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⑨ アングルボザの窓⑤「フェンリル」

【前回のオレオー】

ロキと結ばれたアングルボザだったが、当のロキは相変わらず。彼はアースガルズへ行ってきたという――――

 アタイたちは親元を離れて二人で暮らし始めた。

 アタイたちの村では、普通長男はそのまま家を引き継ぐけど、次男から下の人との間に子供ができると、その子を実家で産んでから親元を離れて男と一緒に暮らすようになるんだ。でもアイツは三男で、しかも家庭があんなだろ? だからアイツは実家にはろくすっぽいないし、アタイもアイツとの付き合いが深くなってから親との衝突が増えちゃって、家に居づらくなっちゃってさ。だから子供はまだだけど、もう一緒に暮らしちゃおうって。それで村から外れた場所に家を建てて、今はそこに二人で。今まで親任せだったことを自分でやらなきゃいけないから大変だけど、それでもアイツと二人きり、静かに一緒に暮らせるって幸せの方が勝っちゃうね。

 アイツはというと、相変わらずアースガルズへ行っている。前は週に1回くらいだったのが、今じゃ3日に1回は行ってるよ。何が楽しいのかなんて分からないけど、まぁアイツがそうしたいって思ってやってることだもん、アタイは見守っていたいね。

 一緒に暮らし始めてからというもの、アタイは毎晩のようにアイツにかわいがってもらってる。それでいてなかなか子供ができないんだから、ちょっと焦るよね。このまま子供ができなかったら…お母さんになれなかったらどうしうようって不安に苛まされることもある。それでもアイツに抱かれれば、そんな不安もどこかに吹き飛んじゃうけどね。このまま、いつか必ずって、強く思える。



 ある日、例によってアイツがアースガルズへ行ってるとき。そもそも滅多に来客のない(うち)に、変わった客が来た。しわっしわのおばちゃんなんだけど、青いマントに杖を持ってて、黒猫みたいな帽子がちょっとカワイイ。でも正体を聞いて驚いたよ。ヴォルヴァだって。ヴォルヴァというのは予言の巫女。同時に魔術使いだとも聞いてる。そんなとんでもなくすごい人が家に何の用?かと思ったら、水を一杯くれって。旅の途中で道に迷ったところに家があったから、それでって。もちろん、ヴォルヴァだもの水の一杯や二杯、お安い御用さ。それで、水をくれたお礼にって、占いをしてくれるって。それで、ヴォルヴァのおばあちゃんが言うには

「あんた、間もなく子供が生まれるよ」

 だって。うそ…それで大喜びしたら

「あんた、子供が欲しいのかい? だったら念には念を入れて、子宝が授かるおまじないをしてあげよう。どれ、この杖をよくよく見てごらん?」

 って。ホントに? ヴォルヴァのおまじないだったら効くに決まってるじゃん! アタイは一も二もなくお願いしたよ。するとおばあちゃんは私の目の前に持っていた杖を翳して、よく聞き取れない独り言みたいなことを言い始めた。そして。

「うむ、これでよし。すぐに生まれることになるから準備をするといい。かわいい子が生まれるといいね」

 おまじないって言われても何かが変わった気はしないけど…でもヴォルヴァが言うんだから間違いないよ。だってそれは、占いというより予言なんだから。おまじないだって間違いない! 今までいろんなこと試してきたたけど、今度こそは…それで、嬉しくなっちゃったアタイは、革の袋に水を詰めておばあちゃんに持たせてあげた。おばあちゃん、とっても喜んでて

「あんたは他人にやさしくできるいい子だね。幸せになるといいね」

 って言って去っていった。どこの誰かは知らなくても、褒められると嬉しいもんだね。


 予言は的中した。おばあちゃんと会った数日後には、もうお腹が膨れだした。すごい…これがヴォルヴァの力なんだね。



 赤ちゃんが生まれた。聞いていた予定とかそういうのを全部吹っ飛ばしてお腹はグングン大きくなり、アイツが出掛けている間に破水した。誰かに頼れる状況じゃないからとは思ってたけど、ホントに一人で産むことになっちゃった…

 アタシから出てきた赤ちゃんは、この世界の空気に触れるや大きな泣き声を上げた。スゴイ。とっても元気な男の子だ。早速アタシはお乳をあげるととても強い力で吸い付き、グイグイと飲み始めた。スゴイな…これがアタシの子なんだ…決めた。名前はフェンリル。お前は今からフェンリルだよ。男らしく、強くてカッコイイ名前だ。ほらフェンリル、いっぱい飲みな。いっぱい飲んで、スクスクと育つんだよ。



