① ロキと口論
【前回のオレオー】
過労でうっかり事故に遭い昇天したラノベ編集者・東雲。謎の老人に出会い、代わりをやれと頼まれた。そして行き着いた先が――――
急に目の前が明るくなって――――
…なんだ…この光景。まず宴会の会場らしい。酒と豪華な料理がテーブルに並ぶ。で、この状況でケンカだよケンカ。殴り合いのケンカなら見応えもあるが、口ゲンカ。しかも女が男に一方的にやり込められてる。この女…誰? やり込めてるオッサン曰くこの女ゲフィオンって名前で、処女を公言してるにも関わらず首飾り欲しさに男に跨って腰振ってた、ってさ。あー、これアレだ、人気絶頂のアイドルグループのセンターが金欲しさにパパ活やってるヤリマンだった、とかそんなんだ。多分だけどな。
それはともかく女が泣いてるのを黙って見てる訳にもなぁ。こういう状況ってメシも酒も不味くなるからな。
「その辺にしとけよ。女を一方的にいたぶるとか、みっともねぇだろがよ」
「ウルセェよ! すっこんでろ、オーディン!」
「? オーディン…? オレが…オーディン?」
そりゃ驚くだろ。北欧神話の最高神の名で自分のことを呼ばれたらさ。だが驚いたのはオレだけでなく、オレの反応に目の前のオッサンも驚いたようだ。辺りをキョロキョロ見回してから「何言ってんだ?」って目でオレを見ている。
「いや、お前オーディンだろ。白髪でハゲの、ヨボヨボのジジィがよぉ!」
ジジィは言い過ぎ、ハゲは余計だ。こう見えてもオレはまだフサフサな方だぜ? ちょっとだけおでこが広くなっただけで…無いぃぃぃッ⁈ 触った感触、皮膚だコレ⁈
…このハゲ頭のおかげで状況が掴めてきた。オレはオーディン。そういうことになったらしい。原因はさっき会ったあのジジィのせいで間違いない。アイツのせいでオレはオーディンってことでここにいる。つまり…異世界転生? 死んだら北欧神話最高神のオーディンになってた、ってことだ。はぁぁぁ、マジであるんだな、異世界転生。ってことはこれって北欧神話の世界の中だよ。オレもラノベの編集者やってるくらいだから北欧神話の知識くらい少しはある。 …少しは。ごめん、あんま知らん。
多分この状況、オーディンの息子のバルドルが死んだ後だな。息子が死んだ割にはオレ落ち着いてるけど、ぶっちゃけ言えば他人の子供だもの。気の毒には思ってもガチで悲しいかというとそこまででは無いわけで。で、「うちの息子」が死んだってことで宴会やってんだわ。宴会っていうとアレだが、まぁお通夜とか葬式とかそんな感じだろ。で、残念会やってたところへワザワザやってきて散々暴言吐いたヤツがいる。ロキ。それがこの目の前のオッサンの名前だ。親戚一同集まってるところでなんか言い出した親戚のオッサンがいた、そんなとこだ。
さてこのロキの暴言暴露大会が始まってるってことは1番ブラギ、2番イドゥン、そして3番のゲフィオンまでヒットで出塁、満塁になったところで4番のオーディンに回ってきた状況だ。野球ならドキドキワクワクもの、翔平ばりにガツンとカマしたいところだが、神話の筋書きではロキの暴露でコテンパンにされるってんだから違う意味でドキドキだ。何を言い出すか分んねぇからな。このロキのやってることといや、要は暴露系ユーチューバーだよ。見てて楽しいか? いや、楽しいかもしれねぇな。何しろ神と崇められた連中が、やれ兄弟殺しだヤリマンだと突き上げられてんだから。だが言われるこっちとしては堪ったもんじゃない。
ロキがオレの前のへ詰め寄った。顔が近い。めっちゃツバ飛んでくる。
「オーディン、お前よぉ、デカいツラしてゲフィオンを庇えるほどエラそうなこと言えんのかぁ? そもそもお前、公平だの秩序だの言って、公平だったこと無ぇだろぉ? エインヘリャルだってお前が気に入ったヤツ見つけちゃ負け組にして殺してよぉ。言ってんこととやってんことがメチャクチャじゃねぇか! 戦の神が聞いて呆れるぜ!」
あー…おっしゃる通りでございます。エインヘリャルの戦力増強を理由に、戦力になりそうな勇敢な戦士から死なして魂回収しとるもんね。こりゃ一理どころか全面的にロキの言い分が正しいわ。
「それにお前、最近セイズに凝ってるらしいじゃねぇか。女が使う女々しい魔術ってヤツをよぉ。それでなにか? お前女になりてぇのか? 夜な夜な地下室で女装なんかしやがってよぉ。大丈夫か? ちゃんとチ〇コとキ〇タマ付いてっか? そのうち股の間から子供でもひり出すんじゃねぇかぁ?」
うわぁ…イタいな、旧オーディン。女装癖あったのかよ⁉︎ 堅物のジジィにとんでもねぇ秘密があったもんだ。なんで女装とか…あ、分かった。多分な、オーディンって何事も本気で行くタイプなんだわ。オーディンってルーンの秘密が知りたくて目ン玉くり抜いちゃうくらいガチなジジィだろ? 実際、いま新オーディン、前がよく見えないし。だからセイズをガチで極めようと思って身も心も女になってみようとか、そう考えたんじゃねぇかな? アレだよ、釣りにガチでハマっちゃって普段着までみんな釣具メーカーのアパレルになってる、みたいな。
