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BLACK BOARD  作者: 尾十神誠
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第三章~隠された想い~ [h1] 出席番号16番

私はいつも独りでいる。


授業中は隣りの人と話すことはなく、黒板に記されたものをひたすらノートに書き写す。


学校の休み時間では誰とも話さないで、読書に熱中している。


極力、人と関わらないのが私の生き方だ__。


つらくないかだって?


その質問は私がしたい。


あなたたちこそ、つらくないの?


他人と共存するために、自分の意思を押し殺して周りの意見に賛同しなければならない。 __それは果たして、個という存在はあるのだろうか?


__私は存在しないと思う。


だから私は『あの日』のことを後悔していない。


これまでも。 これからも。


**********


『あの日』__それは私が、小学四年生の頃に起こった。


昼休み時間、私は仲のいい友達二人と一緒に話をしていた。


[あいり]ちゃんと[ちー]ちゃん。


ちーちゃんは、[千咲(ちさき)]って名前だからちーちゃん。


ちーちゃんは凄い子だった。


本とか絵本が大好きで、終いには自分でお話を考えるようになってた。


そして作った物語を私とあいりちゃんに読んでもらおうと学校に作品を持ってきてくれた。 作文用紙(400文字)が100枚に及ぶ超大作だった!


今思えば、小学生が約40,000文字を書いたのは凄いことだと思う。 もちろん、書ける漢字が少ないからとか、同じ意味の文章が羅列しているからだ、とか感じる人はいると思う。


けど、そんなことがどうでもよくなるぐらい、ちーちゃんが書いた物語は面白かった。


世界観がファンタジーで、見たことない聞いたことのない植物や動物などがいる世界が、ちーちゃんの文章を通って、私の頭の中で再現されることでドキドキやワクワクが止まらなかった。


その世界を主人公達が冒険するのだけれど、困難な出来事に悩みながらも決して諦めない主人公が立ち向かう姿はとても感動する。


この物語を皆に読んでもらいたかった。 知って欲しかった。


ちーちゃんは凄いひとだってことを。


だから私は__作品を読んだ後にクラスの皆に読ませた。


「すっごい面白いから見て!」


って叫びながら、教室を走り回ったのを今でも覚えてる。


それが結果的にちーちゃんを傷つけることになったことも...覚えてる。


結果__私がクラスの皆に作品を読ませた後、女の子グループを仕切っていたイジワルな女子は、ちーちゃんの作品を読んでこう言った。


「だっさ! こんな生き物いるわけないじゃない!」


愕然とした。


人によっては感性が違うことや、人の努力を嘲笑うかのように非難することに。


そして何よりも許せないのは__イジワルな女子が批判する前は、ちーちゃんの作品が面白いと言ってた[あいり]ちゃんが手のひらを返したように態度を変えたことだ。


周りと協調するために自分の意見を押し殺して、クラスの皆はイジワルな女子に賛同した__結果、ちーちゃんの作品が面白いと言ったのは『私だけ』だった。


それからは、ちーちゃんと私だけがクラスから除け者扱いされるようになった。 机に『キモオタ』とか『バカ』や『アホ』といった罵倒する言葉が書かれており、教科書にはちーちゃんが描写した『怪物像』が落書きされていて、とても字が読める状態ではなかった。


けど、私は何一つ後悔はしていなかった。


自分が面白いと思ったちーちゃんの作品が伝わらない連中に何をされても痛くも痒くもない、と私は思っていた。 __そう思っていたのは自分だけだったとは知らずに。



ちーちゃんが学校に来なくなった。



日に日にエスカレートしていくイジメに耐え切れなかったんだ、私はそう思った瞬間、他人と関わるのが億劫になった。


誰かを傷つけないと自分の居場所が確保できないなら、そんな居場所はいらない。


こうして私__[山中やまなか しずく]は独りで生きるようになった。


**********


「んーと、ねー...。 山中さんって、『恋』したことある?」


私は突然、編集者さんにそんなことを言われた。


「こ、恋...ですか。 __したことないです」


現在__私は15歳で年齢=彼氏が居ない。


当然だ。 誰とも関わらないで独りで生きている私に彼氏などできるはずもない。


「だよねー。 んー、山中さんの作品って中学生とは思えないほど濃密な構成で読者を飽きさせないところが凄いんだけど、登場人物たちの心情や恋愛描写が極端に下手だから勿体無いんだよねー...」


