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 隣の老夫婦の田に三回目の除草に向かった時、フレデリカは誰かがつけてくるのに気付いた。

 フレデリカの夜の散歩にジョシュアも同行していたのは気付いていたのでさほど危機感はなかったが、自分の安全以上にジョシュアの呪い発動の方が気になった。

 頼むから、見ているだけで手は出さないでね。

 フレデリカは心の奥で祈りながら、つけられていることに気が付かないふりをして田に向かった。


 今回もフレデリカは立っているだけ。

 周りに潜む者も暗い夜の田で何をしているのか知ることはできず、結局フレデリカが田と家を往復するのを見ていただけだった。

 フレデリカは家に入る前に泉の横の小屋に立ち寄ると、扉を開け、自身は中に入るでもなく再び扉を閉めた。


 あの中に秘密があるに違いない。

 後をつけていたのは隣村に住む若者だった。その日は大人しく帰ったが、翌日夕暮れになると仲間を連れてあの小屋に行き、扉に手をかけた。扉には鍵がかかっておらず簡単に開いた。

 中に入ろうとした途端、パンッと何かが弾けるような音がした。入り口を塞ぐように張られていたかすかに光る薄い膜のようなものが消えてなくなったが、特に何も起こらない。足を踏み入れると小屋の中には金属の棒でできた箱形の檻がいくつか積んであり、その中には握りこぶしほどの大きさの丸く透き通る青いものが詰まっていた。よく見ればわずかにプルプルと動いている。あれは…

 スライム!

「ま、魔物だあ!」

 その声に驚いたスライムが逃げ場を求めて暴れ出した。中のスライムは野生で見るよりずいぶん小さかったが、魔物の体当たりを受けて檻は歪み、やがて広がった隙間からボロボロと粒がこぼれ落ちるようにスライムが落ちてきた。

「うわぁー!」

 絶叫と共に若者達は外へと逃げ出した。もちろん扉を閉める余裕などない。中にいたスライム達も外へと逃げ出したが、若者達よりよほど俊敏で、あっという間に足元をすり抜けていなくなっていた。


「魔物だ!」

 近くの藪の中からも男の声がして、若者達は驚いて足を止めた。突然現れたスライムに驚き、藪から飛び出した男達は息も切れ切れだった。男達はこの辺では見慣れない制服を着ていた。腰に剣をつけており、見たところ他国の軍人らしい。

「やはりあの魔女、魔物を飼っていたか! 人の目のつかないところで魔物を手懐け、我が帝国に害をなすつもりだな! 許せん!」

 バコンッ

 興奮して声を荒げる男が頭を抱えてうずくまった。男の頭を棒で殴ったのは、騒ぎを聞きつけたフレデリカだった。

「人んちの裏でうるさいんだけど」

 ローブもまとわず、黒い髪をひとつにくくり、どこにでもいる町娘と変わらないシンプルな白いブラウスにレンガ色のロングスカートを着たフレデリカを見て、男はこれが月隠の魔女だとは思わなかった。しかし混乱に乗じて逃げようとした隣村の若者達を指先を動かしただけで転倒させ、周囲の草が蔓のように伸びて体を縛り上げるのを見て、これがあの魔女だと確信した。


「うちの小屋で何をしていたの?」

 フレデリカは草でぐるぐるに縛られた若者達に問いかけた。

「な、何も、こ、小屋の戸を開けたら、中からスライムのちっこいのが出てきて、慌てて逃げて…」

「ふうん?」

 フレデリカは周囲を見渡したが、スライムの姿はどこにもなかった。


月隠(つごもり)の魔女だな」

 棒で殴られた男が自分の頭をさすりながらフレデリカの元に近づいた。

「こんな所で魔物を育てているとは…。逃亡罪と謀反の疑いでおまえを帝国に連行する!」

 フレデリカの胸ぐらをつかみかけた時、男の首の左側に刃物が当てられた。

 フレデリカに害をなすものには容赦しないジョシュアは、いつものように「殺そうか?」の確認も入れず剣を抜いていた。即首をはねなかっただけまだましだが、鞘から抜かれた剣からは黒い瘴気がゆらゆらと煙のように沸き立っている。呪われた剣の登場だ。


「首と胴が泣き別れになりたくなかったら、動かない方がいいわよ。…まあ、魔物を育てているのかと言われれば、そうね。否定はしないけど」

 フレデリカは草に縛られたままの若者達にチラリと目をやり、続いて剣を首に当てられている男を見た。男と共にいた仲間の軍人が助けようにもジョシュアに隙はうかがえず、殺気に満ちた目におののき、更に距離を取っている。

「スライムが先か、ジョシュアが先か…。ジョシュア、一旦剣を引いてくれる?」

「コロス」

 男の首ににじむ血。呪いの剣は久々の血に喜んでいる。喜びのあまり呪いが増し増しで、ジョシュアは早くも正気を失っている。下手なことをすれば物理的に首が飛んで呪い復活だ。

 フレデリカはジョシュアに掌を向けて

「ジョシュア、『待て』よ」

と言うと、ジョシュアはしつけられた犬のようにそのままの姿勢を維持した。しかし焦点は合っておらず、「よし」と言えはためらうことなく剣を動かすだろう。


 フレデリカは周辺に目をやると、深く息をした。

「集合!」

 鋭いかけ声と共に草むらからわじゃわじゃと小さなものが集まってきて、フレデリカの前できれいに縦五列に並んだ。さっき逃げたスライム達だ。

 これで全部かと思われたが、フレデリカが指を鳴らすと草むらに雷が落ち、ジュッと煙を上げた。煙が上がったのは五カ所。フレデリカの命令に従わなかったスライムがその場で雷の餌食となり、地面には黒焦げしか残っていなかった。スライム達がブルブルと震えている。その姿は怯えているように見えた。

「この程度の指令にも従えないようじゃ、飼われている価値なし」

 その言葉はスライムだけでなく、ジョシュアを除く周囲の人間までも怯えさせた。フレデリカの不興を買えば、自分たちもまたあの雷で黒焦げだけを残して消されてしまうかもしれない。


 しかし、頭を殴られた男は地面の変化に気付き、急ににやりと笑みを見せた。

「やっと来たか」

 突然ジョシュアの剣が強い磁石に引っ張られたかのように地面に落ち、ほぼ同時に地面に円形の光る文様が浮かび上がった。

 文様の上には殴られた男とその仲間、ジョシュア、そしてフレデリカもいた。文様から放たれる光が空に向かって伸び、その上にいるものに絡みつくように光の粉を撒き散らすと、光を浴びた人の姿は薄れていった。その中でただ一人、フレデリカの周りの光の粉はフレデリカに付着することなくぽろぽろと地面に落ちていく。やがて光の文様が消え去るとその上にいた者はその場からいなくなったが、フレデリカはその場に残り、大きく体を揺らすとばたりと倒れた。


 星が見え始めた空の下、フレデリカと、草でぐるぐる巻きになった隣村の若者達だけがなす術もなくその場に転がっていた。


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