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BLACK BOARD  作者: 尾十神誠
2/7

第一章~報われない努力~ [b8] 出席番号 2番

灼熱の太陽が辺りを照らし、人の水分を奪っていく。


「……ハァ、ハァ」


ヘルメットを被った少年の頬から大粒の汗が流れ落ちる。


彼の服装は、上下を白色で統一されており真夏なのに長ズボンを履いている。


一方、視線の先には白球を握った少年が立っていた。


彼の服装は、黒を基調とした縦のストライプが特徴的な服を着ている。



進栄中学校 対 黒沢中学校



ここは、この二校の勝者を決める『中学校軟式野球地区大会』が行われている場所である__。



**********



「お前らに話がある」


厳格な顔をしている40代の男性が、腕組みをしながら重苦しい口調で喋り出す。


「......次の試合に負けたら廃部になることが、先程、職員会議で決定した」


申し訳なさそうに目を伏せながら口を開く。


その男性の話を目の前で聴いていた10人の集団は、この世の終わりかのように眉根を寄せながら悔しそうに肩を落としていた。


「監督...!! そんなの理不尽ですよ...!」


眼鏡をかけた丸坊主の少年が、監督に対して抗議を申し立てる。


「そうですよ...! 次の対戦相手と言ったら、『黒沢中学校』じゃないですか...!」


その隣にいた少年も同意見だったらしく、監督を追求し始めた。


黒沢中学校__。去年の『全国中学校軟式野球大会』で準優勝したチーム。


その学校と同じ地区である当校『進栄中学校』は、地区大会一回戦目に彼らと雌雄を決しなければならなかった。


負けたら即廃部という条件の元に。



**********



「なぁ、俺たちはこれからどうすればいいんだ......?」


眼鏡をかけた丸坊主の少年は、監督が部室から去っていった後、藁にすがる思いで主将に今後の方針を聴いてみる。


「......どうするもなにも、練習するしかないだろ」


進栄中学校の主将である『石上 晴之』は、そう答えた。


「それはそうだが......」


晴之の正論に誰も反対する者はいないが、問題は『どうやって練習する』かだった。進栄中学校は、勉学に力を入れていて、部活にはあまり援助がされていないので、部費が雀の涙程度しか貰えなかった。


なので、野球をするために必要な道具が使い古されており、練習に励めないのが現状だった__。


金属製のバットより木製のバットが安いため、それを2~3本購入して使い回していたら、ついにボロがではじめて、バットのいたるとこに木のささくれがあり、握るたびに手を傷めてしまう。


グローブはボールを獲るために必要なポケットがボロボロで、守備の練習どころではなく、キャッチボールすら困難な状況だった。


「......大丈夫だ。 木製バットは手の握る所をテープで補強してくれ。そしたらささくれは対処できるはずだ。グローブは__俺がなんとかする」


「バットの補強は私に任せて下さい!」


1人の女性が我こそはと、胸に拳をあてて名乗りを上げていた。


「ありがとう。 木製バットの件はマネージャーの天野に任せる。 他に異存はあるか?」


晴之のテキパキとした行動力に呆気を取られたチームメイトの皆は、異論を言うことなく大人しく引き下がるしかなかった。


**********


「......198ッ! .......199ッ!」


部室の裏庭で、ブン! と木製バットを素振りしながら、数字を数える晴之。彼の他に素振りしている者は一人もいなかった。


「......200ッ!」


素振り200回を終わらせた晴之は、大量の汗を白いタオルで拭いた後、水分補給をしようと顎を上にあげてスクイズボトルを強く握るが、中身が出ないことに気付く。


「......自販機で買ってくるか」


そう言って立ち上がった瞬間。


「ッ!?」


首筋にひんやりとした物が接触して、驚愕する晴之。何が起こったのか知るために後ろを振り返ると、そこにはマネージャーの天野が立っていた。


「先輩! お疲れ様です!」


天真爛漫に振舞う年下の女性に一本取られた晴之は、長い嘆息をして、天野が手に持っていたひんやり冷えたスポーツドリンクを受け取る。


「ビックリさせるなよ......」


次の試合が最後になるかもしれないという焦燥感に駆られて、常に気が張っていた状態だったので、軽いイタズラでもジェットコースター並みの恐怖を感じてしまった。


「だって先輩、ずっと怖い顔してますもん。 冷やせば、治るかなーって」


(どんな理屈だ......。)