そう言って編集者さんは、腕を組みながら視線を床に落として考え事をしていた。 そして良案が浮かんだのか、顔を思いっきり上げて私と目が合う。


「俺と付き合う?」


「け、結構です!」


いまいましいまでに顔を笑いの形に歪めた編集者の顔が不愉快に思った私はきっぱりと断って、席を立ってから踵を返して部屋を後にした。 __というか、中学生と交際しようなんて犯罪じゃないの?


『文秋文庫』__この出版社は毎年新人賞を応募していて、そこで受賞した作家は後に年収が億を稼ぐほどで、新人作家の倍率が超高い。


私は毎年、そこに投稿していた。 学校に登校しながら。


小学四年生の頃に[ちーちゃん]が来なくなってから、私は復讐心で仇をとってやろうと一人で意気込みながら、黙々と小説を書き続けてきたのだった。


6年間。


年間100冊ほど本を読み、パソコンのワードで執筆して出版社に投稿していると、先日、ようやく編集者の目にとまり『文秋文庫』の建物内で打ち合わせということになった。


だけれど、打ち合わせの内容がどうもセクハラじみていてとても不愉快だった。


『胸大っきいねー。 何カップ?』 『眼鏡を外したら絶対、カワイイと思うんだけどなー』


など質問してきて、会話の2割が作品についてで後の8割がセクハラだった。 正直、担当が変わってほしい。


けどそんな願いは叶いもせず、新人賞に応募するための作品を持ち込んではボツを受けて、また一から作り直し...という工程を何度も繰り返していた。


「はぁ......、恋...か」


先程、セクハラ編集者が口に出した言葉が、心の中に引っかかる。


文秋文庫のビルを後にした私は、曇り空を見上げながら独り言を呟いた。


**********


実のところ私は__気になる人はいる。


その人は別段カッコイイわけではなく、運動が得意なわけでもない。


ただ気になる。


『彼』にシンパシーを感じているのか、常に目で追ってしまう。


気になる『彼』は、いつも昼休み時間に図書室を訪れて、一人で黙々と読書をしている。 四列に並んだ右端の奥の席に、『彼』は毎日座る。


そこは自分の居場所である、という事を表明しているようだった。


私は図書委員をしていて、図書室のカウンターで本の返却と貸出を受け持っているので毎回、『彼』が読んでいる本を知っている。


文庫本のような小さい本を借りることもあれば、歴史に関する本や民俗学について書き記された本も借りたり、『ハ○ー・ポッター』といった分厚いファンタジー小説も読んでいた。


私は『彼』がどんな内容の本を読んでいるのか知りたくて、自分も読んでみると衝撃を受けたことがある。 __こんな面白い本があったなんて!


その本のタイトルなど聞いたこともなかったのに、いざ蓋を開けてみれば物語の展開や構成に引き込まれて、読了した後に時計を見てみたら2時間経っていたということもあった。


