龍の眼
「こっちだよ」
「は、はい!」
此処はさっきまで見ていた4階の建物の中。
右も左も分からないので、言われた通りに、後をついていく。
館の中はどの階にも廊下が奥まで続いており、横には見た事ない扉が幾つもつき、部屋の表札がついていた。
(いろんな部屋があるんだなぁ。部屋の数だけでちょっとした本が作れそうだ)
道中様々な大人の人とすれ違う。その誰もが自分に目を向けていく。まあこんな所に子供がいるなど、かなり異質なことなんだろう。
会話をしている様なので、少し耳を傾ける。
「あの子、あのお面てことは、男か?」
「ばか、女の子だろどう見ても。お前、人の物で判断するのは良くないぞ。…にしても何があったんだ?服が血みどろだぞ」
貴方も見た目で女と決めつけてるじゃんか。
人のこと言えないだろ。
「ねぇねぇ!あの子みて!可愛い…ハァハァ」
「ほんとだ!……けど、あの服、なにかあったのかしら!?助けてあげたい!そして色々したい!」
こわ、何あの人たち。お巡りさん身内ですよ。
「意外とここも、向こうとあまり変わりませんね…」
「え?そ、そうかな…?」
……………………
………………
…………
……
…
「さぁ、ここだ」
「っ…」
最上階の廊下の奥の部屋の前に着いた途端、一気に緊張が身体中を駆け巡る。
途轍もない者が、他の扉よりも大きく存在する、この扉の奥にいる。
雰囲気でわかる。相手は、扉の前にいる僕らの存在に気づいており、扉越しに凄まじいほどの圧をかけてきた。
扉の表札を見る。
(士官室 : 竜崎多恵子…。こ、怖そう。というかもう怖い…)
当たり前だ。もう圧感じてるのだから。相手が出しちゃってるのだから、生易しい人ではないことは確かだ。
「さ、春君。行こう。君が戸を叩くんだ」
そうだ!怖気付いてどうする!此処でクヨクヨしてたら後が思いやられるぞ!
僕は意を決して、3回戸を叩いた。
「入りな」
「っ!し、失礼します!!」
…………………
扉を開くと、長い白髪で目尻が鋭く、凛とした老齢の女性が眼鏡をかけ、椅子に座り、僕に目を向けていた。見定める様に、逃がさない様に、紫色の目でじっと僕を睨む。
な、何か言わなきゃ。
「は、はじめまして!ぼ、僕は」
「黙りな」
「っ…」
しばらく僕を見定めると、ため息をつき、音成さんと向き合う。
「はぁ、音成。何でこんなガキを連れてきたんだい。こんなんじゃ使いもんにならないよ」
「よく言いますね龍崎さん。子供相手に威圧しといて。まったく大人気ないったらありゃしない。皺が増えますよ?」
「相変わらず口の減らない若造だ。今すぐに、そのよく動く口を縫い付けてやろう。少しはお前の仕事の役に立つだろうさ」
「ぃいいえ!結構ですはい!私ももう黙ります!」
音成さん、タジタジだ。小心者……ね。少し分かった気がする。
龍崎という女性は眼鏡を外し、もう一度僕に目を向ける。
「たく、威圧したからじゃない。コイツは今かなり不味い状態だからだよ。何があったか知らないが、今のコイツを入れるのはかなり危険だ。色々と不安定すぎる。特に一番危険なのはこのガキがそれを自覚していないことだ」
「ええ、その、まぁそうですね」
「?」
二人は何を言っているんだ?自覚がない?何に対して?会話の意味が全く分からない。
「いいかい坊や、今私達はとある奴が死んで、その対処に追われて忙しい身なんだ。一々お前を受け入れる暇も理由もない。分かったかい?分かったらさっさと帰んな」
とある奴、お父さんのことだ。
昨日のことなのに既にこの人は父の死を知っている。情報の伝達が早いな。
「…もう、しってるんですね…」
「ん?どういう意味だ?」
一呼吸置いて僕は口を開く。
「初めまして、えと、龍崎多恵子さん。
僕の名前は花宇田春人と言います。
僕の父の名は、花宇田誠士郎です」
「なっ!」
その名前を聞いて龍崎さんは目を見開いて驚く。それはそうだ。昨日、殉職したと伝達があった男の子供が、今目の前にいるのだ。事件の報告には当然僕のこともあったのだろう。
その子供が今此処にいる事に、まぁ驚くだろうなとは思っていたけど…。なんか、暫く黙ってしまった。
これは言う場面、間違えたかな?
すると龍崎さんは悲しそうな顔になり、こちらを見つめる。
「…これは、かなりキツイね」
「…え?」
キツイって何が?よく分からないが、絶対に何かやらかした事は間違いない!やばいぞ!