それはそれとして、これはいけませんねぇ、ロキさんや。今のご時世、そのような発言はセクハラや女性蔑視として完膚なきまでにぶっ叩かれる案件だぜよ? 炎上系ユーチューバーもビックリの大火災だわ。コンプライアンスがなってねぇなぁ。これだから神話世代は。
「サムス島じゃ、お前が巫女のように魔法を使ったとみんなウワサしてるぜ。人間の間を魔女の姿で歩き回ったってなぁ!」
どうもロキ的には今のがトドメのひと言のつもりだったらしい。その証拠に、言い切った感満載のドヤ顔なのだ。周りを見回せばみんな真っ青な顔してる。この反応…「ロキ、そこまで言うかよ」の反応なのか、旧オーディンの性癖にドン引きなのか。新オーディンとしてはそもそも旧オーディンのやらかしたことなんかに興味ないんだが。
「言いたいことはそれだけか」
「…なんだよ…なんでニヤけてんだよ…何でこんだけ言われてニヤニヤ笑ってられんだよ…」
どうやらオレは笑ってるらしい。いや、だってよ、旧オーディンの女装だぜ? 想像したくないのに脳裏を横切っちゃうだろ? 笑っちゃうだろ? 多分凝り性のオーディンのことだ、下着までパーペキなんだろうな。ピンクの花柄パンツがもっこりとしたところからハミ出るチ… いや止めておこう。ともかくロキはトドメを刺したつもりの相手がキレるでもなく嘆くでもなく、という反応に戸惑っている模様。ならば言って聞かせるしかあるまい。部下の失態は上司がフォローするものなのだ。ケンカ腰では相手が反発するだけ。なにしろ新オーディンは平和主義だからな。
「なぁ、ロキよ。よく聞けや。今から千年以上先の未来、女装って珍しいもんじゃねぇぞ。何ならそういったナリで衆目に晒すことを好む男子もたくさんいるぞ」
嘘は言ってない。だってビッグサイトでよく見るし。
「な、なんだと…?」
「それにな、セイズ、すなわち魔術は女々しいもんじゃなくなってんだ。魔術による攻撃・防御、その能力が高い者ほど知能が高いとされる風潮になってんだよ。むしろ力任せの物理攻撃は脳筋バカとされるまである」
嘘は言ってない。多分。
「な、何をホザく! それは自分の恥ずかしい秘密を暴かれてごまかそうとしてるだけだろ! 何を根拠に…」
と、ロキは言ってから気が付いたか、目を逸らす。いいだろう。そのロキが気が付いた答え、言ってやろうではないか。
「セイズで得た知見、だよ」
青いな、ロキよ。こちとら「そういう設定」の話を星の数ほど読んで世に出してきた『編集者』なのだよ。おまけに言ったことは予言でもなんでもなくて実際にあったモノだからな。まぁ見たと言って信じられるとは思わん。だったらロキが忌み嫌うセイズのおかげと言っておいた方が角も立たねぇだろう。
渾身の一撃を躱されたロキは耳まで真っ赤して憤っている。何か言えば反撃される、そう分かったのだろう。これで大人しくしてくれりゃぁ、とは思うが、大人しくできなかった者があろうことかこっちサイドにいた。ダァン!とバカでかい音を立ててドアが開くとそこにはモジャモジャ髭面の大男。ハンマーを振り翳したオッサンが一人立っている。
「テメェ、ロキ! 黙って聞いてりゃツケ上がりやがって! オーディン様を侮辱するとは太ぇヤロウだ!」
ハンマー、ってことはトールか。って、あ⁈ バカっ!
ダガァン
あーあーあー…テーブルがグチャグチャになったばかりか床にも大穴空いちゃったよ…威嚇だけにしときゃいいものを、なんで振り下ろしちゃうかねぇ。トールってアレだろ? ヨルムンガンドを釣り上げようとしたヤツだろ? なんでミドガルズを囲ってるヘビを釣ろうとか思うかね? 釣り上げちゃったら囲いが無くなってミドガルズ大崩壊じゃねぇか。世界の終末を早めてどうすんだよ。PEラインと電動リールがない世界で良かったな。
「チ…クショウ! 憶えてやがれ!」
あーあ、ロキ、行っちゃった。憶えてやがれって神話世界でも言うんだな。ザコのチンピラかよ。
「待ちやがれ!」
「トール、いいって。ほっとけ」
追いかけようとしたトールを引き止める。
「しかしオーディン様…」
「ロキはあれで何か溜まってたもんがあるんだろ。そっとしておいてやれ」
「さすがオーディン様。心がお広くいらしゃる」
とトールは新オーディンに跪き、礼をした。追って場にいた連中全員も。何なんだこの状況は。
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あとがきはこちらにまとめました。
→「なぜ?なに?オレオー!」(N7423LN)
各エピソードで使用したネタとその解釈なんかを書いています。
本編と併せて読むとより面白く!




