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花祭  作者: たこやきいちご
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Chapter5『祈りの花』

転機の章です。

ひとつの旅が終わり、別の旅が始まる予感の章

Chapter5『祈りの花』


 とろとろになるまで煮込んだ肉と野菜の煮込み料理と小魚の焼いたもの、卵とバターの練り込まれた麺麭(パン)という、品数こそすくないものの、たっぷり量のある遅めの昼食が終わって、ふたりはティータに連れられて、小さな客室に案内された。

 城のなかは外観から想像されるとおりに広い。

 全体として、ひとつの建物を改装するたびに増築したような感じで、同じ階なのにもかかわらず、ちょっとした階段で段差になっていたり、なんの変哲(へんてつ)もない扉を開けると、唐突(とうとつ)に渡り廊下になっていたり。

 なかには同じような部屋の扉が連なっているだけの場所もいくつかあって、食堂からその客室へ移動しただけだったにもかかわらず、元の場所に戻る自信が、ルカにはなかった。

 ルカがその感想をティータに述べると、ティータは苦笑しながら、

「このあたりは、お城で働くひとがだんだん増えてきたのにあわせて、増築したらしいから。とはいえ、ここ千年くらい、修理以外、手は加えてないという話だけれどね。なににせよ、八十年や、長くて百年くらいの寿命しかないわたしには、実感のない時間だけれど」

 と、説明した。

 客室へゆくために回廊を通っていたとき、三人の歩く横を、何人もの城の侍女や従僕、下男が通り過ぎていった。

 また、たとえひとの姿の見えない場所にも、活気が溢れていて、この城が『生きて』いることを実感させる。

 使用人の区画はもちろんのこと、客室にも華美な装飾は見られなかったが、冷たい石壁は家具や品のよい掛布で目隠しされていた。

 細かなところまで、きちんと毎日手入れされているようで、ひとのぬくもりを感じさせる。

「では、試験のまえに書類を書いてもらわなければいけない。字が書けないようなら、わたしが代わりに書くけれど」

 客室の卓子(テーブル)の椅子にふたりを掛けさせ、ティータは言った。

「あたしは……公爵の候補ってのにはならないんだよ?」

 と、ルカ。

「いちおう、同席するひとにもみな、書いてもらっている。絶対とは言えないけれど、公爵閣下もご覧になっていらっしゃるとか。それはなかったとしても、領宰閣下は閲覧(えつらん)していらっしゃる。遠いところから訪れたひとには、なにがしかの金銭が下賜(かし)されてるから」

「じゃあ、しっかり書かなくっちゃねえ。でも、あたしは字が書けないから……書いてもらわなくちゃいけないけど」

 ティータはルカの言葉に頷いた。

 そして、リナのほうを見遣(みや)る。

「わたしは、大丈夫です。読めない字もいくらかありますけど、内容は分かりますし。書けると思います」

 卓子の上の羽筆(はねふで)を手に、一文字づつゆっくりと書類を埋め始めたリナからティータは目を()らし、ルカに向き直った。

「まずは、名前」

「ルカ。ルカ・トール。綴りは……適当でいいよ。リナに聞いてくれてもいいし」

 ティータがリナを見ると、リナはルカの綴りを指で宙に描いた。

 なるほど、と、頷き、それを書類に書き写す。

「出身地は?」

「ハルセリ。リナとおんなじトコさ」

「歳は?」

「十八」

「出身種族は? 見たところ、ふたりとも森の民のようだけれど」

「母さんはね。父さんは、人狼族。物心ついたころには死んじまってたけど、母さんはそう言ってたし、青の月の満月の頃には、すっごく身体の調子がよくなるから、間違いないんじゃないかと思う」

「じゃあ、貴女がた、混血なの?」

 驚いた顔のティータに、うん、と頷くルカ。

「それでは、貴女がたのご両親は……両方の部族から除籍の処分を受けたはず」

「あ……まあ、そうみたいだけど……。あんまり母さん、そういう話はしなかったし、あたしは、よく分からないんだ」

 他種族間の婚姻で子供が産まれることはすくない。

 特に祈族(きぞく)石化獣族(ばしりすく)と他種族の間で混血が産まれることは、まず、ありえない。

 また、森の民や人狼族は比較的混血が容易な種族だったが、その子孫は種的に不安定になるのか、何世代かすると、かならず一族の特質をまったくもたない子供が産まれたり、奇形をもって産まれ、長く生きることができなかったりするようになり、ほとんどの種族で、他種族との混血は禁忌(きんき)になっている。