「あ、あの!僕、お父さんみたいになりたくて、そのた」
「もう喋るな。頼むからこれ以上喋らないでくれ。そして今すぐ此処から出ていけ。もう見てられん」
父の名を出すのは不味かったのか、急に僕を返そうと必死だ。
「龍崎さん、いくら何でもそれは…」
「やかましい!今ここでこんな状態のガキを受け入れたら、アイツに恨み殺されるよ!あたしゃアイツから受けた恩を仇で返す様な真似は、まっぴら御免被るよ!」
「し、しかしですね!!」
「分からん奴だ!!しかしもクソもない!お前こそ、よくコイツを連れてきたな!!今お前がやっている事は最低だと自覚しろ!」
どちらも譲る気がなく、特に竜崎さんは捲し立てる様に言葉を並べる。
「っ!!私がここに連れてきたのは!彼のねが」
「音成さん!!」
「「!!」」
僕が叫んで止めたことに驚いたのか、二人が黙ってこちらを向く。
駄目だ。それをあなたが言ってはいけない。それを彼女に伝えなきゃいけないのは、他ならぬ僕自身なのだから。
「僕がここへ来たのは、父から最期に託された願いを叶える為です。だけど、今の僕ではどう頑張っても叶えることができない。だから…」
「っ…」
「だから、ここに入りたいです!!いえ、入らなければいけないんです!!叶えられる強さを手に入れるために!!お父さんよりも強くなるために!!お父さんに安心してもらうために…」
「…」
「何でもいい。どんなこともやるから、お願い…します」
「ちょ、春君!!」
僕は膝を地につかせ、そのまま土下座の姿勢をとる。少しでも誠意が伝わるようにと、床に頭を擦り付ける。
「春君!!何も土下座しなくても!!」
「音成、少し黙れ」
「しかし!」
「いいから黙れ。私がいいと言うまで何もするな」
「!!っ…」
そのまま数十秒経った時、前から足音がゆっくり僕の方へ近づく。そして手前で止まった。
威圧的な視線がまだ背中から伝わる。
「小僧、もう一度名を聞かせろ」
「花宇田 春人です」
「歳は?」
「10歳です。今年で11歳になります」
「小僧、貴様の能力はなんだ」
「体から光を放つことができます」
「それだけか?」
「…はい」
「小僧、貴様は自身の父親から何を託された」
「大切なものを守れと、本当の強さを手に入れろと、託されました」
「貴様が思う真の強さとはなんだ」
「…まだわかりません」
「小僧、貴様は私が死ねといったら死ねるか?」
「…」
「いえ、死ぬことはできません」
「そうか。なら悪いな。死ね」
横から大きく踏み込んだ音が聞こえる。その直後、上からシュッと音が鳴り、自分に向かってきている事がわかった。
すぐに冷たいものが首先へ当たり、血が垂れていくのが分かる。
「何故避けなかった?いくら貴様でも十分避けれた時間はあったはずだが…。それとも思ったほどできないのか?」
「避ける気はありませんでした」
「何故だ」
「その必要が無いからですよ。貴女は僕を殺したりしないって分かってた」
「そう思う理由は?」
「十分避けれる時間を作ってくれたからです」
「…」
「あともう一つは」
「なんだ?」
「貴女はとても優しい人だから」
「意味が解らんな。私を舐めているということか?」
「いえ、単に僕がそう思ったからです」
「さらにわからなくなったぞ」
「これは何というか、説明できません」
「そうか…」
「身体のなりと恰好は違うが、アイツとそっくりだな」
「…え?」
「以前のアイツも、この質問に対してよくわからん答えをしよった」
「その時の父の答えは、なんと?」
「『いいやつだと思ったから』と言っていた。変な所まで、子は親に似るものなのだな」
「…」
「いいだろう。我々が貴様を飼ってやろう」
「!本当ですか!!」
許しの言葉が出たので、嬉しくなり思わず顔を上げる。
「貴様が頼んできたのだろう。嫌か?」
「いえ!ありがとうございます!!」
再度感謝を伝えるために、深々と頭を下げる。
「わかったらさっさと立ちな。その状態じゃ、やりずらくて叶わん」
「はい!!」
僕は言われた通りすぐに立ち上がる。龍崎さんはその様子を見て、少しため息をつく。
「音成、もういいぞ」
「…」
「なんだ?」
「ほんっと、大人げない人ですね」
「なに、試しただけだ。子供にここまでやられちゃ立つ背がない。受け入れるしかなかろう」
威圧感は霧散し、凛とした表情で僕も見つめる。
「花宇田春人。私に対し、あれほどの啖呵を切ったのだ。それ相応の地獄は見てもらおう。貴様には、これから珠人専用の訓練学校に途中入学という形で通ってもらう。こちらの手続きができ次第、連絡を飛ばす。確認したらすぐに通知した場所へ移動しろ」
「は、はい!わかりました!」
やった!色々と不安だったが何とかなったぞ!
