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 魔法や魔物の話なら饒舌になるフレデリカだが、

「呪いを解いたってことは、結婚してくれるんだな?」

 突然二つ目の質問に切り替わり、フレデリカは言葉を詰まらせた。

「…まあ、…そうね」

 そのつもりがなかった訳ではないのだが、はっきり言い切ることができない。それは一番大切なことに確信が持てないでいるからだ。

「…あなたは、本当に私のことが好き、でいいの?」

 今更ながらの質問にジョシュアは眉にしわを寄せ、拗ねたように口を尖らせた。蒼月の騎士が見せることのなかった表情、まるで子供だ。


「魔女は敬遠されるもの。私だってそう。魔女として私の力を欲しがる人は言い寄るよりも脅して従わせようとしてきたわ。そんな魔女との結婚を賭けに使うなんて、酔っ払いの戯言か剣の呪いでとち狂ってるとしか思えなかった。少しはやる気になるならいいかと思って受けたけど、一緒に暮らした三年間、同居人を越えることはなかったから、やっぱり本心は違うんだろうなって、そう思ってたんだけど…」

 欲望のままに手を出したところで、呪いのせい、気の迷いと言われ、フレデリカとの旅はそこで終わりを告げていただろう。それを恐れて我慢していた訳ではないのだが…。

 ジョシュアは続くフレデリカの言葉を待った。今はそうしなければいけないような気がした。


「姫様があなたにつけたあのイヤーカフ、あれ『所有者』が追跡できる魔法と、もう一つ、『所有者』への心酔の魔法がしかけてあったの。姫様はあなたの居場所を知ることができるし、あなたは姫様に心を奪われるはずだった。それなのにあなたは、…その、…心酔する相手は姫様ではなく私になっていて…、魔物に口づけしちゃうし、あんなゲロ甘な微笑み見せてくるし」

「甘いにゲロをつけるな」

 改めて言われると少々気恥ずかしい。確かに自分らしくない行動を取ったかもしれないが、心に反したことはしていない。むしろいつも尖っている自分が素直に自分の思いを表に出せたのはいい機会だったとさえ思える。ちょっとやばい妄想もあったが…。

 そんなジョシュアとは反対に、フレデリカは今までと違うジョシュアに違和感を感じ、落ち着かなかった。呪いという言い訳がなくなってしまったせいだ。

「呪いへの耐性をつけたあなたが心酔の魔法にも抵抗できていたとしたら、あなたが『所有者』以外に好意を示した私こそあなたの本命ってことに、なるのだろう、けど…、その、もし本当にそうなら、…私のどこが気に入ったのか、聞いてみたくて…」


 改めてどこがと聞かれ、ジョシュアは今一度よく考えてみた。

「…そうだな。……。………。……、好奇心?」


 二人の間に沈黙が流れた。


「おまえの当たり前は世界の標準と違いすぎて、何をしでかすか目が離せない」

 今もその視線は真っ直ぐフレデリカに向けられている。

「あまりにとんでもないことばっかりするから、見てて退屈しない分、放っておけない。意外と世間知らずで、何でもできそうな割に抜けてて、この三年間だって、俺がいなければ四度は死んでただろう」

「え、そんなには…」

 いくら何でもオーバーな、と思いながらも、助けてもらったのは一度や二度ではない。ジョシュアがそばにいる安心感は今やすっかり当たり前になっている。

「魔法陣から逃れる力を持ちながら、自分の体を野っ原に放置して、スライムに取り憑いて追いかけてくるような奴、他にはいない」

 放置したと言われても、見張りのスライムが3匹はいた。しかし、スライム3匹で本当に身を守れたかと言われれば、それは不確かだ。もし帝国の兵が他にも潜んでいたら命はなかっただろう。


「守りたいだけじゃない。守られていても安心できる。騎士のプライドとか、癪に障るとか、そういう気持ちが湧かないほどおまえの強さは圧倒的だ。そばにいることは光栄であり、名誉だと思える。そんな風に思える相手はおまえくらいだ」

 ジョシュアはフレデリカの手を引き寄せ、手の甲に唇を落とした。騎士の挨拶なら軽く触れるだけだと思っていたが、思いの外長く、触れ続ける柔らかな感触にむずむずしてたまらなくなり、思わず手を引こうとしたが、つかまれた手は簡単には抜けなかった。


「嫌なら結婚しなくていい。夫でなくても、弟子でも、護衛でも、店番でも、そばにいる理由はある。だが、弟子じゃ許されないこともあるだろう?」

 つかんでいた手を強引に引き寄せると、ジョシュアはフレデリカに口づけした。軽く触れてすぐに離れた唇に、フレデリカは自分からもう一度唇を寄せた。思わぬ反撃を受け、目を見開いて驚いているジョシュアにフレデリカは納得したような和らいだ笑みを向けた。

「…あのイヤーカフ、年代物のいい魔道具だったのよ。それを手放してでも姫様にぶつけてやりたくなったくらい、あなたのこと好きなんだと思うわ」

 そのまま動かないジョシュアに、フレデリカがジョシュアの頬を指でつつくと、みるみるうちにジョシュアの顔は赤くなった。

「…そんなにも…か…」

 さすが弟子。私のことをよくわかってるわ。

 フレデリカは満足げに笑いながら頷いた。



 好奇心から好きになったと言われて、よくよく理解できた。何せ、自分もまた好奇心で呪われた蒼月の騎士を助けようと思い、弟子入りを許し、賭けに乗ったのだから。


 フレデリカはジョシュアの頬に両手を添え、アゼリアにまつわる呪術も痛みも完全に消し去る魔法を放った。その効果は徹底洗浄する勢いでフレデリカなりの嫉妬を思わせたが、ジョシュアに向けられた魔法は祈りを込めるような優しいものだった。

 黙って受け入れていたジョシュアだったが、無防備な接近に煽られるまま腕を回し、目の前の首筋に吸い付いた。くすぐったがろうと締め付ける腕を緩めることなく、もう一度口づけ、今度は思いのままに唇を貪った。

 抱きしめ返してきた手がしがみつくように服に絡みつき、この想いが一方通行ではないと教えてくれる。

 欲情さえも封殺する激しい呪いがなくなった今、互いの想いを知った二人がこのまま口づけだけで終わろうはずがなかった。


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