⑤ シギュンの窓③夏至祭当日
【前回のオレオー】
今日も家のお手伝いのシギュンは夏至祭の準備で溜息ばかり。娘とは裏腹に張り切る母親、微妙な気持ちの父親――――
「昔な、若者たちの間で夏至祭の焚火の中へ飛び込むという危険な遊びが流行ったことがあっての。最初は焚火の端っこを駆け抜ける程度だったんじゃが、いつの世にもおるでのう、真ん中の一番大きい焚火に飛び込んだお調子者がおってのう。服は燃えるは髪も眉も燃えてなくなるわで大変なことになったんじゃ。もちろん、大やけどじゃ。じゃがのう、しばらくしてやけどが癒えるとその若者、途轍もなくまともになっておった。それで、これはきっと焚火の炎で悪いモノが焼き尽くされたからじゃ、と思われての。それからじゃ。小さな焚火を用意して、その上を飛び越えることで邪気を払う行事が生まれたのは」
村の長老様がそうおっしゃってましたが…本当でしょうか?
「まぁ信じるも信じないも、おぬしたち次第じゃがのう。ふぉっふぉっふぉっ」
長老様は私たちに昔話をして下さるとき、いつも最後はこうしてはぐらかすのです。 …信じていいのでしょうか?
◆
待ちに待った夏至祭です…はぁ… いえ、楽しみなのですけど、結局歌は覚えきれず、踊りは鬼コーチ(お母さんのことですよ!)から「良」をもらえませんでしたからね。 …はぁ…
白夜がピークを迎えるので、お空は明るく青空!って言っていいくらい。お天気でよかったです。ヨトゥンヘイムはお天気が変わりやすいので油断はできませんけど。
お祭り会場の広場へ村の子たちと向かいます。みんなかわいい服です。私だって、お母さんが作ってくれた自慢の服なんですけど、やっぱり年相応の凹凸感、とでも言いましょうか、みんなと並んで歩くと否が応でも意識してしまいます… …いいなぁ…
いい場所を取ろう!って早くに出てきたつもりなんですけど、それはみんな考えることが同じなようで、もう広場にはたくさんの人が詰めかけています。それにいい匂い…今夜のお祭りに用意された美味しい食べ物の匂いが漂ってきています。大人は…一部はもう始めているようで、持参のお酒で真っ赤になったおじさんのグループが。あの調子じゃ夜中までもちそうにないですね。
始まりを今か今かと待ちわびる人たちで、広場はざわざわしています。毎年のこととは言え、なんだか緊張してきちゃいますね!
あ、長老様がお見えになりました。広場の真ん中、焚火の薪の前に立ちます。
「光の加護、太陽の恵みに感謝して、今宵の夏至祭、開会を宣言する」
ボォワァッ
「「「「「ウォォォォォォォォォォォォォっ!」」」」」
焚火が爆発のように燃え上がるとともに大歓声! 今年の夏至祭が始まりました!