私は、『彼』が返却した本を借りて読書に明け暮れるのが好きになっていた。


同じ本を読んでいる最中に、笑ったり泣いたりしていると、『彼』もこの場面で泣いているのだろうか? 笑っているだろうか? といつも考えてしまう。


私は本を通じて『彼』と、まるで対話をしているような感覚だった。


**********


9月1日__12:20


それはある日、突然起こった。


私は昼休み時間、いつもどおりに図書室で受付をしていたら、不良女性が大きな声で二人の友達と喋っていた。


彼女達は、行儀悪くテーブルに座っており、椅子を足置場に使っていた。 そしてさらに、ケータイで電話したりメールなど打っていた。


見事に図書室内でのタブーを三重苦で破っていた。 __周りの皆は、怪訝な表情で彼女達を見るが注意する者はいなかった。


「............」


こうなっては仕方がなかった。 図書委員である私が、彼女達を注意しなければならない__あぁ、いやだなぁ...。


泣き言を言っても解決はしないので、私は震える脚を抑えながら不良女性がいる場所へと赴く__。


「ぁあ,,,、のです、ね。 ...図書室では、静かにお願い、します」


私が蚊の鳴くような声で喋りながら注意すると、彼女達は大きな瞳で睨みつけてきたので、思わず顔を逸らしてしまう。


「あぁ? てめぇ、ネエさんに指図すんじゃねえよ!」


「そーだよ! デカ乳女はどっかいってな!」


思いっきり罵倒された私は戦意喪失して、トボトボと受付カウンターのところまで戻ろうとしていた__てか、胸は關係なくない...?


「__やれやれ、ここはいつから動物園になったんだい?」


私が目元に涙を浮かべながら歩いていると、背中から透き通った声が聞こえてきた。 __後ろを振り返って見ると、いつも右端の奥に座っている『彼』だった。


「あぁ? なんだメガネ。 それはあーし達に言ってんのかぁ!?」


「他に誰がいるんだい? __ああ、そうか。 君たちは、自分たちが猿のような行動をしているって自覚がないんだね」


「あぁ!? 誰がサルだってぇ!?」


まるで猿のようにキーキー喚き叫びながら威嚇していたが、『彼』は動じることなく一歩も怯まないで『言葉』という武器で戦っていた。


「だってそうだろう? 人間が決めたルールに従うことができないなんて、まるで獣じゃないか。 __君たちは少々、他人のことを気遣うことが必要だ。 周りを見たまえ__皆、君たちの行動に不愉快を感じているんだよ」


眼鏡のツルハシを中指でクイっと上げた『彼』は、気を取り直して、読書中だった本の続きを読んでいた。


「ふん__分かったよ。 ここはどうやらアタイ達にふさわしくない場所だったようだね」


彼女達のリーダー的存在の人が、不毛な言い争いから離脱するために部屋から出ることを承諾して、扉に手を掛けて廊下へと足を進めていた。


不良女性達が図書室から出るのを見た私は、ホッと胸をなで下ろして、読書をしている『彼』を眺める。 __もしかして、私を助けてくれた?


自意識過剰で私の勘違いかもしれないが、結果的に助けられたのは事実だった。


「...ありがとう」


私は消え入りそうな声で感謝の言葉を伝えたので、『彼』の耳に届いてないかもしれない...けど、いつかきっと必ず想いを伝えると決めた__『好き』という言葉を。


**********


9月4日__17;48


「はぁ,,,,,,」


私は部活をしているわけでもないのに、放課後、図書室で本を読んでいた。


自分を変えるために、ファッションや容姿に関する本を読んでいるが、何一つ分からない__どうすれば、『彼』に気に入ってもらえるか。


「...ん?」


ふと図書室内で不穏な空気を感じた私は首を傾げた。


生徒が図書室を利用できる時間帯は9:00~17:30までの間だけで、図書委員の私がいつも戸締りをしている。 __だから今は、私の他に誰もいないはずなのだが、人の気配がわずかにしていた。


「...誰かいるの?」


私は手に本を持ったまま慎重に足を運んで、声のする方へと赴いた。 __するとそこでは。


「はぁ...、はぁ、ぁあっ」


男女がお互いの唇を貪るように重ね合っていた。


(えっ...? うそ、ここで? なんで...)


