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 数日後にはフレデリカとジョシュアは結婚の手続きをし、夫婦になったが、生活が大きく変わることはなかった。

 家名を持たない二人は名が変わることもなく、同じ家で暮らし、薬屋を営み、互いを守り合う。三年間続いていた日常に触れ合う時間が増えただけだが、それこそがなかなか手に入れ難く、二度と手放せないものだった。




 四ヶ月後、帝国の皇妹アゼリアがグレーデン王国に嫁いだ。

 お気に入りの騎士を連れて行くことはなかったが、お土産の呪いグッズの方は、ないこともなかった。


 グレーデン王クロードはまさにアゼリアの好みの顔だった。

 それもそのはず、そう見えるように額に刻まれた全治一ヶ月の呪いの傷が充分に浸透していたからだ。

 クロードはそばに寵妃を置いていたが、帝国からの姫に敬意を表し、妻として平等に大切に扱うと約束した。もちろんそんな立場に満足するアゼリアではなかったが、嫉妬や悪意を完全に隠し、初夜の閨でクロードに唯一の「おねだり」としてあのイヤーカフをつけさせたのだ。

 魔女フレデリカの恨みを込めた一撃でアゼリアの手に戻った魔道具。心酔の魔法の術式は修正されていて、よりパワーアップしてクロードの心をつかんだ。その魔法は周囲に知れることなく時間をかけて心を浸食し、二ヶ月もしないうちにクロード王は平等の約束を破り、正妃アゼリアを溺愛するようになっていた。

 第二妃は王の寵愛を失ったが、幼なじみの家臣に慰められているうちにすっかり心を移し、近々下賜されることになったらしい。

 帝国とグレーデン王国の関係は更に深まることになり、皇帝が陰で工作していたグレーデン王家断絶よりも遙かに良い結果となった。

 まさに大団円だ。


 アゼリアの輿入れについて行ったスライム達から報告を受けたフレデリカは、ちょっとつまらなそうに

「ふーん」

と言った。自分が仕組んだ通りになり、平和に貢献しても面白くないことだってあるのだ。

 平和であり続けることは実に盛り上がらず、一見つまらないものだ。失って初めてその価値がわかるが、その時にはもう遅い。

 面食いで自己中心的、浪費家でもある皇妹アゼリアに、クロード王がどこまで心酔し続けられるかはわからない。永遠に効く魔法などなく、意にそぐわない魔法ほどはじかれやすいものだ。操られた恋心に油断し、好き放題していると足元をすくわれることになるだろう。

 姫様好みの男を城に送ればどうなるだろう。クロード王を姫様好みに見せかけている魔法を消してしまったらどうなるか…。

 今は空想で笑うだけだ。


「グレーデン王国と丸く収まって、()()()前皇帝陛下はがっかりしてるかしらね」

 ジョシュアに「蒼月の騎士」の名を授け、フレデリカを「月隠の魔女」と揶揄した前皇帝。

 老後は普通のじいさんになると宣言し、あっさりと弟の子供に皇帝の座を譲ると、早々に雲隠れした人物だ。

 今の皇帝のポンコツぶりに周囲から「あの頃は良かった」と前皇帝を懐かしむ声が広がっている。しかし前皇帝は政治に復帰することはなく、今頃どこにいるのやら…


「『我は歴代帝国一の皇帝になる』」

 フレデリカの前皇帝のものまねはなかなか似ていた。

「陛下の口癖だったな」

「歴史に名を残す皇帝になる秘訣、それは在位時の成果はもちろん、その後が大事なんですって」

 黒魔鹿の角でできた乳棒でぐりぐりと薬草をすりつぶしながら、フレデリカはかつての皇帝の言葉を思い出していた。

「『愚かな者が後を継げば、大したことをしてなくても前任者は評価されるものだ』なんて言ってるのを聞いたことがあったけど、まさか実践するとはね」


 現皇帝は実に小者だ。突然巡ってきた皇位に喜び、人の言葉に惑わされてその場しのぎの提案に乗り、何をやっても裏目に出て、離反する国も出始めている。グレーデン王国を乗っ取ろうとしたように他の国にもいろいろ仕掛けていることだろう。やがて悪政の噂が広まれば、早々に皇帝が変わるか、帝国自体の存続も危ぶまれる。

