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道中にて 1

 弥生は現代人にありがちな遅寝遅起きを謳歌する普通の学生だ。課題のない夜はネットで時間を潰して、休校日は昼頃に起きる。早起きしなければならい事情がない限りは眠気の続く限りベッドから起き上がるなんてことはないが──


「うわ、まだ日が昇ったばっかじゃん……」


 昨日は二日酔い。今朝は想像を超える冷え込みで眠気が吹き飛ぶ。現代なら床暖にストーブ、暖房といくらでも解決策はあるが、生憎と異世界にはそんな気の利いたものはない。


(まぁ、寝て起きたら自分の部屋でした……なんて都合の良いことなんて起きる訳がなかったか)


 失望がないと言えば嘘になるが、いつまでも落ち込んでいても仕方ない。

 それに悲観的になるには贅沢な状況とも言える。異世界であることに違いはないがここはかつて遊び尽くし、デスゲームの舞台にまでなったヴェルトの世界だ。情勢はかなり変わっているからその点は留意して行動する必要がある。


 そして、魔物が蔓延るこの世界において自分はゲーム時代でも全体の三割程度しか存在しなかった三○○レベル。アルバートの言葉を信じるならよほどのことがない限りは死なないだろう。まぁ人形遣いなんていう公式地雷である以上、天敵は多いが。


「……で、リーラ。いつから起きてた?」

「人形である私には三大欲求というものが存在しないので魔力節約という名目でスリープモードになることはあっても人間のような睡眠を取ることはありません」


 言われてみれば確かにそうだ。錬金術師が創り出すホムンクルスならともかく、疲れることのない人形が眠ったり人間と同じように食事をしたりするのもおかしな話だ。


 ……と、ここで弥生は今更ながら大事なことを思い出す。


「なぁ、この部屋の宿代ってどうなってんだ?」

「私が支払っておきました」


 本当に良く出来た人形だと、素直に感心した瞬間だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「娘たちを探す」


 朝の食卓でリーラに告げた言葉である。人形であるリーラは給仕を兼ねて護衛をしている。弥生から食器を受け取った手がピタリと止まり、明らかに落胆したような表情でストレートに尋ねる。


「……御主人様」

「なんだ?」

「私一人では不安ですか?」


 他の娘たちが居れば戦闘がグッと楽になるのは否定しないが、彼の負担が増えるのも事実……というのは建前で本音は弥生を独り占めしたいという独占欲から来るものだったりするが、弥生がそれに気付くことはない。


「レベル二五○以上のネームレス、黒獅子、大峰龍、どれかと戦った場合どうなる?」


 弥生の言いたいことを正確に理解したリーラは口を閉じる。人形である自分も、そして主たる彼も今の世界情勢を加味すれば廃人御用達の狩り場にでも行かない限りは一○○パーセント安全が保証されてると言っても大言壮語ではない。


 余談だが冒頭にあったネームレスとは職人系スキルの中にある【魔物育成】によってプレイヤーの手で作られたモンスターを指す。任意でドロップを設定したりもできるが基本的には自作ダンジョンのモンスターとして配置されるだけの存在だったりする。


「分かりました……。でも、一番は私ですよね?」

「まずは地上に降りて情報収集かな。できることならここから近い町……確かシューレがあったよな?」

「では、まずはシューレに向かわれるのですね」


 シューレは世界樹から尤も近い都市だ。世界樹のお膝元ということもあって、上級プレイヤーの拠点として良く活用されていた。それだけに放置露店の数もアルフ大陸首都・アルフヘイムに勝るとも劣らぬ数が出店していた。


「近いからな。何か問題があるのか?」

「あの町は御主人様たちの功績を称えて四英雄のブロンズ像が広場に建ってます」

「うわ、自分のブロンズ像とか恥ずかしすぎる」


 どんな羞恥プレイだよ……と、呟きながら顔を覆う。しかしこうなると彼の知名度はかなりのものだと窺える。かと言って偽名を使えば何処かに居るかも知れないプレイヤー、ないし人形たちがこちらの存在に気付かずスルーされる恐れもある。


