問題即答
放課後のチャイムは、切れた縄みたいに俺たちを校舎の外へ放り出した。
制服は皺だらけで、靴は泥と雨で汚れていて、踏んだ水たまりの跳ね返りが血みたいに見えた。
哲が前を歩きながら、へらっと笑った。
「おい、からあげ食って帰ろうぜ。」
光が即座に白い目で返す。
「今月もう金ないだろ。」
「金なくても食うわ。」
笑い声は一瞬だけ続いたけど、すぐに切れた。
信が、ぐしゃぐしゃになった模試の答案を握りつぶしながら低く言った。
「なあ……俺ら、こんだけ必死にやって、生きる意味あんのかよ。」
その声は、冗談でも愚痴でもなくて、
骨の奥から絞り出した絶望だった。
一気に空気が凍りついた。
「死ぬ気で勉強してさ、それで何だよ?結局笑われて、安月給でこき使われて終わりじゃん。」
「親なんか自分の人生すらどうにもできないくせに、
俺らに自分の夢まで背負わせようとすんの、何様だよ。」
「金もないのにガキ量産して、ガキに文句ばっか言ってよ。」
「なんであんなに殴り合うくらい憎んでんのに、別れねぇんだよ。」
「なんでズルしたやつだけ楽して得してんだよ?真面目に守ってるやつだけ損すんだよ。」
「なんで努力しても結局負けるんだよ?なんで生きてるだけで踏みつけられんだよ?」
「なんで愛しても裏切られんだよ?なんなんだよ、マジで。」
「もう死んだ方がマシなんじゃねぇのか?」
信は爆弾みたいに火花散らしてて、
今にも自分ごと吹っ飛ばしそうだった。
俺はそいつらを見てた。
まるでヒレのない魚が地面に打ちつけられて暴れてるみたいで、
哀れで、でも目が離せなかった。
我慢できなくなって、冷たすぎる声が勝手に出た。
「……お前ら、気づいてねぇのかよ。」
哲は口を半開きのまま固まった。
光は足元のペットボトルを蹴飛ばして黙った。
信は肩で息しながら俺を睨んだ。
俺は一人ずつに向けて突き刺すように吐き出した。
「問いを吐いた瞬間に、もう答えはお前の中で腐ってんだよ。」
「努力しても踏みつけられるのは、この腐った社会にお前の成功なんて一ミリも必要とされてねぇからだ。」
「貧乏人が一生抜け出せないのは、お前の底辺でメシ食ってるやつが山ほどいるからだ。」
「親が殴り合うくらい憎んでんのに別れねぇのは、孤独に負けるのが死ぬほど怖いからだ。」
「金もねぇのに子ども作り続けるのは、子どもに救ってもらえるって勘違いしてんだよ。でも結局、一緒に沈むだけだ。」
「ズルしたやつが勝つのは、ルールなんてそもそもバカを縛るための首輪だからだ。」
「努力しても負けるのは当たり前。努力に勝ちなんか保証されねぇ。」
「他人の血で笑ってるやつがいるのは、この社会が痛みでしか太れない仕組みだからだ。」
「愛?あんなもん甘ったるい包装した利害の取引だ。」
「努力しても死にたくなるのは、生きるには重すぎんのに、死ぬ勇気すら持てない自分が一番ムカつくからだ。」
「未来が怖いのは、自分が本当に何者でもねぇって、もう分かっちまってるからだ。」
「なんで生きてんのかって?死ぬ度胸もねぇし、死んでも誰も覚えちゃくれねぇって、それが一番怖いからだ。」
その言葉はガラスの破片を血管に流し込むみたいで、
自分ですらゾッとした。
「問題こそ答えだ。」
小さく笑って、
「問いを持つってのは、まだ諦めきれてねぇってことだ。
このクソみたいな世界にもう一度踏みつけられてでも、
まだ何か見たいって思ってんだろ。」
路地の奥から腐った風が吹いて、
破れかけたチラシが宙をぐるぐる回る。
街灯が一度だけかすかに消えかけて、
それでもまた図太く光りやがる。
まるでこの地獄みたいな街すら、
完全に終わらせる気なんかねぇって言ってるみたいだった。