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花祭  作者: たこやきいちご
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Chapter2『街』

なんとか難を逃れた姉妹が、大都市エギネに辿り着き、目的地を目指します。


Chapter2『街』


 夜が明けて、街道に下りたルカとリナのふたりは、一刻(いっこく)も経たぬうちにエギネへ向かっているという商隊の一行に行き当たった。

 ルカが商隊の後ろのほうを守っていた衛士(えじ)をつかまえ、歩きながら手短に自分たちが野盗に襲われて命からがら逃げてきたくだりを話し、便乗を願うと、その衛士は、仲間たちに話をつけて、こころよく彼らの使っている馬車の片隅(かたすみ)を、彼女たちのために空けてくれた。

 馬車には、非番で身体を休める衛士に混じって、怪我を負った衛士たちの姿もあった。

 聞けば、昨夜、彼らも野盗の一群に襲われたという。

 あたしらを襲った野盗にやられたんだろうね、と、ルカは思った。

 思い起こせば、野盗たちもそんなことを話していたような気がする。

 彼女たちをそこに案内した衛士は、食事の用意は自分の一存(いちぞん)ではどうにもならないことと、昼食の休憩のときに、商隊の責任者に会って正式な便乗の手続きをとらなければいけない旨を、彼女らに告げると、自分の持ち場に戻っていった。

 正式な便乗の手続きとは、要するに金を払わなければならない、ということだ。

 支払いさえすれば目的地まで、比較的快適な馬車の旅となる。

 食事から身の安全まで、面倒を見てもらえる。

 エギネまで徒歩でも五日。

 商隊に便乗すれば、三日と半分。

 歩けない距離ではなかったが、どちらにせよ、食料だけは分けてもらうしかない。

 ルカは、昼に商隊の責任者に会ったときに、耳飾りと外套を売る交渉をすることに決めた。

 街で売りさばいたほうが高い値がつくような気がしたが、仕方がない。

 ルカの値踏みするところ、外套は縫製の良さと布の手触りの良さで、なかなかの高級品だが、金や銀の細工による飾り気はなく、銀貨十枚。

 耳飾りは小振りではあったが、血のしずくのように美しい紅玉と、細い白銀の留め具の、鮮麗な蔦の細工は、素人のルカがみても、とても凡庸(ぼんよう)な細工師の手によるものとは思えず、銀貨三十枚。

 それだけあれば、この商隊の便乗代を支払い、なくした着替えや下着やらを手に入れ、エギネでそこそこの宿に泊まり、さらに、パジェル行きの商隊に便乗することもできる。

 もちろん、ルカの値踏みはまるきり見当違いかもしれないし、値切られる可能性もある。

 ルカはこれらの品物の出所について、()かれれば本当のことを話すつもりではいるが、信用してもらえるかは運次第だった。

 盗品だと疑われても、よほどの証拠がないかぎり、エギネの自警団に突き出されたりすることはないが、品物の値は、思い切り足下を見られることになるはずだった。

 ルカは、青年のくれたものに少しでも高い値がつくことを、こころから願った。

 リナも、おなじ気持ちだったに違いない。

 もっとも、リナは衛士の馬車に乗ってすぐ、疲れのせいで眠りに落ちてしまっていたが。

 商隊の責任者は、痩せた背の高い男だった。

 ルカの商品は、彼がみずから目利きした。

 耳飾りについては、銀貨三十枚と二十二枚で揉み合ったあげく、二十五枚で値が付いた。

 外套は、いちにち、商隊のあずかりとなった。

 上質なほかは取り立ててなにもなさそうな、その外套のなにを鑑定するのか、ルカには分からなかったが、もちろん、黙っていた。

 自分が持ち物について無知であることを、わざわざ教えてやる必要はないからだ。

 ルカは外套を商隊に預けていることを示す預かり札をもらい、エギネまでの食事代を前払いし、商隊からふたり分の靴、女物の衣装と外套、下着をいくらか、それらを詰め込む鞄を買って、衛士たちの馬車に戻った。

