⑩ アースガルズの景色①フェンリル
【前回のオレオー】
アースガルズに出入りするロキから災厄の芽が生まれたことを知ったアース神族。彼らは使いを差し向けた――――
――――アースガルズ。
「これがフェンリルか」
アースガルズからの使者によって連れてこられたフェンリル。彼を囲むアース神族の神々にオーディンの姿もあった。
「かわいそうではあるが、世界の終焉を防ぐにはこれより他手段は」
「待て、オーディン」
「何事よ、ニョルズ」
「其方は彼の者を殺めるつもりか?」
「やむを得ぬじゃろうて」
「だが生きとし生ける者、命があるだろう。殺めてしまえばそれが過ちと気付いたとて元には戻せぬ。なればどうだ、彼の者は生かし、拘束しておくのがよかろう」
「うぅむ…」
◆
――――アームスヴァルトニル湖に浮かぶリュングヴィ島。
この地に連れてこられたフェンリルの回りにはアース神族の技術者ともいえる者たちが集まっていた。イザヴェルという、かつてはオーディンをはじめとする主要な神々が、黄金を鍛え道具を作っていた場所。工房と言ってもいいだろう。主要神たちの活動が増えあまり使われなくなったものの、名も無き神たちが、今もここで技術を磨いていた。その工房からオーディンに呼ばれ、フェンリルの回りに集っていた。
「なぁフェンリル、おじさんたちと遊ぼうか」
《わーい、何するの? 何するの?》
「力比べをしてみよう」
《わーい、楽しそー。ぼく、力持ちだよ。おじさんたち、ぼくに敵うかなー?》
「そうだな、フェンリル。おじさんたちはこのままじゃ君に敵わないから、ちょっと君をこの鎖で縛ってみるよ。鎖が切れたら君の勝ちだ」
《わーい、おもしろそー。ほら、ほら、やってみて!》
「ああ、分かった…よし、レーディング準備」
「「「はい」」」
金属製の鎖「レーディング」がフェンリルに巻き付けられた。
「どうだい?フェンリル。それは切れそうかい?」
《らくしょーだよこんなのー。えいっ》
ブチブチブチィッ
「ウソぉ…」
「えーっ⁈ これが切れちゃうのかよ⁉」
《ほら簡単だった。ぼくの勝ちだね。なんかごほうびは?》
「…あ ああ、すごいな君は。でももっとすごいのがあるんだぜ?」
《むっふっふー。ぼくに挑戦するんだね? いいよ、やってみて!》
「よし。…ドローミ準備」
レーディング同様にドローミが巻き付けらるが
「どうだフェンリル。さっきのよりは強力だぞ?」
《それはどうかなー。よいしょ!》
ブチブチブチィッ
ミシン糸のごとくあっさりと切れてしまった。
「マジかっ⁈」
「ドローミでこのザマかよ…」
「…なんかさ…フェンリル、デカくなってねぇか?」
《むっふっふー。よゆーだよ、こんなの。それで? ごほうびは?》
「…あ ああ…その、なんだ、明日。明日またフェンリルと遊びたいな。我々もこのままじゃ引き下がれないからね」
《わかったよー。でもごほうびはわすれないでね?》
「ああ、分かった。約束しよう」
――――翌日。
「持ってきました。ドローミ改です」
持ってきた技術者の背後には、昨日のドローミよりも太い輪を連ねた『ドローミ改』があった。
「今度こそ…やるぞ!」
ブチブチブチィッ
「ダメじゃねぇか!」
「…違う…違うんだ…俺たちの鎖が弱いんじゃない…フェンリルが強すぎるんだ…」
《ねぇ、ごほうびは?》
「ああ、すまん。明日。明日は用意しておくから」
《ふぅん…まぁいいけど。ぼく、お肉食べたいなぁ。お肉がいいなぁ》
「分かった。牛を一頭丸ごと用意しておこう」
《牛? いいの? やったー!》
――――さらに翌日。
「ドヴェルグに依頼していたもの、できました。グレイプニルというそうです」
「それ、何でできてんの?」
技術者の一人が仕様書を見ながら
「ドヴェルグの説明では猫の足音、女の髭、山の根、熊の腱、魚の息、鳥の唾と言ってましたが」
と報告する。
「それって存在しないものじゃね?」
「髭の生えてる女はたまにいますよ」
「そういうことを聞いてるんじゃない。まぁいい。それにしても金属製じゃないって、すごいな。これで強度出せるんだ」
「そこはドヴェルグ驚異の技術力ですね」
「まったくだ…」
「それじゃフェンリル、今日もおじさんたちと遊ぼうか」
《ねぇおじさん。なんかぼくをだまそうとしてない?》
「そそそ、そんなこと、ないよ、ないぞ」
「それじゃ、ぼくの口の中に腕を突っ込んでみて。もしもぼくをだましたりしたら、ぼくは腕をばくぅって食べちゃうからね!」
「そ…そんな…」
「ハハハハハ! 何を怯えておる!」
アース神族技術陣の背後に、筋骨隆々の大男が立っていた。大きな口を開け高らかに声で笑い、白い歯が光る。
「ティール様っ⁈」
「いつここにいらしたのですか…」
「なにやら面白いことをやっていると聞いてな。簡単なことではないか。狼の口の中に腕を入れればいいだけのことだろう? フェンリル君にも誠意を見せねばな! この程度のことができずして、何がアース神か。何が勇者か。危険を顧みず飛び込むことこそ、真の勇気! では私がその勇気というものを示してやろう。ハハハハハ!」
そう言うとティールはフェンリルの口の中に右腕を肩まで突っ込んだ。
「いざ!」
「…あの、よろしいので?」
技術者たちは戸惑いながら声をかけるが
「構わんぞ! いつでもきたまえ! ハハハハハ!」
ティールの笑い声は健在である。
「…わかりました。グレイプニル展開!」
ガバァッ
「伏せ」の姿勢のフェンリルの、肩・腰・腿に、細く柔らかい紐が掛け放たれた。
《よーし! フゥゥゥン! フゥゥゥン! 何コレ? 切れないよー!》
グレイプニルを切ろうと立ち上がったフェンリル。当然力を込めて踏ん張る。ということは…
「グワァァァァァァァッ⁉ これこそ我が誠意ィィィィィィッ!」
引き抜くタイミングを誤ったティールの右腕が噛まれ、引き千切られた。
「ティール様ァッ!?」
《何コレー⁈ 切れないよー!》
暴れるフェンリルを尻目に、技術陣が集まりティールをフェンリルから引き離すが、すでに時遅し。
「どうする、これ…オーディン様になんて報告するんだよ…」
「…あー…『英雄ティール。猛獣フェンリルへの誠意を示し、名誉の負傷!』…とでも…」
「…ああ…そうしとこう…」
《何だよコレー⁈ おじさんたち、ぼくをだましたなーっ⁈》
「それにしてもグレイプニルすごいな。さすがドヴェルグ製だ」
「俺たちじゃまだまだ遠く及びもつかないか。研鑽が足りないな」
「拘束確認。それじゃ俺たちの仕事は終わりだ。引き上げるぞ」
「「「了解です!」」」
右腕を失ったティールを抱え、アース神族技術陣はフェンリルを残して島を去った。
《ぼくもうおうちに帰りたいよー! ママに会いたいよー!》
◆
あとがきはこちらにまとめました。
→「なぜ?なに?オレオー!」(N7423LN)
各エピソードで使用したネタとその解釈なんかを書いています。
本編と併せて読むとより面白く!