だけど、不思議と心が楽になっていた。


「__ありがとな」


気を使ってくれたことに感謝して、渡されたペットボトルに口をつける___。


「あ、先輩。 それ、先ほど私が飲んだやつでした」


突然の告白に驚いた晴之は、口に含んだ清涼飲料水を豪快に吹き出してしまった。


「おま......! はぁ!?」


「失敬、失敬。 先輩の分は、こちらでした」


そう告げたマネージャーは、もう一本同じスポーツドリンクを手渡してくる。


「......天野。 これどうやって見分け方してたんだ?」


「はい! ラベルが剥がされて恥ずかしそうなボトルが私ので、ラベルがキレイなのは先輩のです!」


「だよな? そんな分かりやすい見分け方して、お前間違えたの?」


「うっす」


「うっす、じゃねえよ。 なんで野球部員っぽく返事してるんだよ。 絶対、わざと間違えただろ?」


「そんなハズがありません。 私が先輩と間接キスがしたくてわざとボトルの交換をしたなんてハズがありません」


「お前......。 ハァ、もういいや」


全然隠し通しきれてない後輩に呆れた晴之は、長い嘆息をした後、木製バットを再び握りしめて素振りを再開し始めた。


「......先輩。 先輩はなんで、そんなに野球を頑張るんですか?」


晴之が汗水垂らしながら、真剣に木製バットを振る横顔を見て、ふと疑問に思った事を質問する。


「......どうして、そんな事を聞くんだ?」


「いえ...、だっておかしいじゃないですか。 この学校は進学校なので、あまり部活に力を入れてません。 現に今、先輩の他に素振りしている部員はいないじゃないですか.....。 それなのに、部活で頑張るなんて矛盾してますよ。」


