繋
刀から血が滴る音が聞こえる。その音だけなぜか春人の耳に響く。
「なんで、血が出てるんだ?なぜお父さんが刀で…え?」
パニックになって動けずにいる春人。
「がは。…っ!…ぁぁあ"あ"あ"あ"!」
息子を守るため誠士郎は激痛に苦しみながらも、振り向き先に霧で刀を模って斬りつける。
「おっと、流石ですね。まだ動けるとは」
それを刺した刀を抜きながら、幽間は難なく避けて距離をとる。
「…音もなく鬼どもを殺すとはな。まだ少し、見くびってたよ。妖でもないのに気配を感じ取れないとは…うぐ」
「ご謙遜を。この程度なら貴方も造作もなく出来るでしょう。第一にあの技を発動しなければもっと前から気づかれて、刺されていたのは貴方ではなく私だったでしょう。それに相当疲弊している上での不意打ち。これほどまでやって、ようやっとまともな一撃です。本当に恐ろしく強いですね」
「お、お父さん?おとうさ」
「来るな!!」
「っ!!」ビクッ
父親を心配して駆け寄ろうとした春人を誠士郎は叱って止めて、相当切羽詰まっていることを分からせる。それを聞いていた幽間が誠士郎から視線を外し春人に送る。
「おや、息子さん起きられましたか。お初にお目にかかります。私は」
その隙に誠士郎は間合いを詰め、横薙ぎに刀を振るう。
「ぐ!!」
幽間は避けようとするが遅れてしまい胸に一撃もらってしまった。負傷した箇所を触って見ながら確認し、もう一度誠士郎の方へ目線を戻すと、彼の顔から怒りの感情がひしひしと伝わってくる。
「貴様のその汚らわしい口を、息子にむけるな!!」
それに対して幽間は罵倒されたにも拘らず、屈託の無い笑みを浮かべる。
「…本当にお強い!嗚呼素晴らしい!!私ではたどり着けない境地にいる貴方が、急所を突かれて顔をしかめながらも子を守らんがため、格下であるはずの私を敵と認識し、自身の命を削って打倒しようとしている!!なんて、なんて美しい家族愛なんだ。私では到底辿り着くことはできない、最愛という名の境地がまさに目の前にある!!!」
「ハァ、ハァ、つくづく変態野郎だな」
「素晴らしい!そしてその後、私を恨み、血を流しながら闘うことであろうあなたの息子。純粋な心が私への憎しみ一色へと変貌する瞬間に立ち会える!
嗚呼、やはり人間の心とは、素晴らしい…。
私はその瞬間が一番好きなのです…」
「ひっ…」
「…」
ゆっくりと、その瞬間を待ち、その味を想い、噛み締める様に言葉を紡ぐ大罪を持つ狂者。その顔はまさに今、快楽を楽しんでいる。
狂いながら語らう化け物を前に春人は怯え、そして誠士郎までもがその狂いぶりに圧倒された。
「春人が、貴様を恨むだと?」
再度誠士郎は踏み込む。闘いの緊張で彼は気付いていないが、出血が酷い。これ以上動いては命に関わる事を春人は直感した。
「!!お父さん!ダメ!」
「まるで俺が貴様に殺された様な言い草だな!」
「っ!!お父さん!!それ以上は!」
「差し違えてでも殺す!」
止めようと父に呼びかけるが、もう耳に届かない。更に二撃、三撃と更に重く素早い斬撃を浴びせる。
「嗚呼、素晴らしい」
幽間はそれを刀で受け防御に回る。幽間は何度も弾こうと試みるが、それ以上の技術、力でねじ伏せられる。どんどんと押されていき、防御が間に合わず、身体中に深い傷が出来る。剣技に置いて最高峰の実力者の一人である自分を、手負いであっても圧倒していく誠士郎に幽間は純粋な賞賛を送る。
まさに最強の鬼神。その名に相応しい実力の持ち主。
だからこそ、幽間はここで命を落としてしまう彼を、惜しいと考えてしまった。
(剣筋が読めた…)
幽間が、誠士郎の刀を遂に捉え、
ギィィィィン!!
