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プロローグ 3

 彼は本サービスが開始された初日から一日も休むことなくログインしてはひたすらレベリングに日々を費やした。目的はただ一つ、仮想空間の中でも構わないから女の子といいことがしたいという、何とも若い頃なら誰もが抱く青い欲望を満たす為。


 勿論、ソロである彼が他プレイヤーと交流があった訳ではない。だからこそ彼は人形遣いという職業に心惹かれた。


 人形のキャラメイクにも気合いを入れて、ステータスの振り分けにも細心の注意を払った。武器もなるべく最強装備で固めようとしたのは一重に愛の成せる技。


「お早う御座います、御主人様。ご命令をどうぞ」


 そこから先は語るのも野暮というもの。

 だが彼は満足しなかった。青い欲望的な意味ではなく、一体だけという現状に。その昔、妹が一ダースほど登場した某アニメをなぞるように、彼は決意した。


 俺は一二体の人形遣いとなり、運営の悪意の塊とも言える人形遣いで天下を取るついでにハーレムを作る!


 これが後に『変態』だの『ハーレム軍団』だの不名誉な二つ名が付けられることになる稀代の人形遣いが誕生する切っ掛けとなった出来事であった。


「──で、どうしてお前が世界樹に居るんだ?」


 場所は変わり、弥生が目覚めた宿屋に設けられた部屋で二人は地べたに座ってた。何かに腰掛けるより地べたの方が落ち着くのは家が畳みだから何かに腰掛けるよりもこっちの方が落ち着くからだったりする。


「酷いです、御主人様。私、いつの日か御主人様にお逢いする日を心待ちにして色々勉強しておりましたのに……」

「あぁゴメン。言い方が悪かった。封印した筈のお前がどうして外で活動してるんだ?」


 彼女との再会で蘇った記憶が確かならリーラ以下、アデルフィアシリーズは棺型の封印装置に入れて海底へ纏めて沈めた筈だ。その海域に住む魔物はプレイヤーの限界レベルの三○○を軒並み超えてる為、弥生並みの廃人がパーティーを組まない限り回収は不可能な筈だ。


「御主人様、ツァトゥグアの落とし子を倒した後のことを覚えてますか?」


 全く相手にされないことに落ち込むものの、めげずに佇まいを直して本題に入る。暴走さえしなければある意味一番良心的な人形と言えるかも知れない。


「んー、限られた時間内でお前達を封印したな。で、強制ログアウトしてからはヴェルト経営してた会社はアメリカの大手会社に吸収された……てことぐらいしか分からん」

「実はあの後、落とし子の死亡に呼応するかのように各地でなりを潜めていた魔物たちの動きが急激に活発化したのです。最初の数年はゴブリンやコボルト、強くてもオーガ程度でしたのでどうにか対応できてましたが、次第にネームレスにバジリスク、果ては魔界に居を構えている筈の大魔族まで──」

「待て、俺たちが消えた後のヴェルトってそんなヤバかったのか?!」


 想像してた事態の斜め上を行く解答に堪らず声を挙げる弥生。リーラは静かに頷く。


「私たちはその時に起きた天変地異の影響で封印が解かれましたのである程度の魔物たちは私たちで対応できましたが、流石に御主人様のバックアップなしでは引き分けに持ち込むのが精一杯でした。その後は当時の伝手を頼りに魔術師殿に私たちを封印してもらうように頼み込みましたが、やはりワルサー様のようにはいきませんでした」

「うん。廃人でもない限り三○○レベル封印とか無理ゲーだよな」


 リーラの言葉から出たワルサーとは後方支援担当だったプレイヤーだ。自作ダンジョンを動画サイトに上げるニヤ厨でもあり、優秀なクラフターでもあった彼は直接戦闘に参加することは殆どなかったが、職人系スキルで作成した家具や家は女性プレイヤーから絶大な支持を集めてたのでギルドの予算運営を任されていた。彼がデザインした家具や家が爆発的に売れたのは中の人の職業が建築士だったことも一役買っていたのだが。


