表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花祭  作者: たこやきいちご
4/14

Chapter3 『黒鳥の城』

prologue以来で公爵閣下登場。

そして双子姉妹もようやく公爵閣下のお膝元までやって来ます。

Chapter3 『黒鳥の城』


 城の中庭には、四季折々の花の香りが満ちていた。

 中庭の木々から(ただよ)う光砂によって、薄明るいばかりの湖上の城にあって、この場所には光が満ちている。

 中庭は城によって四方を囲まれ、八つの門によって城の内部と繋がっている。

 だが、生い茂る木々や草花のため、中庭の中央からは、その八つの門は見えない。

 城壁ですら、ともすれば見失う。

 昼下がりの中庭。

 花の香りに満ちたそこは、この『黒鳥の城』にあって、不可思議な静謐(せいひつ)のたゆたう、魔法の庭であった。

「公爵さま。よかった、ここにいらっしゃったのですね」

 若い使用人の声に、中庭の西の四阿(あずまや)で書物を紐解いていたシオン・エルザス公爵は、我に返った。

 憂鬱(ゆううつ)な面持ちで、溜息をひとつ。

 早朝より祈祷(きとう)塔にあった公爵が、日課から解放されたのは一刻前。

 十日のうち、三日。

 身体への負担を考え、祈祷塔におもむく日は公爵にほかの仕事の予定は入らないのが常であったが、時折、そうは言っていられない日がある。

「君は……確か秘書課のダナエ・カズメだね」

 気怠(けだる)い動作で頬杖(ほおづえ)をつき、公爵は眼前にかしこまる若い娘に声をかけた。

(わたくし)のような者の名をご記憶に留めていただき、光栄にございます。……あの、一度しかお目通り叶っておりませんのに」

「ライラの格別(かくべつ)推挙(すいきょ)で、いまはライラ直属の三等秘書官だったかな。誰も()って食べたりしないというのに、ライラの横で小鳥のように震えながら、お辞儀をしていたのを憶えているよ」

 花の(ほころ)ぶような公爵の微笑に、ダナエの頬に朱がのぼる。

「申し訳……ありません。あの時はすこし、緊張しておりましたので。いまは、もう大丈夫です」

「それは残念」

 本当に残念そうな表情で、公爵は立ち上がった。

 軽く伸びをして、欠伸(あくび)をひとつ。

「どちらへお越しでございましょうか」

「君は、ライラに見つからずに羽を伸ばせる場所を知っているかい?」

 ダナエは公爵の言葉に、秘書官は、ぱちくりと(またた)きをして小首を(かし)げた。

「ま、こんなに可愛らしい小鳥が、些細(ささい)な失策でライラに怒られるのも可哀想だからね。(あきら)めてしっかり働くことにしよう。ダナエ、これからのわたしの予定はどうなっている?」

 考え深く公爵はひとつ(うなず)き、ダナエを見遣(みや)った。

「は、はい。領宰(りょうさい)さまとの打ち合わせのあと、エギネ、ダラフォス、ジマ、各自治都市の議会議長さまがたとの五者懇談会。そのあと、ガルダ・アーイエさまとの交易に関する懇談会が予定されております」

「なるほど。少々気分が(すぐ)れないのだが、座っているだけならなんとでもなりそうだね」

 公爵はそれでも(いく)ばくか(うれ)いがちに呟き、若い秘書官に向き直った。

「ところで、ダナエ。ライラのお使いをするときには、まずは用件を伝えなければいけないよ。特にわたしを相手にするときはね。ライラにさんざん忠告されなかったかい? ……たとえば、『見つけたら用件を告げて、後は有無を言わさずひきたててくること。でないと煙に巻かれて逃げられてしまう』とかね」

「申し訳ございません」

 公爵の言ったことがあまりに核心を()いていたためか、秘書官としては基本的な過ちを指摘されたためか、あるいはそのどちらものせいか、ダナエは身を小さくして(こうべ)を垂れた。

「気にすることはないさ」

 公爵は秘書官の肩を軽く叩いて、微笑。

「君に意志さえあれば、仕事の要領なんてすぐに憶えられるものだし。わたしは、事務的な会話よりは無駄の多いおしゃべりを好んでいるのでね。何故だか、我が親愛なる領宰どののお気には、召さないようなのだが」

「過分なご配慮にございます」

 公爵の言葉に、ダナエは深くお辞儀した。

「さ、領宰どのがお待ちだ。これ以上待たせたら、きっとふたりならんでライラの小言(こごと)謹聴(きんちょう)するはめになるね」

 公爵は同意を求めるように秘書官を見遣り、それから、秘書官とともに、中庭を後にした。

 ほうけ顔のルカとリナが、丁重(ていちょう)に転移魔法の広間からの退出を求められたのは、昼も間近のことだった。

 エギネで、追い出されたわけではない。

 パジェル側、つまり、転移先の広間での出来事だった。

 ふたりのほかの客は、もうとっくの昔に出ていってしまったあとで、広間にはふたりだけ。

「話にゃ、きいてたんだけどさ、やっぱ、凄いもんなんだねえ」

 ついいましがた目の前で繰り広げられた光景を思い出すように、ルカが言った。

「初めてのお客様は、みな、そう言って感心してくださいます」

 ふたりを広間から連れ出して、出口へ案内している青年が、ルカの素朴(そぼく)感銘(かんめい)に応えた。

 広間いっぱいに描かれた、微細な装飾文字の施された六芒星。

 玄妙な魔法の淡い輝き。

 唱和する呪文。

 杖を鳴らす爪音。

 そして、一瞬、あたりが真っ暗になって……。

 気が付いたら、こちら側にいた。

 エギネでないことは誰に訊かなくても、わかった。

 空気が、まるで違う……。

「ずいぶん、お気に召していただけたようですね。なかには転移魔法の魔力の場に酔ってしまわれて、『高い金を払ったのに、こんなに気分が悪くなるなんて!』と、さんざん怒鳴り散らして出て行かれる方もいらっしゃるのですが」

