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 オレンジのスライムは掃き出しの窓に向かってジャンプすると、ビョーンと窓いっぱいに広がり、直後にわずかな衝撃を感じた。スライム・フレデリカは再び半球形に近い形に戻るとぴょんぴょんと跳ねながら移動し、ジョシュアのくたびれたシャツのポケットに入り込んだ。少々くすぐったいが、こんなに近くにフレデリカがいるのも悪くないなとジョシュアは思った。

『さ、ここから出るわよ。あの魔法陣は北の塔に描かれていたみたい。多分呪いの剣もそこね。…相変わらずシュナイダー卿の魔法は魔導書通りでおもしろくないわね』

 窓を開けても誰も気付かない。感知魔法が切れている。そっと窓を閉めると数秒後に再び感知魔法が作動したが、ここから人が出ていったことなどわかりはしないだろう。

「相変わらず見事だな」

『まあ、この程度なら』


 ジョシュアはベランダから飛び降りて外に出た。途中、通りかかった見回りの兵を一撃で伸して剣を奪った。

『そっちこそ相変わらず鮮やかなお手並みね』

「城の番兵程度に後れを取ったらおしまいだ。…安っぽい剣だな」

 取り上げた剣を軽く振ってみたが、呪われた剣に比べればどんな剣も安っぽく見えるだろう。

 あちこちにいる見張りを時に隠れ、時に背後から一撃を喰らわせながら北の塔へと足を進めた。


『姫様のお輿入れだけど』

 フレデリカはジョシュアの耳に届きやすいよう、声を耳元まで運びながら話した。

『普通、婚姻先に横恋慕のお相手を同行させるなんて許さないわよね』

「俺は行かない」

 ジョシュアはむっとしていたが、フレデリカは気にすることなく自分の考えを巡らせ、言葉にした。

『姫様がバカなのは置いておくとして、グレーデン側がジョシュアの同行を認めたのが本当だとしたら、蒼月の騎士の価値を知っていて戦力として受け入れる、なんてことないかしら。グレーデン王は既に妃がいてずいぶんご執心だと聞いてるわ。姫様が正妃の座に着いたところであくまで政略だし、自国の兵力増強になるなら愛人同行も受け入れるかも…』

 黙々と歩き続けるジョシュアが眉間のしわを深くしようと、フレデリカは独り言のように話を続けた。

『でも皇帝が反対しそうなものなのに…。あなたの帰還を待ち望み、監視まで送ってくる皇帝が、せっかく戻ってきたあなたを他国に連れて行くことを許すなんて変じゃない? それにあのシュナイダー卿が姫様のために動くなんて、ちょっとひっかかるのよね』


 ポケットから這いだし、ジョシュアの肩に乗ったスライム・フレデリカは人の耳には聞き取りにくい甲高い音を鳴らした。しばらくするとどこからか似たような音が返ってきた。

『やはり剣は北の塔にあるわ。でもすぐ近くにシュナイダー卿もいるみたい』

「何故わかる?」

『それは訓練のたまものよ』

 意味深に笑い声を上げるオレンジのスライム。しかしスライムには顔がなく、本当に笑っているのかはわからない。ジョシュアは足を止めるとスライムを手の上に乗せ、じっと観察したが、どう見てもただのスライムだ。それなのにこれがフレデリカだとわかる。

 ジョシュアは小さなスライムを手に取ると顔を近づけ、チュッとリップ音付きで軽く唇を落とした。途端にスライムはオレンジ色を濃くし、半球形を崩して掌いっぱいにたれ落ちそうになった。どう見ても照れている。しかしふんっと一発気合いを入れると、元の半球に近い形に戻り、ジョシュアの頬に体当たりした。

『いきなりそういうことしないの! 魔物に口づけするなんて、顔が溶けたらどうするのよ! 唇が腫れ上がってもいいの!』

 その一撃にさほど痛みはなく、ジョシュアは攻撃されながらもスライムをかわいいと思い、口元が緩んでしまう。


 三年も一緒に住んでいながら、ジョシュアがフレデリカに手を出したことはなかった。結婚しろだのそれっぽい言葉は何度かもらったが、基本静かに呪われている同居人にして弟子のジョシュアはフレデリカに対しては実に紳士的だった。しかしそれは呪いが起こす殺人の欲望が強すぎて、淫らな欲望など押し込められていただけかもしれない。

 剣の呪いが封じられた途端、これまでフレデリカには見せたことのない乙女殺しの笑顔、どこが顔かもわからないスライムに優しく触れた唇、普段は鋭い目つきも妙に色っぽい。…なんかおかしい。このまま一緒に家に帰り、今までと同じように適切な距離を置いた同居人としていられるのだろうか。


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