「いや別に矛盾はしてないだろ......。 まぁ、なんだ。 好きなことで頑張るのに理由なんていらねえだろ?」


「......やっぱり先輩は、おかしいです」


そう呟いた天野は、尊敬する先輩に紅潮した頬を見られないように俯いた。


「__全くその通りだ。 貴様の努力は無駄だと言うのに」


突然、野球部の裏庭に黒縁眼鏡をかけた男性が現れる。


「秀司......! なぜお前がここに居る?」


黒縁眼鏡をかけた男性は、進栄中学校三年生で生徒会長を担っている『加藤 秀司』という者だった。


「ふん。 哀れな貴様に忠告しようと思ってな......。 相変わらず、野球に熱中のご様子だな」


「なんだ? お前も、俺たちが次の試合に負けると思っているのか?」


生徒会長が哀れみの目で見てくるが、それを気に留めない晴之は、木製バットを休むことなく振り続ける。


「ふん。 それもあるが、それ以前の問題だ。 貴様、試合の前に大切な事を忘れていないか?」


「あ? なんかあったか?」


「......相変わらずだな。 そんな馬鹿で滑稽な貴様に教えてやろう__。 試合の前にテストがあることを」


「な......ん、だと?」


秀司に構わず振り続けていた木製バットをパタリと止めて、地面に落としてしまう晴之。 彼の顔は真っ青になっていた。


「そういうことだ。 『赤点』でも取ったら、試合に出場すらできないから気をつけるんだな__。 もし万が一、猿の貴様が『赤点』を免れたら言うことを一つ聞いてやろう」


そう言い残して踵を返した生徒会長の姿は、もうどこにもなかった。


「ど、どうすればいいんだ......!」


「......先輩って、アホの子だったんですか? 前回のテストは何点だったんでしょうか?」


頭を抱えて屈めている晴之に向けて、素朴な質問をするマネージャーの天野。


「......14点」


「............」


「おい、そんな残念そうな顔で俺を見るな! 言っとくけど、数学だけだからな!? 他の教科は平均点より上なんだぞ!?」


「......なんで数学だけ、そんな低いんですか?」


「いや......、なんて言うか、数学の勉強しようとすると、意味わからん数式がいっぱいで眠くなるんだよ......」


先程の素振りをしていた真剣な顔とは一変して、遊んだおもちゃを片さない子供が母親に言い訳をするだらしない表情を浮かべていた。


「分かりました。 それでは私が一肌脱ぎましょう」


「いや、なんで制服のボタンを外そうとしてるんだよ?」


マネージャーの天野は、違う意味でブラウスのボタンを外して脱ごうとしていたので、晴之はそれを静止させる。


「失敬、間違えました。 私が一肌脱いで、先輩に数学を教えます!」


「......ん? なんだって?」


どうやら、また聞き間違えたらしいと判断した晴之は、もう一度発言を求めた。


「私が! 先輩に! 数学を! 教えます!」


一言一句、聞き取りやすいようにハッキリと声に出した天野だったが、晴之の疑問符は消え去らない。


「......一年生のお前が、三年性の俺に数学を教えるの......?」


「はい!」


ただでさえ野球部が廃部の危機に陥っているのに、更に問題点が出題されて頭をより一層悩ませる晴之。


「いや、一年の問題を教えられても赤点を免れる訳がないだろ?」


「それなら先輩は、『関数』や『空間図形』は完璧に理解しているんですか?」


「かん.....? ずけい?」


外人に声をかけられたような日本人の表情を浮かべる晴之。


「......やっぱり、先輩はアホの子だったんですね。 『千里の道も一歩から』です! まずは一年生の問題を完璧にしましょう!」


「いや、俺には時間が.....」


「問答無用です! 『進栄のピタゴラス』と呼ばれた私にお任せください!」


「そんな異名がついていたのか......!?」


晴之の言葉を無視した天野は桜満開の笑みで、彼の左手を強く握って教室へと足を運ぶ。


**********


「......なぁ、これはおかしいよな?」


現状の奇妙な行動に違和感しか覚えない晴之は、天野に同意を求める。


「......? なにがですか?」


「なんで、コンパスの針を額に向けている状態で勉強しないといけないんだよ!?」


晴之が使用している机の片隅には、コンパスの針が上を向いていた。 勿論、コンパスを握っているのは奇想天外の天野だった。


「決まっているじゃないですか。 先輩が寝ないための工夫ですよ」


(確かに数学の勉強をすると眠くなるとは言ったが、やりすぎだろ!?)


晴之には、目の前で喜々としてコンパスを握っている天野が悪魔のように感じた。


「でも、先輩。 文句言ってるわりには、めちゃくちゃ集中して問題解いてますよ?」


(ああ、自分でもビックリしてるよ! 人って命の危機を感じたら、こんなに頭の回転が早くなるのか......)


