幽霊になった幼馴染みとの近くて遠い共同生活
「う~ら~め~し~や~」
俺の背後から幼なじみの呪いじみた声が聞こえてくる。
「勉強中なんだから静かにしてくれよ」
振り向くと、そこには半透明の幼なじみがいた。
そう。俺の幼なじみ黄泉宮暦は幽霊なのだ。
「勉強なんかしてないで、わたしのことかまってよ~」
「かまうって言ったってどうしようもないだろ……」
暦は去年、事故によって死んだ。
だが、成仏することなく俺にまとわりつくようになったのだ。
ちなみに暦は黒髪ロングの清楚系美少女だ。見た目だけなら文学少女といった雰囲気なのだが……。
しかし、性格は人をからかうのが好きな困った性格だった。
それが幽霊になり俺以外に見えない状態になってからは日々エスカレートしている。
「んじゃ、今日は思いっきりサービスしちゃおっかな~。ほらほら♪ ぎゅ~~~!」
暦は俺のことを背後から抱きしめてくる。
といっても、感触はない。
俺の腹部に両手が回されているので、おそらく思いっきり胸を押しつけているのだろう。
だが、まったく柔らかさは感じない。むしろ寒気をちょっと感じる。
「……」
俺は日本史の勉強を再開した。
「……くぅう~っ! せっかく幼なじみが抱きついてあげてるんだから喜びなさいよ! なにその無反応! そんなに織田信長が好きか!」
「いや、仕方ないだろ。なにも感じないんだから。それに信長は日本史のロマンだろ」
「ぬぅう~……それじゃ、これはどう?」
暦は俺の目の前に回りこんだ。
机があっても身体が透けているのでどこにでも移動可能なのだ。
「へっへっへ~♪」
なにか企んでいるような暦のにやけ顔。
いったい、なにを考えているんだ……?
暦は目を軽く閉じて、唇をこちらに突き出すようにしてきた。
つまり、キス顔である。
「えっ、ちょっ!?」
「ん~~~っ♪」
そのまま近づいてくる。
「うわぁああっ!?」
――ガターン!
無理にかわそうとした俺は、そのまま椅子ごと後方にひっくり返ってしまう。
「ちょっとぉっ! そんなにわたしとキスするの嫌!?」
「いてて……そ、そういう問題じゃないだろ……」
び、びっくりした。
まさかこんな大胆なことをしてくるとは。
「スキあり!」
「――っ!?」
倒れた衝撃で動けない俺に向かって暦は急速接近――そのままキスをしてきた。
なんということだ。
透明ではあるが、初めて幼なじみとキスをしてしまった!
「……にへへっ♪ 史紀のファーストキスゲット♪」
ペロッといたずらっぽく舌を出して、無邪気な笑みを浮かべる暦。
「の、ノーカウントだろ!」
慌てる俺を見て、クスクスと笑う。
まったく、幽霊化してからフリーダムすぎる。本当に困ったものだ。
「わたしのファーストキスでもあるんだからありがたく思いなさいよね?」
「だ、だから、これはノーカウントだろ? まったく……」
俺は起き上がって抗議する。
だが、暦の表情は笑顔から急に寂しげなものに変わっていった。
「……これで成仏できるかもね」
「え?」
「これで思い残すことないかも。ファーストキスもできたし。……ありがとうね、史紀」
そう言うと暦は、すぅ……と天井へ向かって浮き上がり始めた。
「ちょ、ま、待てよ、暦! そんな急に!」
「わたしのこと忘れてほかの女の子と幸せになりなさいよ! じゃあね!」
暦はそのまま天井を透過していって――消えた。
「そんな、暦! 嘘だろ!?」
俺の声に応える者はいない。
「おい、暦! 冗談だろ? 冗談だよな!? それタチの悪い冗談だからな!」
それでも、俺の声は虚しく部屋に響いた。
「お、おい……暦。マジなのかよ……」
幼なじみの突然の成仏。心の準備なんて全然できてなかった。
でも、暦らしいと言えるかもしれない。
いつだって俺をからかったり驚かせるのが好きだった。子どもの頃から。
この一年。暦が事故死して幽霊化したことで、濃密な時間を過ごすことができた。
皮肉なことに暦が幽霊になったおかげで、暦のことを幼馴染みとしてでなく異性として意識するようになった。好きという気持ちが明確になった。
これからもずっと一緒に暮らしていけると思ったのに――。
「……暦……っ……」
涙が溢れ出てくる。
もう本当に今度こそ暦と会えなくなるのか……。
「せめて、もう少し心の準備させてくれたってよかったじゃないか……」
天井を見上げて恨み言を口にするが、もはや俺の独り言に過ぎない。
それでも、心に残った言葉を吐かずにはいられなかった。
「俺は、暦……おまえのことが好きだった! 大好きだった! 今でも大好きだ! それなのにほかの女子となんて幸せになれるかよ……!」
もっと早く言うべきだった。
でも、この幼馴染との奇妙な共同生活をずっと続けられると思っていた。願っていた。
だが、永遠なんてなかった。終わらない始まりなんてものはなかった。
「暦……」
天井を見上げたまま立ち尽くしていると――。
その天井から半透明な両脚、身体、顔の順番で暦がゆっくりと降下してきた。
そのまま、俺の前に着地する。
「……え?」
「ちょっと、史紀! あんたなに恥ずかしいこと叫んでるのよ! おかげで天に昇る途中だったのに落っこちてきちゃったじゃない!」
半透明だが、顔が真っ赤になっているのがわかった。
……というか、今の俺の叫び全部聞こえてたのか!?
「成仏したんじゃなかったのか?」
「あんな叫び聞いちゃったら未練残っちゃうでしょ! このバカ!」
暦は俺にビンタをしてきたが、もちろん幽霊なので透過してしまう。
「……本当にバカよ、史紀は本当に大馬鹿……」
暦は肩を震わせて泣き始めた。
透明な涙は床に落ちることなく、そのまま消えていく。
「……ごめんな、バカな幼馴染みで。だから、これからも俺と一緒にいてくれ」
「……バカ。頼まれなくたって、わたしの居場所はいつもあんたの隣よ」
涙を流しながらも暦は笑った。
俺も、笑った。
こうして俺は幼馴染みとの奇妙な共同生活をこれからも送っていくのであった――。
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