 そういったことに無頓着なのは、異族の者にも血を与えることで同族となせる、祈族だけだ。

 もちろん、どれだけ厳しく禁じても、禁忌を破る者は必ずある。

 そういった者に対する制裁は、いちように、部族からの除籍と決まっていた。

 その処分を受けた者は、親兄弟、どれだけ近しい者がいようと、いっさい部族の村や土地へ足を踏み入れることは叶わず、都市での生活を余儀なくされる。

 また、その都市においても、同種族の相互扶助の輪のなかに加わることはできず、まさに夫婦だけで生きていかなければならない状況になる。

 そしてルカたちの父親は、彼女らの物心つかないうちに死んでしまった、という。

 母親は、誰ひとり助けのない場所で、彼女らを育てたのだ。

 ティータの瞳に、涙が光った。

「べ、べつに不幸ってわけじゃなかった……と、思うよ。母さんはあたしらに優しかった。父さんのことも、ずっと、好きだって言ってたし」

 母親のことを過去形で語るルカの言葉は、ティータに、もうすでにその母親も亡くなってしまっていることを、容易に想像させた。

 なにを言えばいいのか分からない、というように、押し黙るティータに戸惑うルカは、

「つぎ……はなんだい?」

 と、のぞき見るような表情で、ティータに声をかけた。

 ルカは自分の生い立ちや事情を話すのは苦手だった。

 しんみりしたり、同情されたりするのは苦手だ。

 どんなにほかの者から辛く見えても、ルカはそれなりに楽しくやってきたのだ。

 同情されるよりは、笑い飛ばすほうが、いい。

「ああ、そうだね。……次は、一緒に暮らしている家族は、と、質問にあるのだけれど、妹さんとふたりだけ?」

 そう、と、ルカは頷き、

「ふたごなんだよ。黙ってりゃ、結構にてるだろ?」

 と、付け加える。

「最後だけれど、仕事は? なにも決まった職業がないなら、そう書くけれど」

 その最後の質問で、ティータにもそれと分かるくらい、ルカの顔色が曇った。

 リナもまた、はっとしたように顔をあげ、ティータと姉を見比べている。

「ね、姉さんは……靴磨きとか、近所のおじさんの屋台のお手伝いとか、ね?」

 リナがそう言ってルカの同意を求める。

「ま、子供のときは、そんなこともしたっけね」

 苦く顔をゆがめてルカは言い、

「やっぱ、ほんとのこと書いた方がいいんだろ? 公爵さまが見るってんなら」

 と、ティータを見た。

「言いたくないなら、わたしは聞かないし、書かない。ひとつくらい書いていないところがあっても、構わないから」

 ティータはルカに優しく言った。

 部族の大人たちの助けもない、父親も、母親もいないふたりが、どんなことをして生きてきたか。

 ティータには、聞く必要はないように思われたのだ。

「まあ……べつに、言いたくないわけでもないんだ。そんなに、たいしたことでもないんだろうし。いろいろ、勝手に想像されるのもやだから、言っとくよ」

 そこまで言って、ルカはちらりとリナの顔を見る。

 リナは首を横に振った。

 が、ルカは続けた。

「あたしはさ、街娼(がいしょう)、やってるんだ。母さんが死んだ年からだから、十四のときからだね。でも、いっとくけど、リナはそんなことしてないよ。リナは、占い師をしてるのさ。稼ぎは……すくないけど」

「姉さん……ごめんなさい」

 項垂(うなだ)れて、リナ。

「べつに……たいしたことじゃ、ないだろ? そりゃ、まっとうだとは思わないし、妓楼(ぎろう)のお抱えじゃないから、自警団の奴らに捕まることもあったし……。でも、捕まえる奴らだって、あたしを買いに来てたし、それで食ってる女はたくさんいるし……ね」

