表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/27

⑬ アングルボザの窓⑦「ヘル」

【前回のオレオー】

再び襲った母アングルボザの悲劇。二人目の子供も異形に育ち、またもやアース神族に連れ去られ――――

 外は今日も雨。それでもロキはアースガルズへと出掛けていった。帰らない日が増えた。何日も顔を見ないことが多くなった。二人で暮らすはずだったこの家に、今もアタシ独り。

 毎日毎日…アタシは何をして生きているのか分からない。食事は…たぶんしたと思う。でもその記憶すら怪しい。昔は肉を喜んで食べていたのに、今じゃ麦粥を一杯も食べれば十分。 …痩せたのかな。肌の張りが無くなってきた気がする。

 こんな雨の中、来客があった。男とも女ともいえない容姿、男とも女ともいえない声。白いマントを羽織り、そのフードを深く被っているので顔も良く見えない。何者なの? コイツ…

 名も名乗らずソイツは言った。アタシの前に杖を翳し、「幸せになるおまじないをかけてあげるよ」と。そんなものがあるなら、いくらでもすがりたい。そんなうまい話、あるものか。

「キミはとてもステキな女性だ。きっと男性から激しい求愛をされるのだろうね」

 これ、モテモテ、ってこと? アタシにはロキしかいないのに…でも褒められてるハズなのになぜか寒気がする。

 そしてソイツは帰り際にこう言った。

「いい子が生まれるといいね。それじゃ」

 …ウソ…またアタシ、子供を産むの? …怖い…怖い! もうイヤ。子供を産むのは、幸せを奪われるのはもうイヤ! 幸せになれないなら、もうお母さんになれなくてもいい…


 でも、こんなときに限って…

 ロキは帰ってきてアタシを見るなり抱きしめた…無性に興奮しているようで…昔なら、こんな荒々しいロキがステキで、頼もしく見えた。でももうイヤ。子供を産むのはイヤなの。でもそんな願いはロキの力強さには勝てない。押し倒され、欲望のままに犯された。そして残念なことに、アタシの「オンナ」はまだ健在だった。悲しいくらい、アタシは燃えてしまった…



 「幸せになるおまじない」とは、こういうことだったのか。また…間もなく身籠った。ただ、前とは違ってゆっくりとお腹の中で育っているようで…今度は違うのかもしれない。そんな期待がうっすらとあった。

 臨月を迎え陣痛が始まる。ロキが帰ってこない以上、また一人で産むしかない。それで生まれた子は…真っ青…というより黒く見えた。え…死んでる…の? イヤ。ダメ。お願い。あなたはこの世界に生まれたんだから! この世界に生まれた意味があるんだから! お願い! 息をして! 泣き声を聞かせて!

 何をしたらいいのかわからず、体をさすったり、何か詰まってないかと口を吸ったり。そして


オギャァァァァア!


 よかった…泣き声が聞こえる。ありがとう。生まれてきてくれてありがとう。生きていてくれてありがとう。アタシがあなたのお母さんなんだよ。ほら、しっかり飲んで。早く元気になろうね。

 …でも、この子のことは知られたくない。アースになんか知られたくない。だから彼女をヘル、と名付けた。



 ヘルは生まれてからしばらくしても、血が通い血色がよくなったのは体の半分だけ。あとの半分はまるで死んでるかのように青黒いままだった。それでも健康に育ってくれればと、アタシはがんばって食べ物を獲りに行き、がんばって食べて、お乳がしっかり出るよう気遣った。そのせいかヘルは体半分は相変わらずでも順調に育っていった。いえ、むしろ『いつものように』スクスクと大きく育っていった。イヤな予感がする。



 女の子は言葉を覚えるのが早いと聞く。ヘルもおしゃべりできるようになるのが早かった。「お母様」と呼ばれたときには泣いてしまって、ヘルに不思議な顔をされた。

 ロキは帰ってくるとヘルと遊んでくれることもあるが、やはり子育てはアタシ任せ。それは今までと同じ。でもたまに不思議な行動をとることもあった。珍しいものをもらったと、牛の尻尾肉を煮てシチューを作ってくれた。今までそんなこと、一度たりとも無かったのに。やはり娘がいると男は違うものなのか? それともただの気まぐれ? ヘルはシチューが気に入ったのか嬉しそうに食べ、おかわりすらした。はた目には微笑ましい一家団欒の光景だけど…もうアタシは、ロキが何を考えてるのかさっぱり分からなくなっている。



 ロキがアースガルズから帰ってきた…アースガルズの使者とともに!

