決着
結論から言おう。
俺は死んだ。
何があったか、端的に言うとオストロミスの襲撃に遭い、その戦いの中で死んだ。
本当に突然だったんだ。
なんの前触れもなく現れて、それでも俺たちは即座に対応して、よくやった方だと思う。
まぁ、こうして死んでるわけだけどな。
あれ? 結局どうなったんだっけ?
俺が死んでるってことは全部が全部終わっちまったってことなのか?
それとも、俺は死んだけどなんとかなった、或いはまだ戦闘は続いている?
いや、そうだった。前者だ。
ほとんど道連れに終わらしたんだったな。
日も傾き始め、リザルトの街に夜の灯りが灯り出した頃だった。
俺は今日もカイルに徹底的に鍛えられた。
それはもうボロボロになるまで。
それは俺のためでもあるんだけど。
茜はフラグムントの下についてまでオストロミスとの戦いの準備を進めている。
そのためにも俺もちゃんと戦力になれるようにならなければいけない。
そんなわけで、カイルに師事してここのところは毎日のように研鑽している。
そして、ボロボロになる。
……俺、ちゃんと強くなれているのかな。
いつも通り疲れ果てた俺は傷ついた身体を癒すために美味しいものを食べに街に出ていた。
その時だった。
リザルトの街の一角が炎上した始めたんだ。
「え? なんだいきなり」
火事、じゃあない。
一瞬であの規模にはならないだろ。
じゃあなんだ?
しかし、状況は俺に考える時間を与えなかった。
随所で立て続けに火柱が上がっていったからだ。
「本当に何が起きて……」
いや、少しは察しがつく。
一番あり得るのは、襲撃だ。
あれは明らかに人為的なもの、そう魔法だ。
あんな規模の魔法を連続で使ってくる相手なんて心当たりは一人しかいない。
「オストロミス・ガーシスマン」
先ずは茜に知らせに……いや、これだけの事態だ、わざわざ知らせになんていかなくても、気づいている。
俺が取るべき行動は一つ、現場に急行。
靴に付加魔法を使い、加速させて向かう。
現着は俺が一番最初だと思った。
「ッ! 賢治!?」
「来たか」
俺が到着した時には既に戦闘が始まっていた。
対峙しているのはオストロミスとカイル。
悠然と立っているオストロミスと膝を付いているカイル。
まさか、カイルが押されている!?
この短時間で?
「そんな、何か大きな魔法が使われたわけでもないのに」
そうであったならば、ここまでに気づく。
だから、まだ戦闘は開始されていないと思っていた。
「賢治すぐに応援を呼んでこい。それも万全の状態でだ。それまでコイツは私が食い止める」
「カイル、目が……」
「左目くらいは、ハンデだ」
カイルは左目を失っていた。
無茶苦茶強いカイルが一瞬のうちにここまでやられるなんて。
背中をしたたる冷たい汗の量が危険信号を全力で発している。
「行け! 早くしろ!」
「別に待ってやってもいいがな。まとめて排除できるなら手間が省けていいものだ」
叫ぶカイルにオストロミスは余裕な姿勢を崩さず言った。
「誰が排除されるですって?」
「お嬢様!?」
「茜!」
「揃ったな、始めようか」
やってきたのは茜を始め、俺たちの陣営の主力を担う面々だ。
「オストロミス・ガーシスマンね。ようやくその面拝めたわ。こうしてわざわざ私の前に姿を晒した以上は……」
茜の言葉を遮るように火炎とも雷撃とも取れるような、オレンジ色の塊が走った。
あわや茜に直撃というところで何かに弾かれるかのようにそれは爆散した。
「あら、随分なご挨拶ね。人が話している最中に魔法を撃ってくるなんて」
茜を守ったのは、いつも茜の隣に立っているリーネだった。
「生憎、俺は貴様らと話をしにきたのではないからな。貴様もそうだろう?」
「ええ、そうだったわね!」
お返しとばかりに茜も火炎弾の魔法を放った。
しかし、それは一払いで掻き消された。
それを合図に俺たちの戦闘が始まった。
というか、茜もオストロミスも無詠唱で魔法使えるのかよ。
「あの、カイルさん。先ずは出血だけでも止めますね」
アイラさんがカイルの治療に入り、シアンとシオン、リオットの三人が前に出た。
「賢治! ぼっとしない!」
茜の叱責が飛んできてハッとする。
