飛ぶ、とか」
やり過ぎるとアカウント停止よ、みたいなものだが…
コクリ
…マジか。こっちの世界にもあんだな、そういうの。花塩がアカ停喰らったのはザマぁとしか思わんが。
「そうか…それならこの形式でいろいろ聞くが、いいか?」
コクリ
「オッケーだ。答えられるときは声に出して構わんぞ。それで、昔アース神族とヴァン神族で戦争があったろ? あれって、お前が首謀者?」
フリフリ
ニョルズは首を横に振った。なるほど、この辺からガードが掛かってんのか。
「戦争はグルヴェイグって女がアースガルズへ来たことが発端らしいんだが、もしかしてその女、ゴーレムだったりした?」
「ゴーレムとは何ぞ?」
あ、そこは答えていいんだ。
「ああ…そか、ゴーレムは通じないのか。そうだな、人工的な、人の形をした操り人形とでもいうのかな、そういうヤツ。で、どうなん?」
コクリ
ビンゴだぜ。殺しても殺しても蘇るって変だと思ったんだよ。つまり殺したはずのグルヴェイグはゴーレム的なヤツ。人とか神じゃない。そしておそらくコピーが多数存在してて、殺されるたびにこっちへ送り込まれた、そんなとこだろう。
「グルヴェイグはセイズが使えたそうだが、もしかして元ネタがフレイヤだったりするか?」
コクリ
なるほど。でもその元ネタをこっちに寄こすって変だと思わないか? だったら次はこの質問だ。
「ニョルズって、ヴァン神族じゃそれなりに高い地位だったりしたんだろ? それがなぜ人質になった? オレが考えるに、ヴァン神族内で戦争を巡って権力闘争があった。お前はその闘争に敗れ、人質としてこっちへ送られた。そんなとこじゃないか? 息子と娘もついでに」
ジリッとランプの油が焼ける音。ただでさえ不安定な炎が揺れ、それにつれニョルズの影も揺れる。
コクリ
「で、逆に、お前の裏切り防止のために、フレイとフレイヤの母、つまりはお前の嫁ってことになるが、それは逆人質としてあっち、ヴァナヘイムにいるんじゃないか?」
コクリ
「で、その嫁さんとは連絡取れてるの?」
フリフリ
俯き加減のニョルズの額に脂汗がにじむ。この辺、結構ギリギリの質問なのかもしれん。
「そっか。それは辛いな。とはいえ、こっちでスカジと結婚したんだよな? あ、でも上手くいかなかったとか聞いたが、スカジって、巨人だったろ? で、その、あれだ、どうだったん? その、夜の生活とか、あっちの具合、とか」
ニョルズは真っ赤になって俯き、小さな声で答えた。
「…ゆるゆるであった…」
そこは答えられるんだ⁉ こういうネタだと「倫理規定」に引っ掛からないのか? AIとは逆だな。 しかしそりゃ上手くいかないわけだ。ちょっと気の毒でもあるな。スカジの方だってもうちっとイイ感じのモン挿たかっただろうになぁ。
さて、そろそろ本題だ。
「なぁニョルズ。ヴァン神族ってセイズが使えるんだろ? で、セイズって未来予知ができたりすんじゃんか。ってことはさ、かなーり昔から、この世界の未来、世界の終焉について、知ってたんじゃないか?」
問いを聞いたニョルズはハッとするようにオレを見て、そして静かに
…コクリ
うなずいた。
なるほど、それならつじつまが合うってもんだ。ヴァン神族はラグナロクでアース神族が滅びることを知っている。それならその最期のシーンまで、第3者視点で記録することが可能だ。つまり、北欧神話ってのは北欧版『平家物語』だと思えばいい。あれは平氏一族の栄枯盛衰を描いたもの。スケールが違うだけで、平氏をアース神族に置き換えればほぼピタリとハマっちまう。さしずめ源氏はロキ率いるヨトゥン。だとすれば、この物語を往来で琵琶をベベンと演りながら語る琵琶法師がヴァン神族ってとこだろう。ただしこの琵琶法師はずっとストーリーの中にいて、しかもグランドフィナーレとなるラグナロクまで強制的にコントロールする役割を持つ。オチを変えられて弾き語りできないってのは困るからな。それが北欧神話におけるヴァン神族の役割だ。だとするなら…
「ってことはつまり」
ブウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
「何だ、この音?」
それは――――大地を揺るがすかのように低く、世界中にどこまでも広がっていくように響き渡る音。
ガタンっとニョルズが立ち上がる。テーブルが揺れ、薄明かりのランプが作り出したニョルズの影も壁で揺れている。
「これは門番ヘイムダルが吹き鳴らすギャラルホルンの音っ! ロキの軍勢が進軍してきたことを知らせておるっ!」
な…何ィィィィィィィィッ⁈ …それはしゃべれるのか…
◆
────ノルンの泉。
ブウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
「お⁈ 鳴った!」
手元の作業をしていたウルズがやにわに顔を上げた。
「それじゃお姉ちゃんたち、行ってくるねー」
スクルドは元気な声でそう言って泉のほとりから駆け出した。
「はーい、気を付けていってらっしゃーい」
「ねぇお姉ちゃん。始まっちゃったみたいだけど、これ、どうしよっか?」
ヴェルザンジーが手元のモノをウルズに差し出し、困惑の表情を見せた。
「どうもこうもさぁ…こないだオーディンが来てから解れはじめて、こんなとこまで来ちゃったもんねぇ…これじゃユグドラシルに読み込めないわよねぇ…」
壁のようにしか見えない大きな樹の幹から延びた薄紫の編み糸。残り僅かなその先が青・白・赤の3色の糸に、それぞれ分かれていた。
◆
あとがきはこちらにまとめました。
→「なぜ?なに?オレオー!」(N7423LN)
各エピソードで使用したネタとその解釈なんかを書いています。
本編と併せて読むとより面白く!