「ご息女をお預かりに参りました」

 やっぱり! ロキを詰問しようと目を移せば

「先に俺の方から話をつけといた」

 先回りしてる…アタシに相談も無しに…

「なんで…どうして…」

「あっちで相談してみたら危険だっていうんだよ」

「この子は違うっ! ヘルはオオカミじゃないっ! ヘルはヘビじゃないっ! ヘルは人なのっ! アタシの子なのっ! どうしてっ⁈ どうして奪うのっ⁈ どうしてアタシから幸せを奪うのっ⁈ もうイヤっ! 奪われるのはもうイヤっ! お母さんになりたかったアタシの夢、奪われるのはもうイヤなのっ!」

「でもこいつをこのままここに置いても体半分腐っていくだけだぞ! 死ぬのを待つだけだ! お前のわがままでヘルの死を見届けるつもりか!」

 わがまま…死…ロキの言葉が突き刺さる。アタシが幸せになろうと思えば、この子が、ヘルが死ぬ…ヘルは幸せになれない…そんな…どうして…

 アタシの両横をアースガルズの使者が、続いてロキが通り過ぎる。家の奥で一人で遊んでいるヘルの元へ行くのだろう。でもアタシはそれを見ることができない。怖いから。辛いから。

「ヘル。俺とアースガルズに行こうか」

「アースガルズって何? お父様とお出かけ?」

「そうだよ。一緒に行こう」

 ロキの優し気な声。こんな声、久しぶりに聞くのに…どういうつもりで言ってるのか全然わからない。

 背後から足音が近づき、それらは再びアタシの横を過ぎていく。

「お母様は?」

 ロキと手をつないだヘルが振り返り、アタシを見た。

「お母さんはお留守番」

「一緒にいかないの?」

 アタシは答えられない。言葉にすれば、アタシのせいでヘルの命が消えてしまう…ヘルの姿が歪み、とても遠くに感じた。今目の前にいるのに…

「それではご息女をお預かりします」

 そう言って使者たちはロキとともに去った。

 …また…何もしてあげられなかった…守れなかった…アタシ…無力だ…



 それから数日。ロキが帰ってきた。

「俺、アースガルズに住むことになったから。ボザ、お前も来るか?」

 後頭部を殴りつけられたようなショック。アタシにとってはそれほどなのに…こんなに大切なことを、こともなげにさらっと…

「アタシは無理。アースガルズで暮らすなんて無理。秩序を重んじて暮らすなんて無理。アタシから大切なものを奪っていった神たちと暮らすなんて無理。アタシにはヨトゥンがお似合いなのさ…」

「…そうか。わかった。さよならだ」

 たったそれだけ。それだけの言葉を残し、ドアは静かに閉じる。

 …引き留められるかと思った。思い直してくれるかと思った。でもアイツは…行っちまった…アタイを置いて行っちまった…もう…アタイには何の価値もないんだ…母としても…女としても…


♪白い花咲くベリーの丘♪

♪未来の実りを夢に見る♪


 …もうすぐ夏至祭。どこからともなく女の子たちの歌声が流れてくる。


♪青い果実はまだ遠く♪

♪誰と分け合う?その甘さ♪


 …これは『命の歌』。練習なんかしなくたって歌えるよ。


♪あの子?(あの子?)♪

♪この子?(この子?)♪

♪私? 私! フゥゥゥゥゥゥ!♪


 …だってそれは


♪夏至の光に揺れる花♪

♪やがて結ぶよ未来の輪♪


 …アイツに聞いて欲しくて覚えたんだから。


♪南の島には渡り鳥♪


 南の島には渡り鳥…


♪厳しい崖に巣を作る♪


 厳しい崖に巣を作る…


♪白い卵に想いを託せ♪


 白い卵に想いを託せ…


♪相手は誰かと右左♪


 相手は誰かと右左…


♪あの子?♪


 あの子…


♪この子?♪


 この子…


♪私?♪


 アタシ…


♪フゥゥゥゥゥゥ!♪


♪もうすぐ殻から顔を出す♪


 もうすぐ殻から顔を…


♪会ってみたいねパフィンの子♪


 あって…みたい…ね… パフィン…の…子…


 歌えるよ、『命の歌』。 …でも意味を知ったのは今、この瞬間… …そういう意味だったんだ…

 アタシ…母にも…女にも…なれたかったよ…


あとがきはこちらにまとめました。

→「なぜ?なに?オレオー!」(N7423LN)

各エピソードで使用したネタとその解釈なんかを書いています。

本編と併せて読むとより面白く!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