私は眼前の光景がまるで信じられなくて、目を背けると同時に、本棚に肩がぶつかってしまい、その拍子で手に持っていた本を落としてしまい、二人に気付かれてしまった。


「だれ...!?」


今まで夢中に男と額合わせだった彼女が振り返って、私と目が合い数秒の沈黙が流れる__その顔には、とても見覚えがあった。


「え...? あいり、ちゃん...?」


小学生の頃、ちーちゃんと私でよく一緒にいた[あいり]ちゃん__[三浦 あいり]だった。


「なーんだ、しーちゃんか。 思わず先生に見つかったと思っちゃった」


しずくという名前だから、しーちゃん。 昔の頃と同じあだ名で呼ぶ[あいり]だった。 __今ではあの頃のように親しくはないのに...。


彼女とは同じ3-A組に在籍しているのだが、容姿は昔とはずいぶん変わり、ギャルのような人たちとよくつるんでいる。


「はぁ...。 アイリ__なんかシラけたから俺、帰るわ」


「あ、うん...」


そう言い残して男は図書室から出ていった。


「なんか、ごめん...。 __今の人、彼氏?」


本当は図書室でいかがわしい事をしているあいり達が悪いと思うのだけれど、私はなんだかいたたまれない空気だったので思わず謝ってしまった。


「うん、まぁ彼氏なんだけど...最近はビミョーかな」


「えっ? 彼の事、好きじゃないの?」


私は疑問に思った事を率直に質問してみた。 __彼氏を持つ彼女の心情を知りたかったからだ。


「うーん、普通かな。 最近は互いに飽きてきた感じかなー」


「...好きでもないのに、さっきはあんなに激しいキ、キスをしていたの?」


今でも、先程目にした光景を想起すると顔が赤くなってしまう。


「別にフツーじゃない? 気持ちいいからしてるだけだし」


「そ、そうなんだ...」


理解はできないけど、納得はしたので適当に相槌を打つと、あいりが質問してきた。


「しーちゃんは、彼氏いないの?」


あいりは怪訝な顔で私を見ているので、思わず目を伏せてしまう。 __私は急に恥ずかしくなった。


いつの間にかできていた彼女との差。 __友達はおろか、彼氏もいない。


「あー、まあ人それぞれだよねー」


私の沈黙で察したのか、あいりは慰めようとするが、その行為がとても辛かった。 __私は自分の生き方に悔いはない。


けれど、彼氏や友達を持つ人に憧れのような感情は抱いている__だから自分を変えたくてファッションや恋愛に関する本を読みふけっていたのだ。


「ん? てか、その本...まさかしーちゃん、イメチェンしたいの?」


「い、いや、これは...! ちがくて!」


先程驚いて、落としてしまったファッション雑誌をあいりに見つかってしまい、私は慌てふためいて必死で隠そうとする。


「べつにいーじゃん! 隠すことないよー。 しーちゃん、素材はいいからオシャレしたら絶っ対かわいくなると思うよ!」


「...ほんと?」


遥か遠い存在にあるキラキラしたあいりが私の努力を見たら、馬鹿にするだろうと思っていたのに、予想に反して自分を褒めてくれたので、思わず顔を赤くしてしまう。


「ほんと、ほんと! ねぇねぇ、私がプロデュースしてもいい?」


すっかりその気になっているあいりは、私の意向を無視して勝手に話を進めていた。 __まあ、行き詰まっていたから、助かったかも。


彼女の強引さにより、髪型やメイクについて色々とアドバイスを貰った。


「まずね、しーちゃんは前髪が長くて表情が見えづらいから、暗くみえるのがダメだとおもうんだよね」

「それと、目が細いからアイメイクで大きく見せようよ!」

「あとあと、胸が大きいからそこを強調させたいよねー。 ボタン一個外してみるとか! やば、絶対男子くいつく!」


荒れ狂う波のように喋りだすあいりから、色々な指摘を受けるのだが正直ついていけなくて困っている。__あいりの助言通りにすると、私は別人になってしまうような......。


困惑していたが、私のことでこんなに真剣に悩んでくれると思わなかったので、今の状況がとても嬉しかった__あぁ、またこうして話せるなんて夢にも思わなかったなぁ...。


[ちー]ちゃんの事以来、ずっと互いに避けていた私たちが、何の因果かこうして話し合っているのが可笑しかった。


久しぶりに『友達』と話す感覚は、とても楽しかった。


「__ちなみに、イメチェンする理由は好きな人でもできたのかな?」


にんまりとした笑みであいりが聞いてくるので、私はこう言った。


「......秘密」


友達にだって話さない事はあるよね?


