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あやかし綺譚録  作者: 46(shiro)


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第2話 雪  女

      花?

      花が舞っている?


      いいえ。あれは雪

      恋しい人を失った、私の心に積もる雪


      溶けぬものなら凍るといい

      そして私とともにいるといい


      氷の心に雪が降る

      ああ、花片のごとく降りそそぐ



 刻は冬へと移っていた。

 春夏秋冬巡る季節の中、最も厳しくさみしい季節。人恋しさに魔がすすり泣くとされるのもこの季節である。


 彰朱はそういった哀しみの村を訪れては、佳月の行方を捜していた。


 もう、幾度目の冬だろう。積もる雪は足を止め、心のみをはやらせる。

 もう、幾年月捜したろう。佳月はいない。どこにも、その影すら見せない。


 彰朱の時間は止まっていた。

 あの日、霧の中で佳月の姿を見失ってから、胸の中の佳月の面影とともに。


 今いる村に着いた翌日起こった吹雪は、もう3日も続いていた。

 宿の女人たちの制止に笑顔を返し、巻き起こる雪風の中へ足を踏み入れる。

 一寸先も見えない白い闇と強い向かい風に背を丸め、埋もれる足を無理に前へ出して進んでいく姿は自殺以外の何物でもないように見えただろう。

 ところが、力ずくで止めるべく追って来た男たちの目の前で、彰朱の姿は忽然と消え去った。


「お、お客さん……?」


 自分の目が信じられない思いで男は菅笠(すげがさ)の下で目をこする。

 彰朱の姿が消えた場所へ近づこうとした男の肩を、別の男がつかんだ。何? と顧みれば、指が地をさしている。

 その指を目で追い――男は、何かに気付いた様子ではっとした表情になった。


 一体いつの間にこんな所まで来てしまったのか。

 この地に住む者はだれ一人として知らぬ者はいない。

 ここから先は、雪魔の棲まう地だ。


「帰ろう……。あのお人は消えた。もう、戻らん」

「う、うむ……」


 2人は互いを見合うとうなずき合い、張り詰めた表情で背を向けた。

 遭難者を置き去りにする後ろめたさよりも、自身の身の危険への恐怖が強い。だが遅かった。

 彼らは前方に立つ異形の白い影に気付き、ぎくりと足を止める。


 こうなってはもはや逃げられない。


 雪のカーテンを透かせて紅玉のごとき凶眼が放つ妖しい光の前では、彼らはただ、無力だった。

 一際強い風が吹き、大量の雪が彼らの視界を覆って、白い影がゆらいだ刹那。男たちの引き攣ったような絶叫が上がる。

 しかし絶望に満ちたその声は、吹雪の風の音にいともたやすくかき消されて、だれも、彼らの死を知りようがなく。

 2人とも帰りが遅いねえと、囲炉裏端で火をかき起こしながら、ふと、女人がつぶやいた。



◆◆◆



 彰朱は、なだらかな雪面を矢のように滑り落ちていた。


 もう小半時は過ぎただろうに、一向に底へたどり着かない。雪面から顔を出した枝を見つけて、横を過ぎる際に手を伸ばしたが、つかんだ瞬間に枝はぽきりと折れて、すべり落ちる勢いをわずかに弱めただけで終わってしまった。


