7
塔まで着くと、フレデリカはさっきのスライム独特の音を立てた。すると周囲からもよく似た音が返ってきた。聞き取りにくいながらも高低様々な音から、複数の何か、恐らくはスライムと会話しているようだ。
『呪いの剣は第四階層にあるけど、第三階層にシュナイダー卿と魔術師が三人いるわ。できればあの連中に捕まることなく剣の所まで行って、呪いを解除してしまいたいわね。…よし。ちょっと我慢してね』
スライム・フレデリカはジョシュアの頭の上に載ると高くジャンプし、一気に薄く広がってジョシュアに覆いかぶさり、全身をピッチリと隙間なく包んだ。窒息するかと思ったが、すぐに目、鼻、口の位置に切れ目が入った。あまりに薄いので見た目にはわかりにくいが、全身をスライムでコーティングされる未知の感触。思ったほど粘つかないが確かに何かが張り付いていて、それがフレデリカだとわかってはいても拭いたくなる気持ちを抑えられない。
『背後の景色をそのままスライムの体に写すから姿は見えなくなるけど、音は消せないから気をつけてね』
姿が見えていないと言われても自分ではわからず、フレデリカの言葉を信じるしかない。
塔には内周に階段がぐるりと巡らされていた。階段を上っていても妙な引きつりというか違和感があるが、我慢しながら静かに階段を上っていくと、明かりの漏れる部屋から話し声が聞こえてきた。
「思ったほどの呪いでもなかったな。もっと手がつけられんかと思っていたが…」
先の情報通り、帝国の筆頭魔術師ディクトン・シュナイダーと三人の魔術師がいた。階段側に向けられた視線はないが、もし姿が見えていたら振り返られれば終わりだ。
「月隠の魔女があの程度の呪いも解除できないとは。…大したことないですな」
「元々ハッタリもあったんじゃないですかぁ?」
「呪いが残っていたおかげで、いい土産になりそうじゃないですか。くくっ」
魔術師達はフレデリカが意図的に剣の呪いを解いていないとも知らず、勝手なことを言っている。それを聞いたジョシュアは足を止め、今にも殴りに行きそうだったが、ぺったりと張り付く膜に引っ張られ、階段を更に上へと登った。
第四階層には多くの魔道具が置かれていた。そのまま置かれている物もあったが、置いておくだけで人に害をなすような物は魔封箱に入れられている。剣が入っていると思われる細長い魔封箱もいくつかあった。今日手に入れたばかりのものなら、そう奥には運んでいないだろう。
スライム・フレデリカはジョシュアから剥がれるとくるりと丸くなり、ぴょんぴょん跳ねながら一番手前の細長い魔封箱の上に乗った。
『…さすがに封をされると中身がわかりにくいわね』
何度か箱の上でバウンドして箱を揺さぶり、次の箱の上に乗りまたバウンドする。それを手前の五箱で繰り返し、うちの一つの上で
『これからいってみましょ』
と言うと、自分の体の一部を鍵穴に突っ込んで解錠し、封印魔法を取っ払った。
『開けてみて』
ジョシュアが箱を開けると黒い瘴気が沸き立ち、中に緑色にさびた剣が入っていた。あの呪いの剣ではないが、これもまたかなり呪われている。手にまとわりつこうとする瘴気を払ってすぐに蓋を閉めると、スライム・フレデリカは周りに散らばった瘴気を体を伸ばして包み込み、ふんっと気合いを入れてると瘴気はスライムの体内で消化され、ちりぢりになった。箱に再度封を施し、
『ハズレね。うーん、こっちかなぁ』
その隣の箱を同じように鍵を開け、封印魔法を解いた。ジョシュアがその箱を開けると見慣れた剣が入っていた。封じられていた剣は以前より瘴気が濃くなっている。怪しんだフレデリカが中を覘くと、剣の下に呪いを増す術式が書かれた紙が敷かれていた。呪いが薄まっていると知りながらも解呪せず魔封箱に入れていたことから何かあるとは思っていたが、フレデリカの予想は当たっていたようだ。
誰かが階段を登ってくる音がした。封印を解除したせいで異変に気付かれたようだ。
『ジョシュア!』
急いで剣を箱からつかみ取ったジョシュアに再び薄くびろんと広がったスライム・フレデリカが張り付いたが、呪いのせいか剣の部分がスライムコーティングとうまくなじまない。
「箱が開いているぞ!」
「何者かが侵入したか」
何とか部屋を出て階段までたどり着いたものの、隠しきれない剣だけが魔術師達の目に留まった。
「け、剣が! 呪いの剣が、逃げている!」
「そんな馬鹿なことがあるか、剣が自力で動くなど…」
スライムのコーティングが剥がれているせいで、剣だけその場に浮いているように見えているらしい。ジョシュアは走ったが、逃げていく剣に背後から火炎の魔法が放たれた。フレデリカはジョシュアから剥がれ、広がったままその魔法の火の玉を包み込み、ゴクリと飲み込んだ。
さすが何でも食べるスライムだ。しかし小さなスライムの薄い体では、火炎魔法を取り込むには負担が大きく、咳き込むようなけほけほという音を立てて地面に落ちた。