**********


9月9日__7:42


「なぁ...、あの可愛い子、この学校にいたっけ?」

「さぁ...? お前、声かけてみろよ」

「すっごいキレー! モデルさんみたい!」

「あの胸、どっかで見たような...」


あいりから助言を受けて、5日後の登校日__私はイメチェンして学校へ赴くと注目の的となっており、誰からも[山中 雫]だと認識されていなかった。 __でも、一人だけ胸で判別してたような...?


私は主にヘアスタイルを変えて、前髪で顔を隠さないようにした。 そして、髪の艶をよくするために保湿したり色々手間をかけて、前のボサボサで雑草状態だった髪質を変えるように努力した。


たかが髪型だけ変更しても、印象は変わらないと思ってたけど、こんなに周囲の反応がガラッと変わるとは思いもしなかった。


そして周囲の目は好奇心からエロい目線となり、私の胸元をジロジロと眺めている視線がヒリヒリと伝わってくる。 __あいりの言うとおりにしたけど、胸元のボタン外すのは不味かったかな...?


こんなに視線を感じるなら、授業に集中できないのではと懸念していたが、それは杞憂に終わる__。


3-A組にある自分の席に座り、朝のHLが始まるまであいりと話していたのだが、一向に先生が来る気配がない。 しかし、あいりは気にしてないのか、自身の席に戻らず私とお喋りをしている。


「いやー、やっぱりあーしが言った通りに、しーちゃんメチャクチャ可愛くなったねー! 持って帰りたいぐらいだよ!」


お世辞だと分かっててもやはり褒めらると嬉しいので、切った前髪を指でつまみながら顔を朱に染めながら伏せてしまう。


「ところでさ、しーちゃんの好きな人って__このクラスにいるの?」


突然、ボソッと耳打ちで聞いてくるあいりの質問に驚いて、思わず瞳孔を開いてしまう。


「い、いないよ...!」


今は何をしても目立つので、変な噂が立たないように慌てて否定する。


「えー、つまんなーい」


ぶー、と唇を尖らせるあいり。 そんな彼女の表情を見た私は、思わず口を滑らせてしまう。


「でも__気になる人はいるよ」


クラスも分からない、名前も知らない、図書室に来る『彼』のことを私は想起しながら告げると、あいりがにまーと桜満開の笑みになる。


「その人についてもっと詳しく知りたいから、放課後マックで会議しよ! 約束!」


そう言ってあいりは、半ば強引に話を進めて、私に小指を差し出していた。


「...うん。 約束」


私は、小学生の頃、よく[あいり]ちゃんと[ちー]ちゃんとで、約束をするときは指きりげんまんで互いに誓い合っていたことを想起しながら、彼女の小指にそっと重ねようとした。 __すると。


「あれ...? あいりって、こんな『大きな黒子』ってあったっけ?」


あいりが差し出してきた小指の第一関節から第三関節まで黒く変色していたので、私はそれを訝しげに思って聞いてみた。


「え...? なにこれ...? な、なんか皮膚が焼けるように痛い__!」


青い顔をして小指を押さえたあいりは、痛みを訴えるように悲鳴を上げる。


「いたいたいたいたいたいたいたいいたいたい__!!!!」


彼女の悲鳴が大きくなるにつれて、比例するかのように小指を侵食していた黒が体全体へと広がっていく__それがやがて、あいりの全てを覆い尽くした瞬間。




彼女の姿はどこにも見当たらなかった。




「__えっ?」


わずかの瞬きで、目の前に居た、存在していたあいりがどこにも見当たらなかった。


訳が分からなかった。 彼女はどっかに隠れているのだろうか、と思いながら教室を見渡すがやはりどこにも居ない。


一瞬で教室の外に出たのかと推測したけれど、私の席は入口から最も離れた左隅の場所にあるため、それは不可能だ。


『なぜ? なにが、どうなったの?』


『誰か、原因と理由を教えてよ! なぜ、彼女が消えたのか、教えなさいよ!』


気づいたら私は、先程教室に入ってきた生徒会長である『加藤 秀司』の胸ぐらを掴んで、怒涛に責め立てていた。 __彼は悪くないと頭では分かっていたはずなのに。


**********


それから3-A組の教室は地獄絵図と化した。


次々と友達や親友、恋人たちが消えていく様を目の当たりにした私たち人間は、いつ自分が消えるのか分からない恐怖心で、精神がおかしくなった者や、ストレスが爆発して暴力に走る者、頭が真っ白になって生きる気力を失い諦観する者__。