 いよいよ困ったことになった、と思ったときだ。彰朱は、雪の中に眠る人影を見た気がした。


 ほほ笑むような口元。


『彰朱……』


 揺らぐ肩。裾から消え入った白い影。


 あれは――――


「か、づき……!!」


 身をねじった瞬間、彰朱は大量の雪に押されて気が遠くなるのを感じながらも必死にもがき、遠く離れていく佳月の姿に、届かぬ手を伸ばしていた。



 女は荷を担いでいた。いや、引きずっているというのか……。両肩に渡らせてはいても、荷の長さは女より大きい。幅も太さも、箇所によっては女の倍はあった。

 当然、下はこすれていく。

 氷でできた道の上を、それによって荷が傷つくのもかまわずに。

 ずるずると。ずるずると。


 途中で、女は彰朱に気付いた。体のほとんどは雪におおわれて、青白い顔には生気が感じられない。


 見知らぬ男。

 それよりも彼女は荷を運ばねばならない。上から落ちて来たのでは、もう死んでいるだろう。

 女は彰朱の動かない体から目をそらし、その前を通り過ぎて行こうとした。


「か……づ、き……」


 言葉は男から聞こえたように思えて、女は今一度男を見る。唇の形が、先ほどと違っていた。顔の角度が少し下にずれていて、長い前髪が一筋、鼻先まで下りている。そして、風もないのにかすかに揺れていた。


 息がある。


 女の目が細まる。

 背負っている荷を見、男に目を移して。

 女はため息をつくと荷を下ろし、雪に埋もれた男の腕を引っ張り出して、肩に担いだ。



◆◆◆



 女が背を向けて立っていた。


 たった1人、闇の中で、まるで死人装束のように白一色の衣をまとっている。

 結っていない髪は風花を散らした風に散っていて……。


 ――佳月。


 声が出なかった。


 ――佳月! 見つけたぞ!


 傾けた首の、白くなめらかなうなじに指が触れる。

 髪が持ち上げられて、わずかに見えた口元が、かすかながら笑んでいるのが見えた。


 ――なぜ俺を避ける!

 ――なぜ逃げるんだ、佳月!


 声が、氷の結晶となって女の背に当たっていく。


 ――佳月、おまえが人でなくたっていいんだ!

 ――そんなこと、俺は気にしない!


 夢中で手を伸ばした先で、女の体は崩れてただの雪だまりとなってしまった。

 あとはただ、風花が舞うのみ。

 だが、目には見えないけれど、佳月が傍らにいるような気がして、懐かしい佳月の気配に、彰朱は宙に伸ばした手で風花を抱き締めた。


 ――佳月……おまえが何者でもいいんだ……ただ、俺のそばにいてくれさえすれば……




 目を開くと、見えたのは雪が固まってできた氷壁だった。


 すべて夢だったことへの落胆と、わがことながら羞恥に赤らんで顔を横にそむけた先。

 そこに、佳月はいた。


「佳月!?」


 急ぎ身を起こす。

 まるで夢の中から抜け出たような姿だった。

 白い着物に赤の布帯。下ろしている髪は糸のように細く、微風にさえ舞い、宙に透け入りそうなほど白い肌は、おおよそ人の持ち物とは思えない。

 しかし、その笑んでいるような表情、髪を梳くしぐさ、すべてが彰朱の知っている佳月だった。


 ただ、彰朱が目を覚ましたことを知っても、近付いてこようとしない。


「ちが、う……?」


 彰朱は漠然とそうつぶやくと、彼女に向けて乗り出していた上半身を引き戻した。

 身動(みじろ)いだ女は、腰を浮かせて立ち上がると、彰朱の手の届く一歩手前までやってきた。


彰朱(しょうじゅ)

 そなた、彰朱と申すのであろう」


 その声。

「佳月じゃ、ない。

 きみは?」


 話しづらいのは、どうやら寒さのせいだけではないらしい。一言一言口にするたびに肺を圧迫されるような息苦しさと苦痛がわき起こる。骨が折れたか、ひびでも入っているのだろう。

 吐き気までが込み上げる中、それでも訊かずにいられなかった。


「佳月」


 女は静かにその名をロにした。

 彰朱は目でほほ笑むと首を振る。


「違う。きみは佳月じゃない。

 きみの、名は?」


 今度は女が沈黙した。

 氷壁の谷間の中、風が吹き抜け、うなだれ気味の女の髪先が彰朱の元まで届き、ほおに触れる。

 冷たく、氷粒の感触がした。


「……何とでも呼ぶといい。われはその名に応じよう。ここはわれと御仁のみ。すれば、問いも、答も、われからしか返らぬ。

 それも御仁から熱が失せ、氷壁に埋もれるまでのひとときの間のことよ。そう長くはない」


 見れば、女の姿は極寒のただなかにあって、異常なほどの薄着だった。素足も人ならばとうに凍傷になっているだろう。口もきけず、凍えているはずだ。


 ああそうか、と彰朱は疲労とけがの痛みでうまく働かない頭で納得する。


 その身につのこそなかったが、彼女も鬼に相違ない。


(どこまでも鬼のまとわる身だ)