悠長に状況を見ている場合じゃない。
俺も戦力になれるように頑張ってきた成果を出す時だ。
オストロミス、あんたは倒す。
他でもない、あんたに教わった付加魔法でな。
魔力を練れ。ありったけ。俺の魔力は尽きることはない、こん限り、練れるだけ練るんだ。
前線では三人に加え、治療を終えたカイルも戻り四人がかりでオストロミスを抑えにかかっていた。
どういうわけか、オストロミスは一人でやってきている。
突然の襲撃には驚いたが、逆にチャンスでもある。
ここで仕留めるという絶好の。
オストロミスは魔導士だが、近接戦もこなせる。
でなければ、現在魔法も使わずに四人の攻撃を凌ぎ、反撃することなど不可能だ。
「ーー貫け、スパイラルウォーターランス!」
戦闘を行いながら器用にも詠唱を唱えたシオンが魔法を放つ。
同時にシアンが破壊力抜群の拳を振りかぶって襲いかかる。
そんな双子の連携も、魔法は即座に同等のものをぶつけて打ち消し、シアンの攻撃は去なした。
たが、これは三段構えの攻撃だった。
二人の攻撃を凌いだ瞬間にはカイルの放つ銀の剣線が閃く。
「うおぉぉ!」
「その程度で俺に刃が届くとでも思ったのか?」
瞬間的にオストロミスの周囲を囲うように外側に向かって突風が吹いた。
その力に四人は弾き飛ばされる。
全ての魔法を無詠唱で行えるのか。
茜も無詠唱で魔法を使えるが、それはせいぜい中級の一部まで。
それ以上は現在のように詠唱を必要としている。
俺たちの作戦は、俺と茜が超出力の魔法を溜めてそれをぶつけること。
茜はアイラさんが魔力を使った側から回復させていき、限界まで魔力をなり続けた茜史上最大威力の魔法を放つつもりだ。
俺もそれが完成するまでひたすら練り続ける。
俺たちの準備ができ次第、リーネさんが結界魔法でオストロミスを閉じ込め、結界の一部を開けてもらいそこから中に魔法を放つ。
もちろん、結界は壊れてしまうだろうが一瞬でも、逃げ場のない最大規模のエネルギーがオストロミスに当たればいい。
「すいません。……もう、限界です……!」
そうこうしているうちに、アイラさんが肩で息をし始め、喘ぎ喘ぎ言った。
「ありがとう、十分だわ」そう言うと茜は目くばせで俺に合図を出し、詠唱の最後の一節を紡ぎいよいよ攻撃だ。
俺も練りに練ったこの大量の魔力を変換するものをイメージする。
安易に火炎や電撃なんかにすると、魔法をぶつけられて軽減されかねない。まさか、これだけの魔力に対抗し得る魔法を使ってくることはないだろうから、相殺はされないと信じたい。
なら、毒で? いや、そんな効くかどうかもわからない手段は危険だ。
ならーー
「全部融合だぁ!」
炎も水も風も土も雷も毒から物理まで考えられる限りの全てを混ぜる。
強いものをひたすら集め続ければ最強という、小学生じみた発想だが、いい。
それをこの石に付加して投げつけてやる。
「ーー悉くを骸と化せ!」
茜も詠唱を終えた。
瞬間、準備をしていたリーネさんがオストロミスの周囲に結界を張り、あとは俺たちが放つだけとなった。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
「ディエス・イレ!」
結界の一部が俺たちの魔法を中に入れるために開かれ、そこから中のオストロミスに向かって突き進む。
これで決定だとしたい。
だが、気のせいだろうか。直撃の瞬間、オストロミスの口角が上がっていたような気がしたのは。
直後、結界は破壊され大爆発と凄まじい衝撃が一帯を襲う。そんなことは容易に予測できるため、魔法を放った直後からリーネさんが何重にも防護魔法を用意している。
しかし、予想通りにはならなかった。
予想外のことが起きていたんだ。
「なんで、何も起こらないんだ」
結界は残っている。
まさか、俺のごちゃ混ぜが良くない方向に作用してしまったとか? そうだとしたら笑えない。
だが、あんな訳の分からないもの、オストロミスだって理解できない。
なにをぶつけていいのか。相殺、軽減はできないはずだ。
いや、何も起こっていないとは言ったが、全く何も起こっていないわけではない。