私は、後者だった。


「見ろよ、これ! たまんねーなぁ!」


「ああ、これは楽しまないと、損するぜ...!」


狂気にあてられて我を失った男子二人が、私を図書室へと連れ去り欲望のままに、私の衣服を乱暴に脱がしていた。


他のクラスは授業中なので、図書室には__誰も居なかった。


「............」


ああ、私はいつから間違えていたのだろう?


([ちー]ちゃんの作品を皆に見せびらかしたこと?)


(他人を見下し、一人で頑張っている自分は偉いと思い込んでいたこと?)


(それとも__『彼』に気に入られたいがために、オシャレに拘ったこと?)


なんの因果か私が犯されているところが、図書室でいつも『彼』が座っていた机だった__ああ、やっぱり私が『誰か』に関わろうとすると、ロクなことが起こらないんだ......。


諦観した私は何もかも絶望して、目元に涙を浮かべながら、彼らの乱暴な振る舞いに抵抗することをやめた__。


「おー? 山中さんもその気になった?」


「早く...! 早く、入れようぜ!」


二人は、ベルトをカチャカチャと緩めて下着を脱ごうとする。 私はこれから起こる現実から目を背けるために、目蓋を閉じる__。


「__ああ、入れてやるよ。 拳をな」


バキィ! という鈍い音が辺りに響き渡り、何事かとまぶたを開くと眼前には__毎日図書室で見かける『彼』が立っていた。


「ど、どうしてここに...?」


私は脱がされた制服を身にまとい、『彼』に質問する。


「__授業中なのに、図書室に明かりがついていたから、不思議に思っただけだよ」


そう告げた『彼』は、もう一人いた男子の頭部を本の角で叩いた。 __うわぁ、痛そう...。


「お前ら猿は、もう一度小学生からやり直したほうがいい」


「ぐっ、ざっけんなてめぇ...!」


「いつか憶えてろよっ...!」


雑魚の捨て台詞ような事を口走った彼らは、ズボンをちゃんと履いたあと図書室から出て行った。 その一部始終を見たあと、私は『彼』の方へ体を向ける。


「あの...助けてくれて、ありがとう」


その言葉を口に出した私は、閉じた二つの目から透明な液体が零れ落ちる。


本当は怖かった。 誰も居ない場所へ連れられ、女子の力では到底敵わない男子の力を目の当たりにし、全てを諦めるしかないと思った。 __せめてもの抵抗として、心を『無』にしようって何度も思うようにした。


「別に...気にしなくていい。 当たり前の事をしただけだ」


けど、『彼』が私を助けてくれた。 絶望から救ってくれたヒーローとして。


「あ、あの...! 名前を教えてくれませんか...?」


英雄のごとく、二度も窮地から救ってくれた『彼』の名前を知りたくて、私は懇願すると__『彼』は面を伏せ、悲しそうに唇を歪める。


「えっ...?」


私は何かまずい事を聞いてしまったのだろうか? 心当たりのない私は、どうすることもできなかった__『彼』の沈んだ表情を見ると、なんだか胸が苦しくなる。


「やはり...覚えてない...か」


意味深な事を呟く『彼』は、振り仰いで図書室の天井を見ていた。





「俺の名前は__『武内 千咲』...[ちー]ちゃんって言えば、思い出せるかい...?」


**********


「えっ...?」


[ちー]ちゃんって、あの? 小学生の頃、私に作品を読ませてくれたあの[ちー]ちゃん?


「ああ__そうだよ」


[ちー]ちゃんって、男だったの!?