「......ねえ、先輩。 今、教室にいるのは私たち二人だけですね__」


「そうだな」


頬を紅潮させて恥ずかしそうに現状を伝える天野だが、何一つ伝わっていない晴之は黙々と勉強とにらめっこしている。


「__先輩。 私を襲ってもいいんですよ?」


「襲うか!」


晴之のツッコミの早さに、クスクスと笑みをこぼす。


天野は時々、冗談を真顔で言うので心臓に悪い。


「やっぱり先輩と居ると飽きないですね。 次のテスト、0点取って留年してくださいよ」


「おい、お前。 今、勉強している俺に言う言葉か、それ?」


ボケに対してツッコミを入れたはずの晴之は、ふと目の前の顔を見ると、そこには切なげに微笑している天野の顔が映った。


「......天野__」


いつもみたいに元気でうるさい天野が、悲哀の表情を浮かべたので、心配して声をかけようとするが、彼女の声に遮られる。


「なーんて。 冗談ですよ、先輩。 三日後のテスト、頑張ってくださいね」


数学の基礎を一通り教えたので、後は同学年に習ってくださいね、と彼女は言い残して、教室を後にした。


「......コンパス置いていくなよ」


一人取り残された晴之は、机の上に置かれたコンパスの針を見て、刺さってもいないのに、胸がチクチクした__。


**********


「天野! これを見てくれ!」


晴之は白い紙を両手で広げて、天野の眼前を紙で覆うように見せつけていた。


「......近すぎて見えません」


「なんと、数学で40点取れたんだよ!」


興奮で事実を早く伝えたかった晴之は、結局、口頭でテストの点数を知らせる。


「......私は驚きを隠せません」


「だろ!? 逆転サヨナラホームランみたいだろ!?」


「ええ。 赤点ギリギリ回避しただけなのに、大はしゃぎな先輩に驚きです」


母親にゲームを買ってもらった子供のように興奮している晴之に対して、彼女はドライに返事をしていた。


「ふん、まったくだな。 たまたまマークシート方式だったから、ギリ赤点回避したに過ぎん」


晴之が地区大会に出場するために、赤点を免れたか確認するために、野球部の部室に生徒会長自らが足を運んで、テストの点数を確認していた。


「まぐれでも赤点は回避したんだ。 約束は守ってもらうぞ」


「ふん、すでに手配している」


そう言った生徒会長は生徒会役員のメンバーを呼び寄せて、新品の『グローブ』と金属製の『バット』を用意させていた。


「ありがとう! 秀司......!」


「会長と呼べ、会長と。 まあ、なんだ......。 頑張れよ」


照れくさそうに頬を朱に染めた生徒会長は、踵を返して部室から出て行った。


**********


9月9日__試合当日。 現在時刻__8:00


現在、二校の野球部員達が対峙していた。


進栄中学校は9人に対して、名門校と呼ばれている黒沢中学校は、顔が引き締まった20人が並んでいる。


「両者! 礼!」


審判の掛け声と共に、両者の野球部員達は帽子を脱いで一礼する。


「お願いし__」


「お願いしますっ!!!!」


進栄中学校の掛け声をかき消すほどの大声量で挨拶を交わした黒沢中学校は、キビキビとした動きで自陣のベンチに戻って行った。


「……俺たち、あんな軍隊みたいな奴らと戦わないといけないのか……?」


「__大丈夫だ。 あいつらだって同じ人間だ。 必ず隙はあるはずだ」


部員の不安を取り除くために、ポジティブな言葉を発するキャプテンの晴之。


(__それに、なんの対策も立てずに試合に臨んでいるわけじゃない……)


晴之は急いで、バッターボックスへと立とうする。


作戦というのは、晴之を1番目の打者に立たせるというものだった。


晴之のポジションはピッチャーであるため、本来ならば1番目の打者に選んではいけない。なぜなら、ピッチャーは球をたくさん投げるため、スタミナの消費量が半端ないからである。そのため、本来ならば打順が回りにくい9番目としての打者とするのがセオリーである。