 ルカは弱ったようにティータに笑んだ。

 ティータが椅子からゆっくりと立ち上がった。

 そして、ふたりのそばに歩み寄ると、彼女たちの頭をそっと抱き寄せ、

「貴女たち、ほんとうにいい子なんだね」

 そう、言った。

「『いい子』は……よしとくれよ。十八っていったら、もうとっくに一人前さ。だろ?」

 気恥ずかしげに鼻の頭を掻きながら、ルカは言い、

「ほら、リナ。あんたもなに泣いてんだい?」

 と、リナの頬の涙の筋を、乱暴に手の甲で拭った。

「なんだかずいぶん遅くなってしまったけれど、いちおう、試験をするよ。大丈夫、駄目なら、きっとわたしが話を通して、ここで雇ってもらえるようにするから」

 言いながら、ティータがふたりに手渡したのは、何かの植物の球根だった。

「ほんとうによくしていただいて、有難うございます」

 と、リナは頭を下げた。

「わたしも、むかし似たようなものだったからね。お互いさまだよ。それに、リナにはいちど占ってもらわなきゃね」

「はい。まえに使っていた札は旅の途中でなくしてしまって、いまはだめですけど。紙と絵の具が手に入ったら、作り直して、かならずティータさんをいちばんに占います」

 リナが明るい笑顔でティータに言った。

 占いの道具は、野盗の襲撃を逃げる際、野宿していた場所に置いてきてしまっていて、まだ作り直していなかった。

「ねえ、ティータ。あたしは、いらないんじゃないのかい?」

 ルカが、(てのひら)に載せられた軽く乾いた球根を、ティータに返した。

「見ているだけなのも退屈だから」

 やわらかく微笑して、ティータがルカへ球根を押し戻した。

「それは、王立魔法院がつくった特別なもので、それに向けられた祈りのちからに応えて、芽を出し、葉を茂らせて、花を咲かせる。試験は、いまから時間を計って、その時間内にどれだけ成長させることができるかをみるんだ」

「花って……なんの花なんですか?」

 リナが訊ねた。

「それは、咲いてのお楽しみ。教えてしまうとね、魔法を使って試験官に幻をみせるような、ふとどき者もいないとは限らないからね。決まりごとだ。でも、試験が終わったら、教えてあげるよ」

 時間を計るための砂時計を用意しながら、ティータは答えた。

「そんなことしたって、仕方ないじゃないか? あんたはともかく、公爵はだませっこないだろ」

 呆れたようにルカが言った。

「もちろん。だけど、どこにでも詰まらないことをする者はいるんだ。そんな詰まらないことをする者を、まさか公爵閣下に面会させるわけにはいかないからね」

「まあ……そうだねえ」

 ティータのいらえに、ルカは納得顔で頷く。

 いろいろと、こころあたりはある。

 機会さえあればそういう馬鹿なことを平気でするやつらを、ルカはうんざりするほど見てきている。

卓子(テーブル)のうえにそれを置いて、(てのひら)をかぶせるように置く。ただし、芽が出たときに上に伸びていけるように、ちょっと指を開き加減にかぶせる。……ここまではいいかな?」

 ふたりは、うん、と、頷いた。

「でも、なんで卓子(テーブル)のうえにおくんだい? てのひらに載せたほうが、なんだか効き目がありそうだけど」

 と、ルカ。

「その球根は、芽が出てくるのと一緒に、根も出てくる。どうやら、(てのひら)のうえにおいて、手に根が食い込んでしまったことがある……らしい。これは……王立魔法院の取り扱い説明書に書いてあるんだけれど」

 ティータが、細かな字がびっしりと記された紙片を、胸のあたりでひらひらさせて答えた。

 ルカが、げっ、と、低く(うめ)いた。

 リナの顔も、一瞬青ざめる。

「けっこう、それって怖くないかい?」

「わたしもそう思うけれどね。卓子(テーブル)のうえでやっている限り、そんなことにはならないから」

「ま、まあ、そりゃそうなんだろうけど」

 なんだか急に気味悪くなってきた球根を指で小突いて、ルカは言った。

「あの……どんなことを祈ればいいんでしょう?」

 リナが気を取り直して、訊ねた。

「なんでもいいみたいだ。とりあえず芽が出ますように、とか、花が咲きますように、とか、そういったふうに祈ればいいのじゃないかな。……それでは、始めるけれど、いいかな?」

