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シーカとニーナ

作者: いのり

 電気もつけず、カーテンが閉め切られて太陽の光も入ってこないような薄暗い部屋で、テレビの画面だけが光を放ってその存在を強調している。

 テレビの前に座り込んだ詩歌は、ただぼんやりとその画面を眺めていた。

 画面に映るのは、今をときめく少女アイドルたちだ。彼女たちは誰もが美しい衣装を見にまとい、ふんわりとしたスカートの裾をはためかせて、踊り、歌う。人々を魅了する。そのセンターに立つのは、百点満点の笑顔でお馴染みのニーナ。

 カメラにドアップで抜かれたニーナが、輝くような笑顔を見せる。その瞬間、詩歌はテーブルの上に置かれたリモコンを手に取り、電源ボタンを押した。プツン、とテレビの電源が落とされ、唯一の光を失った部屋は完全な暗闇に包まれる。のろのろと緩慢な動きで立ち上がった詩歌は、そのままおぼつかない足取りで壁に向き合った。

 詩歌の目の前の壁に貼られているのは、先ほどテレビに映し出されたものと同じ笑顔。ニーナの特大ポスターだ。詩歌はそれを憎々しげに睨みつける。

 そして呟いた。


「絶対に、殺してやる」


 全ての始まりは、今から十年前。詩歌が中学二年生だったころまで遡る。

 夏、詩歌は読書感想文で賞を取ったからという理由で、文化祭でやるクラスの劇の脚本を押し付けられていた。

 読書感想文と脚本は全くの別物だろ、と悪態をつきながら原稿用紙と向き合った詩歌は、その不満をそのまま脚本にぶつけた。脚本を書く条件として、どんなものができても必ず詩歌の脚本に従うと約束をしていたので、クラスメイトがさまざまな方法で死んでいき最後には誰も残らないカオスでクレイジーなストーリーを書き上げて上演したのだ。もちろんクラスメイトたち、いや全校生徒から不評だったし、後日先生にも職員室に呼び出されて「なんでこんなことしたんだ?」と小言を言われたりした。

 けれども、一人だけ、詩歌の脚本を気に入ったと話しかけてくれた生徒がいた。

 それがニーナだった。

 ニーナ──吉川新奈は女優志望で、部員が五人しかいない演劇部の部長をしているらしく、詩歌に脚本を書いてほしいと頼んできた。


「いいよ。私、あなたの演技を気に入ったから」


 二つ返事でそう頷いた詩歌に、新奈は驚いたように目を瞬かせたあと、嬉しそうに微笑んだ。


「え、嬉しいなあ。私の演技のどこが良かったか聞いても良い?」

「死に顔」

「死に顔?」

「うん。クラスメイトの中で、一番だった」


 それは詩歌の素直な感想だった。新奈は、三十六人いたクラスメイトの中で、一番死ぬ演技がうまかった。突如訪れた自分の死を受け入れられない驚きに満ちた表情、輝きを失っていく瞳、魂が抜けて力を失っていく体、その全てが、まるで本当に死んでしまったかのようだった。練習で初めてその演技を見たとき、そばで監督として劇を見ていた詩歌が思わず駆け寄ってしまいそうだったくらいだ。

 それからずっと、詩歌は新奈から目を離せなかった。

 詩歌は、新奈の死に顔に魅入られたのだ。だから詩歌も、新奈の提案を受け入れたのだった。

 それから一年間、二人が卒業するまで、詩歌は新奈のために脚本を書き、新奈は詩歌の脚本の通りに演じた。そのどれもが、最後に新奈が死ぬ脚本だった。そして何度見たって、新奈の死に顔は素晴らしいものだった。

