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戦う高校生シリーズ

夏期講習に起きた珍事

作者: 一木 川臣

 

「体験授業を受けにきた売木くんです。売木くん、よろしくね! 分からないことがあったら気兼ねなく先生に聞いてね!」


 中学2年の夏休み、俺は親に無理やり塾の体験授業へ連行されてしまった。先日、親共から「来年から受験生なんだから塾いけや」とプレッシャーをかけられたのが事の発端だ。

 不甲斐ない俺の勉強成績を是正すべく身銭を切って奮起する立派な親…… と思ったら大間違いだ。あいつら単に『無料』という2文字に弱いだけということを俺は知っている。


 そんな経緯もあり午前10時という早朝からアブラゼミがなく部屋の中、5人の中学生と共に座り女子大生とも思われるスーツ姿の姉ちゃんを見つめる会に出席せざるを得なくなったのだ。


 当然、勉強嫌いな俺はとても嫌であり激しく抵抗したいところであったが、先日のプレッシャーは尋常じゃなく、俺の身に降りかかる危険をも感じた程であった。


 ……恐らく近所のババアから自分の子供の成績でマウントでも取られたのであろう、『売木さんの息子はなんてお馬鹿な事!』とかな。俺の親はそういう煽りにめっぽう弱いからなぁ…… それでムキになって俺を入塾させるに至ったのだろう。くだらねえよな、全く。



 さて、事情はさておいて授業が開始する。今日は英語の復習のようで真面目な俺は配られたプリントに目を通す。どうやら文法の復習のようだ。


「はーい、お静かに。授業を始めますよ」


 先生が音頭をとり黒板に文字を書き出した。


『I have a dog.』


「復習になりますけど、これは簡単ですね〜」


 これは流石の俺でもわかる。直訳すれば『私は犬を持つ』とかになるが、それだと日本語として変なので少しこねくり回して『私は犬を飼っている』とか『犬を保有している』とかでいいだろう。まぁ、自身の身の回りに犬が存在するイメージだな。


 そんなことを思いつつ、黙って板書を続ける先生の字を追っていく……



『私は犬を食べる』



 !?


 その板書を見た瞬間、俺は変な声を上げそうなった。


 俺は目を疑ってしまった。『私は犬を食べる』?? いや…… 確かに『have』という単語には『食べる』という意味もあったことは知っているが…… いやいやいや…… 犬を食べるって……



「えーっと、『私は犬を食べる』ですね。これがいわゆる現在形ですね」


 ……書き間違えじゃねえのか!? 犬を食べるで通すのかこの女子大生は…… 俺、知らねえぞそんな文化…… 日本って犬食うやついたのか!? もしかしてツッコみ待ちなのか??


 強烈な違和感を覚えた俺は周りにいる他生徒に目を配って見る。誰もツッこまない…… それどころか黙って黒板を食い入るように見つめその眼差しは真剣そのものだ。今日から体験授業の俺は周りに仲の良い生徒がいるわけでもない為確認も取れずただただもやもやだけが心の中で行き来する。


 誰か指摘してくれよ、黙ってねえで…… 絶対不自然だろ……


「現在形は動詞を原型にするのが特徴で──」


 続ける先生の声が全く耳に入らなくなってしまった。ダメだ、あの板書が存在感を放ちすぎている。

 なんで他の中学生はツッコまないのだろうか…… もしかして、違和感を感じているのは俺だけなのか!?



 ──食うんか?


 ──まさか、食うんかお前らは…… 犬を!


 誰か教えてくれよ! お前ら一人でもいいから! お前らは犬を食うんか!? 俺は食わねえぞ、食ったことねえぞ!!


 前方で座る坊主頭のそこの野郎、答えてくれ! お前は犬を食べるのか!?


 俺が頭を悩ませている中、いつの間にか先生の話が脱線していることに気づいた。


「そうそう、先生も犬を飼っていてね、トイプードルなんだけど──」


 は!? いけしゃあしゃあとよくそんなこと言えるな。大丈夫かそのトイプードル、絶対食われるだろ…… 悍ましい先生だな。


 はぁ…… いけねえ、落ち着かねえと……


「はい、じゃあこの文を『現在進行形』にしてみましょう。じゃあ、佐藤くん!」


 っと先生に指された前方に座る佐藤と名のついたモンスター(男)は、顔をあげゆっくりと口を開けた。


「『I am having a dog.』、私は犬を食べています」


「正解です!」


 うおマジか! 佐藤、お前も食ってたんか!! 

 って、心の中でツッコんだのも束の間、俺は闇雲に放り投げられたような気分に苛まれる。


 嘘だろ…… そこチャンスあっただろう…… 『私は今犬を持ってます』とか多少違和感ある日本語でも犬食べる文よりかは幾分かマシな文に直すチャンスが………… それなのに…… 佐藤、てめえ……


 ──やっぱり食うんか。


 ──犬を食うんか、お前らは!



「はぁ……」


 訳も分からない、狐に包まれた状況に陥り俺は大きくため息を吐いた。

 なんなんだよこの文、どんな状況だよ『私は犬を食べています』って…… 異国に旅行したときか? 『その肉は何ですか?』→『私は犬を食べています』ってか? 


 今からでも遅くねえから誰かツッコんで訂正してくれよ。ずっとこのまま犬食う例文で1時間近くも通しで授業するのか!? 



「さて、じゃあプリントを見て、穴埋め問題を解いてみましょう……」


 過去形、過去進行形、それに伴う疑問文と続き最後のおさらいに入ってしまった。


 赤文字書かれる『貴方は犬を食べますか?』という日本語訳。俺の答えはノーだ。そしてその横に並ぶ『どの犬を貴方は食べますか?』なんて状況が謎すぎる。


『貴方が食べた犬はどこですか?』

『誰が犬を食べましたか?』

『どうやって犬を食べましたか?』

『いつ犬を食べましたか?』


 俺は…… この疑問に答えねばいけないのか??


 ・

 ・

 ・



 当然の事だが俺は入塾を拒否すべく親と交渉した。理由は『色々と理解できなかったから。俺に塾は早すぎた』の一点張りで押し通し、なんとか入塾は避けられた。


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