 ふたたび、ふたりは頷いた。

 ことん、と、ティータが砂時計を返した。

 さらさらと、砂が流れ落ちてゆく。

 ルカは目を閉じ、芽が出たらいいな、と、眉間に(しわ)を寄せて願った。

 心臓の音を三十回も聞くと、ルカは眉間に皺を寄せるのにも飽きてきて、薄目を開けた。

 卓子(テーブル)の中央に置かれた砂時計の砂は、まだ半分ほど残っている。

 指の隙間から、ちらりと覗き見るが、自分の掌のなかの球根は、なんの変化もない。

『祈りのちからってのがないと、駄目に決まってるんだろうけど……面白くないね』

 分かっていることではあったが、それでも、なんとなく残念な気分で残りの時間、祈っている振りをしてやり過ごそうと、もういちど目を閉じた、そのときだった。

 がたん、と、椅子(いす)が倒れる音がした。

 ルカは驚いて目を見開いた。

 ティータが立ち上がり、椅子が倒れているのにも気づかないふうに、息を詰めて、一点を凝視していた。

 顔色はこころなしか青ざめ、唇をわななかせている。

「どうしたんだい?」

 ルカの言葉を、ティータは聞いていなかった。

 ルカはティータの視線のさき、リナの手元のほうを見遣る。

 リナの手から湧きだすような、緑の葉の一群(ひとむれ)

 見る間に茎が伸び、葉を茂らせ、そして、つぼみをふくらませてゆく。

 リナが、(まぶた)を開いた。

 それに呼応するように、花が(ほころ)ぶ。

 輝くような白い花弁。

「百合の花、だったんですね」

 夢見るように、リナが言った。

 ルカは妹のそんな表情を、以前に見たことがあった。

 四年前、母親が死の床にあったときに。

 ふたりで片方づつ母親の手を握り、懸命に祈った、そのときに。

 病気になって床に就いてから、ずっと苦しんでいた母親が、その最後の日、まるで父親の迎えに手を取られるかのように、安らかに逝ったのをルカは憶えている。

 リナが、なにかを懸命に呟きながら夢見るような表情で祈っていたことも。

 そのあとすぐ、リナも酷い熱を出したんだっけ……。

 いま、幼い頃の遠い思い出に(いざな)われるように、リナの唇が刻むのは、子守歌であった。

 瑞々(みずみず)しい葉群(はむれ)がそよぐ。

 涼しく甘い匂いが、室内に満ちてゆく。

 ルカには、時さえ止まっているかに思えたその瞬間、砂時計の最後の砂が落ちきった。

「リ……リナ。ルカ。わたしは、貴女がたのことを、公爵閣下に報告……しにいかなければならない。すぐに迎えに来るから、それまでここにいてくれるね」

 ティータの声は(かす)れて、囁きに近かった。

 視線はリナと、その手の白百合に(そそ)がれたまま。

 ルカが頷いた。

 リナも、どこか遠い目線をティータに向ける。

「わたしは……わたしには、絶対だとは言えないけれど……。リナ、貴女こそが、公爵閣下のお探しになっていたひとかもしれない」

 そう言って、意を決したようにティータは(きびす)を返し、部屋を出た。

 ふたりきり取り残された室内で、ルカとリナ、ふたりは百合の甘い香りに酔ったように、言葉もなく見つめ合っていた。

 居心地のよい、ふたりだけの沈黙。

 いろいろと言いたいことがルカにはあったが、言葉にする気にはなれなかった。

「……うそよ」

 長い長い沈黙を破ったのは、リナだった。

 彼女の動揺を映したように、百合の葉が震える。

「あたしは……これでいいんだと、思うよ。あんたの占いは、正しかったんだ。リナ、あんたは、いつだって、正しいんだよ」

 リナの髪を手櫛で梳きながら、ルカは(とろ)けるような微笑を頬に刻んだ。


私の頭の中で、王立魔法院の発明・研究課の魔法使いって言うのは無駄にマメでマニアックだという設定になっています。

そのうち、魔法院に骨を埋めることを人生の目標にしているヲタク系魔法使いの話も書いてみたい。

 

それはともかく、双子姉妹にようやく転機が訪れました。

まだ全然恋愛ものの気配がありませんが……そのあたりはもう少々お待ちください。

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