「じゃあ、他の娘も何処かで活動してるのか?」

「それは……私では分かりかねます。何処かの遺跡の奥深くでスリープモードになってるかも知れませんし、私のように少ない魔力をやりくりしながら活動しているかも知れません」

「そうか。……いや待て、色々遭ってスルーしてたけどなんでお前普通に動けんの?」


 人形遣いのスキル【人形制作】で生み出された人形はMPを消費して活動する。基本的には人形がスキルを使う為に消費するMPは術者から提供される。職位があがれば最大でプレイヤーの最大MPの一割を自分のMPとして蓄えることができるが、たった一割ぽっちのMPで五○○年間も活動できるとは思えない。


「魔物と戦い、そこで得た収集品を商人に売ってエーテルを買って活動してきました。ただ、人形である私は月日の経過に伴う外見の変化がないので定期的に住む場所を変えていました。そしたら──」

「偶然俺と再会した、と」

「はい。もう一度そのご尊顔を拝見することが出来て嬉しいです」


 ぽぅっと頬を染めながら熱っぽく気持ちを伝えるリーラ。身体の動きに合わせて、黄金比を元に作成した胸が形を変える。大きくて形も良く、その上さわり心地もいいと、三拍子揃った胸。


「……変わりましたね、御主人様」

「どうしたんだ、急に?」


 急に声のトーンを下げ、戸惑いを見せながらも見つめるリーラに声を掛ける。それが失敗であるとも気付かずに。


「昔の御主人様はもっと積極的でしたが、今は御主人様との距離を感じてます」

「いや……もう大学生だし、いい加減落ち着かなきゃいけない年頃だし……」

「ですが、御主人様は『メイドに人権などないっ!』と声を張り上げながら無理難題を要求しては、失敗を口実にお仕置き──」

「待った待った、それ以上はいいから言わないで下さいお願いしますッ!」


 前触れもなく始まった中学時代の黒歴史公開に堪らず駆け寄り、力尽くで口を塞ごうとするも勢い余って部屋の中央から一気に壁際まで押しつける。


 確かに昔はそんなことをやった。表沙汰にならなければ公式が黙認するやり方で倫理コードを解除して、そんなイメージプレイをやった。大事な皿を割ったドジッ娘メイド、主人とメイドの禁じられた恋、弱味を握られていいように身体をもてあそばれるメイドなど、それはもう思い出すだけで顔が真っ赤になるような過去が、忘れようと必死で抑え込む理性と反比例するように次々と脳内を駆け巡っていく。


(どんだけ飢えてたんだ昔の俺は……ッ!)


 普段から感情を表に出さない彼にしては本当に珍しく、取り乱してる。


「御主人様……その気になられたのですね」

「その気……はっ!?」


 むにゅっと、口を塞いでる右手とは別にしっかりと左手でしっかりと鷲掴みしている胸。指先に力を込めれば指が沈み、けれどもそれを押し返す弾力の案配がまた絶妙で、殆ど本能に近い衝動で二度三度揉んで──


「て、ナシ! 今のは事故だからノーカン!」


 ガバッと離れてわたわたしながら否定すると、離れた分だけ距離を詰めるリーラ。


「御主人様、私は人形メイドです。どうぞ気の済むまでご堪能下さい」

「しなくていいッ! これ命令!」

「…………承知しました」


 少しも納得してない様子だったが、命令という言葉が効いたのか大人しくなる……が、油断はできない。一見すると部屋の隅でメイドが正座してるように見えるが騙されてはいけない。今の彼女は身を潜めて獲物を狙うライオンだ。


「……はぁ」


 睨めっこするのも馬鹿らしいと思い、ぽふんとベッドに横たわって天井を見上げる。


(まさか二度もこんなトンデモ騒動に巻き込まれるなんて……)