驚愕の事実を目の当たりにした私は、目を丸くして『彼』をじっと見つめる__。


昔の[ちー]ちゃんは私より背が低くて体がとても細くて女の子らしくて可愛いかった。 __それが今は、身長は本棚より高くて、体も随分と太くなっていた。


「ほ、ほんとにちーちゃんなの...?」


「ああ...覚えてるか分からないけど、これを見てくれるか?」


そう言った『彼』は、私に左手のひらが見えるように突き出してくれた。


「あっ...!」


左手のひらには点線でできた半円の形がひときわ目立つように存在していた。 __昔、ちーちゃんが犬に襲われている私をかばって、傷を負った『証』だった。


「なんで...、なんであれから連絡もくれなかったの...? 学校にも来なくなるし、私寂しかったんだよ...?」


目の前にいるのが本物のちーちゃんだと分かった私は、ずっとせき止めていた想いが涙と共に溢れ出てくる。


「すまん...、実は病気で学校に来れない状態だったんだ...。 いつ治るか分からないから、連絡も控えててそれに__」


『死ぬ可能性』もあったから__。


『彼』__ちーちゃんは小声で、最後に言葉を付け足す。


私は急に言われたその言葉をすぐには理解することができず、数秒経って我に返ると、嗚咽がこみ上げてきた。 __私がいじめられながらも学校に通っていた間、ちーちゃんは死ぬ危険性があったってこと...?


机に書かれた落書きを気にも止めずに、読書に明け暮れてた間にも。


色んな作品を制作して、出版社に投稿していた間にも。


母親が作ってくれる料理を当たり前のように食べていた間にも__。


ちーちゃんは、一人で難病と闘っていたんだ。


ちーちゃんが学校に来なくなったのは、いじめから逃げるための手段だと思っていた自分が恥ずかしい。


「__で、先月ようやく手術が成功したから、学校に来れるようになったんだ。 ...本当は、図書室でシズクを見かけた時、声を掛けようと何度も思ったけれど、俺のことはとっくの昔に忘れてるんじゃないかって...不安だったんだ」


ちーちゃんは沈んだ表情を浮かべながら、消え入りそうな声で喋る。


「__でも、俺のことを覚えててくれた。 ...女の子と間違えられてたのは、ショックだったけど」


今思い返せば恥ずかしい。 昔の頃は、ちーちゃんが女の子だと思って平気で手を繋いだり、下着姿も平然として見せていた。


「また__俺の作品読んでくれるかい?」


ちーちゃんは柔らかい笑顔を作って、私に語りかける。


ああ__、私はこの言葉でどれだけ救われただろう? ずっと心の奥底では後悔していた__ちーちゃんの作品をクラスの皆に見せたことを。


私はこの笑顔を知っている。 ちーちゃんと一緒に本の感想を言い合っていたときの顔だ。


__私が一番好きな顔。


「あのね...? 私、ちーちゃんに言いたいことがあるんだ」


スーハーと呼吸を整える私を、訝しげに見るちーちゃん。 彼と目が合って胸がドキッとして驚いたけど、視線をそらさないように見つめ合う。


静寂した空気の中で、カチカチと時計の秒針の音が鼓膜に響き、胸の鼓動がドクンドクンと大きく聞こえてくる__。 私はそれを必死に抑えようと胸に手を当てる。


その瞬間__右手に黒色の斑点が浮かび上がっていることに気付いた。


「__えっ?」


それは先程、あいりが消える前に浮かび上がっていたものと同じ色をしていた__それが、何を意味をするのか理解するのに、時間がかかってしまった。


認めたくない現実と抗えない運命に縛られていることから逃れたくて__。


「あっ...、あぁあ__」


私は苦痛と悲しさが入り混じった悲惨な悲鳴を上げる。 __痛い...! 苦しい...!!


「シズク...? どこか具合が悪いのか...?」


優しい声で心配してくれるちーちゃん__そんな彼に伝えたい想いがある私は、想像を絶する痛みに犯されながらも必死に声を出そうとする。




「私ね...? ちーちゃんのことが__」







続きの言葉を紡ごうとした瞬間__私の視界が漆黒の闇へと犯されていた。


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