ましてや、進栄中学校には替えの人員がないため、本来ならば愚策ともいえる作戦だ。


それでも勝つためには無謀ともいえる作戦に賭けるしかなかった__。


「__うっし。 じゃあ打ってくる」


生徒会長に渡された金属製のバットを持ってバッターボックスへと駆け込む晴之。


一週間前に貰ったばかりのバットは傷跡がたくさんついていた__。


「……本当に打てるのか?」


晴之を見送った部員たちは、疑心暗鬼で眺めている。


「__先輩は、きっと打ってくれますよ」


不穏な空気の中で、ただ1人だけが希望に満ち溢れた瞳で晴之の姿を目に焼き付けていた。


「でも、本当にできるのか……? 初球ホームラン狙いなんて__」


バッターボックスに立った晴之は、使い込んだ金属製バットの先端をバックスクリーンへと向けていた。


「……ホームラン予告だと? 毎年、一回戦負けのお前らが?」


対峙していた黒沢中学校のピッチャーが、哀れみの瞳で晴之の姿を捉えながら、鼻で笑っていた。


「__やれるもんなら、やってみろ……!!」


ワインドアップで思いっきり腕を振る敵投手。


それに合わせて、腰を捻りながら左足を上げる晴之__。


「打てますよ、先輩なら__。 だって、あんなに頑張ってたんですから__」


晴之がテストを切り抜けた後もバットを振り続けて、掌に血豆ができていたことを知っている天野は胸を張って断言する。


__カキィーン!!


小気味好い音が辺りに響き渡り、周囲の人々は飛んでいった打球を捉える__。 観客の視線には、バックスクリーンが映っていた。


「そん……な、バカな……!」


敵投手は片膝をつきながら青ざめた表情で、バックスクリーンに飛んでいった打球を視認していた。


__初球ホームラン。 晴之は予告通りに、理想を実現させてみせた。


「ナイス、キャプテン!」「晴之、さすがだな!」「ゆっきー、最高!」


グランドに設置された4つのベースを一巡して、進栄中学校のベンチに戻った晴之は、チームメイトから祝福の言葉を貰い、ハイタッチを交わしていた。


「先輩! 作戦通りですね!」


マネージャーの天野が桜満開の笑みでこちらを見ながら、ガッツポーズをしていた。


「ああ、上手くいったな」


晴之の作戦は、敵が進栄中学校を格下だと認識していることを予想して、こちらが『予告ホームラン』という挑発をすれば、相手は自身の力を見せつけるために『ストレート』を投げるだろうと推測して、球種を限定させた。



