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スライム・フレデリカが剥がれ、ジョシュアはその姿を現したが、剣の呪いを受け呪いモードに変わっていた。
「蒼月の騎士、…何故ここに。姫様の所では…」
「どうやってあの手枷を外した!」
慌てる魔術師達を見てジョシュアはにやりと笑うと、鞘を投げ捨てた。
「…コロス」
その殺気に慄いた魔術師達はジョシュアの剣が届かない距離から魔法を放った。火炎の玉と氷の矢がジョシュアに向けて一直線に飛んできたが、火炎の玉は剣の一振りで二つに裂け、左右に軌道を変えて壁に当たり爆発した。
『整列!』
続いて迫る氷の矢はジョシュアのほんの数十センチ先で見えない何かに突き刺さって止まり、溶けて消えていった。
「な、なんだ?」
『再度上に並べ! 第二部隊、氷の魔術師に溶解液!』
「どわぁ!」
腕に液体を浴びた氷の魔術師が悲鳴を上げた。魔法で守られているはずのローブが煙を上げて溶けだし、ローブから出ていた服の袖口が溶けてその下の皮膚を火傷させていた。
後ろにいたディクトンが風の魔法を吹き付けると、透明だったスライムが透き通る青色になり、ジョシュアの目の前に二メートルの高さに積み重なったスライムの壁が現れた。スライムの壁の他にも、天井にも壁にも椅子の下にも小さなスライムがいて、部屋はスライムだらけだった。階段からはこの部屋に向かってスライムが次々と集まってきている。その数に魔術師達は悲鳴を上げた。
「どこから湧いてきた!」
目につくまま魔法でスライムを潰していくが、きりがない量だ。
『巻き付け!』
指示の声に丸かったスライムがビヨヨーンと紐状に伸び、魔術師四人を縛り上げた。周囲のスライムが魔法で蒸発してもひるむことなく次々に襲いかかり、うっかり二分割させたスライムはそのまま2匹になり数を増していく。無限に襲ってくるスライムを前になす術もなく、四人ともぐるぐる巻きになって床に転がっていた。
術を使えないよう手を塞がれ、口にはスライムが詰め込まれたところに、さらに呪われた剣を手にしたジョシュアが近づいてきた。
「コロス…」
『せっかく消えかけてた剣の呪いを強めたのはあなたね? シュナイダー卿』
スライム達のどこからか声がした。スライムに指示を与えていた声だ。人らしくない、作られた声。フレデリカが何かの魔法を使って声を飛ばしているのだろうとディクトンは判断し、口の中のスライムを勢いよく吐き出した。コルクを抜くようないい音がした。
「月隠の魔女かっ。やはり転送されて来ていたか。どこに隠れて…」
『来てないわよ。あんな発動が遅い魔法陣に捕まるもんですか』
「嘘をつくな! おまえが魔法陣に乗ったのはわかっていたんだ。確かに転送した質量はおまえの分もあった。どうやって姿を隠しているかは知らんが、おまえが私の魔法から逃れられなかったことは明白だ!」
フレデリカを捕まえられなかったなどと知れたら、帝国の筆頭魔術師としての立場がない。ディクトンはこの部屋のどこかにいるだろうフレデリカを懸命に探した。いるならさっきの風の魔法でスライム同様姿を現しているはずだ。しかしどこにもその気配はない。
『質量って…。相変わらずねぇ。そんなことだろうと思って、私の代わりをいっぱい乗せといたわよ、かわいいスライム達を。ちょーーっと、私より重たかったはずだけど?』
周囲のスライムが青い色を薄く濃く変化させて自分たちをアピールしていた。ディクトンがフレデリカだと思って転送したのはスライムだったのだ。目もない生き物なのに、全スライムが自分を見ているような気がして、鳥肌が立った。
『呪いの剣は…、グレーデン王国へのお土産? グレーデン王国を乗っ取るつもり?』