(アルフォードは俺を見てエルフォードって言ってたから、多分俺を知ってる奴もそう言ってくるだろうな……)


「名前に関しては如何致します? 偽名を使うのが得策かと思いますが」

「んー、エルフォードでも大丈夫っしょ。世間的には死人だし何か言われたら親馬鹿にそう付けられたで解決しよう」

「承知致しました」

「うし、じゃあ行くとしますか!」


 気合いを入れるようにパチンと頬を叩いていざ会計を済ませる。

 サラマンダーのローストビーフに世界樹のサラダ。二つ合わせれば王都在宅の平民一ヶ月分の稼ぎに相当する金額だ。この大食堂でも弥生のように気軽に注文する者は滅多にいない。


「金貨二枚になります」

「金貨二枚ね」


 予め実体化しておいた金貨二枚をポケットから出して渡す。それを受け取った受付嬢の表情がみるみるうちに強張る。


「お、お客様……申し訳御座いませんが当店ではルーン金貨のご利用はできません」

「え、ルーン金貨?」


 そんな通貨が存在してたなんて初耳だ。弥生の感覚では仮想ウィンドからお金を実体化させたら金貨がちゃりんと出て来たからこれを使ってみよう、程度の感覚でしかなかった。足りなければ最悪、アイテムストレージに眠ってる宝石や貴金属で交渉すればいいとも思っていただけに、どう反応していいか困る。


「はい。ルーン金貨は一枚で金貨一○○○枚に相当します。ですのでお手数をお掛けしますが細かいお金での支払いをお願いできますか?」

「あー……ゴメン。細かいのないんだ」


 素直に白状して更に受付嬢を驚かせる。『え、ルーン金貨を平然と出すなんてどこかの王族?』と、騒ぎを聞きつけ事情を把握したウェイトレスはそう判断する。


(ここは、何かぶつぶつ交換をして貰うのが一番かも……)


 咄嗟に思い付いた案としては悪くないかも知れない。だが事態は受付嬢の想像を上回っていた。


「あ、じゃあお釣りはいらなんで。ご馳走様でした」

『え……?』

「御主人様、何もルーン金貨二枚もお出しにならなくても……」

「チップってことで」


 王族ですら数十枚しか所持してないルーン金貨二枚が、ぽつんとカウンターの上に置かれる。リーラはその場で一礼だけして弥生の後を追いかける。この事件が切っ掛けで彼の存在が重鎮たちの耳に入るのはもう少し後の話。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 アフロ・ユーラシア大陸と同等の面積を誇るアルフ大陸の中央にそびえ立つ世界樹。本来なら道中の出現モンスターは二○○前後はある筈だが、どういう訳か一○○レベルにまで落ち込んでいた。強さではなく、出現モンスターそのものが入れ替わっていることに多少の戸惑いつつも、殺傷力の低いスキルで『やるなら容赦しねーぞ』とアピールする。それでも襲い掛かってきた魔物は弥生が手を下すよりも早くリーラが手を下す。


「ここまで圧倒的だと戦略練る必要もねーな……」


 定期的に支援魔法で援護を入れながらリーラに話しかける。彼女の通った後はまさに死屍累々。平穏に暮らしてた者なら目を覆いたくなる惨状だが、その昔玉突き事故に巻き込まれ、たった今目の前で殺された魔物よりも酷い状態の人間を直視した経験があるので顔を顰めるだけに留まった。


「はい。適正難易度であるならばゴブリンニンジャの【バックアタック】に気を遣う必要があります」


 そう言いながら話題に上がったゴブリンニンジャの胴体を振り向きざまに枯れ葉を斬るように切断するリーラ。探知スキルに掛かりにくく、死角からの攻撃は必ずクリティカル扱いとなる厄介な魔物だが、それがフロアボス扱いと来た。多分、装備補正なしの状態で殴りかかっても一撃で仕留められるかも知れない。


 それ以外は特に事件もなく、世界樹の根元まで辿り着く二人。丁度小腹が空いたのでそこで食事休憩を取る。何故かサバイバル経験のあるリーラが食べられる魔物を捌き、塩胡椒で味付けしただけの焼き肉を作る。粗野な食事にしてはなかなか美味かったことを追記しておく。


 小腹が膨れたところで移動を再開する。欧州の田舎風景に酷似した街道を見て思わず首を傾げる。


「あれ、この道こんな荒れてたっけ?」


 五○○年という年月を考慮しても、街道が土を固めただけの道とは一体どういうことか?

