人形遣いとアルバイト 1
これにてオンゲー世界一月分の更新は終了。
……一息付きたいってのが本音だけど。(殴)
世界樹のお膝元とも呼ばれる四英雄の街・シューレ。
そこはかつて四英雄たちが拠点にしていた街というだけあって、未だに調査の終わってない遺跡の探索や、大陸一と言われるほど上質な武具・ポーション類が揃っている為、補給に困ることはなく多くの上級冒険者(無論現在のヴェルト水準)たちの活動拠点となっている。中には借金をしてまで高価な装備に新調するという話があるぐらいだ。
勿論、観光地としてもシューレは機能している。観光地にありがちな名産品は四英雄クッキーから始まり、英雄たちが使ってた装備品のレプリカに資料館など、この地を訪れる人の興味を惹くものが山ほどある。
「うわ、本当にブロンズ像建ってるよ……」
ケンタロス一同と別れ、食べ歩きを兼ねて街を観光しているのは噂の四英雄が一人、エルフォードこと柊弥生。露店で買ったオステリア焼きなる鯛焼きによく似た食べ物を頬張ったまま、顔をひきつらせる。飲食代はリーラ持ちであることを付け加えておく。
過去の偉人を称えて銅像を建てるのが悪いとは言わないが、いざ自分がそうした立場になると相当恥ずかしいものがある。
「えーっと、何々……『勇者オステリア率いる四英雄を称えるブロンズ像』って……俺たちはオステリアのオマケ扱いか」
「目立つという意味では確かにオステリア様は目立っておられましたね」
皮肉のこもったリーラの言葉を聞き、当時を懐かしむようにうんうんと頷く。
オステリアがパーティーリーダーであった以上、自分たちが彼女──つまり男のアバターを使った女性プレイヤーのおまけであることは否定しない。が、実際のところオステリアの役目はせいぜいリーダーであることとジャンヌの護衛ぐらいだった。戦闘が始まれば実質、弥生達の独壇場だった。尤もこれは安心して背中を預けられる仲間がいるからこそ出来た芸当だったが。
「これからどうされますか?」
「うーん、そのまま宿に戻るのもつまらないし、郷土資料館にでも寄ってみるか」
これは純粋な興味から来るものだ。事実というものは大抵、脚色されるのが世の常。弥生が目当てにしているのはどの程度事実が脚色されているかだ。
人当たりの良さそうな住人に郷土資料館の場所を聞いて、その足で実際に向かう。流石に五○○年も経てば街なんてものは大きく変わるが道順や建物の位置関係などは昔の記憶とそれほど変わってなかった。
中でも彼の記憶と寸分違わぬ外見を保った建物と言えば──
「え、ここが郷土資料館……?」
思わず陶製プレートを二度見する。果たして、郷土資料館なる建物の正体はかつて自分たちが活動拠点として利用してたギルドのホームタウンだった。
外見も、塗装も、仲間の趣味だったハーブ園も、当時のまま。
込み上げてくる懐かしさに包まれながら名簿表に名前を書く。
「──はい、エルフォード様とリーラ様ですね。それにしてもエルフォード様、四英雄と同じ名前とあっては色々と苦労されるのではないでしょうか?」
「えぇ……まぁそれなりに……」
「やはりそうでしたか。でも、安心して下さいね。子供に四英雄の名前を付ける親というのはそれほど珍しくもないんですよ?」
「へぇ、そうなんですか……」
相づちを打ちながら『親ばか過ぎるだろ……』と内心で突っ込んでおく。
順路に従って歩き、展示物とその但し書きに目を通す。最初に目に飛び込んだのはジャンヌに関する記述だった。
『聖女ジャンヌは弱きを助け、強きを挫くという、まさに弱者救済を体言化したような御方です。誰からも愛されるその美貌はまさに民衆達から絶大な支持を得て、横暴な権力を決して許したりはしない偉大なる英雄であられ──』
「………………」
まだ数行しか目を通してないにも関わらず、頭を抱えたくなる内容だ。
弱者の味方であったことに否定はしないが、本性を知る彼から見ればあれは聖女なんて言葉は過分にも程がある。
というのも、メンバーの中で尤も苛烈で好戦的だったのがこのジャンヌだ。見敵必殺を信条とした彼女は魔物の群れを見つければ嬉々として大魔法をぶっ放し、盗賊を捉えれば新撰組のような尋問を掛けたり、【王家への挑戦】と呼ばれるクエストでは見事に王位継承権を勝ち取ったその日のうちに自分たちが有利になるような政策を敷いたり──とにかくやりたい放題だった。
因みにこの【王家への挑戦】なるクエストは選択肢がない代わりに行動次第であらゆる結末を見せるので多くのプレイヤーを魅了し続けた。かく言う弥生もこれに挑戦したが、結末は『将来有望なエルフの姫君と極めて親しい間柄になった』だけで終了。報酬もランダムでアイテム、或いは装備が出てくる廃人御用達の古代の箱。結末にも箱の中身にも肩を落としたのはお約束だ。