「くそ……!!」


敵投手は自身の愚かさに悔いて、右拳で地面を殴っていた。


「おい、やめろ! 投手が利き手を傷つけるな」


女房役とも呼ばれるキャッチャーが、投手の愚鈍な行為を注意する。


「……俺たちは去年の大会で準優勝したから浮かれていたんだ。 その隙を相手に突かれた……相手の方が上手だった」


黒沢中学校のキャッチャーは、現状を冷静に判断してどう対処するべきかを考慮して投手に伝える。


「__まずは相手を認めよう。 悔しがるのはそれからだ」


「……ああ、悪かったよ」


冷静を欠いた敵投手は、先ほどまで激昂していた人物とは思えないほど落ち着いた表情を浮かべていた。


「__進栄中学校の1番『石上晴之』……この借りは必ず返す」


闘志を抱いた敵投手は、あっという間に進栄中学校のバッターを打ち取り、攻守が入れ替わる。


「さて……、投球はどんな感じだ?」


敵投手は、晴之の投球姿を熱心で観察する。勝つためには相手の配球を研究することが大切だ__。


「驚いたな……」


観察してて晴之の実力を知った敵陣は驚愕していた。


まず1つ目は、球種の多さ。


見た感じ、『スライダー』、『シュート』、『カーブ』を投げれるようだ。__しかも、『カーブ』には

二種類あるようで、縦にゆっくり落ちるタイプと斜めに曲がるタイプ__どうやらそれを使い分けているらしい。


2つ目は、球速。


基本、球種が多い投手は球速が遅いのがほとんどだ。なのに、晴之の投げる球は140km/hを超えている。


「__こんな凄い奴がいたのか」


理想の投手像である晴之の存在を、去年の大会で準優勝した黒沢中学校の全員が驚嘆しながら認めていた。


__試合は初回の一点以降、無得点でゲームが進行していく。


**********


__9回の表。ワンアウト。 現在時刻__10:19


両者が互角のままゲームは進行していたが、ついに天秤が傾く瞬間が訪れてしまった。


「ハァ……ハァ、ハァ」


すでに晴之が投げた球数は120球を超えている。そんな晴之に追い打ちをかけるように、灼熱の太陽が辺りを照らし、体力を奪っていく__。


進栄中学校が守備側で、1塁、2塁、3塁には黒沢中学校のランナーがベースをふんでいた。


「くそ......」


晴之は頬を伝う汗を何度も肩で拭うが、直後に汗が分泌されるのでキリがない。


この猛暑の中、一人しか投手がいない進栄中学校は、晴之だけが球を投げるしかなかった。そんな彼が投げた球数は120球を超えており、体力の限界が近づいていた__。


「ボール。 フォアボール!」


晴之が投げた球はストライクゾーンを外れ、審判からフォアボールの宣告をされた__。現状は、ワンアウトで満塁なので、フォアボールを宣言された打者が出塁するために、三塁の走者はホームベースへと帰還する__。


黒沢中学校側に一点が追加された。


「ハァ......、ハァ、ハッ」


精神的にも追い込まれた晴之の顔は青ざめていて、肩で息をしていた。


それを見かねたチームメイトのメンバーが、晴之の傍まで走り寄ってくる。


「晴之、大丈夫か?」


「まだ投げれそうか?」


「今のうちに休んどけよ」


仲間の皆が晴之の身を案じて、声を掛けてくれていた。


「......ありが、とう...みんな」


体力が限界の中で声を搾りだし、心配してくれた皆に感謝の言葉を伝える晴之。


「__晴之、これからは相手に打たせる形で球を投げてくれないか?」


「なっ.....?」


黒縁眼鏡をかけたチームメイトに、奇妙な提案を持ち出されて驚愕する晴之。


「いって......る、いみ、わかってん......のか? 勝つ、ことを......あきらめる、のかよ?」


ここまで頑張ってきたことを不意にしたくない晴之は、眉根を寄せながら睨んでいた。


「そうじゃない......打たせて獲る。 __俺たちを信じてくれ、と言ってるんだ」


ここまで何も活躍することが出来なかったチームメイトは、晴之の頑張りを目の当たりにして、少しでも力になりたい、というのが彼らの願いになっていた。


「そうだぜ、キャプテン! ちっとは、俺たちに頼ってくれ!」

「そうだよ! 晴之は頑張りすぎ!」

「だな! 俺たちがこの窮地を乗り越えていこうぜ!」


チームメイトの皆がお互いに鼓舞し合い、現状のピンチを乗り越えていこうと気合を入れている。


「ありが、とう......みんな!」


皆に励まされて笑顔を取り戻した晴之は、少しだけ体の重さが軽く感じられた。 今まで皆の期待に、キャプテンとして答えようと必死に努力していたが、それは杞憂だったことに気付く。


困ったら誰かに助けを求める。


そんな簡単なことでさえ忘れていた晴之は、思わず笑ってしまう。


「なに、笑ってやがる......?」


守備の皆が晴之を励ました後、ポジションの定位置に戻り、投手と打者が再び対峙する。その時に黒沢中学校の打者は、晴之から感じる空気の色が変わったことに違和感を覚えた。


(なにか、策でもあんのか...? だが関係ねぇ。 次に甘い球が来たらぶった叩いてやる!)


眉根に皺を寄せて、晴之の投げる球に集中する。


1球目__ボール。 外角ストレートで、大幅にコースから外れる。


(すでに体力の限界だな.....。 制球力が落ちてやがる)


晴之の疲れを感じ取った打者は、もうすぐ甘い球が入ってくる事を推測して、目をぎらつかせる__。


2球目__ど真ん中ストレート!


(もらった!!)