 現実だけど現実じゃない世界。今の自分が置かれてる状況を端的に言うならそんなところだ。アルフォードの家を出た直後は電脳ジャック説か夢オチ説のどっちかだろうと気楽に考えていたが、リーラと接触事故を起こしたのを切っ掛けに揺らいでいる。何となく人差し指で仮想ウィンドを呼び出して、ステータス画面を開いてジッとそれを見つめる。


(なんかこうしてるとデスゲーム化したヴェルトを思い出すな……)


 デスゲームが開始された直後は当時最強だったギルドの意向に従い、死者が出ないことを前提に動いていた。上級者のみならず、初心者までも巻き込んだデスゲーム。最初の半年間は右も左も分からないプレイヤー達に基本的なことを教えつつ、安全圏までレベリングの手伝いをした。その後は適当な攻略ギルドに身を寄せて情報収集として各地を飛び回り、休む間もなく現実世界に帰ることを夢見て戦いに明け暮れる毎日。一人、また一人と戦友が死んでも足を止めなかったのは責任感よりも脅迫概念に突き動かされてたせいかも知れない。


 だが今回は違う。直前まで遊んでたゲームがデスゲーム仕様になったのではなく、二日酔いで目が覚めたら異世界に居ました、みたいなノリでやって来たヴェルト──と、思われる世界。デスゲームと違う点は達成すべき目標がないこと。


(アルフォードさんは完全にこの世界に馴染んでたし、もういっそその方向で行くのもアリか?)


 とは言え、完全に未練がない訳じゃない。大学の友人に義理の母親、来週末までに提出するレポート。果ては地球に帰るのが一年後だったとしたら滞納してた家賃一年分を纏めて払うのかなーなど、あまり関係ないことまで浮かぶ。


(他の娘たちは元気にしてるのかな……)


 娘たち。言うまでもなく時間と情熱、そしてとびっきりの愛情を注いで作った残りのアデルフィアシリーズ。ゲームの仕様のままなら制作者が許可しない限りは娘たちが誰かを仮のマスターとして従い、使役されることはないと思うがそれは宛にしない方が賢明かも知れない。


「………………」


 悪意ある人間に使役される娘たちの姿を想像したところで、不快な気分が込み上げてくる。今更とという感じは否めないが、一度気にし始めるとどうしても気になって仕方ない。正義感の強い奴ならともかく、その辺にいる軟弱物には絶対娘を任せられない。


(あぁ、愛娘が突然彼氏を連れて来た親父の心境はこんな感じなんだろうなー)


 リアルでは娘どころか恋人すらいないのでその辺りは想像するしかない。

 ただ、目先の目標は決まった。娘たちを探すなら必然的に各地を飛び回る生活を強いられるのは容易に想像が付く。娘たちを探すついでに地球へ帰る手掛かりも探す。それでもダメならそのとき考えれば良い。深刻に考えるのはどうも性に合わない。


 そうと決まれば早速スキルをチェックするべく仮想ウィンドを──開こうとしたところで木製ベッドが軋みを上げながら布団が沈むのを感じた。


 首を横に動かすと、何食わぬ顔で添い寝をするリーラの姿。


「…………何してんの、お前?」

「世界樹の町は標高・三七七○メートルの高さにあります。夜の冷え込みはお体に触りますので添い寝をして暖めようかと……」


 善意なのか、下心なのか判断に困るところだ。高所が寒いというのは知っているが、それを肌で体験したことはない。ただ、限りなく富士山に近い高さにある町の夜は想像しただけでも寒気が止まらない。使い込まれた薄い掛け布団とボロいベッドでは心許ない。


「……普通に寝るなら、許可する」

「寝ろ……つまり『いいから寝ろ』……はい。お言葉に従います」


 はぁーっと盛大な溜め息を吐き、寝返りをうつ振りをして顔を覆う。

 若気の至り。言葉にするのは簡単だが実際に体験するとなかなか恥ずかしいものであった。

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