お祭りの最初はお食事タイム。まずは腹ごしらえなのです。大人の男の方たち、まずは酒。酒。酒。浴びるように飲み始めます。
さっそく私も何か美味しいものを…と思うのですが…ちょっと食欲がありません。夏至祭が始まったのに緊張が止まらないィィィ⁉
「シギュン、何突っ立ってんの! 何か食べ行こっ!」
「ひゃぁっ⁈」
イングリッドちゃんに引っ張られ、私は村のお母さん方が用意してくれた食べ物のテーブルへ。大きなテーブルにはニシンの酢漬けの壺、燻製サーモンがずらり、そこに黒パンとチーズが添えられたおっきなお皿がどどどん!と並んでいます。こんなおっきなお皿にいっぱいお料理が乗っかっているのを見るのもお祭りならでは。でもテーブルの真ん中には大きな空き地。そしてここには…
「おまちどうさま。焼けたよ」
どん!っと羊の丸焼きがやってきました。わー、おっきい! ジュージューと音を立て、ちょっと焦げたいい匂いがしています。
「おいしそー! グンヒルドさん! 早く切って!」
「まぁそう急かしなさんなって」
これで戦争でもするのかな?というくらいおっきな包丁でザクリ。切り口からは肉汁がジュワっと溢れ出し、続いてセージ・ローズマリー・タイム・ニンニクのハーブの香りが鼻をくすぐります。中からは羊の脂を纏ったニンジン・玉ねぎ・カブがゴロゴロと湯気を立てて出てきて、テーブルの周りからはわーっとちょっとした歓声が上がりました。
「はいよ。フリーダ、お食べ」
「わぁい、いただきまーす」
フリーダちゃんは食べるの大好きだもんねぇ。
「ほら、シギュンも」
「あ、はい。ありがとうございます」
羊のお肉と野菜、パンを盛ったお皿を受け取りました。うーん、美味しそうな匂い。これで食欲があったら…
ぐぅぅぅぅぅぅ…
…お腹は正直でした。ちょっとずついただきます…
「おや、シギュン。少食だねぇ」
なかなか減らない私の皿を見て、アウルヴァちゃんが声を掛けてくれましたが
「なんかあまり食欲無くて」
「え? なんで?」
「あー、わかった。踊りの後のこと想像しちゃってるなぁ?」
「えー、そんなんじゃないけどぉ…」
「さぁさぁさぁ、この村一番の純朴娘のハートを盗むのは、いったい誰なんでしょー?」
リーヴァちゃんもエイディスちゃんも好き勝手なことを…
「ん? ねぇ、あれ! 見て!」
「え?」
「ロキじゃん」
焚火の前に3人の男の人。その真ん中…ロキさん?
◆
「ロキ、マジでやんのかよ?」
「あたりめぇだろ」
「いや、ヤバいって! これ、マジヤバいって!」
「ったく、お前らヘタレだなぁ。いいよ、オレがやる! 見てろ!」
「わ、ロキっ⁈」
◆
…まさか、とは思いましたが…
ロキさんは数歩下がって助走を付けると一気に真ん中の一番大きな焚火に突っ込んでいきました…
周囲は大人も子供もどよめき、見守っています…
「あぢぃぃぃっ!」
反対側からロキさんが出てきて大声を上げています。ほっ。よかった、なんだか大丈夫そう…いえ、髪の毛がちょっとチリチリに…
お酒も手伝ってか、大人たちもみんなゲラゲラ笑っています。私は気が気じゃないです…
「あーあー、あれでロキもイタズラ癖が焼けて清められればいいのにねぇ」
リーネちゃんは呆れたようにいいますが…長老様のお話って、やっぱり本当だったのでしょうか…?
観衆の期待に応えて?ロキさんは親指を立てます… …なんだか目が合ったような気がしますが…
◆
ドン ドン カン カン …
踊りの時間の始まりを告げる太鼓の音と拍子木の音。
「始まった! ほらっ、行くよ!」
私はまたもやイングリッドちゃんに手を引かれ焚火の方へ。
「おねーちゃんたちー! がんばってねー!」
子供たちが応援してくれています…でも無駄にプレッシャーをかけないで欲しい…
「この辺にしよっか!」
リーヴァちゃんが場所決めして、みんなで座ります。
「誰が来てくれるか楽しみだね!」
「リーネはエイヴィンドでしょ?」
「うふふ。違うかもよー」
「えー?」
みんなそれぞれ仲良しさんの男の子がいるので、誰かが来るのは(しかも誰が来るのかも)分かっています。私はそういうのないから…こういう話だといつも置いてきぼり。
♪昇れ太陽 燃える火よ♪
誰かが歌い出しました。それに伴って徐々にみんなが歌い出し、焚火の回りに歌の輪が広がっていきます。
『夏至の火の回り』。これは歌えます! だから私も声を揃えて
♪踊れ歌え 今日の日を♪
歌うのです。みんなと声を揃えて歌うの、楽しいな!