 気取られないよう小さく吐息をつくと、少しでも楽な姿勢をとろうと身動(みじろ)いで、彰朱は氷壁へと肩を預ける。


「では、美津野と呼ぼう。

 妹の、名だ」

「美津野? 佳月とは呼ばぬか」

「俺にとって、佳月は、1人だけだ」


 苦笑する。


「佳月という女を想い、その女の姿を目の前にして別の女の名を出すとは、面自い御仁よの。死の間際にあって、せめて恋しい者の名を呼びたくはないのか?」


 この問いに、彰朱は沈黙で答えた。


 自分が死ぬはずないと、心底から信じているのか。

 それは女には根拠のない自信に思えて、ほうと息を吐く。


「面白い御仁じゃ。揺らぎを信じられるとは」

「揺らぎ?」

「そうであろう? 人の命は儚く、脆い。ほんの少し、体から熱が失せるだけで、たやすく死んでゆく。

 だからこそであろうが、心もそうじゃ。ほんの少しの戯言(ざれごと)で、いともたやすくうつろいでゆく。それが人の本性(さが)というものであろう。

 なのに御仁は、それを変わらぬものと、頑なに信じておる」

「そうか。そうだな。うつろうのは人であるがゆえか。

 ならば、俺はやはり、人ではなくなっているのだろうよ」


 そう答えて、視線をあらぬほうへと投げ、自嘲するように笑う彰朱を、女はしげしげと見て、目を伏せた。


「御仁は、人であるよ。少なくとも、われの目にはそう見える」

「そうか」

「人でなければ、御仁を面白いと思うことも、こうして言葉をかわそうとも思わなんだ」

「そうか?」

「われと同類であるならば、揺らぎはなく、問うたところで返るのは、われと同じものであるゆえに」

「そうか。では、俺は、おまえを失望させて、しまったのだな」


 すまなかった、と謝る彰朱に、女は静かに笑みを見せた。


「ほら。面白い御仁」

「そうか……」


 その返答に、ついに女は笑声を漏らした。

 結晶の息を吐きながらくすくすと笑う女に、彰朱は軽く息を吐く。

 ずきずきと胸部が痛む。この極寒の中、痛覚が鈍っているはずなのに、それでもここまで痛むとは。やはり折れているのかもしれない。


 困ったことになった。どうやって人里まで戻ろうかとぼんやり考えているうちに、女が笑い止んだ。


「訊いてもよいか?」

「……なんだ」

「御仁は人であるのに、なぜ、揺らがずにおられるのだ?」

「さあなぁ……。佳月のことしか考えていないからかもしれないな。

 俺は、すべてを捨ててきた。家も、家族も、友人たちも……。つながる糸をすべて断った身で、揺らぐことなどどうしてできようか」


 女は目を伏せた。


「……さみしくはないのか?」

「なぜだ? 佳月を追えるというのに。――いや、追う、というのも正確ではないな。求めるのだ。佳月の、すべてを。そうすれば、すべてが手に入る」


 佳月は鬼だった。彰朱の目の前で鬼となって姿を消した。

 鬼を求めながら、人であり続けることなどできるものか、と彰朱は考えていた。彰朱が人だから、佳月は彰朱の前から姿を消さなくてはならなかったのだと。

 人としてのしがらみ全てを捨てて、ただひとえに、一心に、佳月だけを求めて追ってきた。そんな自身が人であるはずがない。そう、思っていたのだが。


(しかし美津野は、俺を人と言った)


 だから佳月は去ったのか。俺が人であるから。

 それとも――彰朱には人であってほしいから、逃げている?