 中学を卒業した後、新奈は女優を目指すために上京すると決めていた。一方で詩歌は地元の高校に進学し、勉強をしながら脚本家を目指すと宣言した。

 二人はお互いに夢を叶えようと誓い合った。次に会うときは、女優と脚本家として再会する時だと。

 けれどもそれから三年が経った、ある日のことだった。詩歌はテレビでニーナを見かけたのだ。

 テレビの中のニーナはアイドルになっていて、満面の笑みを浮かべ、可愛らしいフリルのついた衣装を着て歌い踊っていた。調べてみると、スマイル満点なんてキャッチフレーズを持ち、テレビの中でもネットや写真に載っている写真の中でもいつだってそのキャッチフレーズに相応しい百店満点の笑顔を浮かべていて、詩歌の好きだった新奈はどこにもいなかった。

 詩歌は裏切られたような気持ちになった。

 だから、ニーナを殺すと決めたのだ。

 決行するのはテレビの中がいい。ニーナが百店満点の笑顔を浮かべていたのと同じ画面で、ニーナの死に顔を全国に放送し、彼女の死に顔が百点よりももっと上の点数であることを知らしめようと思ったのだ。

 高校を卒業した詩歌は東京の大学に進学し、劇団に所属して演出と脚本について学んだ。すると在学中にとある脚本の賞を取り、ニーナに合わせて本名をカタカナに変えた藤井シーカという名前でデビューを果たした。そしてデビューから順調にキャリアを積み重ね、あの中学二年生の夏から十年が経った頃、とあるドラマの脚本を任せてもらえることになったのだ。

 その頃、ニーナは所属しているアイドルグループで最年長センターとなり、リーダーとしてますますテレビ露出が増えていた。その演技力の高さから映画やドラマにも度々出演していたが、そのどれもが輝かしい満点の笑顔で笑う可愛らしい少女の役ばかりで、もちろん死ぬシーンなどなかった。


「ニーナを主役に起用します」


 だから、シーカがそう宣言した時、周りの反応は芳しくなかった。

 藤井シーカの書く脚本のどれもが必ず主要登場人物から死者が出ることから、シーカはネット界隈で殺人作家という異名を付けられるほどだった。そして今回シーカが書いた脚本も、最終回で主人公が死ぬことが決まっていた。そのような脚本のドラマに百店満点の笑顔が合うはずがない、とスタッフたちは口を揃えて言ったのだ。

 彼らの反応を押しのけてシーカはニーナの所属事務所に出演オファーを出した。ニーナなら受けるに違いないと思ってのことだ。それに、ニーナは藤井シーカという名前から中学時代の友人であると気づくだろうという打算もあった。

 しかしシーカの予想に反して、ニーナの所属事務所からはNGが返ってきた。理由としては、笑顔で売り出しているニーナに死に顔は似合わないとのことだった。


「ほらやっぱり」


 当然の返事だと言うスタッフたちに反して、シーカはその返答に納得できなかった。

 だから、直接ニーナに会うことにしたのだ。

 つてはあった。以前ニーナが所属するアイドルグループのメンバーの一人と一緒に仕事をする機会があり、その時にファンだと言って連絡先を交換したのだ。シーカは早速彼女と連絡を取り、目的を伏せて今度あるライブのチケットが欲しいと頼んだ。相手はその頼みを承諾し、シーカを関係者席に招待してくれた。

 シーカがアイドルをしているニーナを生で見るのは初めてだった。確かに、センターにいるニーナの笑顔は舞台上の誰のものよりも輝いて見えた。

 けれども、とシーカは思う。けれどもやはり、あの子には死に顔が一番似合う。

 十年前に一目惚れした彼女の死に顔を、詩歌はずっと忘れられないでいるのだ。

 ライブが終わると、シーカは楽屋を訪ねた。関係者席を用意してくれたメンバーにお礼を言うのと差し入れを渡すため、という建前で、ニーナに会うためだ。

 そして、シーカとニーナは再会を果たすことになる。


「詩歌……」


 楽屋を訪れたシーカと目が会った瞬間、ニーナは驚いたように目を見開き、そのまま静止した。シーカはその瞳をしっかりと見つめ返す。二人の間に沈黙が流れ、他のメンバーたちもその空気に黙り込んで二人を見比べた。