◆
リーヴァちゃんが抜け、イングリッドちゃんも抜け、 アウルヴァちゃんも、エイディスちゃんも、リーネちゃんも、そしてフリーダちゃんも…『お迎え』の男の子がやってきて、踊りの輪に入っていきました。みんな楽しそうに嬉しそうに手を引かれて。周りには誰もいません。私は…ひとりぼっちになってしまいました。寂しいな…『お迎え』が来ないことより、みんなからはぐれてしまったような、取り残されたような、そんな寂しさ。踊りの輪を見ているのが辛くなってきて…私は座ったまま膝の間に顔を埋めてしまいました。
♪沈まぬ太陽 青い夜♪
♪今宵新たな芽を育め♪
これ…『命の歌』…もう…歌いたくない…
「よう。踊ろうぜ」
…ふと男の人の声。どこから? 左右に首を振り、そして前を見ると…私に手を差し伸べている、大きな影。後ろには焚火が赤く轟々と燃えています。顔を上げ、見上げると真っ暗だった顔がだんだんと見えてきて…
…ロキ、さん?
「どうした? いっしょに踊ろうぜ」
私に…声を掛けている…の? 差し出された手を取ると、私はグイっと引き起こされて立ち上がり、まるで吸い込まれるようにロキさんの腕の中へ納まってしまいました。
♪シロツメクサのじゅうたんで♪
♪誰にあげるの?クローバー♪
「寂しかったろ?」
「…はい」
「でも大丈夫だ」
「…はい」
なんだか…私の心をみんな読み取られているようで…でもとってもいい気持ち…自分が今、どんな動作をしてるのかなんか分かりません。覚えた踊りもすっかり飛んじゃって…ただ、ただ、夢中で…ロキさんの動きに合わせて…夢中、そう、私は今、夢の中にいるような、そんな気分で…大きな焚火も小さな焚火も、光り輝きながら私の回りをグルグルと回っている。私が世界の中心になっているみたい。今この瞬間が永遠に続けばいいのに…
♪あの子?(あの子?)♪
♪この子?(この子?)♪
♪私? 私! フゥゥゥゥゥゥ!♪
「お前、名前は?」
「シギュン、です」
「俺は」
「ロキさん、です」
「知ってんのか?」
…まさかイタズラで有名と言うわけにもいかず…
「はい。存じ上げておりました」
とだけ。
♪夏至の焚火の炎の影♪
♪さあ連れてって契りの森へ♪
…ふ、と歌が止みました。
「それじゃぁな。祭り、楽しめよ」
「… … はいっ!」
私たぶん、びしっと気をつけ!をして答えた…んじゃないかと思うんですが、それも記憶が定かではありません。
バタバタと友達が寄ってきました。
「大丈夫? 何かイタズラされてない?」
「ううん、何も…」
「それはそれで残念ね」
相変わらずみんな好き放題言ってるみたいですが、それは私の耳には入っていませんでした。みんなの歌も、太鼓の音も。聞こえるのは自分の鼓動。感じるのは体の奥の熱い何か…
◆
それから…なんだかぼーっとしたまま会場を歩いていると、お母さん、そしてお父さんを見つけました。そして駆け寄り
「ねぇお母さん! 私、ロキさんと踊ったよ!」
と報告しました。
「で?」
「で? …って?」
「で、なんであなたはまだここに?」
「え…? それってどういうことでしょうか?」
「…はぁ…」
お母さんは溜息をつきました。隣でお父さんはなんだか安堵したような表情なのは気のせいでしょうか?
◆
翌朝。といってももうすぐお昼です。夏至祭はいつも夜通しなので、翌日のお寝坊が特別に許されているのです。朝の水汲みも今日はありません。
んんーっ!とひとつ伸びをして…ふと昨夜のことを思い出してしまって、また胸がドキドキしてきました…まるで夢のような、と思い返すうち、あることに思い巡り着きました。
…あれ? アングルボザさんは…?
◆
あとがきはこちらにまとめました。
→「なぜ?なに?オレオー!」(N7423LN)
各エピソードで使用したネタとその解釈なんかを書いています。
本編と併せて読むとより面白く!