 魔法の場を効率よく保つため、エギネの方もそうだったが、転移魔法を行う建物は、かなり入り組んでいて、窓がない。

 よって、実際の広さはそうたいしたものでもないのにかかわらず、出口までは、距離がある。

 その細い通路を案内する青年はといえば、薄手とはいえ暑いだろうに、王立魔法院在籍者たる(あかし)の雪灰の外套をきっちりと着込んでいる。

 左手には魔導三位の位階を示す朱土の杖。

 魔導三位というのは、魔法院がそこで学ぶひとびとの能力別に定めた位階のひとつである。

 上は一位から、下は十位まで。

 一度、位階が決定されても、年に三度、希望者にのみ行われる試験により、上を目指せるようになっていた。

 各位階ともに定員があるわけでなく、実力さえあれば取得できる。

 ちなみに、転移魔法の行使が可能とされるのは、一位から四位までであり、魔法院在籍者の総数で千五百名程度。

 過去に位階を取得し、現在は市井にあるものを含めても四千名程度。

 この位階にあるものは、魔法院を出ても職には困らない。

 それゆえ、ルカたちを案内する青年もまた、それなりの実力を持つ魔導士であるのだが、ルカたちには、それは分からない。

 ずいぶんと品のいい案内係かなにかだと思っている。

「あの、エルザス公爵様のお城へは、どう行けばいいんでしょう?」

 リナが尋ねた。

「それでしたら、玄関を出られたら分かりますよ。ここはパジェル市街のはずれのほうに位置してますから、右手の方を見ていただいたら、お城の姿が見えますし、運悪く馬車が見つからなくても、湖のこちら側の城門までは、歩いても直ぐですから」

「やっぱり、湖の真ん中にあるって、本当だったんですね」

 はい、と青年は笑顔で答えた。

「でも、お城の方へは、その門の前までしか行けません。もちろん、ご用の方は別です。王都近隣のファルシア城や、ファベル伯爵の夏の宮などは、ご使用にならないときは一般に公開しているそうですが」

「あたしら、お城をただ見に来たわけじゃないのさ」

 胸を張ってルカが言った。

 姉さん、と、小声でリナ。

「あ、もしかして、公爵さまの継嗣(けいし)探しの件で?」

「そのとおり」

 と、ルカ。

 リナは顔を赤くして(うつむ)いた。

「その件なら、言えば門番の衛士(えじ)たちが親切に案内してくれると思いますよ。お触れが出てしばらくの間、結構、帰りがけに魔法の道を利用してくださる方もいらっしゃったので、(うかが)ったんですが」

「まだ決まってないんだね?」

「ええ、実際、決まるとはちょっと思えないんですけど……。公爵級の祈りのちからなんて、ふつうのひとに宿るはずもありませんし。いえ、あの、気を悪くなさらないでください」

 ルカの冷たい目線に、青年は慌てて付け加えた。

「わたしたちもそう思ってるんで、気にしないでください」

 と、リナ。

「実のところ、僕たちも、誰が公爵さまの継嗣になられるのか、興味津々なんです。学院でも、本当に市井から見つかるのか、国王陛下のご子息が降家なさるのか、教授に内緒でこっそり賭をしているくらいで。僕なんかエルザス領担当だから、学院に帰るたびに、みんなから様子を訊かれてますよ」

 青年はそう言って、ようやく辿りついた出口の扉を開けた。

 そとの湿った空気が、ふたりの身にまといつく。

 湖の、澄んだ匂い。

 さざめく波音。

 ほら、と、青年の指さした方を見ると、光砂の(かす)かに漂う薄明るい湖面に(そび)える、おおきな城の影があった。

「こんど、その『ガクイン』ってとこに帰ったらさ。あんた、あたしの妹に賭けなよ。リナって言うんだ。勝たせてやるよ?」

「姉さん!」

 リナがたまらずに姉の頬を(つね)った。

「もう……ほんとに。ご免なさい、姉さん、いつもこんな調子だから」

 青年が笑う。

「なかなか面白いひとですね。僕もあなたがたのように個性的な公爵候補の方にあったのは初めてです。みんな、生真面目そうな方や、あえて言うと……山師(やまし)ふうのひとたちばかりで」

「賭けなよ」と、ルカ。

 実際は頬を抓られているせいで、聞き取りにくい言葉ではあったが。

「賭けますよ。あんまり、たくさんは手持ちがないんですが。あなたがたの幸運を祈って」

「まかせときな。街で女を買うぐらいの金にはなるだろうさ」

 妹の手をふりほどき、すこし赤くなって爪痕の残る頬に不敵な笑みを刻んで、ルカが言った。


中世世界に魔法があって、しかもそれが商業的に採算を考慮して運営されているという状況が書きたかったんですが……って、そんな理屈どうでもいいですね。


余談ですが王立魔法院のシステムについては、別の話でもうちょっと詳しく書いています。

要は才能ある人の才能を伸ばし、無料で職能訓練を施す代わりに、学院に所属している間は低い給料でこき使われる、国王直属の学校です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