 偉大なる前皇帝の唯一の失敗は後継者選びだった。

 誰もがそう言うが、とんでもない。あの前皇帝は帝国の今後を守るよりも、自分の評判を高めることを優先したのだ。


 そういう人だった、とフレデリカはあきらめ顔で、自分もまたしてやられたのだろうと思った。

「私の『月隠』の二つ名だって、帝国一の騎士、蒼き月をさらわせる呪いが込められていたのかもしれないわ」

「だとしたら、やはり感謝しかないな」

 前皇帝に拾われ、皇帝の犬として存分に剣を振るってきたジョシュアは、フレデリカの見解を聞いても落ち着いていた。

「俺は皇城の騎士を続けることに嫌気がさしていたんだ。全てを壊して消えたかったのは呪いの剣のせいだけじゃない。俺自身そう思っていた。だからこそ、今のフレイとの暮らしには満足している。帝国の戦力を削ぐため仕組まれたことだったとしても、陛下には感謝しかない」


 前皇帝にしろジョシュアにしろその無責任ぶりにフレデリカはちょっとむっとした。おかげでこっちはあんな姫様なんかに偽ハッピーエンドを仕組むことになったというのに。

 しかし考えてみれば帝国が存続しようがなくなろうが、別に何てことないのでは??

 帝国がなくなれば、権威に押さえつけられていた国は解放され、権威にすがっていた国は拠り所をなくすことになるが、その後どうするかはその国次第だ。

「…ま、いっか」

 平和であってくれれば、フレデリカはのんびりスライム訓練にいそしめる。面倒なことになれば引っ越すだけだ。


「いや、よくない。おまえ、最近スライム達から妙な情報を得てるだろう」

 ジョシュアは部屋の隅でくつろぐスライム達を指さした。

 フレデリカの手下になったスライムの中でも優秀なモノは小屋を卒業し、家の中に入ることを許され、掃除や洗濯までしてくれるようになっていた。

「おまえはスライム達にスパイ教育をしたのか?」

「単に噂話をしてるだけよ。ちょーっと遠くの話もあるけど、村の奥様達と話しているのと大して変わらないわ」


 アゼリアの輿入れに紛れ込んでついて行ったように、フレデリカの育てたスライム達はいつの間にか皇城だけでなくあちこちの国に散らばっていた。フレデリカは一度スライムになってからは一方的な命令だけでなく、スライムと双方向で通じ合えるようになっていた。分裂したスライム同士は遠く離れていても互いに意思疎通ができるらしく、自分の元に残ったスライム達を通じて噂話を仕入れていた。

「これはとんでもないスキルだぞ。透明になればその存在を知られることなく、どこにでも行き、情報を仕入れてくる忠実な魔物。このスライムのことが帝国にばれたら…」

「うーん、ばれたところで、スライムの言葉がわかる人間なんてあんまりいないと思うけど? もしそんな人がいたら、私達の毎日も筒抜けになっちゃってるのかしら?」

 フレデリカがスライムに目を向けると、スライム達は寄り添ってぷるぷると首を横に振るように震えていた。

  マジョサマ オ ウラギル コト ワ アリマセン

 そう言おうとしているのはひしひしと感じたが、ただギギギ、キュルキュルとしか聞こえない音がする中、その音に混ざって

『ジョーホー ローエー、 ダメ、 ゼッタイ』

 ふとそんな言葉が聞こえたような気がした。

 どの口で言うか。

 スライム達を横目で見ながら、ジョシュアは溜息をついた。




 田の除草のために育てたスライムが、今や各国に広がっている。スライムが見聞きした国の極秘事項も、街角の小さな噂も、フレデリカにとっては大差ない。その気になればスライムに命じてどこかの王に毒を盛ることくらいたやすいだろう。しかしお人好しの魔女とスライムとの付き合い方は、噂話を楽しみ、家事を教え込み、どこかの除草作業に駆り出す程度だ。


 多くのスライムが城に残り、人望がないとフレデリカは言っていたが、城に残った連中も未だにフレデリカとつながっている。最後まで身を挺して助けてくれたあの連中…。

 恐るべきスライムの忠誠心。

 ジョシュアは今更ながら魔女フレイのトンデモぶりを思い知るのだった。








お読みいただき、ありがとうございました。



まだ10話目も途中しか書けていない中、

令和6年6月6日

666に誘われるままアップしました。

ダミアンの日記念、投稿開始。

この日付を刻んでやる!

心はR6年6月6日夜中の12時

現実はR6年6月7日午前0時(!!)


前作スライススライムで、ジョシュアの名前は一番に決まってました。

弟子、つまりは魔女の助手。

助手や

じょしゅや。

じょしゅあ?

…というだじゃれ採用。

本人は笑わない人ですが。



誤字ラ出現ご容赦の程。

完結後も予告なく気ままに修正してます。


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