 運賃を取られなかったのは、たまたま、客用の馬車に空きがなく、結局、エギネまで衛士の馬車に乗っていなければならなかったせいである。

 また、外套の鑑定が済むまでは、彼女らは商隊の責任者の、交易の客となるためでもあった。

 ルカもリナも、衛士の馬車に乗っていることについて異存はなかった。

 たった三日の距離といえど、徒歩はもううんざりしていたし、すこし狭かったものの衛士たちはことのほか親切で、なにより、運賃を払わずに済むことが有り難かったからだ。

 次の日の昼の休息時に、商隊の責任者に呼ばれたルカとリナに、責任者は、外套を手に入れたいきさつを、なるべく詳しく語るように(うなが)した。

 ふたりは思い出せる限りのことを正直に話した。

 責任者は「ふむ」と、重く考え込み、しかし、すぐに使用人のひとりに銀貨の袋を用意させ、ルカたちの目の前に積み上げた。

 銀貨三袋。

 枚数にして、三百枚。

 リナが息を呑んだ。

 ルカも、なにがなにやら、目を白黒させるばかり。

 だいたい、銀貨の一袋に百枚入っていることくらいは、ふたりとも知っているが、実際、見たことはこれまでいちどもなかったのだ。

「あの外套には、かなり強力な護身の魔法が織り込まれている。剣の切っ先、弓の(やじり)を防ぎ、魔法を跳ね返す。これは市井の者の持てるものじゃない。だから、君たちが出会ったのはただの金持ちなんてものじゃなく……王族、あるいは、大貴族の誰かかもしれない。君たちは……その貴公子の名は、訊かなかったんだね?」

 商隊の(あるじ)は、彼女らふたりに噛んで含めるように、そう言った。

 この言葉に、ルカもリナも、ただ首を(たて)に振ることしかできなかった。 

 彼は、ふたりがこれをどこかから盗んだのだとは、考えなかったようだった。

 そう……族や大貴族の持ち物なら、盗めるような代物(しろもの)ですらないのだ。

 王族にしろ、大貴族にしろ、その地位の根幹たる祈りのちからは当然のことながら、その魔力にも他には及ぶべくもなく絶大なものがあり、護身として剣技を(たしな)む者もおおい。

 その彼らの持ち物を盗むには、万死を覚悟してもまだ足らないであろう。

 とても娘ふたりに盗めるものとは思えず、また、正当な理由で下賜(かし)されたものならば、商人としては、滅多な値を付けることはできない……。

 それらのことを勘案しての代価であった。

 もっとも、それでも商人にとっては安い買い物だったに違いないのだが。

 結局、ふたりは持ち運びを考えて、銀貨二袋分を金貨に換金し、銀貨一袋と金貨二十枚を手にして、その夜は商隊の主の馬車で眠ることになった。

 狭いながらも間仕切りのついた小さな個室で、ルカが柔らかい毛布にくるまって、うとうととしていると、リナが、

「悪いひとたちに囲まれてたあのとき……あのひとが、わたしたちに外套を譲ってくれたでしょ? あれ、わたしたちを護ってくれてたのね」

 小声でそう、言った。

 ルカは

「ほんと、信じられないくらい、いい奴だったよ」

 と、妹の言葉に頷いた。

「もし……エルザス公爵さまにお目通り願えたら……。もしも、ほんとに、もしかして会えたらだけど……。あんなにいいひとだったら、素敵だね」

 ルカは妹の呟きに、言葉なくもう一度頷く。

『会えるともさ。かならず、ね。そんでもって、いい奴なのさ。決まってるじゃないか、リナ……』

 ルカはこころの中でリナに語りかけながら、妹の心臓の鼓動とぬくもりに誘われるように、深い眠りに落ちた。

 エギネに到着して商隊と別れたルカたちは、ひとの波に揉まれ、けたたましい宿の客引きに驚きながらも、とりあえず並程度に思われた旅亭に一泊の宿を取って、街に繰り出すことにした。