弱った獲物を仕留めるかのように思いっきり瞳孔を開いて、腰を捻りながらスイングを開始する。しかし、バットの真芯に白球が当たる直前__シュートした。


「なにっ!?」


気付くのが遅かった打者は、スイングを停止することが出来ず、バットに鈍い音が響いて打球は二塁と三塁の頭上を超えていた。


「まずい! 三塁走者がホームへ突っ込むぞ!」


二点目を追加させようと懸命に走る黒沢中学校のランナーに対して、打球を捕球できなかった守備側に緊張が走る__。


「まだ諦めるな!」


レフトを守っていた仲間が、既に捕球していた__彼は、晴之の打たせて取るという投球を信じて、ポジションの定位置から内野側へとシフトしていたのだった。


彼は捕球した球を握りしめて、ホームへ投げようとする__瞬間。


「サードへ投げろっ!!」


三塁からホームへ走るランナーを刺せないと判断した晴之は、レフトに指示を出す。


その指示を受けたレフトは、三塁に白球を投げてアウト一つ。そしてサードは、セカンドに送球して、黒沢中学校の走者はスライディングで二塁のベースを踏もうとする__。その間に、三塁走者はホームへと帰還していた。


もし二塁でセーフの判定がされれば、黒沢中学校に1点が追加される。進栄中学校に張り詰めた雰囲気が流れる__。


審判が下した判定は__スリーアウトでチェンジだった。


「「「よっっし!!」」」


進栄中学校のメンバー全員がガッツポーズをして、ワンアウト満塁という逆境から乗り越えた嬉しさで笑みをこぼしていた。


「ナイス判断、キャプテン!」


指示を出してダブルプレーへと導いた晴之は、仲間にグローブで軽く小突かれていた。


「いや、皆の守備のおかげだ......。ありがとう!」


ピンチの状況を作り出してしまった責任を感じていた彼は、必死に守ってくれたチームメイトに感謝を述べる。


「まだ礼を言うのは早い...。 この回で点を取らなければ......!」


黒縁眼鏡を掛けた少年が、眼鏡のブリッジを中指で上げながら、浮かれている仲間に告げる。


「9回裏で1対1の状況。 晴之は、疲労で球が走っていない__延長になれば必ず負けることになる......」


先程の空気とは一変して、張り詰めた雰囲気が流れる。


「大丈夫だ......。 不幸中の幸いか、俺から打順が始まる__!」


気を落としている仲間達を鼓舞するために、自分が追加点を上げると告げたのは、進栄中学校キャプテンの晴之だった__。


「先輩...! 無理ですよ!ボロボロじゃないですか!」


ベンチでスコアブックをつけていたマネージャーの天野は、これ以上晴之の苦しんでいるところを見たくなくて口を挟む。


「__ホームランなら、走らなくて済む......。 これなら心配ないだろ?」


そう言い残した晴之は、ヘルメットを被ってバットを強く握ろうとした時、違和感に気付いた__自分の手に『大きな黒子』があることに。


(なんだ...これは?)


泥が付着していると推測した晴之は、手で払おうとするが『大きな黒子』は取れない__というより皮膚と一体化しているようだった。


原因が分からないので畏怖したが、特に痛みはなかったので深く考えないようにした晴之は、マネージャーの天野の頭をポンポンと叩いた後、バッターボックスへと赴いた__。


**********


(まさか、こんな接戦になるなんてな......)


黒沢中学校のキャッチャーは、現状の試合展開が自分が予想していたのとは大幅に違っていたので驚いていた。


(全ての元凶は、こいつのせいだよな)


チラと打者の顔を見ると、進栄中学校の主将である晴之が瞳に映る。彼は、立っているのが不思議なくらい疲弊した表情を浮かべていた。


(残念だが、お前たちの快挙もここまでだ__あと三人、きっちり三人抑えて延長にもちこんでやる......!)


中腰に構えて、ピッチャーの全力投球を受け止めようと本腰を入れるキャッチャー。


(ふん......。 毎年一回戦負けってのが信じられないくらい、お前たちは強かったがここまでだ__!)