弾いた。
「!」
「"灰骸"」
斜め一線に刀を振るい、次の瞬間、
誠士郎の左肩から右腰にかけて、赤い線が浮かび上がる。
「ハァハァ、やっと、捉えられました…。ゔぐ!」
「こんな土壇場で上がるのかよ。がは…」
誠士郎が鮮血を噴き出し、ゆっくりと後ろへ倒れる。
「ほ、本当に紙一重でした。あの瞬間、あの一瞬で弾かなければ、わたしが…うぐ」
幽間も、深い傷が増えて血を流し続けている為か、そのまま気を失う。
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目の前で、お父さんが倒れた。
「お、とう、さん?」
「お父さん、お父さん!!」
急いで駆け寄り呼びかけたが答えない。だが体の下にある血の水溜まりがどんどんと大きくなる。
「あぁ、まずいまずい!血が、こんなに!ふぐっ!」
ビリビリッ
傷ついた箇所を布で結んだり手で押さえるが全く止まらない。
「くそ!止まって!止まってくれよ!お願いだから!
止まってくれえええ!!!」
ちくしょうちくしょうちくしょう!
何が強くなるだ!守ってもらって何が強いんだ!誰一人、自分のことさえも守れないくせに!
僕のせいで、お父さんが!
死んで
「…る、ごほ」
「!!お父さん!」
目を覚ました!けど、なんだか目の焦点が合ってない様な。
「済まなかった。おれ、は、また、守れなかった、様だ…。だが、あんな事には、させたくない…」
「そんなことない。必死で僕を探してくれた、闘ってくれた!ちゃんと守ってくれたんだ!!」
しっかり伝えたいのに声が震える。涙で顔がぐちゃぐちゃだし、考えもまとまらない。今、俺がしっかりしなくてどうすんだ!
「!…は、る!」
お父さんは今度こそ僕の方に目を向けた。
「お父さん!!僕は大丈夫だから…ほら」
お父さんの手を自分の頬へ当てて、体温を感じる様にさせた。
「わるい、な。しっかりと、守って、やれ、なくて…」
「そんな事ない。そんなことないよ。えへ、えへへ、ほら、僕は笑えるくらい元気だから。ね?…だから、だから!
お願い、死なないで…。
まだ、一緒にやりたいことがあるんだ…。
まだ!見せてあげられてないんだ!僕が強くなった所を!少しでも逞しくなった所を!まだ、見せてあげられないんだ!
自分勝手で、迷惑いっぱいかけてもう見たくないかもしれないけど…。お父さんが持ってくれた期待を、言ってくれた強さを、まだしっかり持ってないから。
だからお願いだ!お願いだから、死なないでよ!」
「春…………」
嗚呼、なんて醜いんだ。自分のせいでこんな事になってるのに、泣きじゃくる姿を晒す。瀕死になって守ってくれたのに、それ以上のことを求める。
お父さんから見れば、この期に及んでなんで自分のことばかりなのだろうと。なんて醜く、拙く、哀れな息子なんだろうと。きっと、ひどく失望しただろう。つくづく自分が嫌になる。
それでもいい。この後、いくら冷たくされても、殴られても、家族から追い出されても、
殺されてもいいから、
そんなので済むのなら、どうか、この願いを叶えてほしい。
「春。おでこを、くっつけろ…ごほ、」
「お、おでこを?わ、わかった!」
すぐに前髪をかき上げ、ゆっくりお父さんのおでこへ、くっつけた。
「…よし。目を、つぶれ。そ、のまま、だ。いいと、言うまで、どちらも、止めるな。…いく、ぞ」
「?うん」
言われた通り、おでこをくっつけながら目を閉じる。何か助かる方法があるのか?
ギュン!!!!
急におでこから何か途轍もないものが入ってくる!重い、身体には何も負荷はかかってないのに、体の中、否、心の中が重い!なんだこれは!何が起こってるんだ!
お父さんは僕に、何をしているんだ!
(!!…これは!!)