 そんな彼の疑問に当然のように答えるのはリーラ。


「魔物の大襲撃によって多くの村落や街道は破壊されました。勿論、石畳で作られた街道も存在しますが、世界的に見てもそれは珍しいものです」

「あー、なるほど。確かに街道整備って金も人手も掛かるもんな」


 ゲームと違い、土地が荒れてもそれを一瞬で元に戻す運営が存在しないことを綺麗に忘れてた弥生。目を凝らして周囲を見渡せばなるほど、確かに魔物同士の小競り合いの後や肉を貪る獣の姿がちらほら見える。何体かの魔物がこちらの存在に気付くも、【威圧】スキルを発動させるまでもなく通り過ぎるのは元となった魔物がノンアクティブだからだろうと結論付けた。


「あー、やっぱ徒歩ってだりぃーな」

「徒歩で思い出したのですが、【転移】はお使いになられないのですか?」


 リーラの言う【転移】はヴェルトでは習得必須と言われる重要スキルだ。町から町へ移動するのに徒歩や定期馬車を利用してはゲームとしてはサービスが悪い。故に多くのプレイヤーは【転移】を使って町から町へ移動するのだ。流石に行ったことのない場所へは移動できないが、習得必須スキルと言うだけあって五分程度の会話イベントをこなせば簡単に会得できる。


「いや……今朝ちょっとその辺のスキル確認してみたんだけどさ、どーもリストが初期化されてるんだわ。フレンド登録してる筈の娘たちも消えてるし」

「【チャット】は使えないのですか?」

「あー、そうだな……。折角だし試してみるか」


 言いながら駆け足でリーラと目測一○メートルほど距離を取ったところで【チャット】を使ってみる。数秒と待たずにウィンドにリーラからの返信が届いた。


「このぐらいの距離なら問題ないな」

「はい。ですが、有事の際にも使えるかどうか検証する必要が御座います」


 連絡したい時に限って圏外に居たので出来ませんでした、では笑い話にすらならない。そんな調子で雑談を交えながら順調に北上していくとリーラから警戒を含む声で呼び止められた。


「御主人様、一キロ先に魔物と人の反応があります」

「んん? 俺のレーダーには移ってないぞ──て、あらら……パッシブスキル全部オフになってんじゃん」


 リーラが居なかったらマジ危なかったわー、などと呑気なことを言いつつパッシブスキルを一括でオンにし、OKボタンを押した途端にリーラの言う通り、レーダーに魔物と人を現す光点が複数点滅しだした。


 ここまでの道中、全くと言っていいほど平穏ではあったが念には念を入れてということでマイセット装備の中から最強装備セットを選択し、一瞬で装備して駆け出す。


 己の主が臨戦態勢に入ったのを確認したリーラは一歩下がった位置をキープしたまま【ダッシュ】を発動して追随する。複数のステータスのうち、AGIがカンストした弥生ならばリーラを振り切ることぐらい造作もないが、彼が彼女の速度に合わせてこっそりスピードを落としていることに気付いたのは少し後のこと。

貨幣に関する補足。


金貨:一枚で10万円の価値。ゲーム時代なら一枚1Kだが五百年後の世界ではそんなことはなかった。

あと一皿10万の料理は非現実的と思われる方もいると思いますが実際に15万もする駅弁があるので個人的にはアリかなと。

15万もする駅弁

http://www.masuzushi.com/maizou/maizou15.html

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