 いちおうの目的は、パジェルへの交通手段を確認することである。

 当面のところ、パジェル行きの商隊に便乗する気でいるが、それにしても、いつの出発になるか調べておく必要がある。

 石造りの街並には、ひとがあふれている。

 ひと、ひと、ひと。

 ルカやリナが見たこともない種族の者も多い。

 浅黒い肌に(たてがみ)のような髪を持つ者、(ひたい)や手の甲に(うろこ)を持つ者、(いわお)のような巨体に巨大な爬虫(はちゅう)の尾を持つ者……。

 世界に数ある自治都市のなかでも、エギネは十指に数えられるほどの大都市だ。

 通りの広さも、ひとの多さも、その種族の多様さも、(あきな)われる品物の数も、(にぎ)わいも、なにもかもがハルセリとは違った。

 ハルセリとエギネは徒歩でもたったひとつき、エギネの噂はルカも聞き知ってはいたが、実際はルカの想像するところを越えていた。

 エギネは巨大だった。

 おそらく、街の面積自体はハルセリの倍か、どれだけ多く見積もっても、三倍といったところだったが、ひとと物の多さは、街自体を質的に変容させているようだった。

 ふたりは取り敢えず大通りへ出て馬車をつかまえ、役所まで乗ることにした。

 いつもならば、道々、ひとに尋ねながら徒歩で、というのが当たり前なのだが、ルカにもリナにも、行き着く自信がなかった。

 幸いにしてお金には困っていない。

 なにはともあれまず役所へゆくのは、こういう自治都市のほとんどが、交易を産業の主軸(しゅじく)にしている関係だ。

 交易に関税や一定の手数料を課し、その見返りに都市直属の自警団を衛士として振り分けるため、正規の商隊の日程は、たいていの都市が把握している。

 ちょっと気の利いた都市になると、役所の窓口で商隊に便乗する手続きがとれる。

 何度か無秩序に見えるひとの波に足止めを喰らったものの、御者のほうも心得たものか、裏道をすり抜けつつ、ふたりは役所についた。

 大きな建物を入ってすぐの、ずらりと並ぶ窓口を見渡し、リナが「行ってくるわね」と、姉に声をかけた。

 ルカは、行っておいで、とばかりに手を振って、待合いの席の空きを見つけて、座る。

 どこでも、どういった状況でも、細々(こまごま)としたことをひとに尋ねたり、説明を受けたりするのは、リナの役割だった。

 ルカは小難しい話となるとお手上げだし、なにかの都合で書類を読まなければならなくなると、もう、どうにもならなかったからだった。

 ルカは字が読めない。

 それで不都合を(こうむ)ることは少なくなかったが、ルカは、どうしようもないときはリナに何とかしてもらう……くらいに割り切っている。

 ちなみに、リナが街で暮らすのには困らない程度、字を読むことが出来るのは、ハルセリが運営する慈善学舎に、三年ほど真面目に通っていたことによる。

 リナがいろいろと話を聞いているあいだ、待合いの椅子からぼんやりと通りを眺めていたルカは、姉を呼ぶリナの声で、我に返った。

「パジェルに行く商隊の日程を書き抜いてもらったんだけど、どうしよう?」

 リナはそう言って、小さな紙片に細かに書かれた中身を、姉のために、ひとつずつ読み上げた。

 それによると、どうやら、明日の午後、四日後の午前、五日後の早朝、と、割に切れ目なく便はあるらしい。

 それから、その商隊の便とはべつに、もうひとつ。

「へえ、転移魔法の定期便が明日の午前中、ねえ。転移魔法があるなんてね。さすが、でかいだけはあるね」

 ルカが感心したようにリナに言った。

 各都市間の転移魔法による移動は、王立魔法院と都市議会の共同出資によって運営されている。

 転移魔法の行使には、最低でも一度に六人の魔導士を要する。

 遠い場所なら一度に十八人が必要になる場合もあり、代替の要員も含めると、最低、魔導士を二十人は雇い入れておく必要がある。

 必要な人員のうち三分の一は、王立魔法院との契約により、魔法院よりの派遣となるが、あとの人員は各都市で都合せねばならない。

 また、転移魔法を行使できるだけの技量をもつ魔導士はそう多くはなかったから、魔法院のある王都はともかく、ほかではよほどの大都市か、大貴族の支配する領都でなければ、転移魔法による定期便は存在しなかった。

 エギネは数少ない例外、というわけだった。

「商隊の一番速いので、パジェル到着は五ヶ月後だろう?」

 ルカは、リナの表情をちらりと見遣る。

 パジェルまでまっすぐに目指せば三ヶ月足らずであるが、商隊はいくつかの都市を経由することが多い。

 五ヶ月で着くなら、かなり速い部類だ。

「姉さんの言いたいことは分かるわ」

 (あき)れた顔でリナが言った。

「大急ぎで行ったって、わたしは公爵になんかなれないし、なにより、高いのよ。転移魔法の利用料、ひとり金貨で五枚なのよ。ふたりで十枚。商隊の便乗なら、いい席を取って、上等の食べ物を出してもらったって、ふたりで金貨三枚なのよ」