結界の中が見えないんだ。濃い白いモヤがかかっている。それがなんなのかすらも皆目検討がつかない。
全員がこの後どう転がるのか、臨戦態勢で固唾を呑んで見守っている。
そして、遂にその緊迫を破る時が訪れる。
結界にパシリとヒビが入った。そして、砕け散った。
「くくく。はははは。くはははは! これだ! これを狙っていたのだよ!」
モヤが晴れた。
中からは、ケタケタと笑い声を上げる無傷のオストロミスが現れる。
「そんな、馬鹿な」
「一体、何なのよ!?」
「お前たちの魔法……魔力は取り込ませてもらった」
笑いながらオストロミスは言った。
「そんな、あり得ない」
「あり得ているんだよ! 現に今ここでな!」
そして、殊更に邪悪な笑顔を見せたオストロミスが両手を前に突き出した。
何をするつもりかなんて、考えなくても分かる。
「リーネ!」
茜は叫んでいた。
俺も、皆んなも直ぐに身を守るための行動に走る。
「ふはは、塵となれ!」
ーー全てが白い光に包まれた。
「くそ、何が起きて……」
気がつくと、何もない空間にいた。
「茜! カイル! シアン、シオン! リーネさん、アイラさん! リオットさん!」
すぐにハッとなって安否を確認するため、叫ぶ。
俺たちは魔法が吸収されたのか分からないが、その莫大なエネルギーをそっくりそのまま返されたんだ。
「く、どういうことよ」
見渡すと全員倒れていたが、一応は無事なようでヨロヨロと身体を起こしている。
「まさか、この何もない場所って……」
リザルト。
街並みも人も全てが消えてしまっている。
「生き残ったのか、しぶといな。まぁいい」
「オストロミス! お前は!」
「どうするつもりだ? 全てなくなってしまったぞ? 付加魔法はなにか対象がないと使えない、そう教えたな。どうするつもりだ?」
「くそっ!」
その通りだ。今の俺に出来ることは……。
ある。
捨て身の手段だが、それしかない。
付加魔法はものにしか付加できない。
ものはある。
衣服。
ただし、俺の服に付加したところで意味はない。どうしろってんだ。
付加するのは、オストロミスが身に纏っている服だ。
あれに魔法効果を付加してほとんど自爆に近い方法でダメージを与えてやる。
「うおおぉぉぉぉぉ!!」
心を決める時間は必要なかった。
そのアイデアが降ってきた瞬間に俺は走り出していたからだ。
既に満身創痍で、全力で走っているつもりだが、足をひこずったりとヨタヨタと不恰好に写っていることだろう。
「なんだヤケでも起こしたか」
「ああああ!!」
パンチですらない、ただ腕を振りかぶって振っただけの攻撃とも呼べないような攻撃。
「愚かな」
片手で弾かれる。
「ああああ! うおおああ!!」
それでも惨めでも構わない。
ひたすらに手を振り続ける。当たったとしても打撃にすらならない、ヘロヘロの一撃。
「目障りだ!」
オストロミスの強烈なパンチに弾き飛ばされる。
だが、
「何とか触れられた、ぜ」
魔力は練っておいた。
「ああ、そういうことか。だが、もう忘れたのか? なぜ、こうなっているのかをな」
何も起こらない。
そう、せっかくの魔法も魔力を吸収されてしまっている。
「まだ、まだだぁぁ!」
それでも挑む。挑んで挑んで挑み続けて、触れて付加魔法を使っては吸収されてを繰り返した。
もはや、そのまま虫の息になっていた。
「無駄だ。分からないのか。気でも触れたか。まぁ、魔力をくれ続けるというのも悪いことではないがな」
くく、とオストロミスは笑う。
「だが、いい加減飽きた。また魔力は大量に貰ったしな。それで今度こそ貴様らを消し炭にするとしよう」
「させ、るかぁあ!」
飛びついた。
「どうだ離れねぇだろ?」
流石に動けないだろう。そう思っていた虚をついて俺は、抱きついた。
俺の服には粘着質の魔法を付加してある。
「やはり、愚かだな。貴様方吹き飛ばせばいいだけだ。何か狙っているようだが、俺には付加魔法を使おうとしても効果はない。死ね!」
ああ、そうだ。だからもうお前に付加するのはやめた。
お前と密着状態になっている俺の服に付加してんだ。
反射をな。
最初からこれを狙っていたんだ。
その間ずっと魔力を練っていた。