黒沢中学校のピッチャーはワインドアップで大きく腕を振り抜いて、渾身のストレートを外角ギリギリに投げる。


「くっ......!」


これ以上ないぐらいの気迫に圧されて、手を出すことが出来なかった晴之の額には、大粒の玉の汗が流れていた。


(今のボールを打っていたら、ゴロで打ち取られていた......!)


黒沢中学校の二人目の敵投手は、全く疲れを感じさせないピッチングでリードしている。


(7回で登板したこのピッチャーの情報は少なすぎて、まだ球種を絞り込めない__!)


晴之は握力がなくなってきている手を、歯を食いしばってバットを握る。


(だが......!)


敵投手がボールを投げる__と同時に、晴之は左足を上げて白球に狙いを定める。


(投手のクセは見抜けてないが......、キャッチャーの配球パターンは把握済みだ!)


晴之は敵捕手の性格を見抜いていた。打者からワンストライクを取ったら、次は必ず、『ストレートのボール球』を投げることを。


「なにっ!!??」


捕手は驚愕する。晴之がコースから外れた打ちにくい球に目掛けて、バットを思いっきりスイングしていることに。


「当たれーーー!!」


晴之はバッターボックスの枠線からはみ出ないようギリギリに、左足を右斜めに踏み込んで外角に放たれた直球を打とうとする__。


ガキィーン!!


金属音が辺りに響き渡り、打球はバックスクリーンに目掛けてグングン伸びていく。


「「「よっしゃーーー!!!!」」」


進栄中学校のメンバー達が、晴之の打った球がホームランだと確信して大騒ぎする__だが。


「__まずい......!」


打った本人である晴之は、なけなしの体力で思いっきり走り出す。


「なんで晴之はダッシュしているんだ?」


「さあ......?」


「おい、あれ見ろ! 打球が失速しているぞ......!」


進栄中学校のベンチで打球を見ていた仲間達が、ボールを指差しながら驚愕していた。


「これじゃあ、塀の上を乗り越えれない......!?」


嫌な予感は的中して、白球は緑のフェンスにぶつかりライト側へと転がっていく。一方、その頃に晴之は二塁ベースを蹴って三塁側へと向かっていた。


(間に合え......!)


もう投げる余力すらなかったはずの晴之は、必死で足を動かして前へ、前へと息を切らしながら進んでいく。その間に右翼手は、転がったボールを右手で拾い上げ、そのまま送球体勢に入る。そして掴んだボールを三塁手に投げる__刹那。


晴之は三塁ベースをも蹴ってホームへ目指していた。


「なにっ!!??」


会場の皆が晴之の行動に面食らう。投球数が軽く120球を超えている選手が、一打球で四つのベースを踏む__つまり、『ランニングホームラン』を狙っているからだ。


現に走っている晴之の呼吸は乱れ、空気を喘ぐたびに胸が激しく痛んでいた。


交互に地面を踏む足は、棒のように感覚がない。 さらに腕を振る力がだんだん弱くなり、明らかに失速していることに気付いた晴之は、自身の身体を見る__すると、先程手にあった『大きな黒子』が腕まで侵食していた。


「っ!?」


自身の身体の異常に気付きながらも、晴之は足を止めない__チームを勝たせるためにも、ここで一点を勝ち取らなければならない...!


視界は、霧に包み込まれているようにぼんやりと映っている。


ボロボロで走ってるのが不思議なくらい疲弊した彼を追い詰めるために、三塁手はボールを受け取った後、すぐにキャッチャーの元へと送球する。


「うおおおーーーー!!」


晴之は後ろから追いかけてくる白球より早くホームに帰還するために、プールに飛び込むように両腕を前にしながら、体を宙に浮かしていた。


体と地面が接触して砂埃が舞うと同時に、三塁手からボールを受け取ったキャッチャーの腕と晴之の腕が交差する__。


砂埃が晴れて視野が開けると同時に、辺りは静寂に包み込まえれていた。






そこにいたはずの『石上 晴之』だけが、姿を消していたからだ__。


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