フレデリカの言葉にディクトンはびくりと反応した後、顔をこわばらせた。
『姫様のお輿入れに凄腕の騎士、オプションに呪いを増し増しにした殺戮の剣をセットで送りつけるなんて、ジョシュアにグレーデンの王族を皆殺しさせるつもりだったのかしら。蒼月の騎士が帝国に戻らないなら、いっそ殺戮の道具にしてしまおうってところかしらね』
塔の外が騒がしくなってきた。ジョシュアが皇妹の部屋から逃げたのがばれたようだ。すぐにこの部屋にも兵が来るだろう。
『どうする、ジョシュア? 呪われたまま気の向くままに殺っちゃう? 私はいいわよ、解呪がもう一年くらい延びたって』
剣先を魔術師に向け、後は突き刺すだけだったが、ジョシュアは剣を手にしたまま身動きしなかった。
『どうせならあの姫様にも仕返ししたいわよね。皇帝陛下にも呪いがどういうものか知っていただくチャンスかも。城にいる全員、殺っちゃおうか?』
魔女の笑い声が響く。魔術師達は月隠の魔女を見つけられず、どこから声が送られてくる声に震えるばかりだった。
遠く離れた所から何らかの方法でスライム達を操り、蒼月の騎士をそそのかそうとしている。
今、蒼月の騎士が呪いのままに暴れれば、自分たちがグレーデン王国に仕掛けようとしたのと同じ方法で殺されてしまうことになる。この城にいる人間が皆殺しに…。
ディクトンは声に出さないように呪文を唱え、脱出しようと試みたが、舌に鋭い痛みを感じ呪文の言葉を続けられなかった。スライムは口の中から追い出したはずなのに何かが口に残っている。ローブの中に仕込んである魔法もどれも手が届かず、魔法をはじくローブもスライムでできた紐の物理的拘束には効かず、解くことはできない。
シュナイダーの口の中で薄く伸びていたスライムが次第に厚みを増していくのを感じた。吐き出そうとしてもびくともしない。さっき口からスライムを出せたのは、話をさせるためにあえて吐き出すことを容認されていただけだったのだ。
『私も転送対象だったということは、私のことも道具として便利に使うつもりだったのかしら? ふふふ、笑えるわね』
言葉の通りフレデリカは笑っていたが、魔術師達は少しも笑えなかった。
『いいこと? 姫様にはこれ以上お相手をお待たせしないように、とっととお輿入れいただいて。もちろん呪いの魔道具は嫁入り道具にしちゃ駄目よ? 美形の騎士も本人が行きたいならともかく、無理矢理連れて行くのはお勧めしないわね。王妃の愛人なんていつ向こうの国王に殺されても仕方がないんだから、それなりの覚悟を持った人でないと務まらないわ。殺されてもいいほどに姫様にぞっこんな相手でないとね。…でもそんな人、いるかしら?』
目に見えない何かが自分の鼻先をはじいたのを感じ、シュナイダーは身を震わせた。風の魔法を逃れ、見えないスライムがまだいる。ここにも、あそこにも、恐らくこの塔の外にも。
自分の力で「待て」ができているジョシュアに、フレデリカはずいぶん呪いに抵抗できるようになったことに感心した。呪いへの耐性がここまで強くなれば、騎士としては充分だろう。
ん、合格! 弟子にして正解だったわ。
スライム・フレデリカはジョシュアが手にしていた剣に透明なまま喰らいついた。沸き立つ瘴気を喰らい、柄の中に隠されていた呪いの根源となる魔石を砕くと、長年剣に染みついていた呪いは解け、呪いの痕跡は跡形もなく消え去った。
拘束されていた魔術師達にはスライムとなったフレデリカの姿は見えていなかったが、その解呪の鮮やかさに度肝を抜かれた。呪いを増幅させていたにもかかわらず、これほどまでに正確に短時間に呪いを解呪できる魔女。その力は帝国にいた頃と遜色なかった。