 ばかなことを、と思う。

 人だとか、人でないとか、俺にはどうでもいい。

 佳月さえいてくれたなら、それでいい。


 しかし女には分からなかった。

 なぜ、彰朱は『すべて』を捨てることで『すべて』を手に入れようとしているのか。

 なぜ、佳月はこうまでして自分を求める彰朱の前から姿を消さねばならなかったのか。

 なぜ、彼女が鬼となったのか。

 なぜ……彰朱は揺らぎない意志を保ち続けていられるのか……。


 ――ああ、胸が凍えるように痛い。

 とうの昔、熱を失った身だというのに。


「揺らがぬ人などおらぬよ」

「美津野……?」


 面を上げて、現実へと立ち返る。


「あの者も、御仁と同じことを言った。里の者から、流れ者、よそ者と誹られ、いない者として扱われたわれら……。母を失い、父を失い、弟を失ったときも、あの者はわれのそばにいて、泣けぬわれのかわりに泣いて、われとともに弔ってくれた。

 われと一緒になれるならば、何を失ってもよいと。家も、家族も、友人たちも捨てて、われと夫婦(めおと)になると……。

 ばかなことを信じた。人は揺らぐもの。知っていたはずであったのに」


 それでも、目がくらみ、夢を見たのだ。

 泡沫(ほうまつ)でしかないものと知りながら、永遠と望んだ。


「あの者は言うたよ。心なくした者は凍てつく。それがわれだと。

 そしてわれの元を去った。われのために捨てたものを、われよりも求めて」


 われの中にあった、すべての熱を奪って。


「…………その、男、は……?」


 彰朱の質問に、女は首を振った。


「知らぬ。あの者の言葉がわれを形づくった。凍てついたわれは熱を持たぬ身。里へは近づけぬ。

 それでも、われがもし人であったなら、去るあの者を追ったであろうか。追って、その背にすがり、身を引き裂いて熱き血肉をわがものとし、あの者がわれと同じ、揺らがぬものとなったことを喜んだであろうか」


 静かに話す女を見て。

 ああそうか、と彰朱は理解した。


 揺らぎを持たない彼女は、揺らぐ人であるその男を今も待ち続けているのだ。

 男の心が再び揺らぎ、彼女の元へ戻ることを願って。


(俺も……そうすれば、よかったのか……)


 消えた佳月を追わずに、ただ、彼女が戻ってくるのを待ち続ける。

 かつての自分を思い起こし、頭を振った。


 不可能だ。そんなことはできない。

 なぜなら彰朱は、揺らぐ『人』であるから。


 揺らぐことを拒絶し。『人』であることから目をそらし続け。佳月以外の()()()を置き去りにした。


 佳月を得るには、追う以外の道はない。


「あの者の去ったあの地であの者を待とうとも、現れる者はあの者ではない。いつも、いつも、あの者ではない。

 あの者だと思って手を伸ばし、抱きしめても、それはあの者ではないのだ……」


 女の視線が遠くへ流れた。

 つられてそちらを見上げれば、十数人の男たちの死体が氷の中に閉じ込められている。


「われもまた、鬼、か」

「……美津野は……鬼では、ない、よ……」

「鬼であるよ。

 あの者が来ぬのは、分かっているのだ。それでも、凍てつき、揺らがぬ心はわれにもどうしようもできぬ」


 女の唇がわななく。

 嘆息を吐き出した、そこからちろりちろりと漏れ出たのは、雪の結晶だった。


「あの者の揺らぎと同じだけ、われも揺らげていたなら、ともに添えていたであろうか。あの者を失わずにすんだであろうか。

 だが、そう考える今でさえ、われは揺らぐことができぬのだ。きっとそうに違いないと思いながら、揺らがぬ心は、()()()()()()()()()()()()と願ってやまぬ」