それは、沢山の断片的な映像。お父さんが見てきたもの。体験したもの。感じたものが、流れ込んできた。
これは自分の能力の使い方に苦戦している時の様子だ。霧が狙った所とは全く違う場所へ飛んでいく。誰もがただの霧を出す能力には期待していないことが、他人の顔でよく分かる。だがそんなのに惑わされず、自分に途轍もないほどの自信を持って日々鍛錬に挑んでいく。決して折れないその心が周りを、何より自分の強さを変えて、今の強さを身につけたのだろう。勝てなかった者に勝てる様になり、霧の総量も何倍も増え、操作もどれだけ距離があろうとも精密な動きができる。お父さんの周りにはいつの間にか沢山の人が集まり、父と共に様々な想いや体験をして成長していった様だ。
これは、恐らくお母さんとの出逢ってばかりのころだ。何だかあまり仲がいいとは思えない。お母さんは冷たい目をして僕を、お父さんを見つめている。お父さんは気に求めてなさそうな様子をしているが、若干落ち込んだ感情が入り込んできた。
最初の出会いはあまり宜しいものではなかったみたいだ。
こっちは初めてお母さんが笑顔を見せた瞬間の様だ。自分の母親なのにとても綺麗で可愛いと思えてしまった。お父さんは今の僕よりもきっと何倍も感じたのだろう。焦って変な事を言って更にお母さんを可笑しく笑わせていた。
次は、何かに酷く落ち込んでいる。何に対してかよく分からないが、首飾りを握りしめて泣いている。凄まじい後悔と懺悔を繰り返す。急に何かが優しく肩を摩った。横を見るといつの間にかお母さんが居て、頭を抱き締めてくれた。哀しい気持ちが更に気持ちが溢れ出し、涙が止まらない。母の方へ少し体重を預ける。その後もお母さんはしっかりと支えて、ただずっと一緒にいてくれた。
今度はお母さんに告白している瞬間だ。お父さんは軍服に身を包み、髪型も整え、凄まじい緊張の中で愛の言葉を綴る。恐らく側から見ても堅くてぎこちないものだったろう。しかしお母さんはとても頬を赤らめ、涙を流す。それを見た僕らは、間違えてしまったのか、気持ち悪いと思われてしまったのかと心底焦った。しかしすぐにお母さんは、それは違うと首を振ってくれた。今度はお母さんの告白が始まった。父と自分が、同じ気持ちなのが嬉しくてたまらないと。二人は夕陽を背に抱き合い、一瞬だが永遠と思える程素敵な時間を過ごした。
次は僕、春人が産まれた瞬間だった。まだ赤ん坊だ。抱きしめあげたら、弱く少し力でも入れたら潰れてしまいそうなほど、軽く脆い。死ぬほど嬉しい気持ちが流れてくる。母は涙を流して、父ははしゃぎながら、二人して自分達の子供を抱き締める。
『春人。お前の名前は、春人だ』
(!)
『春の様に優しく人に寄り添い、守り、共に歩む人』
『あなたの名前よ。…春人』
「‥違う。違うよお母さん、お父さん!僕は!そんな風にはなれなかった!人を守れやしない、歩む事も!寄り添うことすらできなかった!だから僕が!
僕が、
産まれてこなければ………………………」
きっと父は長く生きれただろう。母と共に生涯を全うすることさえ叶ったはずだ。梅とお母さんとお父さんと、僕ではない子供となら、きっと仲睦まじく暮らせたはずなんだ。
しかしそれをもう叶えることは、
出来ない。
「!!ま、待って!」
どんどんと今度は遠ざかっていく。また、急速に何かが体の中に入ってくる。
(待ってくれ、まだ伝えきれてないことが沢山あるんだ!)
全てが通り過ぎた時、辺りは真っ暗になった。
「はっ!!」
気がつくと額を外していた。何十時間、いやそれ以上の時が経ったと思っていたが、あれからほんの数秒しか経っていない様だ。
「…今のは、あれ?なんだ?」
長い間夢を見ていたのに記憶が不確かで一つも思い出せない。
「ごほ、ごほ」
「!お父さん!!」
何を惚けているんだ。自分の肉親が死にかけてるのに、寝ぼけてる場合か!なんとか、何とかしなくちゃ!このままでは!
「春…………。渡した、ぞ、」
「………え?」
「いいか、これ、からお前、は、強くなれ。大切なものを、守れるくらいの、強さを、手に入れろ。お前は、きっと、俺には手に出来なかった、本当の強さを、手に、入れられる」
「だめだ、嫌だ嫌だ嫌だ!!そんなこと言わないで!」
「俺はもう、いい。お母さん、梅、そして、これから出来る、お前の大切な人を、守ってやれ」
「だめだ!お父さんが生きなきゃダメなんだ!僕なんかよりも生きなきゃダメなんだ!この、くそ!止まれ、止まれよ!…大丈夫、必ず助けるから、だから
まだ行かないで!」
「大丈夫だ春人、俺はいつでもお前のそばにいるさ」
「…ぁ」
「楓、梅、春人。俺の家族。俺はお前たちをこれからも
心から愛している」
頬に当てていた父親の手が離れ、堅く冷たい地面へ落ちた。