「あっと、その前に聞く事がある。小僧」
「は。はい」
「家の方には、どう説明して出てきた?」
「…その、母の方は僕との記憶を全て消しました。なので、大丈夫です……」
それを聞くと龍崎さんはバツが悪そうな顔をする。
「…そうか。悪いことを聞いた」
「いいえ、自分でやってきたことなので」
だがすぐに凛とした表情に戻る。
「だが、それだけの思いで来ているんだ。こちらもそれを聞いて、貴様に情けをかけるつもりはない。来たからにはしっかり働いてもらうぞ」
「はい。そうでなければ、お父さんに顔向けできないです」
「威勢や良し。ならば今からこの書類に目を通して、何もなければ必要事項と、希望欄の部分に記入しな」
「わかりました」
高そうな万年筆と紙を渡され、空欄に自分の情報を書き込んでいく。
「ああそれと、書けたらすぐに身体検査を行う。場所は医務室だ」
「あの、場所がわかりません…」
「あぁ、そうだったな。音成、連れて、いや私が連れて行こう」
その発言に音成は目を見開いて驚く。
「え!龍崎さん自らですか!?」
「何だ、別に構わんだろう?小僧に何か様でもあるのか?」
「い、いえ。そうではないですが、珍しいですね」
「アイツに少し用が出来ただけだよ。まぁちょいと癪だかな」
龍崎さんはため息をつきながら、困った表情を浮かべる。
「分かりました。では私はこれで失礼します」
「え!?」
「春君、あとは頑張れ、だよ!」
一緒に来てくれると思ってたのに!優しいとは思ってるけどやっぱりまだ緊張するんだけど!!ひ、1人にしないで…。
バタンッ
その想いは伝わらないことを、扉の音となって伝えられた。
「……」
「……」カキカキッ
き、気まずい!!筆を走らせる音しかしない!!これは、な、何か話題を振ればいいのか!?
けどまた怒られるのは嫌だし、なんでかまたこっちをジッと見つめてくるし。でも変なこと言って取り消しになるのは絶対に避けなきゃいけないし…
「……」
「……」カキカキッ
うう、こういう時に限って、書く項目が多い…。まあ多いのは当然だけど、そのせいでやりずらいよぉ…。早く書き終えよう…。
「小僧」
「!!は、ひゃい!」
まさか向こうから声をかけてくれるとは思わなかったので変な返事をしてしまった。
ぐおおー、恥ずかしい!!
「す、すみません…」
「フフ、構わんさ」
わ、笑った。人ってあんなに気品を保って笑えるんだな。
「こうして見ると、やはり面影がある」
「え?」
「お前の父も、突然私の部屋にやってきたのだ」
「お父さんが?」
「ああ」
「そう、なんだ」
へえ。僕と同じくらいに、此処にお父さんが来たのか。
「分かりやすく喜ぶところもよく似ている」
「…それ、音成さんにも似た事言われました」
「自覚がないところもな」
「…そ、そうですか」
これに対しては複雑な感じだ。
「なぁ小僧。お前、様にはなってないが少しは鍛えてある様だな」
「は、はい。父から少しだけ教わりました」
「ほお。何を習った?」
「えとえと、体術を少しだけ…。でもまだ全然です」
「安心しろ。いやでも身につく」
「は、はい。頑張ります。…あ、書類書けました」
「うむ、寄越しな」
「はい」
僕は両手で持って彼女に差し出す。片手ではあったが、しっかり受け取ってくれた。暫く目を通すと、再度こちらへ目線を移す。
「…不備はないな。良し、では医務室へ参ろう。私の後に続け」
「は、はい!お、お願いします!」
脹脛まで伸び、幾つもの勲章をつけた白い上着を羽織り、両扉を開けて悠然と歩き出す彼女の背中を、僕は追う様に歩き出した。
暫く歩いていると、一人の軍人が前から歩いてくる。僕らの姿を見るなり、すぐに廊下の隅に寄る。
な、何であんな慌ててるんだろう。
「お、お疲れ様です!龍崎大将!」
「うむ。貴様も適度にな」
「お気遣い、感謝致します!」
なんだ、ただの挨拶か。てっきり何か一大事があったかと。
……今なんて言った?た、…ん?たい?
「たい、しょう?」
恐る恐る少し上を向くと、こちらの目線に気付いたのか、目だけ向ける。
「おっとそうだった。まだ名乗っていなかったな。名前を知っていたから、てっきり知った上で啖呵を言ったと思ったよ」
おいおい死んだわ僕。
僕いきなり来て、早々にぶちかましてしまった。
彼女はこちらを振り向き、片手を腰に当て、ニヒルに笑う。
「改めて。私の名は龍崎多恵子。
菊守での階級は、士官、大将。
これから、よ・ろ・し・く、頼むよ?小僧」
「は、はいぃ」(ぃぃイイイヤアアア!!!!)
心の中で絶叫する。
僕の旅は、まだ始まったばかりだ!
次回、花宇田 死す
デュエルスタンバイ!