「あの悪女が聖人扱いですか。世も末ですね」
「そういやお前、ジャンヌとはやけに仲悪かったな……」
「はい。やはり女性はお淑やかで一途に尽くす従順な女性に限ります」
「…………こうなるって分かってたら当時の俺をマジでぶん殴りたい」
真顔で言うから余計に恥ずかしい。他にもジャンヌが使っていた装備品を模造したレプリカや年代表などがあった。彼女がメインで使ってたのはクロノスの杖という、両手装備のアーティファクトだ。両手装備の弊害として盾が装備できなくなる代わりにデフォルトで【魔法防御無視】【魔法ダメージ二倍】【ディレイなし】の恩恵を得るそれは一撃で丘を吹き飛ばしたのはネット上でも話題となった。もういっそヒーラーじゃなくてウィザードで行けよという声も多々あったが本人はあくまでヒーラーと主張してた。その主張があっさり受け入れられたのは一二体の人形を従えるエルフォードの火力がチート級だったからなのは言うまでもない。
ジャンヌ関連のコーナーを一通り見終えると次に紹介されてたのは狂戦士と呼ばれてたラトリエ。こちらは処刑人だの何だの本人が聞いたらさぞかし落ち込むであろう不名誉な記述が盛りだくさんだった。
「ラトリエが知れば枕を濡らすでしょうね」
冷静にコメントするリーラに同意するよう頷く。
狂戦士と呼ばれていたぐらいだから凶暴なのだろうという周囲の予想は決して間違いではない。ただ、デスゲーム時代に仲間を護る為に必死になって戦う姿から狂戦士と呼ばれるようになっただけだ。事実、戦い以外の場の彼女(男のアバターを使った女性プレイヤー)は礼儀正しく、ギルドメンバーからよく相談を持ちかけられていた。かくいう弥生も彼女には何かと世話になったクチだ。よくソロで各地を飛び、時には高レベルダンジョンに潜り込んだときなども一人は無茶だと止められたり、或いは強引にパーティー加入してきたり、彼氏の為に美味しい料理を作りたいという名目で試作品の手料理をご馳走してもらったり、とにかくギルドの数少ない良心の一人であった。そうした、本当の姿を知る彼としては彼女の凶行(と言う名の活躍)しか記録が残っていないのが残念でならなかった。
次の展示物は勇者・オステリアに関することだ。こっちは勇者と言うだけあって二階フロアー全てを使っての紹介だった。
「戦が始まれば先陣を切って仲間の盾になった……ねぇ」
デスゲーム時代のオステリア(正確にはデスゲーム時代の彼女しか知らないだけだが)は勇者という名前に反して臆病だった。勇者という職業を選んだのも、ヴェルトが普通のネットゲームだったからこそ選んだだけのこと。そういう意味では彼女は普通のゲーマーと言えるし、なかなか戦う覚悟を持つことが出来なかった。覚悟を決めた後でも臆病という点は変わらなかったが、こと仲間のピンチになると一転して勇姿を見せる一面を見せた。臆病だけど、芯は強い。そういうところが仲間から好感を得て、リーダーとして抜擢された。
余談だが弥生が所属してたギルドは彼を除けば全員がリアルで何かしらの繋がりがあった。オステリアとジャンヌは姉妹で、ラトリエは二人の幼馴染み。もっぱら後方支援・情報収集・資産管理を担当してたメンバーたちは学校の同級生だったり後輩だったり先輩だったりした。
「御主人様に関する記述がありませんね……」
「あー、別になくていいよ。てか俺、そんな立派な人間じゃないし……」
呑気に答える主人とは対照的に『御主人様の偉大さが分からないなんて……』と不満を零すリーラ。
郷土資料館も一通り巡り、さて宿でも取ろうかと思い出口へ向かうと一枚の張り紙が目に止まった。
急募:使用人
短期で結構ですので護衛を兼ねた使用人を募集してます。推奨レベルは最低一二○以上。職位は問いません。危険手当料あり。報酬・経費は応相談。詳細はファルエン家までお越し下さい。
短期の使用人募集とはまた変わったアルバイトだと、素直に思った。
正直なところ、お金には少しも困ってない。ただ、この世界の人と関わるような仕事をすれば娘達の手掛かりが掴めるのではないかという淡い希望の方が強いので彼はこの仕事を受ける気でいる。
……が、これに難色を示したのはリーラだった。
「御主人様が使用人の真似事をする必要など御座いません」
「いや、短期のバイトだし別にいいんじゃない?」
弥生からすればコンビニでバイト程度の感覚だがリーラからすれば『レベル三○○という人類最強の身である偉大な御主人様が使用人などという仕事に就くのは侮辱の極みだ』という感情が強い。
「私が代わりに働けば問題ないかと思いますが?」
「いや、お前だけだと何か問題起こしそうだからダメだろ」
あながち的外れとは言えない意見に、リーラは口を紡ぐしかなかった。良くも悪くも、彼女は御主人様一筋の人形なのだ。