「新奈。話がある」


 口火を切ったのはシーカだった。

 そして、ニーナはそんなシーカに一つ頷き、「外で話そう」とシーカを外に連れ出した。二人は楽屋の外、誰もいない廊下まで歩くと、柱の影で立ち止まる。


「……久しぶりね、詩歌」

「久しぶり、新奈」

「話ってなに?」

「単刀直入に言う。私が脚本を書くドラマに主演として出てくれない?」


 ニーナはその言葉にそっと目を伏せ、迷うように視線を左右させた。言葉を探しているようだった。

 だからシーカはさらに追撃をする。


「私、今のあなたの演技、好きじゃない。もちろんうまいとは思うわ。でも、私が好きなのはやっぱり死に顔なのよ」

「……ごめんね」


 力なく落とされた謝罪に、シーカは首を振る。謝って欲しいわけじゃない。ただ、許せないだけだ。あんなに素敵な演技ができるのに、あんなに美しい死に顔ができるのに、それは誇れる才能のはずなのに。ニーナはそれを全て隠して、笑顔で笑う。それがこの世で一番良いものだというように。


「そもそも、どうしてアイドルなんてやってるの? 女優になるために上京するって言ってたじゃない」

「私もそのつもりだったよ。でも、事務所の社長に、最初から女優を目指すよりまずはアイドルとして有名になってから女優の仕事をした方がいいって言われたの。私は笑顔が上手だから、きっとアイドルとして売れるって。戸惑いながらも演技の仕事がもらえるならってやってみたら、本当に笑顔が褒められて、人気が出て、演技の仕事もきて。これでいいんだよ」

「でも」


 ニーナの言葉を勢いよく遮る。


「私がニーナを主役に起用するって言ったとき、みんな言った。死ぬ役なんて、そんなのニーナには合わないって。あなたほど死に顔が上手い人間なんていないのにね」


 そう言って鼻で笑ったシーカに、ニーナは曖昧に微笑んだ。


「それは……」

「高校生のとき、テレビの中で笑うニーナを見て、決めたの。この子を全国のみんなの前で殺したいって。笑顔なんかよりも死に顔が似合うことを知らしめたいって」

「詩歌にそう言ってもらえるのはすごく嬉しいし、私も死に役の演技は好きだった。でも、私に求められているものは、百点満点の笑顔なのよ」

「そんなのつまらなくない?」


 ニーナの言葉をバッサリと切り捨てたシーカに、ニーナは何も言い返せなかった。それをいいことにシーカはさらに言葉を重ねる。


「本当は死に顔が一番似合うのに、笑顔じゃないと受け入れられないからって我慢して、本当の自分を隠すの? そんなのつまらない」

「そんな簡単に言わないでよ」

「簡単なことよ。脚本はもうできてる。ニーナが死ぬための素晴らしい舞台は用意した。あとは、あなたが今一つ頷けばいいだけ」


 じっと、シーカは、詩歌は、真っ直ぐに目の前の相手を見つめた。

 じっと、ニーナは、新奈は、真っ直ぐに目の前の相手を見つめ返した。

 そして、ニーナは覚悟を決めたように一つ頷いて、言った。


「わかった。満点の死に顔を見せてあげる」


 シーカも頷き返す。


「決まりね」


 その夏、とあるドラマが世間を賑わせる。

 殺人作家・藤井シーカと満点スマイルアイドル・ニーナの異例のタッグから生まれたその作品は、今までのニーナの印象を覆すものだった。ドラマの中で、ニーナは一度も笑わない。迷って悩んで苦しんで立ち向かって、そして最終話で死ぬ。

 テレビの画面いっぱいに映し出されるその死に顔から、世間は目を離すことができなかった。満点スマイルのアイドルの、満点以上の死に顔は人々の心を揺さぶる。ニーナが死んだシーンの瞬間視聴率は二十パーセントにも上ったという。

 その後、雑誌のインタビューにて。


「今回のドラマはこれまでのニーナさんの印象とは全く違うものでしたが、どうしてニーナさんを起用したんですか?」


 インタビュアーにそう聞かれたシーカは、にっこりと笑って言った。


「私は彼女の死に顔のファンなので。殺したかったんです。スマイル満点のアイドルを、全国の皆さんの前で」


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