付加魔法の効果は魔力に比例する。
ずっと練っていたんだ、大抵のものは弾き返しちまうぜ。
例え、ここまでお前に吸収され続けてきた俺の魔力分の魔法でもな。
この密着、放った瞬間〇秒で帰ってくるんだ。吸収は出来ねぇよ。
まぁ、俺も衝撃はモロに受けちまうから道連れだけどな。
意識は飛んだ。
ーーそれで今に至るというわけか。
今のこの状況がなんなのか分からないが、なんとなく覚えがあるような気もしなくもない。
とーー
「石野賢治さん」
「あ、女神様」
どうしたものかと唸っていた俺の前に現れたのは、女神様だった。
俺があの異世界に行ったのはこの人が原因なのだ。
……違うな。確かあの時は俺が強引に連れて行ってもらったんだった。
ならそうか、なんとなく覚えがあるこの場所は、現代世界で死んだ後にやってきた空間だったからか。
「となると、やっぱ俺死んだんだな」
しかも、ここでの女神様とのやり取りを思い出すと、無茶言って異世界に行かせてもらうからすぐに死んだら地獄行き、だっけか。
二年以内とか。うん、一年も経ってないよな。
「あー、すいませんね女神様。すぐに死んじゃいましたわ」
やだなー。
地獄。
「そのことですが、心配していることにはなりませんよ?」
「え?」
なんか、女神様が優しい。
前は俺が怒らせただけか。多分これがデフォだ。
「確かに賢治さんは死んでしまいましたが、世界を救われたので」
「じゃあ、あの条件はなし?」
「そういうことになります。まさか、私もここまでのことをするとは思ってもいなかったので。失礼な物言いではありますけど」
「そっか、オストロミスは倒せたんだな。よかった。で、こっから俺ってどうなるんだ?」
こういうのって何度もできるものじゃあないだろうし。
訳のわからん死に方をして、異世界行って、師匠に裏切られて、昔のいじめっ子と再会していじめられて、そんれで世界を救う戦いをして、自分の命と引き換えに世界を救った。
最後以外はなかなかとうして散々だな。
まぁ、概ね満足かな。
そりゃあ苦しいことだらけだったけど、満たされてたっちゃあ満たされてた。
一つ、消化不良なのは茜のことかな。
図らずも再会を果たした。最初はいいものでもなかったが、時間が経つにつれまぁ慣れた。
恋愛感情的なものは微塵もないが、なんというか気にかかる。
「安心してください。このあと賢治さんは全くの別人として生まれ変わる訳ですが、功績からその後のことは私が保証しましょう!」
「あ、はい。ありがとうございます。お願いします」
「ではーー」
あ、そういえば世界は救われたらしいけど、みんなは無事なんだろうか。
ああ、もう遅いか。
「彩太郎! なにやってんの?」
「ごめん、六花。すぐ行く」
ほとんど毎日の光景だ。
斑目六花とは、腐れ縁という言葉が一番しっくりくる。
昔から何かと一緒なことが多い。
だからなのかもしれない。というか、そんなことは先ずあり得ないんだろうけど、俺と六花は出会うずっと前から知り合っているような気がしてないらないんだ。
「なぁ、六花。最近よく思うんだけどさ」
「なに?」
「あー、意味わからんこと言うが聞いてくれ」
不思議そうに六花は小さく頷いた。
「俺たちって出会うずっと前から知り合ってないか?」
「……はぁ?」
六花は「何言ってんだ、コイツ?」みたいな顔をした。そりゃそうなるかもしれないけど。
自分でも言ってて意味わからんし。
「何でもない、忘れてくれ」
「いや、無理でしょ。気になりすぎるわ」
「そのうちな」
「誤魔化して」
多分、これまでなんとなくといったらアレだが敢えて言うとなんとなく六花と過ごしてきた。
もっとちゃんと向き合えばなにか分かるのかもしれないな。
どういうことかはよく分からんが。
これから、じっくりちゃんと見て関係を築いていこう。
何もなければ何もないでいい。強く感じているんだから。
羽黒彩太郎と斑目六花には、きっと何かがある気がする。
長らく放置してきたこの作品ですが、これで完結させます。
伏線とか色々無視です。
ずっと未完なのもアレなので、とにかく終わらせました。
色々と至らぬところばかりの作品でしたが、ありがとうございました。