 は、は、は、とちぎれるように言葉をこぼし。

 女は一筋、涙をこぼした。


 熱を持たない涙は、こぼれ落ちた先から氷の雫と化し、女の膝の上で転がる。


 彰朱はその涙のあとを拭って、震える細肩を抱き締めてやりたかった。

 体さえ、動けば。


 彰朱の心の中で、はるか昔、最後に見た佳月の姿と女が重なる。


(佳月も、声を殺して泣いていた。つのが生えたのを悲しんで、と思っていたが、今は、違うと思える……)


「ああ……。

 あの者が恋しいよ。一目でいい、逢いたい。触れたい。そして触れてほしい。

 だがもしそれが叶えば、われはあの者を今度こそ、揺らがぬ者へと変えてしまうであろう。あの者たちのように」


 つと、女は立ち上がり、背を向ける。


「われを裏切った、あの者の揺らぎを、われはもはや信じることができぬ。じゃが、それを失ったあの者を、愛することもできぬ。

 われは吹雪の中、ただ、あの者の来るのを待ち、出会った者を凍らす鬼であり続けるしかない」


「……美津野は、鬼じゃない……」


 彰朱は、女と佳月を重ね見ていたことに自らを戒めながらつぶやいた。


「鬼ならば、熱を失うことはなかっただろう。追って、その背にすがり、身を引き裂いて……揺らがぬものとなったことを喜び、ともに凍りついただろう……。

 美津野は、自らを凍てつかせ、揺らがぬ心で愛を保ち……男を行かせた……。そうして決して揺らがぬ愛を、持ち続けている……。

 氷雪の中に在りて、溶けぬ氷で、その熱を護り続けられる美津野は……鬼ではない。雪女だ……」


 ちぎれるような息のもと、途切れ途切れに言葉をこぼす。

 彰朱を振り返り、女は無表情ながらも目を(みは)って、彰朱のもとまで行くとその前に膝をついた。


 彰朱の緑に変わった目を覗き込み、告げる。


「この身から熱はすべて奪い去られたと思っていたが、そうではないと御仁は言うのだな。

 そうか、われは雪女か。

 気付いていないようだから教えておくが、今、御仁は再びわれを形づくったのだ。

 われは雪女であると」


 女は先までとはあきらかに違う笑みを浮かべ、そして彰朱の血のにじんだ、あらい息づかいを続けている唇に自分の唇を押し付けると、息を吸った。


 周り中が凍りついた冷たさの中で、かすかながらにぬくもりを体内に感じ取り、彰朱が礼を言う。


「彰朱。御仁も気付いておろうが、われがこの姿をしておるのは、佳月を知っておるからだ。

 佳月はここに2日とどまり、去って行った。われは、われと同じあの者にとどまってほしかったが、それはやはり間違いであったのだな。

 御仁も去るといい」

「佳月が?」

「われは佳月の語る御仁と話してみたかった。

 彰朱。立てるようになれば西へ行くといい。われが雪を止めよう。もとより佳月をとどまらせたかったがための吹雪。去ってしまっては、な……。

 心ゆくまで捜すといい。その揺らぐ心でありながら、揺らがぬ心を持って」


 言葉を切り、女はほほ笑む。目前、萎れた花がみるみるうちに生気を取り戻すように瞳を輝かせる彰朱の姿に。


 女は立ち上がり、背を向けた。

 これ以上見られるのをこばむように。


「美、津野?」

「もう鬼は現れぬ。もう二度と。里人たちに教えてやるがいい」


 吹雪の中、ふらりふらりと歩み去る女を、彰朱は止めなかった。

 女も、今度は足を止めず、振り返ることもなかった。


 あとにはうずくまる彰朱のみである。


 彰朱は、女の残してくれた希望と淡い佳月の面影に目を伏せ……やがておさまる吹雪の、その先のことをうつらうつらと考えていた。





『雪女 了』

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