 日が落ちたころ、ロキが帰ってきた。ロキはとっても驚いていたけど、とても嬉しそう。さっそくフェンリルを抱き上げあやしてくれる。その光景はアタシが夢にまでみたもの。フェンリルを抱き、見つめるロキの目はとても優しい。そうなんだよ、この目なんだよ。いつも仲間を、そしてアタシを見守っていた目。アタシはその目に守られてきた。だから

フェンリルだって、いつでもどんなときでも守ってくれるから。だからフェンリル。アンタは何も心配せずに、スクスクと育つんだよ。



 フェンリルがこの世界に生を受けてから1か月が過ぎた。今日も力強くお乳をいっぱい吸ってる。すごいよね。逞しいよね。こんな小さな体なのに、生きようとする力で漲っている。成長が早いのかな、もうずっしり重くなって、抱っこするのも大変だよ。

 でも…赤ちゃんってこんなに早く大きくなるものなんだろうか?

 今日は言葉を話したよ。

「ママ…」



 フェンリルの成長が著しい。ひと月半でもうハイハイで部屋中を歩いている。赤ちゃんってそういうものなんだろうか…ここは村から外れたところだから周りには人が住んでいない。実家にも帰れないから母ちゃんにも相談できない。だから…でもロキは相変わらずアースガルズ通い。それでも帰って来た時にロキに相談するしかないんだけど…

「子供を育てるのなんか母親の仕事だろ」

 と取り合ってくれない。アタシは、あまりにもスクスクと育つフェンリルの成長を、喜んでいいのか恐れていいのか分からない。



 やっぱり変だ。何かがおかしい。だって、耳が尖って立ってきたんだよ? 歯が、というより牙が生えてきたんだよ? 「ママ」って呼んでくれた声はもう失われ、唸り声を上げるようになったんだよ? フェンリルはアタシの子だよね? アタシとロキの子だよね? アタシは…オオカミの子を産んでしまったの…?

 帰ってきたロキに相談した。ロキはめんどくさそうに「わかんねぇよそんなこと。子供のことは母親がやれよ」って…無理だよそんなの。アタシだってわかんないよ。どうしていいかわかんないよ。アタシはどうすればいいの? ねぇロキ、答えてよ…

「分かった。明日アースガルズ行ってくるからあっちで聞いてきてやる」

 …アースガルズにってのは気に食わないけど…ロキに真剣に聞いてほしかったけど…ロキと二人で力を合わせて乗り越えたかったけど…アタシは今も唸り声を上げて摺り寄ってくるフェンリルに、どう接していいのかわからない…お願い…夢なら覚めて…

 でも次の朝日がまた昇る。



 次にロキが帰って来た時、一人じゃなかった。「アースガルズからの使い」というのが一緒だった。アイツらは私のフェンリルを見るなり、「これは放っておくと大変なことになる。我々で保護して、アースガルズの特別な施設で育てる」と言った。 …違う。そうじゃない。アタシは元の、「ママ」って優しい声を掛けてくれるフェンリルに戻って欲しいだけ。フェンリルを手放したいなんて一言も言ってない。フェンリルと離れ離れになりたいなんて、一度だって思ってない。それなのに、なぜ…

「だってよぉ、俺たちじゃ育てられないだろ、こうなっちゃ」

 そうだけど…

「それであっちに相談したら、あっちで上手くやってくれるっていうからよぉ」

 そうだけど…

「このままこうしてて、間違ってお前が食われたりしたら元も子もねぇだろ」

 そう…なのかもしれないけど…


 結局、フェンリルは使いとともにアースガルズへ引き取られることになった。ロキもそれに付き添うって出ていった。

 ロキが出ていくとき、アタシに渡したものがある。オーディンからだという、小さな赤い…これは…石? これを飲め、と。言ってる意味が分からない。どうしてこんなものを? 石を飲むって正気なの? アース神族ってそこまでイカれてるの? それともヨトゥンのアタシをバカにしてるの?

 …それで、そんなもの飲む気にならなかったアタシは、その石をすぐ近くの沼に投げ捨てた。ロキが帰ってきてから「飲んだか?」って聞かれて…「うん、飲んだよ」って…生まれて初めて…アタシはロキにウソをついてしまった…


あとがきはこちらにまとめました。

→「なぜ?なに?オレオー!」(N7423LN)

各エピソードで使用したネタとその解釈なんかを書いています。

本編と併せて読むとより面白く!

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