 リナはほかのひとの耳を(はばか)り、小声で、しかしきつい口調で姉に言った。

 ひとを憚ったのは、自分たちが分不相応なお金を持っていることを、まわりに知られたくなかったためだ。

「でもね、リナだって、ちょっと気になりゃしないかい?」

 疑るようなルカのまなざしを受けて、リナは言葉に詰まった。

 転移魔法を利用するなど、庶民はおろか、なまじの商人ですら手の届かない贅沢だ。

 昔話の英雄たちが、主君の窮地を救うために使うような、胸躍る特別な魔法のちから。

 一生にいちどくらい、利用してみたい。

 どんなものか見てみたい。

 ルカはもとより、リナの顔にも書いてある。

「金なんか、暮らしていくくらいなら、稼げばなんとでもなるさ。後生大事においといて、誰かにふんだくられたりしたら、詰まらないだろ? 二枚切符買ったって、まだ半分以上残るんだし……」

 ルカの言葉に、リナは困ったような泣きたいような恥じるような、なんだかよく分からない表情で、姉を見つめた。

 ルカが、ふふん、と鼻で笑う。

 あんたがなにを言ったって、本心はお見通し、とでも言いたげに。

「買っといでよ」

 ルカが、言った。

 やっぱり、だめよ……そう言うつもりだったか、なかば開かれたリナの唇を人差し指で押さえ、くるりと役所の窓口のほうを振り返らせる。

「おどおどして、役人なんかに見くびられんじゃないよ。なんたって、あたしら客なんだからね」

 リナが頷いた。

 夜、ふたりは役所のかえりに市場で買い求めてきた、蜂蜜のたっぷりかかった甘い焼き菓子や、見たこともない果物を干したのやらを(つま)みながら、昼間にとっておいた旅亭で、明日の出立の準備をしていた。

 とはいえ、いちばん大切なあしたの切符とお金を擦られにくいところに仕舞い込みさえすれば、あとはこれといった支度はないのだが。

 ふたりとも、寝てしまうのも惜しいような気がして、なんとはなしに、ぐずぐずしていたのだった。

「こんな大きな街で、仕事すんのも、いいかもしれないね」

 旅亭の二階の窓越しに、いまだあかあかとした街灯りを眺めながら、ルカが言った。

妓楼(ぎろう)に籍のない街娼(がいしょう)でも、なかなかばれやしないだろうし、客も多いだろうしさ」

「そうね……わたしも頑張って、姉さんが(いや)なお客を取らなくても、暮らしていけるようにするわ。すぐには駄目でも、市場のいいところに占いの小さな露店を開くのよ」

 リナの言葉に、ルカは声もなく笑った。

 照れたような、哀しいような、もの言いたげな微笑。

「姉さん?」

 リナが、ふと、姉の顔を覗き込む。

「どうかしたかい?」

 ルカはリナの、どこかしら不安げな表情に、明るい声で言った。

「姉さん……もしかして……」

 躊躇(ためら)いがちに、なにごとか言おうとする妹の鼻を(つま)み、軽く(ひね)って、ルカは笑う。

「だいたい、いつもあたしの稼ぎで食ってるんだからさ。あんたがあたしを養うんだったら、公爵にならなくっちゃね」

「でも……そうよ。駄目だったら、わたし、誰かにお城の下働きに雇ってくださいって、お願いするわ。姉さんとふたりでお皿洗いなんかしながら暮らすのも、楽しそう」

 リナの提案に、ルカは頷いた。

「あたしはもう寝るよ。あした、時間に遅れでもしたら大変だしね」

 リナも、なぜかほっとしたように頷く。

 食べかけの菓子を鞄のいちばんうえにしまい込んで、ルカは灯りの火を吹き消した。

 二刻ほど、過ぎただろうか。

 灯りの消えた部屋、妹の寝息を聞きながら、ルカは寝台に身を預けて、街の灯りを眺めていた。

『姉さん、もしかして、わたしを置いていくつもりなの? 公爵さまのお城で、わたしをひとり置き去りにしてしまうつもりなの?』

 ルカには、妹の問いたかった言葉が、分かっていた。

「こんなに性分が違ったって、やっぱり妹なんだねえ」

 万感の思いの籠もるルカの呟きを、聴く者はなかった。


中世世界の大都市って、どうやって発展してたのかな……と考えながら書いていた回。もちろん独自の産業を持っていた街は別なんでしょうが。

本来なら、中世世界の交易の中心はおおむね、おおきな河川のそばか、海沿いにあるものですが、この国ではおおきな河川がたくさんはない、大陸国家を想定しているため、陸上交易もそこそこ発展している設定になっています。

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